ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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許されない逃走(前編)

【side.】

 

「…守り抜きます!!」

「はーい!うちかたーはじめっ!!」

自らの艤装が意思に反応し、勝手に動く。

妖精が居るのと居ないのとでは大違いだ。

今までは波の大きさ、敵の位置、風圧、砲撃の角度、敵の動き、慣性など、様々なことに意識を回しながら撃っていた。

だからこそ、自分のイメージした場所に、自然に砲撃を行ってくれる妖精と艤装の効果は大きい。

ーが、

「…!!」

それでも、敵の数があまりにも多い。

入れ替わり立ち替わり攻め立てる敵の勢いに、

思わず呑まれそうになる。

『…もう少し踏ん張れるか?』

「はいッ!!!」

足は縺れる。

逃げたい。

怖い。

疲れた。

辛い。

それでも、それでも背を向ける事は許されない

彼が許さないのではない。

自分が許せないのだ。

だからこそ、前を向いて声を出した。

 

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「…くっ…まだ…!」

それでも、少しずつ蓄積される疲労。

瞬間、彼女を黒い"影"が捉えた。

「…ーぇ?」

上から降ってくるイ級。

飛び上がり、意表を突いたと言わんばかりに

砲口がしっかりと此方を捉えていた。

ーだが、

『朝潮っ!!!!!!』

「はいっ!!!」

迫るイ級を吹き飛ばす朝潮。

「あ、ありがとうー」

「お礼は要りません!それより前を!」

『朝潮、その辺は任せて良いな?』

「はっ!お任せを!!」

阿吽の呼吸と言うべきか、

まるでお互い何を言わんとしているか、

分かっているかのように言葉を交わす二人。

それを少しだけ羨ましく思いー

『浜風だったな。…良くやった。

あとは朝潮と連携しつつー…はぁっ?!

何して…!…すまんがあとは任せるぞ!!!』

「え…あのっ?!」

慌ただしく切られる無線。

どうしたのか、大丈夫だろうか。

様々な不安が胸を占めると同時に、

「…良く…やった…」

その言葉が、胸に小さな火を灯す。

何をしようと返ってくるのは叱責だった。

だからこそ、朝潮の手を煩わせたことを叱責されると思っていたのだ。

否、今までだったら、

きっと返ってきたのは叱責や罵倒だっただろう。

でも、今はー

「…心配、ですか?」

「ーえ?」

隣に立つ少女の声に、思考が中断される。

敵に注意を払いつつ、

視線は一切動かさないまま問いかける朝潮。

「そ、それは…まぁ…」

そんな返答に、彼女は少しだけ笑みを溢した

「今までだったら、きっと私達は、

心配まではしていないでしょうね。」

「…ですね。」

あぁ、その通りだ。

今の自分は、どうしようもなく彼が心配で、

この"心配"という感情は、本来、

今までなら絶対に起こり得なかった物だ。

「少しずつ、変わってきてるんですね、提督」

この鎮守府が、艦娘が。

それを感じて、朝潮は嬉しいのだ。

誰にも聞かれないように呟いた朝潮は、

少しだけ大きな声で、語りかける。

「あの人なら、きっと、大丈夫です」

朝潮の言葉で弾かれたように隣を見る浜風

「…だから、私達は、

私達の為すべき事をしましょう。」

迫る深海棲艦を前に、

二人は笑みを浮かべて迎撃する。

 

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「…皐月ちゃんっ!!!」

背後で自分の名を呼ぶ声がする。

ー良かった。どうやら間に合ったようだ。

「僕のことは良いから!!

如月は撃ち続けて!」

「で、でも…!」

「早く!!!」

この状況下で悩む時間も余裕もない。

彼女は若干ためらう素振りを見せつつも、

素直に庇われたままで居てくれた。

…それで良い。

「つぅ…!」

敵の攻撃を喰らいつつ、必死に耐える。

視界は少しずつ黒く染まり、

片腕はもう力が入らずただ垂れ下がっている。

「あはは…」

このままいけば確実に自分は沈む。

だが、それで良い。

自分は他の艦よりも砲撃が苦手だった。

動く相手に標準を合わせることが出来ないのだ

だからこそ、この場では自分はお荷物で、

今の自分にできるのは精々肉盾となりー

『皐月下がれ!!出れるな三日月!!』

「へっ…?!ははははい!!!」

唐突に名前を呼ばれ、弾かれたように、

自分と入れ替わりに前に出る姉妹。

気がつけば自分はその背後に立っていた。

「みっ…三日月!」

『何してくれてんだこの阿呆がッ!!』

罵声が耳を打つ。

あまりにも音量が大きいので、

耳がキーンとなり、思わず音量を下げた。

『……か…?』

「…へ?」

下げすぎたかと音量を上げる。

『無事かって聞いてんだよッ!!!』

…音量を下げる。

「あ、う…うん…ごめんなさい…」

『…あー…チッ…』

小さな舌打ちに肩が震える。

やっぱりダメだ。

自分のような役立たずは盾になって沈めばー

『…何でこんな事したんだ。』

「…へ?」

『何でこんな事をした。

あのままじゃお前、沈んでたぞ。』

だからこそ、

皐月は先の自分の考えをありのまま話す。

自分は砲撃が苦手なこと。

だからこそ、出来ることは

誰かの盾になり沈むことくらいなこと。

『…そうか。』

「う、うん。」

『俺の答えはふざけんな。だ。

皐月、次にこんなことしたら許さん。』

「だ、だって!!!提督!!」

『誰がそんなこと命令した。

俺の指示はただ一つ、全員生きて帰ることだ

誰も役立たずは壁になれなんて言ってない』

「でもそうした方が生存率は…!」

『第一な、お前の姉妹は、

そんな護られ方して喜ぶと思ってるのかよ。』

その声で、ハッとしたように周りを見る。

自分の周りに居る姉妹艦。

その誰もが泣きそうな顔で此方を見ていた。

『頭が冷えたか?

…まぁ俺も人のことは言えないが…

駄目だな、つい頭に血が上る…。』

独り言のように呟かれる言葉。

「で、でも、提督…ボクは…」

『でもも糞もねぇ。

弱いなら強くなれば良い。

そんな自分勝手な死に方、俺は許さねぇ。

…取り残された奴の気持ちも、

少しは考えてくれよ。』

その最後が、やけに真剣な声だった。

「…ごめんなさい」

だからこそ、心からの謝罪で返す。

怒られたくないからでも、

怖いからでもなく、

悪いと思ったからこその謝罪を。

『謝るべきは俺じゃなくお前の姉妹艦だ

ほれ皐月。ボーッとしてる暇はねぇぞ』

促されるように前方を見据える。

『大丈夫だ。今は妖精もいる。

ほれ、撃ってみろ。』

言われるがままに砲撃。

弧を描いて飛んだ砲弾は、

見事敵に命中する。

だが、喜べない。

「…っ!」

狙ったところとは、

まるで見当違いの方向に飛んだからだ。

今当たったのは、単純に敵の数が多いからで。

『クックッ…』

無線から聞こえるのは笑い声。

思わず羞恥で顔を伏せた。

「…だから言ったじゃん…ボクはー」

『何がだ、ちゃんと当たるじゃねぇか』

心底可笑しそうな声に腹が立ち、

思わず声を張り上げてしまう。

「それはー!」

『何処に撃とうが当たるんだ。

練習としちゃ丁度良い機会だろ。

思う存分ぶっぱなしてこい!』

「えぇ…?!」

『…もう、盾になろうとなんてするなよ。

お前だって俺の艦だ。

例え本当に弱くとも、勝手に沈むことは許さん

役立たずなんて居ないんだからな。』

本当にそうだろうか。

「…ボクはー」

『ソイツを上手く使うのが"上"の役目だ。

使えない奴がいるとするなら、

その上司が無能なんだろうよ。

自分を上手く使えないお前が悪い!

くらい言って見せたらどうだ?』

「うぅ…」

『ま、今のは極論だがな。

…兎に角、姉妹を守ろうとするその意気込みや気概は好きだが、次やったら許さん。良いな。』

ブツリと途切れる無線。

「ぅ…ぁぅ…」

頬が赤い。

好き、というたった二文字を聞いただけにも関わらず、怒鳴られたときよりも心臓は早鐘を打ち、混乱していることが自分でもわかる。

「あぁもうっ!!変な提督だなぁっ!」

思わずにやけてしまう自分を抑え込み、

三日月や如月の隣に立ちながら、

彼女は必死に砲撃を続けた。

 

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「ぽいぃ…」

「まだだよ。夕立。」

「ぽぃぃぃぃ…」

焦れる夕立を宥めながら敵陣を観察する。

場合によっては多少強引にでも指揮官を討つ必要があったが、あの様子だと、本当に彼女等だけで前線維持を出来るようだ。

「少し…僕たちは侮っていたのかもね…」

自分達がしっかりしなければ、

自分達が守ってあげなければ、

同じ駆逐艦にも関わらず、

いつから自分達が上と思い始めていたのだろう

いつからこういう思考に囚われていたのだろう

いつの間にか自分達の後ろに居たのは、

守るべき弱者でも、頼りない後輩でもなく、

深海棲艦と戦う兵士だったのだ。

だとするなら自分達がやることはただ一つ。

ー致命的な隙を突き、

確実に指揮官を討つことだー

だからこそ、彼女は虎視眈々と隙を窺う。

時間をかけ、執拗に。

やがて敵陣に綻びが生まれた。

なかなか崩せない前線への焦りからだ。

ーその隙を彼女は逃さない。

「行くよ!!!夕立!!島風!!長波!!」

 

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「っぽい!!!」

砲撃命中、慌てて敵からの反撃を回避する。

彼女は負けると直感していた。

無論、万全の状態ならば余裕だろう。

だが今の彼女は別だ。

疲労は蓄積され、轟沈の一歩寸前。

ましてー

「夕立!!ごめん!!一匹そっちにー」

「…っ!!!」

背後から突撃してきたイ級を慌てて沈める。

まして、茶々が入ると尚更だ。

では他の艦なら勝てるのか、

それも不可能だと夕立は理解している。

自分は比較的損害が酷いだけであり、

他の艦は軽いと言うことでは一切無い。

そして、攻撃特化型の自分が崩しきれない相手を

どちらかと言えば指揮、防衛寄りな時雨が崩しきれるとはどうしても思えないのだ。

島風は連装砲との連携で、

茶々を防ぐのに尽力している。

彼女が向き合った場合、

自分達は指揮官を守ろうと特攻をかけてくる深海棲艦の群れを抑え込むことはできないだろう。

長波はどちらかと言えばサポート型だ。

他人と協調し、連携することが得意であっても

こういう一対一の戦いは不得手なのだ。

まして自分が耐えれるのは良くて残り数発。

ならば大多数を相手にするよりは、

一対一の方がよっぽど生存率は高い。

それを理解しているからこそ、

彼女は退くことができないし、

『………』

…彼も迂闊に指示を出せないのだ。

だから、次の彼の言葉に夕立は耳を疑った。

『下がれ!!夕立!!』

「はっ…はぁっ?!

ちょっ…本当に状況分かってるっぽい?!」

自分以外の誰がコイツを止めるのだ。

『良いから下がれ!!』

だが、問答無用で繰り返され、

舌打ちをしながら後退を開始する。

ーだが、

「…!!」

「…っ!逃がしてくれる気はないっぽい」

敵だって馬鹿ではない。

撤退していく敵に更なる追撃を与えようと、

今までの態度とは一変。

一気に攻勢へと変化する。

だからこそ、砲撃や魚雷を撒き散らしながら

水柱の影に隠れるようにしてー

「………!」

駄目だー

相手から感じるのは余裕、安堵、愉悦。

このままじゃー

全てがスローモーションに見える。

追い付かれー

瞬間、背中に何かが当たった。

「…ぇ?」

「ふふ~…お疲れ様ぁ~」

「龍田…さ…?」

まるで鉄の門が閉められるように、

自分を庇うように目の前に二人の艦娘が入る。

「夕立、あとは任せてくれ。」

「もーっと私に頼って良いのよ!」

「響…雷…?」

気が付けば、自陣の中に来ていたのだ。

まるで二つに裂けるかのように、

味方の陣形が右と左に分かれている。

その中央に収まった少女と、

慌てたように左右を見渡す敵。

気が付かなかったのは、

お互いがお互いに注意を払いすぎていたせいだ

そして間髪入れずにー奥側からだがー

陣形が元に戻り、

指揮官は完全に孤立させられる。

まるで独り言のように、

男の声が無線から聞こえた。

『満身創痍、それもかなりの強者が撤退していくとなると、まるで自分が優位なように思い込んでしまい、思わず欲が出る。

深追いしたくなる気持ちは分かるが…

図に乗りすぎなんだよ。間抜け。』

理解したのだろう。

深海棲艦の目が怪しく光り、

少しでも被害を与えようと、

最後の悪あがきをする

…よりも前に、

駆逐艦のほぼ全員の主砲が火を吹いた。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

音も無く沈む敵の指揮官。

夕立はゆっくりと膝をついた。

「だ…大丈夫なのです…?!」

駆け寄ってくる電。

大丈夫だと敵陣を観察すると、

時雨達が凄い勢いで撤退してくる。

あとは彼女らと合流し、撤退するだけだ。

安堵の息を吐く夕立だったが、

「flagship!!ロ級、ハ級、ヘ級、ヲ級、

此方に向かってきてる!!!!」

青い顔で時雨が叫ぶ。


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