【side.妖精】
「…やられましたね」
もぬけの殻になった彼の部屋で、
妖精は一人呟く。
鎮守府から彼の反応が無くなった。
歯を噛み締め、虚空を睨み付ける。
警戒していた自分の目を掻い潜るとは、
中々どうして、面白い艦も居たものだ。
「どうか、ごぶじで…」
まだ彼に退場されては困る。
祈るようにそう呟き、彼女は部屋を後にする。
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【side.長波】
「はぁぁっ?!」
思わず大声を出してしまった。
慌てて口を抑えると、目の前の小さな妖精が
やれやれといったように肩を竦める。
「しずかにしてください。」
「でっ…でも!」
「とにかく、
ていとくさんをさがすのをてつだってください
わたしのよそくがただしければー」
「…ふむ?どうかしたのか?」
私が目を横にやると、
キョトンとした顔で此方を見る、
時雨と初春の二人が居た。
「…いや、出掛けることくらいあると思うよ」
時雨は妖精の言葉を笑い飛ばす。
「自分の意思で出ていったんじゃないかな?
別にそんなに大騒ぎするほどのことじゃー」
「わざわざまよなかのうちに、
わたしのめをかいくぐりながら
いったいどこへいくというのでしょう。」
「それは…」
時雨が言葉に詰まった。
「じゃが、それより不味いこともあるぞ?」
初春がそこに追い討ちをかけるように言う。
「…提督は言っていたのう。
"猶予は一週間程度"と。
…今日から妾らは哨戒もしなければならん」
目の端で、妖精が分かりやすく頭を抱えた。
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【side.島風】
「島風、落ち着いて聞けよ。」
長波に何度も念を押され、
"その言葉"を耳にした瞬間、
私の身体は自然と動いていた。
「どこにいくのですか?」
行く手を遮るのは妖精。もといタマさん。
「提督を探しに行くのっ!!」
駆け出そうとするが、その腕を長波に掴まれる
「離してよっ!」
「心当たりでもあんのかい?!」
「な、無いけど…!でも…!!」
「やみくもにさがすひまなんてありません。
いまからしょうかいにあたってください。」
「はぁっ?!」
そんな事をする余裕がある筈がない。
当然だ。もしかしたら、
今も彼は危険な目に遭っているかもしれないのだ
「それに、私達は提督の指示があって初めて実力を発揮できるんだよ?!」
「それは…」
そんな状態で海に出ていいのか。
妖精に詰め寄ると、彼女は珍しくたじろいだ。
…彼女もそれだけ焦っているのだろう。
「連れてきました!!!」
息を切らせて駆けてくる朝潮を見る。
その背後から、女性が顔を出した。
「…何かしら」
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【side.朝潮】
「…ぇ?」
加賀の言葉を聞き、
時雨と初春の二名は顔をひきつらせる。
「確かに昨日の夜、会ったけれど。」
「…あら、何か用事?」
「…お?加賀か。寝なくて良いのか?」
「大丈夫よ。それより貴方は?」
「…少し、"北上"とやらに会いにな」
「そう。」
確かにそんな会話を交わしたと。
「絶対に"北上"と言ったんだね?」
「ええ。」
一気に表情を曇らせる初春と時雨。
耐えきれなくなり、私は訊ねた。
「…どうしたんですか?」
「北上は数年前に"沈んでいる"」
「この鎮守府に北上は"居らんぞ"」
ー背筋が凍ってゆくのを感じた。
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【side. 】
「…誰に会いに?!」
叫ぶ島風。
彼女は提督が絡むと冷静さを欠く節がある。
だからこそ、そこを熟知している長波が諫めた
「それは調べないと何も分かんないって…
ひとまず落ち着きなよ。
焦ってたら大事なもんも見落とすよ。」
「あれは嘘という感じでは無かったわよ?」
「それはお主の主観じゃろ?
実は何か用事があったのでは…無い、のぉ」
今も此処に居ない理由がないと、
初春は顔を伏せる。
もしそうなら、
事前にこうなると分かっていたことならば
事前連絡でも置き手紙でも残しているだろう。
"北上に会いに行ってくる"
の真意は不明だが、その時点では、
長引く用事だとは認識していなかった筈だ。
つまるところ、彼の身に少なくとも
何らかのトラブルが起こっている
可能性が非常に高くなる。
「ええい…次から次へと厄介事が…!」
唸る初春。
妖精は腕を組んだまま呟いた。
「…そうだとしてもおかしいです」
彼女は考える。
何故自分の目を盗んだのだろうか。
加賀の証言で、
彼が自分で何処かへと向かったのは証明された
では、その際に鎮守府から出たにしろ、
その後に何者かによって消されたにしろ、
彼の意思で妖精の目を掻い潜る理由がない
というよりは、只の人間に
そのような芸当が出来るとは到底思えない。
「だれかがてびきした…?」
考えども謎は深まるばかり。
仕方なく妖精はそこで思考を中断させる。
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【side.龍田】
「…あらあら~…」
島風の表情が暗い。
それどころか、
彼と関わりのある殆どの艦娘が
どこか浮かない顔をしていた。
それだけで、彼の仕業だと分かる。
「どうしたの~?島風ちゃん?」
だから訊ねた。
「…北上さんって…知ってる…?」
瞬間、目の前が暗転した。
「…何処でそれを?」
何故彼女があの人の名前を知っているのだろう
思わず疑問に思い、問いかけた。
「………何か知ってるの?」
向けられるのは、疑惑の瞳。
知っているも何も、
軽巡駆逐の古参で彼女の名前を知らない艦娘など
この鎮守府には一人として存在しない。
「…元、軽巡洋艦最強格…
いえ、きっと、この鎮守府最強だった艦よ」
この言葉には語弊がある。
彼女より強い艦娘は居たし、
何度かは彼女自身も敗北を経験している。
だから最強かと問われれば、
何人かは疑問から首を捻るだろう。
だが、龍田は自信を持って言えた。
"彼女より強い艦を見たことがない"と。
「…そんなに強いの?」
呟く島風。
「勿論、誰にでも勝てる訳じゃないわぁ~
…でも、あの子は最強よ。」
「…?」
「あの子には"才能"があるのよ。」
彼女は一度も本気を出すことはなかった。
彼女は一度も努力することがなかった。
それでも尚、彼女は本能で、
戦闘において常に最適解を出す。
考えるよりも先に、
最も正しい行動を身体が選択するのだ。
無論、戦艦や空母には勝てない。
だが、彼女たちのそれは艦種故の強さだ。
仮に彼女が同程度の肉体能力を持つとしたら、
否、彼女が少しでも勝つ努力をしたならば、
…きっと、勝負にすらならないだろう。
そう断言できるほどに、
彼女は天才で、規格外だったのだ。
「でも…沈んだんだよね。」
「…そうよ。あの子は沈んでしまったの。」
最期の言葉を思い返す。
『あー…ごめんね。もう疲れたや。』
寂しげに笑い、仲間を庇う為、
一人で敵陣に突撃した彼女の最後を。
努力すれば勝てていた。
努力すれば生き残れた。
だが、きっと彼女は、
そこに意義を見出だせなかったのだろう。
「それで?どうして北上ちゃんの話が
出てきたのかしら~?」
何やら考え込む島風に、笑いかけながら問う。
「もしその人が、生きてたとしたら?」
「あり得ないわ。」
即座に否定する。
その際、沈む瞬間を確認されているからだ。
「…じゃあ、
北上さんを名乗るような人は居ない?」
島風のその質問に、私は目を細めた。
「名乗る意味が無いわね。
彼女のことを覚えているのは軽巡、駆逐。
その古参となれば相当数が限られるわ。
そして、その中にそんなことをする艦は居ない」
「………。」
再び考え込む島風。
私は肩を竦める。
「ほら、島風ちゃん。
今はちゃんと戦闘に集中しなさい~?」
目の前では、イ級が此方に砲を向けていた。
「この状態でも戦えるのかな…」
「アタシらは大丈夫だったんだから、
大丈夫だって!島風!」
長波が励ますように笑う。