ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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反撃の狼煙

【side.駆逐艦】

 

「おっそーい!!!!!」

島風が大きな声をあげる。

それは文句というより、怒りというより、

純粋な喜び、歓喜から来る明るい叫びだ。

駆逐艦の中にも、

どんどんと波紋が広がっていく。

「て、提督って…」

「え…でも、逃げたんじゃ…」

「司令官って…?」

『その件に関しては言い訳のしようもねぇ…

…悪かったな。遅れて。

……そして、良く頑張った』

無線から、労るような声がした。

「司令官司令官司令官!!!!」

『朝潮か?!どうした?!?!』

「心配じまじだ…!!

何かっ!!あっだのかっで…!!

ご無事で…何よりでず…!!」

鼻水のせいで上手く言葉が紡がれない。

それでも少女は必死に言葉を投げ掛ける

『…朝潮。』

『ホラー、言ったジャン』

彼の隣で、女性の声が聞こえた気がしたが

気のせいだろうか。

否、そんな事を気にする余裕はない。

「ぅぁぁぁぁ…よがっだぁぁぁぁ…」

『…悪かったな。朝潮。』

「何かあったんでずよね…?

司令官が謝る必要なんてありまぜん…!」

『いやそれもあるが…

あー、泣き止め泣き止め朝潮…

ズビッて音でお前の声が良く聞こえん』

「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…」

泣き止めない朝潮。

男は若干途方に暮れたような声を出す。

『そんな心配されてるとは…いやほんと…』

「当たり前だろうがボケッ!!」

罵声を発したのは天龍だ。

その声が若干鼻声になっているのは、

気のせいではないだろう。

『天龍…』

「情けない声出してんじゃねーぞ!!」

『それはどちらかと言えばお前なのだが?!』

「ハァァ?!この天龍様がそんな声出す訳ー」

「しれいかぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

『うるせっ…あぁ雷…いきなり叫ぶのはー』

「駄目じゃないのっ!もう!

門限はとっくに過ぎてるわよっ!!

帰ったらしっかりお仕置きするんだから!」

『門限なんかあったんだな此所?!』

「ふぇぇぇぇ…」

「な、なのです…」

『暁も電も泣くな泣くな…本当…謝るから…』

「はぁ…」

ため息をつく長波。

彼は皆が怒りや今までの不安から

泣いているのだと思っているのだろう。

「お前が無事で安心してるだけだっつーの…

ったく…心配かけやがって…」

袖で涙をぬぐい、わざと明るい声を出す。

「オイ提督ッ!!一体何処で何をー」

「悪いけど、そんな暇はないよ。」

何人かにとっては感動の再会。

だが、ここが戦場ということを忘れすぎている

時雨がそう声を出すと、響も続けた。

「積もる話は後にしよう。

一先ずはこの状況を何とかしないと不味い」

響の声を聞き、無線の声は心底、

本当に心底不思議そうに訊ねた。

『不味い?…何がだ?』

 

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「この…アホッ!!!バカッ!!!」

声を出したのは夕立。

それもそうだ。

この男は全く状況を理解していないのだろうか

そんな彼女の思いは、

次の男の言葉で打ち砕かれる。

『オイオイ。俺の艦はこんな深海棲艦なんぞに

やられるような奴なのか?』

ニヤリ、という効果音が似合いそうな笑みと、

揺るぎ無い自信に裏付けされたような声。

全員がその言葉を聞いて固まる。

そんな中、一人、笑う少女がいた。

「ははっ…!」

響だ。

何を言っているのだろうかという笑い。

彼女は直感で分かったのだ。

この男は本当にそれが可能だと思っていると。

この数の駆逐艦で生き残れると思っていると。

「…信じて良いのかな?司令官」

『逆だよ。俺がお前らを信じてるんだ。』

「…ふふ、その期待には応えたいね」

これは時間を稼げという命令ではない

まして、沈むまで戦えという命令でも

戦って、勝って、

誰一人欠けること無く戻って来いと。

お前たちならそれができると

そんな、今までとは真逆の命令に、

思わず時雨も愚痴を溢す。

「全く…とんだブラック提督だよ。」

その声に、暗い色はない。

ここまで信頼されて、分からない艦はいない

「あぁクソッ!やってやんよ!!」

「ふふふ~。天龍ちゃん。

顔がにやけてるわよ~?」

「はぁッ?!」

「…んちゃ。」

「あらあら~?霰ちゃんもやる気充分ねぇ~」

「司令官がそうおっしゃるなら!

この朝潮!全力で戦い抜く所存です!!」

「もーっと頼って良いのよ!」

「あ、暁だって出来るんだから!」

「なのです!」

次々に砲が構えられる。

彼女等の心にもう絶望はない。

あるのは決意。

この信頼に応えるという強い意思。

『覚悟は固まったようだな…。

初対面の時も言ったが、

損害は許すが損失は許さん!

誰一人として沈めるな!

全員生きて帰ってこいッ!!!』

男の命令が飛ぶ。

 

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「…!」

音も無く沈む深海棲艦。

夕立は思わず笑みを浮かべた。

漣の言っていたことが完全に理解できたのだ。

芯から火照る身体。

感覚は研ぎ澄まされ、

全ての能力が一段階も二段階も

上がっている気がする。

身体は思うように動き、

相手の次の動きが、

まるで分かっているかのように、

手に取るように理解できた。

「遅いっぽい。」

まるで亀のような魚雷を避ける。

今までは一体何に苦戦していたのか、

思わず情けなくなってしまうほどに、

夕立は自分が強化されていたのを感じた。

「島風の気持ちも分かるっぽい。」

普段から"こう"だったとしたならば、

彼女はさぞかし混乱し、苦戦しただろう

それほどまでのギャップを

彼女は感じていたのだ。

『絶好調だな。』

無線からの声がする。

「当たり前っぽい。」

何故か意地を張ってしまい、

少しだけ顔をしかめる夕立。

"こういうの"が積み重なって、

彼が本当に消えてしまうかもしれない。

だとするならー

『油断するなよ。夕立。』

「私達なら問題ないんじゃないのかしら?」

『はは、調子に乗ってたら事前に挫く。

挫かれていたなら助長させるのが…

いや、違うな。それだけじゃねぇ。』

充分に警戒を含ませた男の声。

彼女も何が言いたいかは分かっていた。

「…敵が知性を持っていること?」

『…あぁ、とはいえコイツらには

知性はないと見て良いな。』

困惑した空気が伝わったのか、

苦笑しながらつけたす男。

『攻撃をして観察、攻撃をして観察。

一見知性を持っているようだが、

それにしては動きがあまりに単調すぎる。

これは…どちらかと言えば、

誰かの"指示"に従っているような…

"組み込まれた動き"を繰り返して…

いや、それもブラフか?

…それにしてはー』

「あの指揮官の指示ってこと?」

『いや。それよりもっと後ろだな。

アイツは動かないより動けないように見える

恐らく"誰か"の指示を待っているんだろう』

「その"誰か"が…」

『知性持ちだな。

言っておくが、ソイツが出てきたら逃げろよ』

「逃がしてくれるのかしら?」

笑う夕立。

帰路が絶たれていることくらい気付いている。

背後からの攻撃に警戒しつつ、

並み居る深海棲艦を倒しながら撤退など、

余程の奇跡がない限り不可能だ。

『それは違うぞ。

何故かは知らんがコイツらは損失を避ける。

だとするなら…ある程度強敵と認識されれば、

…あの指揮官を討ち取るくらいしてやれば、

撤退するのも多少は楽になるだろう』

何故かこの相手は損失を避ける傾向があり、

撤退する強敵を深追いするよりも

自軍の陣形を立て直すのを優先し、

無駄に追手に雑魚を差し向けて

数を減らすような真似はしない筈だ。

「…指揮官…。」

相変わらず後ろで此方を眺めるホ級を睨む

『やれるか?夕立。』

「私を誰だと思ってるっぽい?」

信頼に裏打ちされた短い問答。

二人は笑みを浮かべて吼える。

 

『「さぁ!ステキなパーティー

しましょ!(しようぜ!)」』

 

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夕立、時雨、島風、長波など

比較的損傷が浅く、且つ実力のある艦は別に、

損傷は浅いものの実践経験の少ない艦が

龍田や天龍、電といった酷い大破状態の艦を

その内側に囲うようにして前線を張る。

彼の指示に異論はない。

異論を出せる筈がない。

だが、どうしても不安は生じてしまう

「(提督は…彼女らの"実力"を

本当に理解できているんだよね…?)」

島風は実践経験もなく長波と渡り合った。

それは彼との"絆"もあるが、

彼女自身の"才能"によるところも大きい。

自分達と同じに見てもらわれると困るのだ。

時雨はほんの一瞬、

心配するように背後の仲間達に目を向けると

再び前を見据えた。

 

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『全員聞いてくれ。』

戦場に男の声が響く。

『夕立や時雨らは遊軍の意味合いが強い。

お前らとは別で動き、

機を見て指揮官を討ち取る役だ。

つまるところ…もうお前らを庇うことはしない

お前らだけで前線を維持する必要がある。

正直不安だろう。

逃げたいとだって思うだろう。』

「御言葉ですが司令官!

その様なこと思う筈がございません!!

戦って…戦って沈むのが艦娘の本望です!」

声を上げたのは朝潮。

男はその言葉を笑い飛ばした。

『そうか?俺はそうは思わないがな。

生きたいと願うのは当然の権利だし、

死ってのは実際目の前に来てみると、

凄まじいまでの恐怖を与える。

逃げたいという感情を持つのは当たり前だ』

だが、と男は続ける。

『お前らの後ろを見てみろ。

今ボロボロになってお前らの後ろにいるのは、

その恐怖と戦い…打ち勝った奴だ。

お前らを守るために、死を前にしても、

一歩も引かなかった奴等だ。』

声につられるようにして、

誰もが背後の龍田や電を見る。

『…コイツらは、

こんなボロボロになるまで戦ったんだぜ。

だったら…だったら、お前らはどうする?』

ーどうするか、など。

問われるまでもない。決まっている。

「今度は、私が…私達が、守ります!!」

最初に声を上げたのは誰だろう。

口々に広がっていく"覚悟"の輪。

沈む覚悟などではない。守る覚悟だ。

『…いい声だな。本当に。

…良いかお前ら!!

ビビるのは当然だ。不安も承知だ。

だが、お前らは一人で戦う訳じゃねぇ。

俺がついてるし、何より妖精だって居る。』

「…え?」

「おくれてすまねぇなー!!!」

「すまねー!!!」

ひょこっと艦娘達の艤装から、

沢山の妖精達が顔を出した。

『お前らなぁ…憑いてたなら言ってやれよ』

呆れるような無線の声。

「わたしたちもてつだいたかったけど…

ようせいさんはしんじるひとにしかみえないのー…」

「ていとくさんがおそいのがいけないんですよー」

「そーだそーだ!!」

「おなかすいたー!!!」

『ハイハイ…勝ったらドーナツでもなんでも

買ってやるから…』

言質は取ったとはしゃぐ妖精を背に、

男は再び艦娘達に声をかける。

『お前らは一人で戦っている訳じゃねぇ。

良いか。"戦い"ってのには"流れ"が存在する

それを掴むのにもっとも手っ取り早い方法は、

声を出すことだ。前を向くことだ。

全員声を出していけ!!

お前らの仲間を守り抜くぞ!!!』

「「「はいッ!!!!!」」」

全員が前を向き、大声で返事を返した。

 

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『早霜だったか。』

「ヒッ…?!わ、私です、か?」

不意に無線から名前を呼ばれ、

怯えから身体を固くする少女。

『そう怯えんなって。

ただ…期待してるぞ。』

「きっきたっ…?!」

『頑張れよ。』

ブツリと無線が切れる。

「…えっ、な、ぅ…?!」

何故自分なのか。

期待とはいったい何なのか。

応えられなければ自分はどうなるのか。

沢山の疑問や不安が渦を巻き、

少女は軽く混乱する。

だが、一つだけ確実に言えることはー

「が、頑張らないと…」

少女は主砲を握る手に力を入れた。

 

『五月雨…だよな、気楽に行こうぜ?』

「へぇっ?!」

唐突に声をかけられ、

軽くパニックになり

手元の主砲を取り落としそうになる五月雨。

「て、てててててて提督っ?!」

『気張りすぎるなって。

お前なら大丈夫だ。無駄に背負いすぎるなよ』

「はっ…はい!!」

『むしろガチガチじゃねぇか!!!!』

「ごっ…ごめんなさいごめんなさい?!」

『いや謝らなくて…あー…。

深呼吸だ深呼吸。

ほら、吸ってー、吐いてー。』

言われるがままに深呼吸をする五月雨

やがて彼女の身体から程よく緊張が抜けきったのを感じ取ると、男はまた別の艦娘に声をかけに行く。

絶望している艦は奮い立たせ、

緊張している艦は力を抜かせ、

戦場の空気が変わってきているのを敏感に感じ取ったのか、いよいよもって本格的に深海棲艦の侵攻が開始される。

 

「…大破進撃を指揮することになるとはな」

男は誰にでもなく愚痴を溢した。

戦場において絶対はあり得ない。

不測の事態だって起こり得るし、

場合によっては大破でも戦わねばならない。

そんなことは百も承知だ。

ーだが、

「…これが最初で最後だ。

二度と轟沈の可能性があるのに指揮しねぇ…。」

「はいはい、それは随分と立派な心がけね

無線ではあんなに威勢のいいことをいって

人格でも変わってしまったのかしら?」

前の大井は彼を一瞥することもなく言い、

男はその言葉で顔をしかめた。

「…大丈夫だろうか…アイツらは…」

「さっきからブツブツうるさいわね…

提督である貴方が艦娘を信じなくてどうするの

あの子達が生きて帰ってくることを、

信じなさい。信じて、指揮を執りなさい。」

実際、男の胸には不安しかなかった。

彼女らは生きて帰ってこれるのか、

轟沈でもしようものならどうすればよいのか、

本当にこの決定は正しかったのか、

されど、それを彼女らに見せる訳にはいかない

だからこそ、男は不敵な笑みを浮かべ、

艦娘たちに指示を飛ばし続ける。

 

「諦めたら終わりだぜ?

何、この程度の深海棲艦、お前らなら余裕だ」

ーまるで自信に言い聞かせるように。








大破進撃!ダメ!!!絶対!!!!!!!
ついでにやっちゃいけない誤字を修正しました損失許しちゃダメですだめですってぇぇ…!!

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