【side. 】
「…そこまでだ。」
…そんな声が聞こえた気がした。
島風も漣も、驚愕から目を見開く。
「この馬鹿共が…
…いや、今回馬鹿だったのは俺、だな。」
二人の無線から同時に、よく知る男の声がした。
「まさか…ッ!!」
島風を睨み付ける漣だが、
その島風すら驚き、慌てたような態度を取る。
次に無線機から流れるのは、
拙く幼い、妖精の声。
「まったく…わたしがまけをみとめたのですから
むだにはしてほしくないものです。
かってにむせんをつなげさせていただきました
…もちろんもんくなんてありませんよね?」
「タ、タマちゃん…?!」
島風の声が、静かな海にやけに響いた。
「ほかでもないあなたが"そう"なって、
いったいどうするというのですか。
あなたがえらんだんです。
"ゆるす"というせんたくを。
けわしくくるしいいばらのみちを。
ならば、それがどれだけつらくても、
どれだけがまんならなくても。
いまさらまげることなんて、
ほかでもないわたしがゆるしません。」
その"声"で、少しずつ島風の瞳に光が灯る。
「あと、ていとくさんがごりっぷくですよ」
「えっ」
「島風…後で話がある…」
「ご…ごめんなさいっ!?」
「駄目だ。頭を冷やしてやるからな。」
「うぅ…」
項垂れる島風。
「とはいえ…それは俺にも言えることか。
…玲の奴に言われた通りだな…笑えねぇ。」
「………」
先程から声すら出ない漣に、
提督はようやく声をかけた。
「…悪かった。漣。…辛い思いをさせたな。」
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「………何を」
「お前の思いを知らなかった俺が悪い。
本当に申し訳なかった。」
「…………。」
「全てお前の言うとおりだよ。
否定する気にもなれん。
俺は糞野郎だし、好かれる権利も無い。
ましてお前らに好いて貰おうなど思わん。
嫌いなら嫌いで良い。憎んでくれても良い。」
「だから…私は…っ!」
「だが、お前がそう思ってなくても、
…お前は俺の艦だよ。漣。」
目から涙が溢れる。
「違うんです…私は…」
ただ、自分を見て欲しかっただけ。
ただ、あの輪に入れて欲しかっただけ。
「…私は…っ!」
声は続かない。
耳を塞ぎたくなるような爆音。
漣の視界の端で、
文字通り空を飛ぶ島風の姿が映った。
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異様なほどの滞空時間を経て、
島風は海面に叩き付けられる。
「何が…?!」
漣が慌てて周囲を見渡すと、
此方に砲を構えている深海棲艦が居た。
「…っ?!」
「おい、どうした!?」
無線機から大きな声がする。
「…深海棲艦!!」
「恐らく軽巡ホ級です。
一匹だけのようですが…」
返答はない。
訝しげに思い、無線の音声をあげると、
とても小さな声が聞こえていた。
「深海棲艦…深海棲艦か…そうか…
ようやく…俺は…ここまで…」
「…あの?」
漣の声で正気に返ったのか、
提督からの無線が入る。
「おそらく撃ち漏らしだろう。
トドメを刺してやれ。」
その指示を聞き、島風は立ち上がる。
「島風、やれるな?」
「…やれます!」
「漣。お前にも頼みたいことがある。」
「…はい」
満身創痍の島風、暗い表情の漣。
まるで開始の合図のように、
深海棲艦が再び砲撃を行った。
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島風がその速度で以て敵を翻弄し、
その隙を見て漣が魚雷や砲撃を放つ。
だが、問題となるのは、
両者、"相手に合わせようとしない"ことだ。
「ちょっ…」
「…!!」
島風は長波との演習でも、妖精との戦いでも、
"他人に合わせる"という動きをしなかった。
その為、戦闘中に相手の動きだけでなく、
味方の動きを確認し、
随時合わせるということが出来ない。
長波は以前の島風の戦い方を知っていた。
細かな動きなどは違うものの、
限界や得意な動きなどは知り尽くしている。
そして響も、持ち前の観察眼でなんとか
島風の動きに合わせていただけなのだ。
だが、漣は違う。
「もう少し合わせてくださいよ!」
「だって遅いもん!」
連携とは、本来お互いが合わせて行うものだ。
一方的な、悪く言えば独り善がりな戦い方をする艦娘など、駆逐艦には居ない。
居たとしても、協調が出来なくては沈むだけだ
だから彼女にとって、
島風のその動きは"異物"そのものであり、
到底認められるものではなかった。
「このっ…!」
対する軽巡は、手負いの為、動きが鈍い。
…だが、手負いな故に、動きは慎重であった。
それが島風を焦らせ、漣を苛立たせる。
はっきり言って、彼女らの連携は最悪だ。
「…!!」
だから、それが訪れるのも早かった。
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漣の艤装から、カチリ、という音がする。
「弾切れ…?!」
「…漣、もういい。一度戻れ。」
魚雷という牙を失った漣は、
砲撃を行いながら少しずつ戦線から離脱していく
「島風、頼むぞ!」
「はいっ!」
時間を稼ぐ島風だが、
深海棲艦がその隙を見逃す筈がなかった。
今までの慎重且つ堅実な立ち回りから一転、
素早く、攻撃も意に介さず漣に突起するその姿は
まさに文字通りの"特攻"。
「…っ?!」
弱った相手に致命的な損害を与えるため、
自身の被害すら考えずに、沈むのを意に介さず、
ただ突撃する相手の動きを、
島風は予測できなかった。
何故ならそれは、人ではなく。
最早、兵器としての動きだから。
「…漣ちゃん!!!」
島風の大きな声がする。
深海棲艦の顔が嫌らしく歪んだ気がした。
…だが、
「…かかったな。"本命"はこっちだ。」
「…決めて!!!」
二人の声が重なる。
漣はゆっくりと頷き、油断たっぷりの相手に、
魚雷という名の牙を突き立てた。
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声を上げて沈む軽巡を見ながら、
漣は肩で息をする。
「…っはぁ…」
「両者良くやった。
周囲に気を配りながら戻ってこい。」
ぶつりと途切れる無線を確認してから、
漣は島風に問いかけた。
「…何処から知っていたんですか」
提督から頼まれていたことは二点。
島風にはあまり合わせないこと。
そしてー
「魚雷がなくなったフリをしろ。
絶対に敵は突っ込んでくる筈だ。」
「深海棲艦に知性などありません。
それに、私に敵を騙せと?」
「欺くのがお前の戦い方だろ?」
だから彼女は騙していたのだ。
島風も、深海棲艦も。
「…別に知ってたわけじゃないよ。
ただ、提督が魚雷の弾数がなくなったときに
あまりにも慌ててなかったから。」
自分じゃなく、あの人を見ていたのかと
漣は納得すると同時に、少し顔をしかめた。
「それより…」
「…?」
「合わせられなくてごめんなさい」
島風の言葉に、顔をあげる漣。
「…手遅れになってたら、危なかったから」
あぁ、本当に。
この艦は嫌いだと漣はため息をつく。
「…私もすみませんでした」
「……え?」
「…謝らないとですね。」
ふいっとそっぽを向いたまま、
ぶっきらぼうに呟く漣。
…彼女と向き合っていれば、
汚い自分が浮き彫りになり、本当に惨めになる。
だが、目を反らし、ずっと甘んじているのは、
…今日限りで卒業だ。
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「提督ーっ!!!」
「怒ってる奴に飛び付いて来んな?!」
鎮守府に近付くにつれ、島風の速度が上がり、
堤防に立つ提督の姿を認めたときには、
最早全力疾走で彼の元へと飛びかかっていた。
「んー…」
スリスリと顔を擦る島風。
ため息をつきながら彼女を撫でる提督を見て、
私はまた少しだけ表情を曇らせた。
が、今度はいつもとは違う。
「ほれ、漣も。お疲れさん。」
「あっ…」
ぐいっと手を引かれ、頭を撫でられる。
暫く撫でたあと、提督が心配そうに顔を覗く
「…え、なにその嫌そうな顔。」
「いや、別に嫌じゃないですけど」
「めっちゃ嫌そうなんだけど」
「はぁ…?」
声をあげ、ため息をつく。
「何回も言わせないでください
…嫌じゃ、ないです」
「そうかよ。」
グリグリと頭に力が込められる。
私は提督に気付かれないよう、少しだけ微笑んだ
この翌日、提督は鎮守府から姿を消すことになる