ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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閉ざされた帰路で

【side. 】

 

「困ったな…うーむ?」

岩を眺め首を捻る男を見て、

北上は笑って訊ねた。

「随分余裕そうだネ?」

「そうでもないぞ?」

平然と答える男だが、

それにしてはあまりに落ち着いている。

もっと取り乱しても良い筈だろうに。

「死ぬときゃしゃーないからな。

…まぁ、そうなるとアイツらも困るだろうから

一応生きようとはするが…

まぁ、騒いだところでどうともならんからな。」

「フーン…」

「ま、大井が何とかしてくれるだろ。

それまで…ほれ、何か話しとこうぜ?」

トントンと自分の隣を叩き、笑う提督。

北上は若干顔を赤らめると、

僅かに不満そうに顔を歪め、背けながらも

トスンと彼のとなりに腰を下ろした。

 

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【side.提督】

 

「ウーン…来る気配がないねェ…」

「遅いな…」

朝俺がいなければ、

何人かが騒ぐと思っていたのだが。

否、むしろ提督が居なくなって

せいせいされているのだろうか。

「…うーむ」

「てィっ」

額を弾かれる。

「…何だ?」

「変なこと考えたでショ。」

無言で額を擦る。

「…モット自分の艦のこと、

信じてあげても、良いんじゃナイ?」

笑う北上。

「…そうかよ」

俺はぶっきらぼうに呟き、上を見上げた。

 

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「さて、いつまでもこのままって訳にもな」

ため息をつき、壁に手を当てる。

「…そうだネ。

提督ニハ帰るところがあるんダカラ。」

その言葉で、少しだけ顔をしかめた。

「…北上、もしー」

「何よこれぇっ?!」

瞬間、岩の向かいから大声が聞こえる。

「北上さん?!北上さーん?!」

「おーい!」

「それは私の名前?それとも呼び掛け?

というか貴方が返事をしないで!

北上さんは何処なのよ!」

早口で捲し立てる声に、

思わず笑みを溢してしまった。

「お前元気だな…」

「…大井ッチー、助けてー!

提督ニ襲われルー!!キャー!!!」

「洒落になんねぇからやめて?!?!?!」

肩を掴んで揺さぶる俺と、

にやにやと笑う北上。

「…と、兎に角砲撃で…!」

「やめろ!衝撃で洞窟ごと崩れかねん!」

「それで困るのは貴方だけよ」

「確かに…!?」

それもそうだ。

北上が艤装を展開すれば、

陥落したとしても耐えきれるはず。

「それなら別にー」

「私、艤装ハ展開出来ないヨ?」

「…え?」

「…そうでしたね…ごめんなさい」

「いや待てよ、艤装がー」

「大井っち。何デそんなに焦ってるノ?」

どうやら俺の声に答える気はないらしく、

若干冷たい声で大井に尋ねる北上。

「…それは…その…」

「大井っち?」

 

「…現在、深海棲艦の大群を発見、

戦艦などの主力艦が対処しておりますがー

…少しずつ、抑え込まれ始めています。」

 

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【side. 】

 

「はぁぁぁぁぁ?!?!?!」

男の叫び声が洞窟に響く。

「叫ばないでくださいうるさいです」

「待て!どういうことだ!元帥はー」

「調べていますが、移動してきた様です。

故意に見逃された、というよりは、

今日にこの海域に移動してきたのかと。」

鈍い音がする。

恐らくは岩を全力で殴り付けたのだろう。

北上の、血が…!という小さな悲鳴が聞こえた

「おい、大井。」

「何でしょう?」

「この岩に砲撃しろ」

「…御断りします」

「こんなところで時間を食ってられん。

今すぐにでも俺が戻らないとー」

「私にとって大事なのは北上さんですので」

「北上は艤装を展開できるだろ!?」

男の叫び声が暗闇に反響する。

 

「…提督。」

「レ級は艤装を展開してきたぞ?!

何で北上だけ展開できないんだよ!」

「………。」

「冗談だよな?嘘だろ?

なぁ、出来るならさっさとやってくれないとー」

「…ゴメンネ。」

か細い、小さな声が、男の心を揺らした

「糞が…ッ!!」

再び、拳を岩に打ち付ける音が響く。

 

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【side.夕立】

 

「…チッ」

軽く攻撃を被弾し、舌打ちをしながら距離を取る

「夕立!!」

駆け寄ってくる時雨。

自分の持ち場はどうした、だなんて聞かない。

「そっちは…」

「駄目だね。金剛さんが抑えてるけど、

押しきられるのも時間の問題だ。」

「あぁもう…アイツは何処に行ったのよ!」

アイツ、何てただ一人だ。

何人かは逃げたと思っているらしいが、

私は、私達はそうは思ってはいなかった。

「彼の身に問題が起きてるのもわかるけど…

こっちのことも考えてほしいね…

とはいえ、彼が全員を入渠させていなかったら

今頃全員海の底だろうから、

そういう意味では助かってるんだけど…」

少し遠くでは、新人の島風が苦戦していた。

足取りは重く、表情は苦い。

「…動きが悪いっぽい。」

「仕方無いんじゃねーですかね?

私達って、提督がいないと万全は発揮できないそうですしおすし」

横から声をかけてきたのは漣。

何故彼女がそんなことを知っているのか、

確信を持っているようだがそれは本当なのか、

聞きたいことは沢山あったがー

「何で此処にいるっぽい。」

「駆逐艦は全員集合だそうで。

このままじゃ埒が空かないから、

駆逐艦全員で一丸となり突撃、

敵の指揮官を討ち取れ、だそーです!」

馬鹿にしたかのように笑う漣。

それもそうだ。

確実にその作戦が成功するはずがない。

命令の裏にあるのは、

もう邪魔だから時間を稼ぎ沈めということだろう

その間に戦艦達は逃げるのか、

それとも入渠するのかは分からないが。

「却って怒りを買うって思わないのかしら」

「やらないよりはいーんじゃない、

ってことでしょうね?」

それもそうだ。

生き残る道はそれしかない。

無謀でも突撃し、指揮官を討ち取り、

敵がそこで撤退してくれるという希望的…

悪く言えば、楽観的な道にすがるしかないのだ。

「それで?何を沈めれば良いっぽい?」

「敵の指揮権を握っているであろう艦は五匹、

どれもflagship級で、ここだけの話、

敵はどうやら連合軍…みたい、ですね」

それを聞き、眉をひそめた時雨。

だが、何倍もの軍勢の中に居るであろう五匹のflagshipを駆逐艦のみで沈めろと言う無理難題に顔をしかめたわけではない。

「…それは偶然なのかな。それとも…」

群れるだけの"知性"を身に付けている。

もしそうだとしたら、大きな問題だ。

ーだが、

「それを考えるのは私達の仕事じゃねーです」

肩を竦める漣。

この情報を然るべき所に報告し、

色々と考えるのは戦艦空母重巡の仕事だ。

駆逐艦は精々ー

「使い捨ての時間稼ぎ要員ってことよ」

何故か後ろから現れた曙が自嘲気味に笑う。

そこで私は疑問に思った。

「…漣に曙に朧…集合の連絡に三人も必要?」

漣一人が来る時点で可笑しいのだ。

これだけなら無線で連絡すればよい。

にも関わらず、三人が集まっているのは

明らかに、異様であった。

「…勘が良いのね。」

曙は肩を竦め、漣は笑った。

「逃げるんですよ。付き合ってられません」

「そう。頑張れっぽい。」

予測していた解答だったので、即座に返す。

無論逃げるのは軍規違反で問題である。

敵前逃亡なんて言い訳のしようもない。

見つかれば只では済まないだろう。

だが、戦艦達はきっと、

駆逐艦全員が居なくなりでもしない限りは、

逃走したことにすら気付かないだろうから。

だから、この混乱に乗じて逃げることは可能だ。

「止めないんだ…」

という朧の呟きが聞こえた。

「生き残れると、逃げ切れると

本気で思ってるなら止めるっぽい。」

答えない漣達。

そう、彼女達は理解しているのだ。

例えここで逃げたとしても、

弾薬も燃料も使いきり死ぬだけだと。

このご時世に、

野良の艦娘を拾うような提督は居ないと。

「使い捨てとなって沈むくらいなら、

足掻いてから死にますよ。私は。」

漣は決意に満ちた目で此方を見る。

少し前の彼女はこんな目をしていなかった。

きっと"何か"が、"誰か"が彼女を変えたのだ。

「…アンタは逃げないの?夕立。」

「夕立ちゃんが来てくれるなら心強いなって」

曙と朧が声をかけて来る。

「私は断るっぽい。」

「僕もかな。夕立が残るなら残るよ。」

今まで沢山の艦を看取ってきた。

目の前で沈んだ子、囮となった子、

解体された子、素材となった子。

そんな沢山の仲間達を見てきた私達古参が、

自分の番が来たからと逃げる訳にはいかない。

それではあの子達に顔向けが出来ない。

それが私達の生き方でー死に方だ。

例え無謀だとしても、不可能だとしても、

一人でも多く道連れにし、

一秒でも多く時間を稼ぐ。

私達だけでもそれに従事しないと、

今までの仲間たちが浮かばれないから。

その死が意味のないものになってしまうから。

 

「…どうせ生き残れないだろうけど、

死んでほしいって訳じゃないから、

"さよなら"って言っとくっぽい。」

「…私達は潮を回収してさっさと逃げるわ。

どうせすぐに会うことになるだろうから、

"またね"とだけ言っておくわよ。」

夕立と曙は軽く握手をして、

お互い逆方向へ歩き始めた。


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