【side.漣】
「私は貴女と話すことなんてないですけど?」
肩を竦めて笑い、歩いていこうとする。
すれ違う私の肩をつかみ、
彼女は大きな声を出した。
「貴女は、提督が嫌いなの?」
思わず、ピタリと動きを止める。
少しだけ目を見開き、軽く息を吸うと、
再び笑顔を浮かべて言った。
「こんな朝早くから…話はそれだけ?」
「大事な話だよ。…大事な、話。」
真剣な島風の声と瞳。
緩まない肩にかけられた力。
私は考える。
この艦娘は一体何を考えているんだろうか。
そんな質問をされて、素直にはいと答える人が居るとでも、本当に思っているのだろうかと。
だとするなら、とんだ間抜けだ。
笑い顔を作り、島風と向き合う。
質問の意図はわからないが、騙せば良いだけだ
幸いにも、"そういうこと"には慣れている。
「質問の意味が分からないけどー」
だが、私の口から出たコトバは、
まるで正反対の言葉だった。
「ー嫌いに決まってるじゃん?」
「…だろうね」
諦めたように笑う島風。
私は困惑した。
何故こんなことを口走ったのか。
何故私は、まだ言葉を吐き続けるのか。
「好きって何?好くわけ無いじゃん。
人のことを物としてしか見てなくて?
馴れ合わないで良いって言った癖に
色んな駆逐艦を侍らせて良い気になってる
あんな糞みたいな提督を?
誰が?私が?好くわけないでしょ?」
「提督はいい気になんてなってないよ。
あの人の側にいるのは私達本人の意思でー」
「なってるでしょ?偽善を押し付けて、
自分を正当化して優しい自分って素敵!って
貴女は知らないかもだけど、今までだって
何人かそんな提督は来てたよ?
…ま、所詮大事なのは自分だけ。
大好きなのは自分だけ。
初めの方こそ綺麗事を吐いていたけど、
暫くしたら行方不明になって、
…そのままだったけど」
肩を竦めて笑う。
提督なんてそんなものだ。
人間なんてそんなものだ。
期待するだけ、努力するだけ無駄なんだから。
「…良い気になってない」
馬鹿は下を向いたままもう一度繰り返す。
「分かってないなぁ」
「わかってないのは貴女だよっ!!!」
そんな大きな声が、私の声を掻き消した。
「遠目から見てただけの貴女に何が分かるの?!
話もせずに、自分の目で確認もせずに、
今まてがこうだったんだからきっとこうだって
勝手に決めつけて!勝手に諦めて!」
「近づいたら傷つけられる。
信じたら裏切られる。
それが人間であって、
…そもそも、提督から言ってきたんでしょ?
"不要な馴れ合いは控える"って」
「私達が望むなら、
あの人は幾らだって向き合ってくれる。
…受け止めてくれる。
貴女がその言葉を言い訳にして、
ただ逃げているだけじゃん!!!!」
「誰が逃げているんですか?!何から?!
新しく来て何も知らない人がいちいちいちいち
私達の鎮守府を土足で引っ掻き回すなッ!!」
二人の叫び声はどんどん大きくなっていく。
やがて島風は疲れたかのように、
…一言だけ言った。
「もう…それでも良いから…
これ以上提督を傷付けないでよ…」
「は?」
この艦娘は何を言っているんだ?
思わず間抜けな声が出る。
「提督の自室の扉を壊したのは貴女でしょ?
何をする気かは知らないけど、
もうこれ以上、提督を傷付けないー」
ーあぁ、なんだ。
「フフッ…」
私以外にも、彼を嫌いな人は居るんじゃないか。
「アハハハハハッ!!!!」
私は、間違ってなかった。
私は、間違ってなかったんだ。
嬉しそうに笑う私を、怯えたように見つめる島風
「す、すみません…笑いすぎて涙が…
まず一つ…それは私じゃありません。
本当…あの人って、嫌われているんですね」
「………。」
「怪我をさせるつもりなんてなかったけど…
私が手を下すまでも無いんですね。そっか。
あはっ。ふふふふ…そっかぁ…」
目の前で、艤装が展開される。
「…どういうつもりですか?」
「それ以上喋らないで。」
「もしかして長波と良い勝負出来て、
ちょっと調子に乗っちゃってるんですかね?」
同じく艤装を展開し、睨み合う。
「貴女がそのつもりなら、もういい。
犯人じゃないなら、放っておこうと思ったけど
…放置してても危ないから。ここで沈めるよ」
「随分と血の気が多いんですね~」
「…もう、傷付けさせるわけには行かないの」
光のない瞳で、此方を睨み付ける島風。
私は彼女を誘うように海に出た。
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【side. 】
海を滑る島風。
漣は笑って、話を持ち掛ける。
「じゃあ、ここから背中合わせに
十歩歩いた瞬間からスタート…ってことで」
返事はしないが、頷きはする島風。
漣はふぅ、とため息をつき、背中を合わせた
「1…」
「…2」
カウントはどんどんと進んでいく。
それを掻き消すかのように
ゴウゴウと風が哭き、海がさざ波立つ。
「10!!」
振り向いた島風は目を見開いた。
「馬鹿正直なんですね。島風ちゃんって。」
とっくに振り向き、此方に砲を向ける漣
「騙し…っ!」
「綺麗なままで居られる事が、羨ましい」
轟音が響く。
「ぐっ…」
吹き飛び、慌てて体勢を立て直す島風。
対する漣は笑みを浮かべている。
「(深追いしてこない…?…違う!)」
慌てて横に飛び下がると、
目と鼻の先を魚雷が掠めて通っていった。
「(だとするなら次はッ!!)」
息をつく暇もなく、ほぼ確認もせず
漣から打ち出された砲撃を撃ち落とす島風。
「へぇ…。」
漣は目を細めた。
「舐めないでよねっ!!」
島風の打ち出した砲撃をかわし、
彼女の事を冷静に分析する。
「(弱点があるなら、長期戦と接近戦の弱さだ
薄い装甲は私の砲撃でも削れるし、
接近すれば連装砲はあまり動けない)」
そもそも、勝敗なんて初めから決していたのだ
長波との戦いを見せた時点で、
島風に勝率はない。
種が分かっている簡単なトリックで、
漣は倒せない。倒せるはずがない。
長波との戦闘で浮かれてしまったのだろう。
私を倒せると思っていたのだろう。
彼女は、勘違いをしていたのだ。
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撃ち合いの間際、
痺れを切らしたのか半ば強引に肉弾する島風。
「………」
あまりに真っ直ぐな動きに、漣は目を細める
一直線に突っ込んでくるその動きは、
速く、疾いが、あまりに単純だ。
すぐに砲撃を行いー…目を見張る。
「なっ…」
直感で分かった。"誘われた"という感覚。
それは間違いなどではなく、
身体を一瞬沈めると、文字通り"跳ぶ"島風。
「何を…っ!」
彼女が唯一の切り札として持つ"背面跳び"
艦娘として生きてきた漣は、
人間の動きを取り入れたこの動きを知らない。
ましてー
「ぐっ…?!」
「…"捉えた"」
するりと避けて、空中から打ち出された砲撃。
それに怯み、思わず動きが止まった隙に、
まるで歯車が一段階切り替わったかのように、
先とはまるで違う動きで距離を詰める島風。
「なん…っ!!」
「艤装にも大分慣れたよ。もう離さない。」
島風の脳裏を過るのは、
タマと呼ばれる妖精との対峙。
その過去が、絶対的な死を前にした経験が。
今、彼女の中に確かに"生きて"いることを、
漣は知らなかったのだ。
「…ッ!!!」
迫る猛撃。
反撃はおろか、
抵抗する隙も、考える隙も与えない連撃。
雨のように降り注ぐ砲弾の前に、
漣は為す術がなかった。
だが、突然島風は砲撃をやめると、呟く。
「…おかしいよ。」
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【side.漣】
「…は?」
この艦娘は何を言っているんだ?
何か意味があるのかと、気を張り詰める。
あのままやっていれば確実に沈んでいたのは私
何故わざわざ攻撃の手を緩め、
そんなことを口走っているのだろうか。
「おかしい?何がですか?」
両手を広げ、笑ってみせた。が。
下手を打てばあのまま沈んでいたのだと思うと
心底ゾッとし、手が震える。
「…おかしいんだよ。貴女は"強すぎる"」
島風の言葉の意味が理解できず、
私は嘲笑うように言う。
「あー、もしかして長波ちゃんと私が同じ戦闘力だとでも思ってるんですかー?」
「違うよ。貴女の強さは、あの時の長波ちゃんの強さというより…響ちゃんのソレに近い」
余計に訳がわからなくなり、眉をひそめる。
「ねぇ、貴女、もしかして…
本当は、提督の事、信じてるんじゃないの…?」
その言葉で、私の中の何かが決壊する。
私の目の前が、真っ暗になった気がした。
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「はぁ…?」
〔ソノトオリダロ?〕
頭の中に、誰かの声が響く。
「艦娘は、提督との信頼関係があって初めて
本来の力を発揮できる。
だから艤装に慣れてない私が互角に戦えた。
でも、艤装に慣れた今の私と対等に戦えてる
貴女は"強すぎる"んだよ。」
…心臓が、跳ねた気がした。
「…何を言っているのかわかりません。」
〔ホントウハリカイシテイタンダロ?〕
「提督は此所の全ての艦娘を、
自分の艦だと思ってる。
だから、後は、私達の問題なんだよ。」
遮るように、大きな声で叫ぶ。
「分からないって言ってるじゃないですか!」
〔オマエハワカッテイタンダ〕
「本当に分からないの?!」
「………」
〔ワカラナイフリヲシテイタダケ〕
頭の中の声はどんどんと大きくなる。
〔ジブンニ"ウソ"ヲツイテイタダケ〕
「貴女は本当にそれで良いの?!」
頭が痛い。割れそうなほどに痛い。
〔ドレダケワタシヲダマソウト、
ゴマカシツヅケルニモゲンドガアル。〕
「もしこのままなら、
私は貴女を沈めないといけなくなるの!!」
…あぁ、そうか、この声の主は。
〔…何時まで私に嘘を吐くんですか?〕
ー他でもない、私自身だ。
「うるさいッ!!!!!!!!!!」
だから私は、二つの声を掻き消すために、
自分でも驚くほど大きな叫び声を出していた。
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【side. 】
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
頭を掻きむしり、声を枯らしながら叫ぶ漣。
彼女の突然の狂乱ぶりに、
島風は思わず数歩後ずさった。
「嫌いだ!!嫌いなんだっ!!!」
島風は考える。
何故こんなにも頑なに認めないのだろう。
何故こんなにも提督を憎もうとするのだろう。
「あの無駄で不器用な優しさが嫌いだ!
あの乱暴に見えた優しい撫で方が嫌いだ!
あの頭に残った温もりが嫌いだ!
あの私だけが聞き取れる小さな声が嫌いだ!
全部全部大っ嫌いなんだ!!!」
漣は、声を大きく張り上げ、
目に涙を溜めながら島風を睨み付ける。
「だってそうでしょ?!
"綺麗な"貴女なんかには分かりませんよっ!!
どれだけ私が好こうと、あの人を見ていようと
あの人の目線の中にきっと私は映らない!!
私はもう汚れてるから仕方ないって…!
嫌わないとって…諦めてたのに…!!」
「そんなこと…」
「なんで私はダメで他の艦娘はッ!!!」
響や夕立を指しているのだろうか。
漣は、何かが決壊したように叫び続ける。
「こんな思いをするのなら!
"心"なんて要らなかった!!!
私は兵器だ!!!!
提督の指示に従い、提督を憎む存在で!!
ずっとそのままで良かったのに…ッ!!」
こんな、地獄と呼ぶに相応しい場所で。
心を取り戻してしまった兵器は叫ぶ。
「分からなくて良かった!!
知らないままで良かった!!
こんな場所で心なんて取り戻さない方が、
ずっとずっと幸せだったんだ!!!!」
「そんな事無いもん!!!」
だが、島風は耐えかね、叫び返す。
「綺麗とか汚いとか分かんないよ!!
少なくとも、提督は気になんてしてない!!
貴女と響ちゃん達との違いなんて、
そんなに無かったんだ!!そしてそれは、
少しの勇気で簡単に埋められた筈なんだよ!」
ただ一歩踏み出せば。
ただ此方から歩み寄れば。
間違いなく彼は、どんな艦娘の手でも握る。
…たとえ彼自身が危険な目に遭うとしても。
「うるさい!!!!!」
「嫌われるのが怖くて歩き出せなかったんだ!
ただ傍観して、それで何かを求めるのなんて
絶対おかしいよ!言わないとわかんないよ!」
その言葉で、漣がピタリと動きを止めた。
「………」
「伝えなきゃ伝わらない。言わないと分からない
そんなの…当たり前じゃん。」
ゆっくりと、漣は肩を揺らした。
「漣ちゃん…?」
「もう良い。何も聞きたくない…沈め!」
「分かんないならもう良いよ。
…私も本気で沈めに行くから。」
風が吹き、空を覆う黒雲が二つに割れた。