ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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狂化

【side.夕立】

 

「…。」

背後の仲間を盗み見て、不味いと直感した。

士気が、それも大幅に下がっている。

しかし、自分に何をすることができようか。

自分の役目は只ひたすらに、

目の前に現れる深海棲艦を薙ぎ倒すことだけだ

「(アイツがいたなら…ッ!)」

彼女らを、叱咤することも笑うことも出来ない

この数日という短い期間、寄り添うように、

ずっとそこに居てくれた一人の男の不在。

たったそれだけのことなのに、

自分の中の何かがぽっかりと欠けたような、

そんな寂しさを感じていたからだ。

彼がいたなら、一体どうしたのだろう。

力に満ち溢れた演説で戦意を向上させるのか

こんな弱い心など、笑い飛ばしてくれるのか

「(…そもそも突撃を命じないっぽい?)」

するであろう行動など想像もつかないし、

仮に知ったとしてどうなるのだ。

自分に彼の代わりをつとめることなどできない

こんな無駄なこと考える余裕などある筈がー

「っ…!」

相手の砲弾が脇を掠め、背後で爆発が起こる。

「舐めるなっぽい!!」

反撃を行うが、返ってくるのは数倍の砲弾

落としきれず自分の後ろで数発爆発が起こり

何人かが小さく苦痛の呻きを漏らした。

幸運なのは、敵は統率がとれていることだ。

そうでなければ、こんな小さな部隊など迷うこともなく砲撃を四方から撃ち込まれて終わる。

そうならないのは、仲間に当たることを警戒し

無茶な、数や力によるごり押しをしないから。

「(ならー)」

「夕立!!!使ってくれ!!!!!」

遠くで時雨の叫び声がする。

「…分かってるっぽい。」

言われなくとも、と笑い、意識を手放す。

視界がどんどん赤く染まる中で、

少女が最期に考えるのはー

「(…あぁ、本当にあの馬鹿はどこにー)」

 

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【side. 】

 

異変は直ぐに訪れた。

「グルルルル…」

ゆっくりと身体を前に倒し、

口から獣のような唸り声を漏らす夕立。

何人かの駆逐艦が慌てて距離を取った。

先程彼女が立っていた場所に、

もう"夕立"は存在しない。

「ガァァァァッ!!!」

ーそこにいたのはソロモンの悪夢。

両手両足を海面につけ、姿勢を低くする、

"赤目の獣"がそこには居た。

 

「あれって…?!」

「あぁ、島風は知らなかったよね。」

目を見開く島風。

夕立はまるで何かに取り憑かれたように、

唸りながら見境無く敵に襲いかかる。

殴り、噛み千切り、引っ掻き、吼える。

そこに理性を感じることは出来ない。

「僕たちは"狂化"と呼んでいるよ。

夕立だけが使える、奥の手だ。

身体能力やその他諸々が大幅に上昇。

だけど、理性も知性も完全に失う。」

バタバタと深海棲艦を薙ぎ倒す夕立に、

敵陣に混乱が広がり、砲撃が行われた。

「ギィ…ッ!!」

歯を噛み締め、呻きを漏らした彼女を見て

慌てて援護を行おうとする島風だが、

時雨に手を引かれて止まった。

「辞めておいた方がいい。

今の彼女に敵味方の区別はない。

視界に入れば即襲われるよ。

なるべく大きな音も立てないでくれ。」

見れば、他の駆逐艦達は、縮まるようにして

彼女から少しでも距離を取っている。

「…でも!」

「大丈夫だよ。あの状態の夕立は、

この程度の艦にやられるほど雑魚じゃない。」

砲撃をかわし、懐に潜り込んだ。

噛み付き、千切り、蹴り飛ばし、唸る。

動物のような俊敏な動きで敵陣を駆け抜け、

その度に深海棲艦の何匹かが海に沈んだ。

やがてそろそろかな、と呟いた時雨は

手慣れた動きで夕立の背後に立つと、

首筋に手刀を入れる。

「ガッ…」

倒れる夕立を受け止め、歩を進める時雨。

「さて、行こうか。」

「えっ…?!」

「大丈夫。気を失っているだけだ。

こうなれば、気絶するまで止まらないからね」

周囲にはまだ敵が居る。

余裕がない島風は、

それ以上深く突っ込むこともできない。

ただ後ろをついていきながら、小さく呟いた

「そんな戦い方で…良いのかな…提督…」

 

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【side.夕立】

 

「…夕立!!!」

呼び声で目を冷ます。

「さっきはー」

「謝らなくて良いっぽい」

私がこれを使うとき、何度繰り返しただろう

手で制しつつ、辺りを見渡した。

目を引いたのは一際強者の風格を放つホ級

一目で分かる。アレが指揮官だ。

短期間でこの軍勢の中から見事にflagship、

指揮官を見つけ出した自らの姉妹を

誇りに思うと同時に、

誰一人欠けていないことを確認し、

胸を撫で下ろす。

されどー

「………」

彼女の身体はボロボロだ。それだけじゃない。

周りの艦娘で傷のない艦はいなかった。

それほどまでに戦いが熾烈で、

苦戦しているであろう事が目に見えて分かる。

だからこそ直ぐに戦闘体勢を取りー

「…ここまでね。」

龍田の呟きが、やけに大きく響いた。

 

「…龍田さん!」

咎めるように、声の主の名を叫ぶ雷。

だが、龍田は下を向いたまま続けた。

「どうしろって言うの~?

これに、勝てる筈がないじゃない~。」

思わず眉をひそめてしまう。

なぜ戦闘中にそんなことを言うのか。

自軍の士気が下がることが分からないほど、

彼女は馬鹿ではないはずだ。

そんな疑問は直ぐに解消された。

「だからねぇ~?

駆逐艦は逃げるべきだと思うの~」

その瞳に映るのは絶望ではない。

生きて欲しいと、

死んで欲しくないという、上に立つ者の嘆願だ

「…!」

それを察した何人かが、ハッと顔をあげた。

「ねぇ、死ぬことはないんじゃないかしら~?

貴女達にだって"希望"はある。"未来"はある。

それを奪うなんて誰にもできないわ~。」

「そうは言うけどね…此処まで来たんだ。

一体どうやって逃げるのさ?」

「何人かが、囮になれば良いのよ~。」

その囮は誰がやるか。

手をあげようとしたその瞬間だった。

「夕立ちゃんや時雨ちゃんには逃げて貰うわ~

逃げる側にも戦力を割いておかないと、

その後、生き残れなくなるもの~。」

暗に自分が残れば良いとだけ言われ、

歯を噛み締める。

「じゃ、じゃあ私も…!」

島風が声を出したが、それを直ぐに止める龍田

「囮になるのは強い艦じゃないと。

それこそ、追手に回す余裕がないほど強い艦

はっきり言って、今の貴女が残っても無駄よ」

島風は口をパクパクとさせた後、下を向いた

確かにそうだ。

彼女は提督を失ったブランクから、

実力を、彼女の持つ全力を発揮できていない

「それで、どうかしら?夕立ちゃん。

"皆"を守るためにも…

なにより"あの男"を殴る役も必要なのよ~。

そしてそれは、貴女が一番向いてるわ~?

私としては良い策だと思うのだけれど~。」

その場合、残る彼女は、貴女はどうなるかなど

訊ねるまでもなく誰もが分かっているだろう。

それでもー

「(私には義務がある。

せめて生き残った皆は守らないといけないし、

アイツが返ってきたら一発殴ることも

…義務?)」

そこまで考え、私は吠えた。

「…逃げる訳がない!!

私は夕立だ!ソロモンの悪夢だ!!!

この私が、アイツの艦が、

他の艦を見捨てて逃げる筈がない!!」

"損害は許すが損失は許さん"

彼の言葉が脳裏に浮かぶ。

この場で彼女らを捨てて逃げれば、

絶対に彼は私を許さないだろう。

いや、他でもない私が私を許せない。

それになによりー

「(私にはアイツがどうするのかは分からない

…でも、"今"なにをするのかは分かる)」

きっとこの場に彼がいたなら、

迷うこともなく、この場に残って戦うだろう。

自分がどうなろうと、他者を守るために。

身体から血は流れている。

痛みは全く癒えていない。

それでも、そうだとしても。

その二本の足で海上に立ち、

全身から闘気を迸らせ、

彼女は眼前の敵に向かって走り出した。

 

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「…!」

声のない悲鳴を上げる深海棲艦

砲撃、命中。それもクリーンヒットだ。

されど喜ぶ暇はない。

慌てて飛び下がると、

その場に巨大な水柱が立った。

眼前には三匹の深海棲艦。

…否、

「っぽい!!!」

背後ににじり寄るもう一匹に威嚇射撃をする

「………。」

深海棲艦で人語を介するのはほんの一握り。

故に、声が無い。

彼らの意思を読むことはできないが

恐らくは感心しているであろう事が読み取れた

同時に、攻撃を行い、此方を観察する"余裕"

それが彼女を苛立たせる。

先から標的は直接戦闘には参加せず、

数匹の深海棲艦の後ろで此方を眺めるだけだ

そこまでの距離はもう残り少ない。

その壁は薄くー

「…駆逐艦電!大破!!」

ー堅い。こいつらは只の深海棲艦じゃない。

考えてみれば当然だが、指揮官の回りは

それなりの"精鋭"が警護しているようだ。

さらに背後からの大破報告を聞き、

思わず無意識のうちに顔をしかめてしまう。

駆逐艦は使い捨てだ。

故に、実践経験が深い艦はあまり居ない。

電は御世辞にも古参とは呼べないが、

姉妹である響の働きもあり、

比較的場数は踏んでいる艦だ。

他の駆逐艦なら幾らでも大破してしまえ、

とまで言うつもりはないが、

それでも彼女の大破はかなりの問題となる。

現にー

「電!後ろに下がれ!!」

「で、でも…!」

「私は大丈夫よ!頼って良いのよ?」

「暁だってまだまだやれるんだから…!」

「雷!暁!電の分は私がカバーする!

指示に若干遅れが生じるから

自分でも判断してくれ!!」

声だけ聞けば勇ましいが、

その中には、隠しきれない疲労と苦痛が窺える

このままでは恐らく彼女たちはー

そこまで考えたとき、

視界が朱色に染まった。

「ぐっ…!!」

油断していたわけではないが、

魚雷の一本に被弾してしまったようだ。

「…。」

先程からの観察するような視線が煩わしい。

「深海棲艦は深海棲艦らしく…!!

何も考えずに突撃してれば良いっぽい!!」

魚雷を打ち出したであろう一匹に迫る

報復とばかりに周りから打ち出された砲撃

「ー!!!」

を、歯を噛み締めて受ける。

「これでッ!!!!」

魚雷による追撃、からの砲撃。

意表を突かれた敵は為す術もなく沈む

が、直ぐにその穴を埋めるように

他の深海棲艦が現れた。

「あぁもう…!」

「………!!」

深海棲艦の目が少しだけ光る。

夕立の目にはそれが、

まるで怒っているように感じた。

「…化け物の癖にーっ!!」

化け物の化け物らしからぬ姿に驚愕する

と、同時に、警戒を一段階引き上げた。

明らかに知性を持ち始めている。

これは不味い。

いや、不味いという言葉では足りない。

そしてそれ以上に、

「軽巡洋艦、天龍、龍田、共に大破です!」

「あら~?私はまだやれるわよ~?」

「ハハハ!!大破がどうしたッ!!」

…此所で睨み合ってもじり貧だ。

無謀だとしても、無茶だとしても、

早急に指揮官を討ち取る必要がある。

ー私だけでも、行く。

その決意が伝わったのか、

深海棲艦が警戒するように一歩下がった。

そこを好機とし、彼女は踏み込む。

「あぁぁぁぁ!!!!」

夕立は叫びながら砲撃を行う。

反撃とばかりに反撃が飛ぶ。

慌てた駆逐艦の何人かが付いてくる。

それらを手で制し、ひたすら前へ。

砲撃を行い、深海棲艦が大破する。

反撃が飛び、背後から圧し殺した呻きが零れる

砲撃を行い、深海棲艦が沈む。

反撃が飛び、脚に当たり小さな爆発を起こす。

砲撃を行い、再び深海棲艦を倒す。

反撃が飛び、意識が一瞬だけ暗転する。

夕立は怖かった。

この中にいる誰よりも恐怖に晒されていた。

死ぬとどうなるかなど興味もない。

死ぬ覚悟をして此所に立っている。

数で負け、戦局も悪く、此処の力は大差なし。

そんな状況で勝てると思う輩がいる筈がない。

だから分かっていた。

こうなれば自分が沈むことくらい分かっていた。

それでも尚、いざ死が目の前に迫ると、

とてつもない恐怖を感じる。

「夕立」

脳裏に浮かぶのは一人の男の声。

涙が溢れそうになり、必死に拭う。

視界がぼやけていては困るからだ。

あぁ、本当に情けない。

夕立は逃げたかった。

もし叶うのならば、

全てを捨てて、背を向けて逃げたかった。

でも、彼女がそれを出来る筈がない。

目を閉じれば浮かぶのは、かつての仲間達。

この恐怖を乗り越え、沈んでいった仲間達。

彼女等を見送り、

彼女らと共に過ごした自分が、

真っ先に逃げることなど出来よう筈がない。

最古参が逃げることなどあってはならないのだ

 

―人はそれをなんと呼ぶだろうか。

 

ある者はきっと、"呪い"だと言うだろう。

死んだ仲間に取り憑かれ、

過去に縛られたまま死ぬ、憐れな者だと。

 

ある者はきっと、"決意"だと言うだろう。

死んだ仲間の想いを、生き方を受け継ぎ、

そのバトンを繋ぐことに、従事した者だと。

 

夕立は、自分を奮い立たせるために、

大声を張り上げ、吼える。

だが、口から零れるのは、

空気が抜けるような音だけ。

最早喉は枯れ果て、潰れてしまっている。

血が視界を染め、世界が赤色に濡れる。

足は震え今にも崩れ落ちそうで、

手は最早力無く垂れ下がり、

ヒュー、ヒュー、という力無い音が煩わしい

「(あぁ…五月蝿い…いや、私っぽい?)」

最早意識が混濁としてきた。

何処か遠くで、誰かが何かを叫んでいる。

「(五月蝿いっぽい)」

彼女はもう疲れたのだ。

脳も身体も精神も、休息を求めている。

「(もう、良いっぽい?)」

何故だろうか。誰かの声がする。

これは、一体誰のー

「(あぁ、白露、村雨、皆、ずっと此所にー)」

敵の指揮官が動く。

魚雷が自分に向かってくるのを感じる。

アレを受ければ、確実に沈むー

でも、避けることができない。

脚が動かない。頭が働かない。

脳がガンガンと警鐘を鳴らす。

怖い。痛い。辛い。

「(…やっぱり、こわい、ていとー)」

 

ーそうして、夕立は轟沈した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが、そう思っていた。

だが、彼女の耳を打つのは、あり得ない声。

聞ける筈の無かった声。

「死にたくなけりゃ右に飛べ!!夕立ッ!!」

気がつけば身体が動いていた。

その声で、只一人の男の声で、

眼前まで迫っていた魚雷を回避する。

言いたいことは沢山ある。

喜び、安心、怒り、様々な感情が渦巻き、

胸がいっぱいになり―苦しい。

だから、夕立は笑みを浮かべながら言った。

 

「お帰りなさい!!

…というか、遅すぎっぽい!

この馬鹿提督ッ!」




いやほんとすいません最近勉強のため色んな艦これSS読んでましたら楽しすぎてほんとなんで皆そんなお上手なんですかね夢中になって読み漁ってましたごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!

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