ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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人のミカタと妖精

「初めまして~!ってやーん?!可愛い!

何々?!これが妖精?!超可愛いじゃんっ!」

妖精を抱き締める女性は、笑顔で聞いた。

「ねぇねぇ!私の名前当ててみて?!」

「しりませんよ…。

ていとくさん、なんですかこのひとは…。

そして、なんのはなしをしていたんですか?

というかこのしりょうは…?」

机に放り出された紙を触ろうとする妖精。

瞬間、彼女は女に押さえ付けられ、

銃口を向けられていた。

「おい!!!」

大声を出す提督。

だが、女性は笑顔を浮かべたまま、訊ねる。

「ねぇ、なんで嘘つくのかな?」

「なんのこと…ですか…!いきなり…!」

苦しげな声を出す妖精だが、

女性は力を一切緩めない。

「私って昔から視線には敏感でさ、

気配、消してたつもりだろうけど、

君がずっと部屋の隅で

私たちを見てたことは知ってるよ?

これでも女の子って視線には鋭いんだからね?

この話を始めたときに、

まるで"焦ったかのように"会話に参加してくる。

さっきからずっと話を盗み聞いてたくせに、

知らないフリまでして。」

「なにを…」

「私はこの事故は仕組まれたものだと思ってるの

同時に、司クンと深く関係があるとも。

だって、あまりにもタイムリー過ぎるもんね?

まぁ、決め手はそれだけじゃないけど。

…それで?なんで嘘ついたのかな?」

目だけで笑う女性。

だが、その手を提督は掴んだ。

「やめてやれ。力を入れすぎだ。」

「なに?また邪魔するの?」

怒りからか、顔をほんのりと赤く染め、

男を睨み付ける女性。

「そうカッカすんなよ。悪い癖だぞ?」

「うるさいな…私は"人のミカタ"であって…

…はぁ。もういいよ…司クンが甘々なのは

今に始まったことでもないし、証拠も不十分。

ごめんね酷いことして?」

パッと手を離す女性と、咳き込む妖精。

「ていとくさん…なんなんですかこのひとは」

「"人のミカタ"…笹倉玲、俺の同期だ。」

 

「この"事件"の犯人は、思ったより頭が回らない

んーん、油断しがち、といった方がいいのかな」

玲の言葉で、提督が眉を動かした。

「あの男が殺されかけたのにか?」

「多分、その"犯人"は男を殺すつもりだった。

どうせ死ぬ…殺すから、ペラペラと何か、

話したんだろうね。でも、それが裏目に出る。」

コトリ、と、黒い機械を机に置く女性。

彼女がスイッチを入れると、

砂嵐と共に、掠れたような男の声が流れる。

『提督…伝え…媚び…気をつ…』

砂嵐と、掠れる声のせいで、

そこしか聞き取れない。

「これが私が司クン関連だと思った二つ目の理由

媚び、が何かは分からないけど。

でも、それでも。彼は最後に、提督に。

貴方に、何かを伝えようとしたんだ。

ねぇ、最近貴方に媚を売ってきた人はいない?」

「…」

唸る提督。

「全く心当たりがないな…。」

「そっか…残念。

でも、"犯人"は思い違いをしていた。

私達、人はそんな簡単には死なない。

この一件で、君に関連している"誰か"

が犯人って手がかりを残してしまった。

それに、死ぬ人間にペラペラと何かを話す程には

危機感というか、注意力が足りない。

まぁ、それは同時に、自分への強い

自尊心、自信の表れとも取れるけどね」

「あ、あの!」

「ん?」

声を出した朝潮。

女性が首をかしげると、少しずつ語り出した。

「あの、えっと、

それはニュースになったのですよね?

…もし犯人が生きていることに気付けば、

真っ先にとどめをさしにくると思うんですけど」

「それも大丈夫。

というか、あれは私の"撒きエサ"だよ。

彼の身柄は私が既に預かって、移動させてる。

場所は…君達にも言えないけどね。

逆に彼の病室に来た…"ソレ"がなんであろうと、

即座に取り押さえられるよ。」

ニヤリ、と笑みを浮かべ、

女性は席を立つ。

「名残惜しいけど、この辺かな。

でも、まさか前任の事を聞いてくるなんてね。

私はてっきり、艦娘の過去とか、された事でも

聞きに来るのかと思ったよ。」

「…誰にも話したくない、

知られたくない過去は誰にでもある。

勝手に調べあげられる訳がないだろ」

「君は相変わらず甘いね。うん。

そういうところも大好きだぜ?!」

抱きつく玲は、噛み締めるように、

スリスリと顔を動かして笑った。

「…貴方は貴方が思っているよりも、

ずっと危険な場所に、不安定な場所に

立たされている。…頑張ってね?」

「ゲームはハードモードの方が面白いだろ?」

「そんな貴方に、"情報屋"として一つアドバイス

貴方は今、逃げちゃった羊たちを集めている。

大きな川の向こう岸にいる羊ちゃん達は、

川の向こうからずっと此方を窺っているの。

君は優しいから、

羊が自分達から此方に跳び渡ってくるまで

ずっと待ってるけどさ、

それで跳び移ってくれる羊もいれば、

自分じゃ川を飛び越えられない羊もいるんだよ?

というかそもそもその川って、

君が思ってるほど深いものなのかな。

手を入れて、渡ってみて初めて川の深さに気づくんじゃないかなって、私はそう思うよ。」

「お前の例えはいつも良く分からん…。」

「ニシシ、顧客がちゃんとしてくれないと、

此方としても搾り取れませんから!

簡単に言うと、

貴方からも歩み寄る必要があるかもね。

…頑張ってね、ってこと。」

立ち上がり、ぐぐ、と伸びをすると、

女性は朝潮を眺め、笑った。

「提督のこと、宜しくね、朝潮ちゃん?」

「ハッ!!!」

 

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「あ、お見送りはここまででいいよ?

…小さな可愛い妖精さん?」

玄関で、足を止め、振り向かずに笑う女性。

タマは彼女を睨み付けながら、

そっと姿を現した。

「…あなたはなにものですか?」

「それは此方の台詞。貴女って何なの?

こそこそ私の後をつけて…

一体どうするつもりだったのかな~?」

お互いに無言の時間が続いた。

「貴女は、どこか人間を侮っている節がある。

…下に見ている節がある。

動きの端々に、ソレが透けて見えるの。

あんまり油断してるとさ、足元…掬われるよ?」

「………。」

女は笑い、歩き去る。

「貴女が思っているほど、

人間は弱くない。

…馬鹿でもない。

中にはこんな嫌らしいやつもいるってこと、

覚えておいた方が身の為だよ。」

車へと向かう彼女を止める手段を、

妖精は持ち合わせてはいなかった。

 

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嵐が去った執務室では、

男が唸りながら机に突っ伏していた。

「お疲れさまです。」

コトリ、と、机に珈琲が置かれる。

「朝潮もな…」

深くため息をつく男は、珈琲を揺らした。

そんな彼を見て、朝潮は小さく漏らす

「掴み所のないというか…なんというか…」

「だろ?キャラがブレブレというかな…

だが、頼りになるのも事実だ。

…出来ればなるだけ会いたくないがな。」

疲れたような目をする提督。

その首に手を回し、朝潮は引っ付いた。

「…?どうした?」

「なんでもありません」

彼女の脳裏に浮かぶのは、

同じく手を回していた女性の姿。

「…なんでも、ありません。」

頬を膨らませ、腕の力を強める朝潮に、

提督はただ首をかしげていた。

 

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バタン、と車の扉を閉め、女性は椅子に倒れ伏す

枕に顔を埋め、叫ぶ女性を尻目に、

運転席の黒服は声をかけた。

「御苦労様でした。お嬢様。

それで…葛原様はお元気でしたか?」

その声で、女性は足をバタバタさせるのをやめ、

顔をあげて小さく呟いた。

「かっこよかったぁ…」

「お嬢様、答えになっておりません」

「だってかっこよかったんだもん…

はぁぁぁ…軍服似合ってたなぁ…」

枕を抱き締め、呟く女性と、ため息をつく黒服

「その様子だと、お元気そうですね。

…大怪我と聞いていたので、どうなることかと」

「うん。よかった。本当に…良かった。」

ほう、と息を吐き、目を細めて呟く女性。

唯一彼女の"本当の顔"を知る黒服は、

その姿を見て、思わず吹き出した。

「普段からキャラを無理に作るから、

彼にも警戒されるのでは?」

「だっ…ぅ…恥ずかしいもん…

というか…今更態度なんて戻せないし…」

顔を赤らめ、俯く女性。

まぁそうだろうな、と、黒服は話を反らす。

「"例の人物"についてはどうでしたか?」

「目星はついたよ。だから、種を蒔いてきた。」

クスクスと可笑しそうに笑う女性。

彼女は男性を病室から移動なんてさせていない。

無論、念のため、病室を見張らせてこそいるが。

だが、もしも"あの場にいた誰か"が犯人なら、

あの病室は、世界で一番安全な場所となるだろう

仮に犯人があの場所に居なかったとして、

迂闊に情報を喋っている以上、

犯人が男を狙うのは必然。

そこを取り押さえられれば行幸だ。

逆に、今後も病室に動きがないと言うことは、

あの病室には男が居ないと、

徒労で終わると知っている誰か。

つまるところ、…犯人はあの中の"誰か"

の確率が非常に高くなる。

…これである程度は追い詰められるだろう。

女性は蛇のような笑みを浮かべる。

しかし、思い出したかのように苦い顔を浮かべ、

再び枕に顔を埋め叫び始めた。

「にしても…ぅぁぁぁ…艦娘がぁ…

そりゃそうだよね…あぁなるよね…」

脳裏に浮かぶのは朝潮と呼ばれる駆逐艦の姿。

男の横に佇む姿は"娘"そのもの。

だが、その目の色が何を意味するかは、

他でもない玲自身が一番知っている。

自分と同じ目を浮かべているのだから。

思わず大人気もなく意地悪をしてしまった程だ

…随分と妬いていたように見えたが

《此方の方がずっと羨ましいわっ!》

という心の叫びはかき消せない。

「抱き締められてたし…あぅ…」

少し意地になって意地悪をしすぎた。

確実に好感度が減ったよなぁと頭を抱える玲。

"人のミカタ"だなんて嘘だ。

今も昔も、

私はどうしようもなく"彼"のミカタなのだから。

「他にも何人か居ると見て良いよね…?

ぅーぁー!会う回数増やすべき?!

いや無理…!私忙しいもん…っ!!!!

どうしよぉ…うぁぁぁぁん…」

「ライバルが増えましたねぇ」

呑気に笑う黒服の椅子をゲシッと蹴飛ばし、

女性は深く息を吐く。

「というか相変わらず何の反応もなかった…

ちょっとさ?!ちょっとくらい…

顔を赤くするとかさ…私だって頑張ってるのに…

なんていうかぁ…ぁぅぁー…」

下を向いてなにやらぶつぶつと呟く彼女を見て

黒服が笑っていると、

彼女はグイッと彼に顔を近付けた。

「この距離だよ?!この距離!!」

車が蛇行する。

急ブレーキを踏む危険な音がし、

女性は顔を離すと、再びぶつぶつと呟きはじめる

「ほら…普通なら照れるか嫌がるよね…」

「気軽に距離を詰めないで下さい」

「私がこんなことするのは

司くんと貴方だけだよ…?」

「………もう少しご自身の可愛さを理解しておいてください。人によっては勘違いされます。」

「はーい…」

頬を膨らませながら足を投げ出す玲。

「おっかしいなぁ…がちこいきょり…?

らしいのになぁ…うむむむむ…」

「何ですかそれは」

「私も分かんない。

まぁ、免疫のない男ってとりあえず距離詰めて積極的に話しかけると良いんだってっ!」

「その認識は絶対に間違っている、

とだけ伝えておきます。」

「そんなぁ?!」

衝撃を受けたような顔をして、

椅子に座り直す玲は上を見上げた。

「というかホント…厄介な鎮守府に…」

「心配ですか?」

「私、これでも色んな感情に敏感だからさ。

入った瞬間に、嫌な空気が全身を覆ったよ。

…あの鎮守府は一枚岩じゃない。

色んな想いや信念が交差して、複雑に絡み合って

ぐちゃぐちゃに腐ってる。

色々混ざり合いすぎて黒くなった鎮守府。

あそこはそんな場所だよ。

はぁ…なんなら無理矢理異動させようと思ってたのになぁ…なんで気に入っちゃってるのさ…」

「あの人はそういう人でしょう」

そんな言葉で、二人は苦笑する。

「だねー…さて、私たちは司くんが好き勝手できるように、水面下で尻拭いと準備に徹そうか」

「私もですか?」

「当たり前でしょ…。

あ、司くんに何かあったら即刻クビだからね?」

「ブラックですねぇ…」

人のミカタとその従者は、

誰にも見せない顔で幸せそうに笑う。

「さて、お仕事お仕事。」

「キャラ作りも大変ですね。」

「仕方ないよ…はぁぁ…しんど…」

そうぼやき、彼女は今日も今日とて役を演じる

 

「こっっんにちわー!

人のミカタの玲ちゃんです!

さぁ、商談を進めましょう?」


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