ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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天罰

【side.提督】

 

「…ごめんね。」

その後に続く言葉は、

何故か俺ではなく大井に向けられていた。

「大井ッチ。」

「北上さん?!」

岩の向こうから、

非難するような、心配するような声が掛けられる

「私ハ大丈夫だからサ。

思いっきりやっちゃってヨ。」

「で、ですが…!」

「良いカラ。…早く!!」

「っ…!」

岩を隔てて、艤装を展開する音が聞こえた。

「お、おい待て、何がー」

「…離れていてくださいね。」

言うと同時に凄まじい衝撃が洞窟を襲う。

いや、早ぇよ。

もう少し待ってくれよ。

そんな、あまりに場違いなことを考えた刹那、

俺の頭上に、巨大な岩が降ってくる。

「…チッ!!」

…避けきれない。

反射的にそう判断し、

頭を守り蹲る俺の背後から、

「…お別れダネ。提督。…楽しかったヨ」

やけに寂しげな北上の呟きが聞こえた。

 

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「…?」

痛みはない。

恐る恐る顔を上げると、俺の頭上には、

艤装を展開し、親鳥が雛を庇うように、

抱き抱えるように、俺を庇う北上の姿が。

「北上、お前ー!」

「イテテ…あー、無事?良かっタ。」

身体を起こす北上。

瞬間、俺の視線は彼女に釘付けになった。

「…お前…」

「…そんなに見ないでよ…エッチ」

北上は、そう言うと寂しげに笑う

彼女の艤装は普通でなかった。

否、艤装だけでない。

彼女の身体が普通でなかったのだ。

脇腹当たりから、

もう一対の白い手が突き出ていて、

それらは今も虚空を掴むように動き続けている

膝の当たりからも脚が突き出ており、

首の辺りには、顔―恐らくレ級―が浮かび、

ニタニタと君の悪い笑みを浮かべながら

此方を見つめている。

文字通りの"異形"

深海棲艦と混ざりあったような形の彼女が

そこには立っていた。

「…北上さん。」

岩を乗り越え、此方に向かってくる大井。

「ゴメンネ、辛い役、任せちゃって。」

「…いえ…そんな…」

「北上、これはー」

俺の言葉を遮るように、

俺に背を向けた北上は言葉を発した。

「言ったでショ?

応急修理要員は、ソコに何があっても

問答無用で、その場で復活させる。

そして私は、レ級と混ざり合った怪物ダッテ。

分かっているでショ?

誰ガなんと言おうと、これが私ダヨ。

艤装を展開していないナラ何とか誤魔化せる

でも、ヒトタビ展開するとこの通リ。

…マサニ"化物"ッテ感ジノ見タ目ダヨネェ」

自虐的に笑い、北上は洞窟の入り口を指差す

「…行きナヨ。提督。

皆ヲ助ケナイトデショ?」

そうだ。俺は俺の物を助ける義務がある。

だから俺はー

 

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【side. 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…何ヲシテイルノカナ?」

男は手を伸ばす。

それは敵意からではなく、友好的に。

その手を睨み付け、北上は嗤った。

「…モウ一回聞クヨ?何ヲシテイルノ?」

「俺と来い。北上。」

ほんの一瞬、彼女の瞳が大きく見開かれー

…閉じる。

「…馬鹿ナコトヲ言ウ暇ガアルノカナァ?」

「…馬鹿な事、か。」

「ソウダヨ。私ハ怪物デ、化物。

貴方ト一緒二イル義理モ、権利モナイ。」

「…お前は化物じゃー」

「化物ナンダヨッ!!!!」

怒声が洞窟内に虚しく響く。

「私ハッ!!!化物ダヨ!!怪物ダヨ!!

例エ誰ガナント言オウト私ハ!!」

「北上、俺はー」

「コレハサ、"天罰"ナンダヨ。」

彼女は眉を動かす彼を鼻で笑いながら、

ポツポツと言葉を紡ぐ。

「ソモソモサ、"オカシイ"ト思ワナイノ?

本当二私ノ話ヲ聞イテイタノナラ、

アノ鎮守府ニツイテ理解シテイタナラ、

絶対二"オカシナ点"ガ現レテクル。」

「…それは、」

「提督ダッテ気付イテルヨネ。

気付イテテ、気付カナイフリヲシテイル。

…優シイネ、提督ハ。」

この話には理解できない点が1つだけある。

きっと彼女の話を聞いた誰もが、

不可思議に思うこと。疑問に思うこと。

彼は知った上で目を反らした。

その反らした真実を、彼女は押し付ける。

まるで自傷するかのように。

自分の醜い部分を見せ付けるように。

 

「…ネェ、提督。ナンデ私ハ、

応急修理要員ヲ持ッテタンダロウネ?」

出た言葉は戻らない。

他でもない彼女自身の口から、

触れてはいけなかった部分が紡がれ始めた。

 

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「オカシイト思ワナイ?"ソンナ物"

タカガ軽巡洋艦程度ニ持タセルト思ウ?」

「…北上。」

「仮ニ持タセテタトシテモ、

ジャア、ナンデ私ハココニ居ルノカナ?

提督ノ意思デ持タセテタノナラ、

私ガ沈ンダコトニナッテイルノガ

可笑シイト思ワナイ?」

男から言葉は出ない。

そう、彼女の前提条件、

"応急修理要員のせいで"レ級と混ざった

ここから可笑しいのだ。

そもそも前任が軽巡洋艦にそれを持たせるほど

軽巡洋艦の事を重視していたのか。

仮に北上が特別に持たされていたとしても、

それならば何故記録では

沈んだことになっているのだろうか。

持たせるほど特別な艦が、

洞窟に暮らしているのは何故なのだろうか。

応急修理要員を彼女が持っていた理由、

最もあり得るとするならばー

「答エハ簡単ダヨネ。"盗ンダ"ンダヨ。

…ソシテ、逃ゲヨウトシタ。

アノ鎮守府ノ、皆ヲ見捨テテネ?」

分かりやすく、それでいて残酷な答えを

彼女は男に教えた。

 

「…。」

「沈ンダ艦ニ興味ヲ持ツ提督ジャナイカラネ

無線ヲ壊シテ、後ハ誰カノ目ノ前デ沈メバ、

見事ニ"沈ンダ艦"ガ出来上ガルッテ訳。」

そう言うと北上は空を見上げ嗤う。

「コレハ天罰ナンダヨ。

仲間モ、姉妹モ、

何モカモ見捨テテ逃ゲヨウトシタ私ヘノ、

神様カラノ天誅、報イナンダロウネ。

今ダッテソウ。

コノ姿ヲ見セタクナカッタダケ、

コノ姿ヲ見ラレタクナカッタダケデ、

嘘ヲ吐イテ自分ヲ守ロウトスル。

今コノ瞬間モ命ノ危険ニ晒サレテル

姉妹モ、仲間モ、皆無視シテサ。」

きっとそんな奴だから、

こんな姿になったのだと北上は嗤いー

「…くだらん自虐は終わったか?」

 

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顔をあげる北上。

「良いか?化物だろうが何だろうが、

お前は俺の艦だ。

俺にとってはそれが全てだ。

お前が艦娘であろうが、化物であろうが、

他の何であろうが、

そんな事はクッッソほど"どうでも良い"

お前は俺の艦だ。俺の物だ。

これだけは確実だろうが。」

「イ、イヤ、本当ニ話聞イテタ…?!」

「天罰だの天誅だのも至極どうでも良いし

神がお前を許さんのなら、

俺がその神とやらをぶん殴ってやる。

逃げようとした?見捨てようとした?

今、お前は艤装を展開して、俺を守ったろ

皆のために艤装を展開してるじゃねぇか」

「ソンナノハ結果論ダヨ…私ハ!」

「あぁそうだ、結果論だな。

この世界で求められるのは結果だぜ?

それはお前も良く知ってると思うがな。

どれだけ努力しようと、どれだけ頑張ろうと、

結果が伴わなければ意味がないのが

此処、鎮守府だ。海軍だ。

人の命がかかっている戦場で、

"頑張りました"だけじゃ通じねぇ。

…だがそれは、裏を返せば、

結果が出せればそれで良いってことだ。

何を思っていようと、何処で失敗しようと、

求められた結果を出せればそれで良いんだ。

少なくとも俺はそう思っている。

お前は、艤装を展開してみせた。

そこに至るまでに、

どんな逡巡があったとしても、

お前が仲間のために、

艤装を展開したという事実は変わらない」

言葉に詰まる北上。

男は捲し立てるように続ける。

「"この姿を見られたくなかった"

理由としては充分じゃねぇか。

それがどれだけ辛くて、苦しい選択か、

それはお前にしか分からない。

そしてそれは、

仲間の命と天秤にかけても迷ってしまうほど

お前にとって困難で、

苦渋の選択だったんだろう。

それでもお前はその選択をしたんだ。

何故そんな奴を責めないといけない。

お前は仲間のために頑張った、俺の自慢の艦だ

お前が幾ら否定しても、それは変わらねぇよ」

それでも、彼女は口を何度かパクパクさせ、

目を伏せた。

「私ハ…"ソンナ奴"ジャ…」

「そうか?少なくとも俺は、

お前と話してて"そんな奴"だと思ったよ。

本当に一人で逃げるつもりだったのか?

…俺にはただ逃げたかっただけに思えんな

お前のことだ、何か考えがあったんだろ?」

瞬間、彼女の目が見開かれる

 

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『…逃げなきゃ。』

ある日、漠然とそう思い付いた。

このまま此所に居ても、すぐに沈んでしまう

そこからの行動は早かった。

幸いにも提督の管理はずさんで、

戦艦達は軽巡洋艦に興味がない。

応急修理要員を掠め取ると、

私はそれを握りしめながら呟く。

まるで自分に言い聞かせるように、

見えない何かに祈るように。

『逃げるんだ…逃げないと…』

逃げて、もっといい人を見つけよう。

もっと優しくて、格好良くて、

私達の中ではもう都市伝説扱いだけど、

素敵な提督を探そう。

そして、助けてもらうんだ。

助けて貰ったら、この場所の事を言おう。

そうすれば、きっと、また皆でー

『待っててね、皆、私が、』

ー私が、助けるから

 

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「何、ヲ、」

「お前はそんな奴じゃねぇ。

お前がどれだけ否定しようが、

俺はお前の話よりも、

俺と一晩話したお前を信じる。

お前はただ逃げるだけの奴じゃねーよ。」

北上は、歯を噛み締めて叫ぶ。

「ダカラ!!!私ハ!!」

「ごちゃごちゃうるせぇ。

俺にとってお前は自慢の艦だ。

化物としてのお前も、

そんな自己中心的なお前も、

全部俺が否定してやる。

例え本当にそうだったとしても

俺の中ではお前は、

掴み所が無くて、意外と仲間思いで、

無駄に自分に自信がない俺の自慢の艦だよ」

男は再び手を伸ばす。

「俺と来い。北上。

…後悔はさせないぜ?」

「自分の艦ナラ、命令すれば…」

「お前が洞窟暮らしも悪くないって言うなら

俺は止めねぇぞ。」

「…もう一生艤装は展開しないよ?」

「構わん。」

「私ノ戦力を期待しているなら大間違いだよ?」

「なにもしなくて構わん。

俺はただ、お前に居て欲しいだけだ。」

彼女は一瞬口をパクパクさせ、暫く悩む。

否、答えなんて初めから決まっていた。

「…お願い……します…」

艤装を解除し、俯きながら、

耳まで赤くなりつつ男の手を握る北上。

「よし…時間がないから飛ばすぞ!!」

「チョッ!!…ふぇっ?!」

彼は少女の手を少し荒く引っ張り、

抱き抱えると岩場を走っていく。

「…私は空気ですか?!?!」

取り残された大井が慌てて叫びながら後を追った




いやぁ…お久しぶりです…!!
いや待ってください!!!いやほんと!!!間隔があまりに空いたことは申し訳なく思っています!!!
言い訳!!!!言い訳をさせてください!!!
いやですね…本来北上サマ、彼女が"何故応急修理要員を持っていたのか"は後に少しずつ疑問を持たせるようにして説明していく予定だったんですね…?
ただあの、皆様勘があまりにも鋭い!!!
いやほんと、ビックリするくらい察しのいい人、謎に考察力が高い方が予想以上に多いのでこれはもしかして皆様既に疑問に思えているんじゃないかと思いまして…急遽こっちの説明を先にいれつつするとその後の話もこんがらがってきたので全部一から練り直していっておりまして…
はい!!!言い訳ですごめんなさいっ!!!
少し予定になかった話なのでここら辺から若干アレな展開が続くかもなんですが生暖かい目で見てください…っ!!ご容赦くださいっ!!
これからも彼らのことを見守っていってくださるとありがたいです…!!

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