『それで-』
『その時に-』
『島風が-』
『しかも-「あのー」
たまりかねたように漣が口を開く。
「ちょっと五月蝿いんですケド」
『えっ…あぁ…すまん…』
無線の向こうからでも分かる
しゅんとした空気。
漣は漣で聞こえないように、
「他の子達の話ばっかりしなくても
良いじゃねーですか…。」
などと呟きながら頬を膨らませている。
「あの、提督…心配しなくても
私達は逃げませんよ?」
潮は恐る恐る言うが、
無線から伝わるのは困惑。
『お、おう…そうか…?』
無線を切れば私たちが逃げるかもしれない。
そう判断し、
無理矢理話を続けているのではないのか?
「…あの、一応聞きますけど…
何故こんな話を…?」
『ん?いや、ただじっと待つのもあれだろ。
静寂ってのは、想像以上に負担になる。
特にお前らはまだ駆逐艦だろ。
そんな無人島でただぼうっとしていると、
すぐ悪い考えや不安が浮かぶからな』
「いや、そんなに心配なさらなくても…」
「私達、提督が思ってるよりずっと
精神は成熟してますからネ?」
嘘か本当は兎も角、それこそ無用な心配だ
『そうか…?だがなぁ…
ただ待つってのは…
あぁいや…仲間がいたら違うものか…?
……む?開いてるぞ。入れ。
あぁ、悪いが少し席を外す。
…あぁ、それで、なにか用か?』
言うが早いか、ぶつりと途切れる無線。
「へ、変な提督…」
「オボロンに言われるとか…?!」
朧の呟きに漣は戦慄した。
彼女に言われるなど最早手遅れではないか
「ま、まぁ…良い人…なのかな…?」
「そんなわけ無いでしょ。
あんなの絶対演技よ演技。」
苦笑いする潮に肩を竦める曙。
だが、不思議と
今までの暗い空気は一変していた。
此所に来たときはこんな空気ではなかった。
潮は考える。
彼は信用に足る人物なのか。
今までの提督と本当に違う人間なのか。
「…私は-」
『此方朝潮です!!
提督の話し相手になってやれ、
という命に従い!暫くの間お相手致します!』
無線から聞こえる声に思考が中断される。
「朝潮ちゃん…?」
呟く朧。
そういえば彼女は
提督に助けられたと駆逐艦の間で吹聴していた
その言葉をそのまま鵜呑みにしている艦は
正直なところあまりいなかったが、
それでも彼女は以前と比べ、明るくなった。
…これまでは、単に姉妹である荒潮が
戻ってきたからだと思っていたが、
もしかしたら、本当に彼が一枚噛んでいるのかもしれない。
「…なんというか…正直…ですね…?」
潮は苦笑しつつ言う。
"提督の命令"などと言っても良いのだろうか
無線の後ろでは、
慌ただしく指示を出す提督の声が漏れていた
『島風!そこの本全部持ってこい!』
『おっもーい!』
『うるせぇ!!我が儘言うな!!
夕立!地図だ地図!!早くしろ!!』
『はいはい今持っていくっぽい』
『それでですね!はい!!
私は会話が苦手なので!!!
何かお聞きしたいことがありましたら
なんでも答えます!!』
曙は間髪いれずに訊ねる。
聞きたいことなどただ一つだ。
「アイツって、どんな奴なの?」
答えはない。
ただ、暫く空白の時間がありー
『……朝潮は、
御自身の目で確かめた方が早いと思います!
一度彼と向き合ってみれば、
自ずと、答えは導き出されるかと!』
「………。」
簡単に言ってくれる。
そうできたらどれ程良いだろうか。
だが、前任に刻まれた恐怖は拭えない。
そんな簡単に人を信じることなどできない。
『…怖がるな、とは言いません。
貴女達の気持ちも、分かりますから。
でも、今もこうやって、貴女達のために
身を粉にして働いてるあの人を、
よく知らないうちに
否定してあげないでください。』
無線の後ろからは今も騒がしく
男の、大きな声が響いていた。
三人は顔を見合わせる。
「…信じても、良いの?」
『はい。』
それは、驚くほど早い返答。
さらに口を開きかけた曙だが-
『よし。今入った情報で、
お前らの座標が特定できた。
思ったよりも遠いな…。
夜にならないうちに帰って貰わないと…。
すぐにでも此方に向かってほし-』
「あ、今はあまり動けませんね。
私たちを探しているのか、
さっきからイ級が
この島の回りをグルグル回っているので。」
然り気無い漣の言葉に、
凍り付いたように動きを止める提督。
「…あれ?もしもーし?」
漣は無線でも壊れたのかと一瞬不安になるが
無論、壊れているはずがない。
ただ、男が喘ぐように呟いた。
『…なんだと…?』
「…へ?」
首をかしげる漣達。当然だ。
今の言葉の何処に問題があるのだろう。
『…なんで…もっと早く…』
「あのー?」
『オイ。なんでそれを言わなかった?
俺は変わったことはないか聞いたよな?
何故言わなかった?…隠していたのか?』
捲し立てるように言う提督。
話が見えない。
何故彼は突然焦り始めたのだろう。
「…えーっと、待ってください。
私たちにも説明を下さいよ。」
『…ある出島…のような場所に、
孤児院のようなものがあった。
そこである子供達が暮らしていたらしい』
漣の質問に答えず、
独り言を呟くように男は語る。
「…?」
『その子供達はある日、
島を取り囲むようにして回り続ける
深海棲艦の群れのようなものを発見した。』
四人の視線は、自然と沖へ向かう。
島の回りをなぞるように、
円を描くように深海棲艦が泳いでいた。
『…だがその島に艦娘は居ない。
当時は、まだ艦娘、という存在が
全国に普及している訳ではなかったからな。
艦娘が置かれていたのは首都圏だ。
地方の、それも出島の孤児院なんぞに
置かれている筈がないからな。
…だから、不審にこそ思ったものの、
危害を加えてこないなら、
下手に刺激する方が不味い、と。
その島の人間は放置していたんだ。』
「…それで、どうなっ…」
『翌日、深海棲艦の大侵攻が行われたよ。
…生存者はたったの一名。
その一名を除いて、
そこにいた大人子供の区別無く、
全員が殺されたらしい。
生存者から話を聞いた大人達は、
深海棲艦の"ある習性"を発見した。
イ級などの艦が島の周囲を回るのは、
"獲物"を逃がさないようにするため。
近いうちに、
"ヒトガタ"の深海棲艦が
陸に侵攻を行う合図だと。』
「………」
『…これ以上その島に居るのは不味い。
すぐにうって出るぞ!!!!』
男が叫ぶようにして怒鳴る。
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「ちょ、ちょっと待ってください!!」
潮が悲鳴をあげる。
「今の状態で交戦しても勝てません…!」
『そのままそこにいる方が不味い!
包囲網が突破出来なければどのみち終わりだ!』
怒鳴る提督。
心なしか冷静さを欠いているようにも思うが、
それでも言っていることは正論だ。
「…分かったわよ。」
「曙?!」
朧が信じられない、
といったような目で彼女を見る。
「やることは"いつも"と変わらない。
…そうでしょ?慣れっこじゃない。」
艤装を展開しながら、曙は言ってのけた。
そうだ。普段と何が違う。
…結局同じではないか。
『…悪いな』
「謝罪なんてされる筋合いはないわ。
…それで、どうするつもりなの?」
『撤退するしかないだろう。
ただ、まっすぐ鎮守府に向かっても
追い付かれるだけだ。
島や洞窟を経由しつつ撤退する。』
異論はない。
というよりも、それより他に策はない。
「…でも、この包囲網をどうやって…」
『無理矢理こじ開けるしかないな。』
この男はつくづく無茶を言う。
そんなこと出来るほどの力があるはずがない。
そう言おうとするが、
それより先に男が口を開いていた。
『やれるか?…"漣"』
「は?!」
思わず名前の主の方を見てしまう。
対する漣は至って冷静そのものだ。
「…成功率はーどんな感じでしょう?」
『五分五分、だな。
…お前でも厳しいかもしれんが…
他の奴にはもっと無理だろ?』
「…ですなぁ…それじゃ、成功させて
うんと褒めて貰いましょうかねっ!」
ガチャン、と艤装が展開された。
「まっ…!」
滑るような動きで、
一切の躊躇いもなく、
沖へと向かう漣。
…きっと自棄になってしまったのだ。
そんな曙の考えは、
次に起こった出来事が否定した。
悲鳴を上げながら轟沈するのは"深海棲艦"
「…え?」
「これが私達の"絆の力"って奴ですヨ」
桃色の髪を持つ少女は、
同じく頬を仄かに桃色に染めながら
振り向くと、はにかむようにして笑った
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『なんだよ…思ったより慕われてたな俺…』
「なっ…ちょっ…ばっ…
そんなこと言わないで貰えます?!」
提督のぼやきに反応し、
まっ赤になった顔で叫ぶ漣。
『いや…なんだかんだ、まだ
提督としては認められてないものだと…』
「…それ、本気で言ってるんですか?」
彼女の声のトーンがいくばくか低くなった。
『…お…おう…?』
「…嫌いなわけないじゃねーですか…
というかむしろ好…えっと…好ー」
『悪い…轟音で聞こえないんだが…』
「あぁもうなんでもねーですよ!!」
漣は赤い顔でパンパンと頬を叩く。
本当にどうしようもない…
曙の言葉を借りるなら、"クソ提督"だ。
「漣…あんたいつの間にそんな…」
曙は深海棲艦が沈んだ辺りを眺める。
いつの間にそこまで強くなったのだろうか。
というか、そこまで強いのならもっと早くー
『艦娘の出せる"本当の実力"ってのは、
提督との関係性に大きく依存する。』
「…え?」
そんなこと初耳だ。
『当然だろ。"艦"は自分じゃ動かねぇ。
艦を動かす奴が、
"提督"がいて初めて艦は動く。
艦娘だけで深海棲艦に勝てるのなら、
俺ら人間は今ごろ
内地に引きこもってるだろうよ』
「…だから俺に心を開け、と?」
不快げに訊ねる潮だが、
男は呆れたように返した。
『潮だったな…さっきから邪推し過ぎだ…
別に仲良しごっこに興じろ
と言うつもりはねぇよ
戦艦空母が良い例だ。』
どうしてそこで戦艦達が出てくるのだろうか
『…ん?もしかして知らないのか…?
アイツらとお前らの力の差は、
艦種によるものもあるが、
一番の理由は提督を認めているか否かだ。
お前らが"提督"という存在を
頑なに認めず拒絶するのに対して、
アイツらは"提督"という存在を
嫌ってこそいるが受け入れてはいる。
公私を分けている、とでもいうべきか…?
だからこそアイツらは、
一応、だが実力を引き出せるんだよ。』
「…っ!!貴方に何がわかるんですか!!
私達よりずっと優遇されてきたあの人達が!
"提督"を受け入れられるのは当然です!
何も知らない癖に知ったような口をー」
『いや、何言っているんだお前。
アイツらこそー…あぁ糞…
言い合ってる暇はねぇな…頼むぞ漣!』
「ほいさー!!」
漣が道を切り開き、三人は後に続く。
そんな中、
提督は誰にも聞かれないように呟いた。
『ままならねぇなぁ…』