ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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死んだ艦娘(後編)

【side.北上】

 

「…え、…で?」

「…ェ?」

男の心底不思議そうな声で、

私は思わず、反射的に声を漏らしていた。

「え?いや、…おう、としか言えねぇし俺…」

「エット…分かってル?話分かってル?」

この男は何を言っているんだろうか。

深海棲艦だぞ。

目の前に、半分だが、深海棲艦が居るんだぞ。

「うーむ、えー、何を求めてるんだ」

「イヤ、マァ…求めてるって訳ジャ…」

無いけど。無いけどさ。

それにしたってあまりに反応が薄い。

彼の後ろに立つ大井っちが、

"信じられないコイツ…"という目で

目の前の男のことを見ているのが少し面白かった

「うーむ…じゃあ…に、憎き深海棲艦め…」

棒読みにもほどがある。

「…状況を理解してますか?」

大井っちが確かめるようにおずおずと尋ねる

「ここは洞窟。貴方は一人。

目の前には深海棲艦と提督を憎む艦娘。

…本当に自分のおかれた状況を…」

「ふむ…。」

男は頷き、つかつかと私の傍に歩み寄ると、

笑顔を浮かべて頭を撫でた。

「関係ねーよ。コイツは俺の艦だ。」

顔に体温が戻ってくる。

 

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【side. 】

 

「アノ、エト…」

「なんだ、まだ何かあるのか。」

ため息をつき、男は続きを促す。

「イヤ…」

「言いたいことがあるならさっさと言え」

「………。」

うつむき、黙ってしまう

北上の顔を覗き込もうとしー

「…ッ!?下がりなさいッ!!!」

「ぐぇっ…」

襟首を掴まれ、無理やり引っ張られた。

「おい!いきなり…」

文句を言おうとした男は、目を見開く。

北上と提督の間に立つ大井。

だが、彼女の背は此方に向けられており、

彼女が庇ったのは北上ではなくー

「キシ、キシシシ、

提督?、ていとく?、テイトク?

…キシシッ」

そこに居たのは、北上ではなかった。

 

「成程な。確かにコイツは…」

紫の目が、暗闇に蒼く爛々と光る。

その特徴的な笑い声が反響し、

やけに大きく、重なって聞こえた。

「…逃げなさい。」

大井が小さく後ろに声をかける。

「ふむ?」

「……良いから逃げなさい。

狙われているのは貴方よ。」

「………。」

男は答えない。

ただ目を閉じると、息を吐いた。

「茶番だな。」

 

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【side.提督】

 

「…え?」

大井の声が響く。

相変わらず奇妙な笑みを浮かべる北上に、

俺はゆっくりと近付いた。

「ちょっ…貴方!」

慌てて声を出す大井だが、

俺にはそれすら滑稽に見えた。

「…一応いっておくが、

俺は人間が嫌いだ。大嫌いだ。

そしてな、それ以上に深海棲艦は大嫌いなんだよ

その態度を貫くなら、

深海棲艦として対処するぞ、"北上"」

「…ウーン、バレチャッタ?」

「大井が提督のために命を張るわけ無いだろ

それに…"本物"は纏う空気が違う。

もっと邪悪で、冷たい。底が見えない。

理解できない。それが深海棲艦だ。」

「ヘーェ。試すような真似をしたことハ謝ルヨ

…ゴメンネ?」

「構わん。それで…はぁ…

此処からどうするかね」

疲れたような提督の呟き。

北上の瞳の輝きがゆらりと揺らめいた。

 

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【side.北上】

 

「…フーン。」

気がつけば洞窟の向こうに朝日が差し込んでいた

私はそんな生返事を返し、会話を途切れさせる

夜通し続く彼の話は様々だった。

そのどれもが、他愛の無い日常で。

そのどれもが、私が失ってしまったもので。

一方的に、押し付けるように。

永遠に続くような、気遣いとは程遠い話。

私がもうそこに戻れないと言うことを、

本当にコイツは理解しているのだろうか。

…でも、そんな平穏な、下らない話の中に、

彼の不器用で、少しだけ曲がった

彼なりの"優しさ"が隠されている様な気がした

「…もう朝か。」

私の思ったことと、一言一句違わず、

彼が同じことを言う。

「…ってんぁ?大井は…」

「長話に付き合う気はないって、帰ったヨ?」

「はぁッ?!」

叫ぶ彼に、思わず柔らかな笑いを溢してしまい

慌てて両手でそれを隠す。

幸いにも彼はソレを悟らなかったようで、

頭をボリボリと乱暴に掻くと、立ち上がった。

「それでお前はー…」

「?」

首をかしげると、

彼は一瞬伸ばしかけた手を引っ込める。

「…いや。あー…お前は…

普段は何をしてるんだ?」

「別ニー?寝たいときに寝テ、

起きたいときに起きテ、

尤も、深海棲艦は睡眠も不要みたいで、

眠れるのは私の名残なんだろうケド…

だからまァ、大抵はゴロゴロしてるヨー。」

「…暇じゃないのか?」

「ん?ソーダネ。」

ここは曖昧に誤魔化した。

いつも、いつかの情景を思い出して、

今も生きてるか分からない姉妹を想って、

涙を流している、なんて、

とてもじゃないが言えない。言いたくはない。

「…ほれ。」

不意に彼から投げられた何かを反射的に受けとる

「…ナニコレ?」

「ルービックキューブっつってな…」

つかつかと此方に歩いてくる男。

「…ってうぉッ?!」

足を滑らせた彼を、

岩から飛び降り、慌てて支えた。

…瞬間、頭に電流のような、強い意思が走る。

「あっぶねぇー…ありがとな…北kー」

「逃げテ。」

それだけ言うと、私の意識は黒く染まった。

 

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【side. 】

 

「ハハハハッ!!!!」

洞窟に笑い声が響く。

「あーぁ…あー糞…糞が糞が糞が糞がッ!!

運が良かったなぁ?!

お前の半身が俺の艦じゃなけりゃ、

此処で徹底的に潰してるんだがなぁッ!」

洞窟に響くのは男の叫び声。

やがて、ガラガラと音を立て、洞窟が陥落した

 

「…ゥ…ん、アレ…?」

目を覚ました北上は、

すぐ目の前に男の顔を確認し、

慌てて起き上がろうとする。

「へァっ?!」

「んぁ、起きたか。」

俗に言う膝枕の状態で、

反射的に顔を上げたせいで、

顔を覗き込んでいた彼と額をぶつけてしまった

「アイタッ?!」

「落ち着け…大丈夫かよ…」

「エ、なんで…何ガ…」

ぶつけた箇所を擦りながら辺りを見渡す北上。

へこんだり、崩れていたり、削れていたり、

圧倒的な"力"が行使された痕が

痛々しいほどに残っておりー

「エ、何デ生きてるノ?!」

「お前は俺に死ねと?!」

この力の嵐の中、

何故この人間が生き残っているのか、

とてつもなく疑問に、恐ろしく思った。

「…まぁ、だが…死ぬのも時間の問題だな」

男が指差す方向をつられるようにして眺め、

北上は驚愕から目を見開く。

沢山の大きな岩や土砂が、

洞窟の入り口を塞いでしまっていた。

「コレは…」

「お前は補給がなくても大丈夫だろうが…俺はなぁ…塩ならあるんだが…水なぁ…」

ポケットから塩を取り出す男。

北上は何故コイツは塩を持っているのか訊ねてみたくなったが、それよりも聞くべき事がある。

「…提督ハサ、本当に人間?」

今度は男がニヤリと笑って訊ねた。

「さぁ、どう思う?」

 

「…」

唖然とする北上に、

慌てて訂正するように男は付け足す。

「そもそもの話というのがな、

お前らの認識から間違ってるんだよ。」

「…ェ?」

「提督に支給されるこの刀は…

唯一、人間が使える艤装のようなものだ。

ようは、あー、早い話、

この刀は唯一、人間が扱えて、尚且つ艦娘に、深海棲艦にダメージを与えうる武器なんだ」

「それは理由にならないヨ」

そう、そんな細い刀一本で何ができる。

圧倒的な力を持ち、

人のサイズに凝縮された"力"が打ち出す

砲撃も魚雷も何もかも、

人間を殺すには充分すぎる程だ。

刀では銃に勝てない。

攻撃ができるからと言って、勝てる訳じゃー

「嘆かわしいことにな。人は強い。」

「…?」

「俺は人間なんて大嫌いだし今すぐにでも全滅すればいいと思ってるんだが…こう、人、特に"提督"の武器はこの刀だけじゃない。」

自然と、彼の腰の刀に目を落とす。

「人間は誰しも"刀"を持っているんだ。

誰もが認識できている訳じゃない。

誰もが振るえる訳じゃない。

だが、あるときにその刀の存在に気が付く。」

「…それはー」

「人間はソレを"正義"と名付けた。

絶対的に正しい物として、

自分と共にある"刀"を信じ、

自身が動く原動力とする。

 

或いはソレを"心"と名付けた。

自分達が従うべき物として、

自分の中にある"刀"と向き合い、

他者と接する上での大切なものとする。

 

或いはソレを"エゴ"と名付けた。

押し付けがましい間違ったものとして、

自分が産み出した"刀"を抑え、

他者を傷付けるものとして抑圧する。」

そこまで言って、男はニヤリと笑った。

「昔は、刀を腰に下げた人間も居たらしい

今や提督や、一部の人間のみ所持を許されてー

長くなるな、要は…あー、"刀狩り"って奴だ。

俺達は刀を奪われたんだよ。」

そして、トントン、と胸を叩く。

「だが、どんな人間も、ここの刀は奪えない

同時に何より恐ろしく強いのは、この刀だ。

俺達がそれを認識し、振るう意思を見せた時

その人間の為だけの刀は真価を発揮する。」

 

「そして、誰もが振るえるこの武器が、

俺達の魂であり、何より強く、貴いものだ」

 

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【side.北上】

 

「…答えになってナイ」

私の不満そうな声を察したのか、

提督は苦笑しながら手を広げた。

「確かに艦娘も深海棲艦も、

俺達が持っていない武器がある、強さもある。

だが、だからって人間が艦娘より弱い訳じゃない

まして、深海棲艦より弱いという訳でもな。」

「元から、人間ハ深海棲艦ヨリ強いッテ?」

「あぁ、俺達は強い。

いや、強い弱いも自分が決めるものだがな。

どこから強いでどこから弱いなんて、

明確な線引きがなされている訳じゃない。

だが…少なくとも、人間は、

んー、なんだ、説明は苦手なんだ…

正しい武器の使い方を、

刀の在処を知った人間は、間違いなく強いし、

誰もがその可能性を持っている。

その気になれば誰にだって、

どんな相手にも勝ちうる可能性はあるんだよ」

納得なんてできるはずがない。

だが、それ以上彼は語ろうとはしなかった。

何よりー

「…どーやって出たもんかね…これ…」

怖い

「…ソダネー…砲撃でぶち抜こうカ?」

…怖い

「いや、ここが崩れなかっただけ幸運だ。

次の衝撃で、この洞窟全部が崩れるかもだぞ」

私の心の中で、もう一人の私が叫ぶ。

「ソッカ…」

怖い、逃げたい、離れたい。

それは恐怖。

それも、生半可なものではなく、

圧倒的なまでの恐怖。

「…どうした?」

首をかしげる男。

「何でも無いヨ」

いったい何をどうすれば、

只の人間がここまで深海棲艦を脅かせるのだろう

「誰もガ持つ刀ねェ…」

私は岩の割れ目を探る男を見ながら、

誰にも聞かれないように小さく呟いた。


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