「…おい待て!?」
最後に部屋を出ていった鈴付きに声をかける。
「ひっ!?」
「あぁ…すまん。…あー…」
提督にトラウマを持っている奴も居るだろう。
興味がないともいったのだ、考えなくては。
若干緩まりつつある自分の意識に喝を入れていると、茶髪がスッと前に出てきた。
「何かございましたでしょうか」
「あー。えっとだな、俺は持ち物は運び出してくれと言ったのだが…」
「はい。全て運び出し完了致しました。」
…嘘だろ?
ほぼ手ぶら同然なのだが。
「…私物はないのか?」
「…何が言いた…いえ、何が目的なのですか?」
茶髪が鋭い目を此方に向ける。
それもそうだ。突然部屋に来て、私物を全て持ち出し外で待て、なんて言われて喜ぶ奴は居ない。
「いいからもちだしなさーい」
「…え?」
だが、次の瞬間、手のひらで寝転がったまま声を出す妖精を見て、四人は目を丸くした。
「…おい、いきなり言われてはいそうですかって納得する奴はいねーよ。」
「おそうじするからはやくしてー」
「…これ、もしかして妖精さんなんじゃ…」
「…?おう。全身筋肉痛の妖精さんだ。」
「あばばばばばば…」
「出ていくのおっそーい…」
「声小さいなお前…どうした…あと離れろ」
何故かポカンと此方を見てくる四人を放置し、俺は部屋の扉を閉めた。
「…ん?」
扉を開ける。
「おい、ピンク頭、ちょっと良いか?」
「はい」
なかに呼び込み、文字通り何もない部屋を指差す。
「タンスとかはないのか?」
「無いです。」
「テレビは」
「無いです。」
「ゲームは」
「無いです。」
「本棚は、漫画は!」
「無いです。」
「お前らここで何してんの?!」
「寝ていますが…」
「ベッドは!!」
「無いです。」
こいつらどんな生活してんの?!
「あの…馬鹿にして…?」
「何でだよ…!!」
「あの、駆逐艦の部屋にそんなものがあるわけがありませんし、寝るのなら床で問題はありません。漫画やテレビなどの娯楽など戦場には不要です。」
「………」
言葉に詰まる。
コイツらはずっとこんな生活をしているのか。
「…あぁ糞。待ってろ!」
倉庫へ行き、大量の木材と工具、俺の部屋から人一人が丸々入る程のスーツケースを引っ張り出す。
「提督ーっ!なにそれ?なにそれ?速い?」
「速いというか強い、だな。核爆弾がここに落ちようとこのスーツケースだけは原型を保ってるだろうよ。」
「何それ?!」
驚く島風を無視して、敷き詰められた宝物の中から適当な玩具を選んだ。
「ピンク頭。受けとれ。」
「わっ…え?」
咄嗟に投げられたものを掴む辺り流石である。
「何ですかこれ」
「ハンドスピナーだ。」
「何それ?!速いの?!」
「お前は黙ろうな。」
頭を撫で黙らせる。
「これは…何かの武器でしょうか」
怪訝そうな顔で呟くピンク頭。
「こんな小さいものが武器に見えるか?!」
「…ならば何でしょうか。」
「玩具だ。」
「は…?」
「玩具だ。」
少女は相変わらず眉をひそめ、手元のハンドスピナーと俺を交互に見た。
「何故それを…?」
「待ってる間手持ち無沙汰だろう。遊んでろ。」
「どうやって遊ぶのでしょうか」
「まず中央を持ち、回す」
「はい。」
「以上だ。」
「…は?」
「それだけなのー?」
「つまんなーい!!速い方がいいよね?ね?!」
「うるせぇ!!楽しいんだからな?!」
人数分のハンドスピナーを渡し、
俺は部屋の扉を閉めた。
「…さて、妖精、出番だが…」
「きれいにするやくそく。まもるー!」
「島風は何したらいいのーっ?」
張り切る二人だが、俺は若干後悔していた。
部屋に充満するのは血の香り。
足元を見ると、床が所々黒くなっている。
血、というのはそう簡単には落ちない。
時が経てば経つほど、どんどん落ちなくなる。
「…厄介だな。」
そう呟いたときだった。
「ようせいさんのすぷれー!!」
ガコン、と音がして、部屋のすみに霧吹きのような物が転がった。
それを手に取ると、妖精は胸を張る。
「これでどんなよごれもおちるよー!」
「…血も?」
「かんぺきー!いいにおいもするのー!」
再び妖精を持ち上げる。
「お前が神か。」
「どやぁ…」
雑巾に霧吹きを吹き掛け、試しに軽く拭いてみると、面白いくらい綺麗に落ちた。
「…ふむ、島風。」
「おぅっ!?」
「これで雑巾がけを頼む。」
「はーい!!しまかぜ、出撃しまーす!!」
手を出すと、奪い取るように雑巾を手に取り、雑巾がけを始める島風。
「…ていとくさんはどうするのですか?」
首をかしげる妖精に向かい、俺は木材とノコギリを持ってニヤリと笑った。
「俺にはやることが出来た。」
「…舐めてたわ。」
「はやい!!!!」
二段ベッドの製作に取り掛かろうと、木材を切っていると、妖精にひがくれますと煽られ、木材を渡すよう命令される。
しゃーなしに渡し、企業秘密だから目を反らしてくださいと言われ目を反らすこと一分、俺の目の前には部品に加工された木材が転がっていた。
「くみたてたかっあばばばばばば…」
「お前…最高だよ。後は任せろ。」
指先で、床に倒れ痺れている妖精の頭を撫で
俺は二段ベッドを組み立て始める。
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「おい…」
「…」
「おーい…」
「…」
「おい!!!!」
「…」
「…おーい!!!!!!!」
「なっあっ!!」
慌てて立ち上がる。
どうやら他の三人も手元のふざけた玩具…ハンドスピナーだったか、に夢中になっていたようで、恥ずかしさからか顔を少しだけ赤らめていた。
「部屋に戻ってくれて良いぞ。悪かったな」
「…いえ。」
一体彼はこの何もない部屋で何をしていたのか
答えはどうであれ、用事が終わったならば良い。
手元の玩具を返そうとすると、
スッと手を前に出された。
「要らん。今日の詫びだ。お前らが持ってろ」
「いえ。そういう訳には。」
「コイツらも俺のようにコレクトされて眺められるより、そうやって夢中になって遊んでもらえる方が嬉しいだろうよ。」
「っ…」
顔が赤くなる。
「あれは…っ!その…」
「俺はまだ寄るところがあるから、お前らはもう部屋に戻れ。お疲れさん。」
「そういうわけにはいきません。あしたにはわたしがうごけるようになるので、ていとくさんは、あしたまでまっていてください」
「…いや、それは…」
「それいじょう、けがをされてはこまります」
「…あぁもう。分かったからこいつらの前でそれ以上言うな…。…じゃあな、ピンク頭」
ヒラヒラと振る彼の手が少しだけ腫れていて、薄い包帯が巻かれていることに気付く。
「…?」
首をかしげながら部屋に戻ると、部屋から血の匂いや汚れは綺麗一切無くなっており、代わりに二つの、少しだけ歪だが二段ベッドが置かれていた。
「…は?」
「…え。」
「…なっ」
それぞれ違う反応を見せた仲間達であったが、
私は、先程見えた指を思い出して、思わず無言で外へ飛び出した。
「提督ー…指…大丈夫…?」
「大丈夫に決まってんだろ。
掃除してくれてありがとな。島風。」
「えへへぇー!」
視線の先にあったのは、くしゃり、と髪を撫でられ幸せそうに笑う少女。
私は無表情のまま、そっと自分の頭に手を置いた
「…漣?」
あとを追いかけてきた朧が顔を覗き込んでくる。
「…なんでもないよ?!なんでもない!!」
そんな朧の背中をぐいぐいと押しながら、私は顔を見られないように部屋へ戻る。
あぁ、私にとってあの人はー
…あの人は、嫌うべき存在だ。
「…申し訳ございません。失礼致します。」
大淀、という名の女性は執務室に入る。
「なにー?」
机の上にちょこんと座り、可愛らしく子首をかしげる妖精がいた。
時間にして丑三つ時、草木も眠る、とはよく言ったもので、執務室を照らすのは月明かり、室内には妖精と女性の二人きりしか居ない。
「…聞きたいことが、あります」
「…どうしたのー?」
ごくりと、唾をのみ込み、女性、否、大淀は声を発する。
「貴女は…"何者ですか"?」
「ようせいさんです」
不思議そうに妖精は返す。
「…言い方を変えましょう。
…"何を企んでいるんですか"?」
「…」
「私は知っています。妖精は、"狙って艦娘を呼び出すことはできない"…或いはしないだけかもしれませんがね」
月を雲が隠しはじめ、執務室から少しずつ光が消えていく。
「妖精さん、いえ、貴女が"何者"であれ、そのような行動をする理由がある筈です。貴女の全身筋肉痛は、本当なんですか?もし狙ってあの島風を呼んだのなら、貴女のそれは筋肉痛などではなく…」
無表情のまま、妖精さん、否、机の上の、小人の首が、ほぼ直角に、コテンと右に折れた。
「わたしはしってるよー。あのひとはたくさんかんむすをすくうのー」
そして次の瞬間、小人の首が左にコテンと倒れる。
「わたしはしってるよー。あのひとはみんなにきぼうをあたえるのー」
大淀は眉をひそめる。
この女性は、今までの経験上、自分の身に火の粉が降り注ぐ前兆を感じることが出来た。
そして、この女性は、他人に意識されないように、存在感を薄くしながら距離をとる術を身に付けていた。
「わたしはしってるよー。あのひとはいろんなかくめいをおこすのー」
「わたしはしってるよー。あのひとはすごくかんむすにすかれるのー」
行ける。直感で感じた。
ドアまであと数歩。
手を伸ばし、ドアノブを捻り、走って逃げよう。
「(…あと少し…!)」
「………。」
小人は、否、ソレは、笑みを浮かべながら言う
「わたしはこのちんじゅふがだいきらいー」
「わたしはこのちんじゅふをつぶしたいー」
「わたしはこのちんじゅふをこわしたいー」
ーガチャ、ドアノブが、鍵でもかかっているかのように、途中で回らなくなる音がした。
「(…鍵?!いや、私は閉めてないはずー)」
「わたしはしってるよー。あのひとは、ていとくは、このちんじゅふを、かんむすめごと、あとかたもなくけしちゃうのー」
「…それを私に何故教えるのですか?」
逃げられない。否、逃がされない。
額に汗をかきながら、絞り出すように尋ねる
ソレは大淀を見上げながら嗤った。
「これから"消す"からー、なにはなしてもかんけいないよー?」
その口はまるで三日月のように細く、端は耳辺りまで伸びている。
「(…!!)」
大淀は知っている。否、提督だって知っていたのだ。
"こんな汚い場所に妖精が来る筈が無い"と