ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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第七駆逐隊の死闘(中編)

『…おかしい』

無線からの声に反応し、漣が首を傾げた。

「どーしたんですか?」

『何故追ってこない…?』

「いやいや、振りきったんじゃねーですか」

ポリポリと頭を掻きながら言う漣。

だが、曙が口を開いた。

「いや、可笑しいわ。

私たちが振りきれる筈がないもの。」

「へ?」

『その通りだ。

正直、奴等が本気で追ってくれば、

逃げられない…という訳ではないが

それでも振りきれる筈がない。

これではまるで"故意に見逃された"様な…』

曙は無言だ。

だがその空気が、

自分も同じことを考えている、

と伝えてくる。

朧は脳を回転させた。

二人がそう感じたのなら、

恐らく自分達は見逃されたということだろう

…では何故、見逃されたのか。

考えながら思い返し、あることに気づく。

「確か…途中から」

もう死ぬだろうと感じた時が何度もあった。

その手が緩んだと感じたのは確かー

「あれは…まるで…

"私達が島に向かっているのを理解した"

瞬間に、退いていった様な…」

彼女がそう言った瞬間に、

漣を水柱が包み込む。

「…え?」

呆気にとられる全員。

前方から、深海棲艦の群れが

目を爛々と光らせつつ、此方を注視していた

 

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『…何だと?!』

無線から響く男の声が煩い。

曙は唇を噛み締めた。

これは自分達のミスだ。

後方に注意を払うあまり、

前方への注意を怠っていた。

島に向かわせるよう命令した男に、

文句がないわけではないが

どのみち島を経由しないルートならば

すぐに追い付かれていただろう。

つまり、これは…

「元々、詰んでいたって訳ね…。」

『漣…!!大丈夫か?!』

「はい~…油断しましたぁ…」

口調は軽いものの、苦痛が隠しきれていない。

机を叩いて怒鳴る提督。

『糞ッ…!!!俺のミスか…』

「…さっきから五月蝿いわね。

一々感情的にならないでもらえる?」

『あ…あぁ…すまん…』

ため息をつく曙。

全く、これでは新兵の初陣だ。

「悔やむなら指示を出してから悔やみなさい

今落ち込んだところで、

代案が出てくる訳じゃないんでしょ!」

『…あぁ…悪かった…

…これは…先回りされていた…?

読まれていたとしても…一体どうやって…』

「あの、えっと…」

潮が恐る恐る手をあげる。

「…何匹かが島の周囲を

グルグル回っています…」

『…は?』

「…それだけじゃないです。

ここから見える島は殆ど囲まれて…」

「…つまり、別にこいつらは

私達を狙ってた訳じゃなくて、

元々この島々を包囲していた所に、私達が

逃げ込んでしまった、という訳です…?」

漣が諦めたように笑った。

 

『そんな馬鹿げた話があるか…!?』

幾つもの島を包囲するなど、

群れとしての規模があまりにも大きすぎる。

それだけの規模があるならば、

小さな街など一瞬で殲滅できるだろう。

もしもそれら全てが同じ群れならば、

それこそ文字通り未曾有の事態だ。

幾つかの鎮守府と合同で、

それでもようやく鎮圧できるかどうか

怪しいレベルだろう。

そんな馬鹿げた勢力の群れが、

何故こんな辺境の小さな無人島にー

「考えている暇はないわ。

ここからどうするかを考えないと…」

『チッ…!島は使えねぇ。

なら…直接撤退するしかないか…!』

「…方向を変える!!

曙と朧は魚雷で威嚇!皆付いてきて!」

漣にしては珍しく真剣に吠える。

ふざける余裕がないのだ。

『クッソ…!!…いや待て?確か…!』

ごそごそと何かを探る音。

続いて男の声がする。

『…!そこから北西に天然のトンネルがある

そこまで何とかして逃げてくれ!!!』

 

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「…しつこいわね…ッ!!!このッ!!!」

『曙!!なるだけ魚雷は温存ー』

「そんな事言われても仕方ないでしょ?!」

あまりにも敵の数が多い。

多いだけでなく、しつこいのだ。

漣は前方から来る敵をねじ伏せつつ、

充分な警戒を払っている。

だが、前方から来る敵を捌きつつ、

全速力など出せる筈もなく、

彼女らの間の距離は段々と縮まってきていた

「…!あった!!ありました!あれです!!」

朧が声をあげる。

そちらの方を盗み見ると、

かなり遠方、巨大な岩で出来た島の中に

一本の糸が通されたような、

自然にできたトンネルがあった。

『単縦陣を維持しつつ潮を最後尾に!

そのまま速度を上げて一気に突っ切れ!』

…何故彼女を最後尾に持ってくるのだろうか

眉を潜めつつ速度を上げていく。

唐突に速度をあげたので、

深海棲艦達が慌てて速度をあげるが、

ほんの少しだけ差は開いた。

その最中だ。

『…それと潮は、

洞窟内で少し速度を落とし、迎撃だ。

ある程度数を減らしてくれ』

「…ぇ?」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

曙が怒鳴る。

「じゃあ私で良いじゃない!

どうしてわざわざ潮を…!」

『何でって…』

「曙ちゃん…もう良いよ…」

一番彼への不快感を顕にしていたのは自分だ

だからこそ、最初に切り捨てられるのは当然

それが"提督"というものだ。

「あの、提督、潮ちゃんは…その…」

言い辛そうに漣が口を開く。

『…?』

漣が口をパクパクさせ、下を向く中、

朧がポツリと呟いた。

「…どうせ私たちは…けっかー」

「良いよ!!朧ちゃんッ!!!!」

お願いだから。

貴女の口からその言葉を言わないで。

 

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「本当にお前らは使えねーな」

椅子に座りながら、

前任は苛立たしげに机を蹴った。

「………。」

「何とか言えよ。」

「…すみませんでした…。」

「すいませんじゃねぇんだよッ!!!」

机の上の物を投げつけられる。

「いっ…!」

「弾除けとしての役目も果たせねーのか?

…はぁ…もういい。部屋に戻れ。

これだから"欠陥品"は…」

「はっ…!失礼します…」

敬礼を返し、執務室を出る。

部屋に戻り潮は、その場に座り込んだ。

 

"欠陥品の第七駆逐隊"

この鎮守府の彼女らはそう呼ばれていた。

他の朧と比べてても、何故かすぐに疲労し

戦闘中だろうと満足に動けなくなる朧。

誰よりも怖がりで、恐怖により

足がすくんでまともに戦えない潮。

少しでも攻撃が当たったり、

絶望を感じると戦意を喪失する漣。

敵の攻撃を避けることが下手で

すぐに被弾し大破してしまう曙。

「何故うちの鎮守府の第七駆逐隊は

こんなにも欠陥品ばかりなんだろうな」

言い返す言葉はない。

実際、自分達は

他の"自分"と比べても一際性能が低く、

いわゆる"不良品"だったのだから。

幸か不幸か、漣は若干入手しにくく、

他のメンバーは

便利なストレス発散ができる"道具"として

毎日のように暴力の捌け口にされていた為

轟沈することも中々無かったのだがー

 

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『…何か勘違いしてないか…?』

男の声で正気に返る。

「…分かっているわよ。

所詮欠陥品なのよ。私達は。」

曙が呟く。

「曙ちゃん…っ!」

「潮は戦えないのよ。提督。

…残るなら、私が残ります。

それで良いでしょう?

別に潮である理由なんてないじゃない」

『…本当に知らないのか…?』

「何よ。」

『この中で一番練度が高いのは誰だ?』

三人の目線が漣に集まる。

所属日数でも、今の強さを見ても、

彼女が一番練度が高いだろう。

「わ、私ですよネ…?」

『…潮、お前だ。』

「「「「うぇぇぇぇぇ?!?!」」」」

四人の声が重なる。

 

「え、いやなん…」

なんで、と言いそうになり、

曙は慌てて口を閉じる

だが、その疑問も当然だ。

彼女は一度も戦っていない。

ただ自分達の後ろで守られていただけだ。

何時だって。今だって。

それがどうしてー

『清掃期間にも関わらず、

真夜中に抜け出して

演習場を勝手に使う阿呆がいてな。』

笑うように男が言う。

「…え、…あ…」

心当たりのある彼女が小さく声をあげた。

思わず潮を見る三人。

『俺が出ていくと恐縮される。

邪魔するわけにもいかねぇ。

とは言え何か問題が起これば

すぐにでも飛び出せるように

ずっと陰から見てたんだが…

中々どうして、筋が良いんだな。これが。

動きに迷いがなく、

月に照らされた演習場を、

滑るように移動しては的を破壊していた』

かぁっと彼女の頬が赤くなる。

『なぁ、潮さんよ。

お前は一体なんのために

夜中に抜け出して練習していたんだ?

…それとも俺が見た潮は別人格か何かか?

今やらなくて何時やるんだ?』

「そ、それは…」

『俺はゲームが好きなんだがな

レアアイテムを手に入れると、

勿体なくて到底使えないタイプなんだ

使わないままとっておくうちに、

気が付きゃエンディングまで来ていてな

「あぁ、使っておけばよかったな」

「あの時使ってれば死ぬこともなかったし

あんなに苦労することもなかったな」

なんて後悔することなんざ何度もある。

…ゲームならそれでいいが現実は違う。

持っている力を温存して、

何かを失ったあとに

「あぁ、あの時使っておけば」なんて

どれほど後悔しても、

無くしたものは返ってこないんだよ』

「いい加減にしなさいよ!」

曙が割り込む。

「それはあんたの主観でしょ?!

少なくとも潮は戦えるような艦じゃー」

『潮が戦えるかどうかは

俺が決めることじゃない。

そして同時に、お前が決めることでもな。

他でもないお前が、

本人のことをやる前から

否定してんじゃねーよ。』

「…それは!」

それでは前任と同じだぞ。

そんな声が彼女の胸を貫く。

「やります。」

そんな曙を手で制し、

潮はしっかりとした声で呟いた。

「ちょっと潮?!」

「潮ちゃん?!」

洞窟に差し掛かるまでもうすぐだ。

悩んでいる時間はない。

…そして何より、

「…やれ、ます。」

瞳の中に、強い光を宿しながら、

潮は自身に言い聞かせるように断言した。

 

『…よく言い切ったな。潮。』

「…"提督"」

無線から誇らしげな声が聞こえる。

「…見られて…いたんですね」

『あ、いや…そのー…

ストーカーみたいな真似して悪かった…』

「見てくれて、いたんですね。」

『……はっ。そりゃそうだ。

お前だって俺の艦だからな。

…誰にも見られてないところで

一人でずっと努力を続けるなんざ、

相当な強さがないと無理だ。

…だから、潮。自分に自信をもて。

お前は俺の自慢の艦だ。

自分が信じられないなら俺を信じろ』

潮が感じるのは強い恐怖。

立ち止まり、待ち構えている間も

大量の深海棲艦が押し寄せるように

此方に向かってくるのは

恐怖以外の何者でもない。

…それでも。

そうだとしても。

「私は、強くなんてないですよ。」

『…そうか?』

何度だって誰かに庇われた。

戦えない自分のフォローをされた。

自分の身を呈してまで守られたこともあった

だから、ずっと。

ずっと考えていたのだ。

「私は、ただ。」

何時か、自分も。

ー自分の大切な姉妹を、守ってみたいと。

「ただ、皆を守りたかっただけです。」

 

護られるだけだった雛鳥は、

今や大きく羽化し、成長していた。

潮は、震える二本の足で立ちながら笑う

今度は自分が守る番だと。

一本の魚雷が、

先頭を走る深海棲艦の一匹に当たり

幾匹かの深海棲艦が宙を舞う。


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