「…雨か。」
窓を叩く雨音を聞き、小さく呟く。
ベッドから身を起こし、
ぐっと背伸びをすると、横から声が掛けられた
「おはよう提督。良い雨だね。」
隣には目を細め、幸せそうに笑う時雨が居る。
「なんでお前らは俺のベッドに潜り込むんだ?」
俺は頭を抱え、心の底から呟いた。
今後誰かが勝手に潜り込むことがないように
昨晩、俺は部屋にしっかりと鍵をかけた筈だ。
扉に目をやると、
扉があったはずの場所にはなにもない。
ただ、何故か扉のような、まるでつい先程まで
"扉だったかのような"木の板が、
そっと立て掛けられているだけだった。
「…一応聞くがな、時雨。」
「壊したのは僕じゃないよ?!
流石の僕でもそんな事する訳無いじゃないか」
…じゃあ誰だと言うんだ。
まさかと思いながら反対側を見ると、
まだスヤスヤと寝息を立てる夕立がいた。
「………」
「夕立が部屋に戻ってこないから来てみれば、
もう既にこの状態だったのさ。
そうなったら、布団に入ってしまうのは
仕方のないことなんだよ。提督。
そう、つまり僕は悪くない。悪くないんだ。」
何故か自慢げに、
頭のアホ毛の様なものをピコピコさせながら
どや顔で言ってのける時雨。
「言いたいことは多々あるがもういい…
おい、夕立。起きろ。」
彼女を揺すると唸り声を上げながら寝返りをうつ
「夕ー立ー」
「うぅぅぅ…何…何か用事…?」
「この部屋の惨状は一体どういうことなのか…
勿論説明できるよな?いや、してもらうぞ。」
返事はない。
「幸せそうな寝息立てやがって…!!」
「夕立は朝には滅法弱いからね。」
「起きろ。おいこら。扉を返せ。」
「ぽぃぃぃぃ…」
強く揺らすが、ガクンガクンと揺れながらも、
意地でも起き上がらない夕立。
やがて暫くして、ペシンと俺の手を払うと、
再びベッドに顔を埋めスリスリとし始めた。
「…すぅ…すぅ…」
「……」
ベッドから降り、鞄を漁る。
「…夕立ィィィィ!!!!!!」
俺はそう叫ぶと、
ガンガンガン!!!!
と、取り出したフライパンとおたまを合わせた。
「…何?!何なの?!」
飛び上がる夕立。
「てめぇ!!やっと起きたなこの野郎!」
「うっわ最悪!寝起きでこんな奴の顔なんて
絶対見たくなかったっぽい!」
「んだと貴様ァ!!!」
叫んで睨み合う。
すると、時雨が夕立の顔を鷲掴みにした。
「じゃあ潜り込むなよ。」
「し、時雨…?!」
「時雨?じゃないよ。部屋に戻ってこないからどうしたのかと探し回ったら、扉を壊してまで侵入するってどういう事かな。君には失望したよ。」
「違うっぽい!誤解っぽい!!」
「とりあえずやめてやれ時雨…」
ギリギリと、若干聞くに耐えない凄い音が
鳴り出したので手を掴んで止める。
「なっ…う、お、女の子の手をいきなり掴むのは…
ど、どうか、とおも、思う、な。」
「あぁそれは普通にすまん…
すぐに離ー…せよ。オイコラ時雨離せ。」
何故顔を赤らめながら握り返すのだろう。
離れようとしているのは此方になってしまった
「ま、まぁ、僕は別に良いんだけどさ。」
コイツ力強ぇなオイ。
無理やり手を頭の上に乗せられ、
彼女自信が頭を左右に回転させることで
実質撫でているような感じになった。
「…っぽい!」
「なんで俺が殴られるんだよ!!」
時雨の前で正座をさせられている夕立曰く。
「歩いてたら提督の部屋から凄い物音がしたの
だから慌てて部屋に駆けつけると
もう扉が壊されていたっぽい。
一応中と外も確認したけど、
犯人は見つけられなかったっぽい。
提督は無事だったから、とりあえず護衛として、
そう、仕方なく!本当に仕方なく!護衛として!
…その、添い寝を…した…っぽい?」
後半苦笑いで首まで傾げてるぞ。オイ。
「嘘つけ。」
俺の言葉を聞き時雨は笑顔で言い放つ。
「よし、ギルティ。」
「本当だもん!!」
涙目になりながら叫ぶ夕立。
「お前以外に誰が入ってくるんだ…」
時雨とか言う例外は確認できるが、
艦とはいえ駆逐艦。
五人がかりですら俺一人押さえ込めないような奴等が、部屋の扉を壊すとは思えない。
そもそも壊したところデメリットがない。
あるとするならー
「じゃああれかい?君は提督が誰かに
狙われていたとでも言うのかい?」
時雨も俺と同じ考えらしい。
もしも、もしも夕立の言葉が本当だとするなら、
扉を容易く破壊し、
その後駆けつけた夕立に気付かれない様現場を去る
恐らくは駆逐艦以上の力を持っているであろう
…軽巡洋艦以上の誰か。となる。
そして、そうなった場合、
友好的かどうか、と問われた場合。
答えは否の可能性が非常に高い。
無論、龍田や天龍、加賀などの例外はいるが…
「…夕立。それは本当なんだな?
本当にそうなら警戒レベルを上げー」
「…本当っぽい。」
なんで目を反らすの?どっちなの?
「夕立?どっちなのかな?ハッキリしようよ」
時雨もその笑顔を浮かべるのをやめてやれ。
「だ…だってぇ…」
「時雨は少しココアでも淹れてきてくれるか」
「…分かったよ。」
ため息をつく時雨。
そのまま彼女が部屋から出ていくのを確認し
俺は腰を下ろして夕立に向き合う。
「…どっちなんだ?」
「自信がないっぽい…」
「自信?」
「これでも私は、
自分の実力に結構自信があるっぽい。
この鎮守府でハッキリと私より上な人は、
本当…ひぃふぅみぃ…えっと、多分結構いるけど
それでもあんなにすぐに駆けつけたのに、
犯人どころか証拠も見つけられなかったのは、
その、少しおかしいっぽい。
…もしかしたら、私の夢なのかも…?」
なるほどつまり、あまりの犯人の手際に、
最早夢ではないかと疑ってしまうのか。
「だが扉は壊されているぞ」
「えっと…寝ぼけて扉を壊したって言われれば…えっと…なんか…そんな記憶も…」
「なんじゃそりゃ!!!」
…なんじゃそりゃ!!!
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「というか、そういえば雷達は今日は来ないな」
ふと呟けば、時雨が此方を振り返り笑う。
「あぁ、そういえば、何やら屁理屈を
並び立てていたようだったね。
まぁ、彼女達には僕から言っておいたよ。」
成る程。時雨が睨みを利かせたのか。
駆逐艦の力関係が少しだけ見えた気がして
思わず吹き出した。
「拗ねてないといいんだがな。」
「提督は優しすぎるのさ。
甘やかし過ぎるとつけあがるだけだよ。」
「ハハ。一理あるが…どうしても、な。
それに、萎縮されるよりは今の方がいい。」
堅苦しい挨拶や規則に囚われるくらいなら、
俺に対する無礼も我が儘も、憎悪だって許せる
「恨んでても、我が儘でも、無礼でも良いから
ありのままで居て欲しいのさ。俺は。」
「…ふうん。本当に、変な提督だね。」
ため息と共にそう言われ、思わず時雨の方を見る
目が合うと彼女は、ふふ、と幸せそうに笑った。
「そういえば、夕立は看病してくれないのか」
執務をしながら、ふと手を止め、呟く。
「あの子はまだ素直になれないからね
提督なんて嫌いだって顔をして、
実は滅茶苦茶大好きなのさ。僕と同じくらい。
君が怪我をしたって聞いたときも、
僕以上にずっと心配していたんだよ?」
「素直になれない、というよりは、
単に提督を嫌っているだけだと思うがな…
というか後半のそれはなんだ。
全くイメージが湧かないぞ…」
まぁでも、親友である時雨が言うなら、
案外そうなのかもしれないが。
ふぁ、と欠伸を洩らす。
「提督は…雨は好きかい?」
「うんにゃ、気分が滅入る。」
「むぅ、そうなのか。」
「時雨は雨が好きなのか?」
「…どうなんだろうね。好きとか嫌いとか、
今まで考える余裕もなかったからさ。
作戦の時に雨が降っていると辛いから、
ただ"迷惑なモノ"でしかなかったんだけど…
…でも、窓を叩くこの音は…うん、良いよね」
瞳を閉じ、雨音に耳を傾ける。
「…あぁ、確かに悪くないな。」
「ふふ、だろう?」
柔らかく笑う時雨。
「お前が好きな雨なんだ、
俺も多少は好きになれる気がするよ。」
しとしとと降る雨、
窓の外に目をやり、そう呟いた。
返事がないのを訝しげに思い、視線を戻す。
「提督は…そういうところがあるよね…」
何故か時雨が赤い顔で、目を反らしながら呟いた
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「っぽい。」
日も落ち、首をゴキゴキと鳴らしていると、
部屋の隅からそんな声がする。
ふと視線をやると、膝を抱え、
何故か此方を睨み付ける夕立の姿があった。
「…夕立?こんな夜遅くにどうし…」
彼女は返事をすることもなく、
つかつかと此方に歩み寄り、
無言のまま腕をぐいと掴むと、
無理やり提督を立たせる。
「お、おい夕立?! 」
「………。」
提督の声に反応することもなく、
ズンズンと廊下を進んでいく夕立は、
彼の部屋にたどり着くと、部屋に彼を押し込み、
そのベッドに彼を投げ込んだ。
「うぉっ?!」
押し倒される様な形になり、額どうしがぶつかる
驚きの声を上げた提督と裏腹に、
彼女は不愉快そうに顔をしかめ、
小さく、ぶっきらぼうに呟いた。
「ちゃんと休め。馬鹿。」
「は…?」
困惑したような男の声。
彼女はそのままそっと身体を滑り込ませ、
彼の隣に横になり布団を被ると、背を向ける。
「おいお前!一体…」
「ちゃんと!」
提督の声を遮るように大きな声をだし、
対照的に、まるで今にも消えてしまいそうな、
か細く、小さな声で。
「ちゃんと、休めっぽい。」
その声の中に、ほんの僅か、
涙が混じっていることに気付き、
彼は言葉を飲み込んだ。
「勝手に私達を助けて…!
勝手にボロボロになって!
勝手に運び込まれて!!
私達が…私がっ!どれだけ…心配…っ!」
「夕立…。」
「もう無茶なんてしないで。
私達には、私には、貴方しか…っ!
やっと…信じたくなる人と出逢えて…
それなのに、そんな簡単に、自分をっー」
「ありがとな。」
優しい声で、男は、
小さな少女の背中から手を回す。
「誰も抱き締めろなんていってないっぽい」
「…そうだな。俺がしたくなっただけだ。」
「…横暴な提督様っぽい」
振り向きもせずそれだけ言うと、
すやすやと寝息を立て始める夕立。
「…本当に、ありがとな。」
そういい、男もゆっくりと目を閉じた。