ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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第七駆逐隊の死闘(後編,1)

ひゅう、と漣が口笛を吹いた。

『あれだけの数が"横に展開"しているんだ

洞窟のような狭い場所に入る際、

かなり減速し、詰まる筈だろうから

確実にここで削ぎ落とす必要がある。』

「はい!」

速度を落とし振り返り、

威嚇するように入り口付近に砲撃を行う。

着弾した衝撃で洞窟が大きく揺れた。

「ちょっ…!」

『気を付けろ潮!

生き埋めになったら元も子もないぞ!』

そうだ。

魚雷が外れ、壁にでも当たれば、

そこから崩落が始まれば、

その時点でゲームオーバーだ。

…だが、潮は前を見据える。

「………。」

口を大きく開け、飛びかかる深海棲艦。

それらは揉み合いになりながら、

我先にと狭い洞窟にぶち当たり、

壁自体が大きく振動する。

濁流のように流れ込んでくるソレを、

迅速に、されど丁寧に処理。

『…流石だな…』

感心したような声に思うところがあったのか

漣がムスッとしたような声で告げた。

「あと数メートルで出口でーす。」

振り返ることはできないが、

風の音や光で何となくは分かっていた。

それまでに、一匹でも多く減らさなければ。

そう感じた潮は、出口で停止する。

『おい…!誰もそこまでしろとはー』

魚雷を発射する。

この狭い一本道で避けられるはずもなく、

先頭の艦が沈み、距離がぐんと縮まる。

「ちょっ!潮?」

魚雷を発射する。

その程度で、ソレらは歩みを止めない。

寧ろ速度は上がり、距離が更に縮まる。

「何してるのよ!!」

魚雷を発射する。

最早敵は目の鼻の先だ。

喰らいつかんと大きく口を開けたまま、

魚雷を叩きつけられ沈む深海棲艦。

「そこで止まっちゃー」

魚雷を発射する。

その屍を盾にするかのように、

沈む仲間を乗り越えた深海棲艦がー

魚雷をー

やがて、凄まじい轟音と共に、

洞窟全てが崩れ落ちた。

 

「潮!!!!!」

曙は絶叫する。

当然だ。

彼女は誰よりもこの"仲間"を大切にしていた

欠陥品と罵られようと、

なんと言われようと、

それらは彼女にとっての誇りであり

守るべきものであり

かけがえのない、大切なものだったのだから

崩れ落ちる彼女の肩を掴む漣。

「…ねぇ、クソ提督。」

曙の声に、無線から返答はない。

「これがあんたの狙いだっての?」

静寂はかえって怒りを助長させる。

ポロポロと涙を溢しながら曙は叫んだ。

「何が提督よ!何が!!!

何か反応してみなさいよ!!!

結局アンタも今までの前任とー」

『…反応、か。手段は兎も角、

アイツのしたことは立派だな。

洞窟を崩落させ、

見事に追っ手の大部分を減らしやがった』

ようやく声をあげたと思いきや、

まるで感心したような声色。

否、感心しているのだろう。

「私が残れば良かったのよ!!!

もしそうしていたら…!潮は!!」

『…ん?待て?また何か勘違いしてるな?』

男の声と同時に、

朧が洞窟の方面に手を振った。

「…あー、いたいた!潮ー!」

「「…は?!」」

 

『…無茶しすぎだ』

「あはは…ごめんなさい…

でも、入り口付近にもヒビを入れたので

あの崩落で恐らく洞窟内に居た深海棲艦は

粗方片付いた、

或いは閉じ込められたと思います。」

だから無駄なリスクを負いつつも、

入り口にダメージを与えていたのかと

漣は納得する。

彼女の狙い通りなら、多くは

崩落する洞窟に巻き込まれ轟沈、

あるいは生き埋め。

少なくとも、

再び追い始めることはできないだろう。

「潮…っ!!」

潮に飛び付く曙。

服は破れ、身体はボロボロである。

だが、それでも生きている。

生きていたのだ。

『自分に魚雷を当てて、

爆風で自分を吹き飛ばしながら

洞窟を崩落させるなんて良く考え付くもんだ…』

「ありがとうございます」

『褒めてねーよ。

俺の物が何勝手に動いてんだ。

独断は許さん。俺に一言断れ。心臓に悪い…』

「言えば…許してくれましたか?」

『………』

「じゃあ、次も勝手にやりますね。」

『お前なぁ…!?』

彼女がここまで大胆な態度を取ることに、

曙は驚愕を隠せられなかった。

「そ、れ、で!

…これからどうするんですかネ?」

漣が心なし、大きな声で訊ねる。

『…そう、だな…。

折角潮が数を減らしたんだ。

願わくば…迎撃してやりたいが…』

「迎撃?!」

『この先に中継地点はない。

つまりここから先は鎮守府まで一直線だ。

今一度数が減ったとはいえ、

この先も雪玉式に追っ手は増え続ける。

また、手がつけられなくなるまでな。』

「対処しきれなくなる前に

殺しきる、ということですね」

ガチャンと艤装を鳴らし、潮は前に出た。

いつから彼女はこんなにも勇敢になったのか

他の三人が疑問に思った瞬間ー

ー凄まじい轟音と共に彼女のすぐ側で水柱が立つ

『どうする、決めるのはお前たちで良い。

数が少ないうちに、体力がまだあるうちに

ここで踏ん張って戦うか、

ここからノンストップで

鎮守府まで逃げるか、だ。』

「少ないうちって…」

比較的少ないだけであって、

別に数が少ないと言うわけではない。

「私は戦ってもいいですケド。」

おどけるように漣は笑った。

「はい。正直、逃げ切る自信はないです。

なら、此処ですりつぶした方が…」

確かにそうだ。

先に尽きるのは此方の体力だろう。

『どうするんだ、早く決めろ!』

「…ええい!アンタが決めなさいよ!このクソー」

ハッとしたように彼女は口を抑えたが、

男は気にせず続けた。

『お前らの命だ。

お前らは鎮守府から逃げている状況だ。

だから、お前達が選択すべきなんだが…

そうだな。俺が決めていいのならー戦うぞ!』

各々が覇気のある声で返事をし、

打ち出された砲弾が開戦を告げる。

 

 

 

もっとも目を引いたのは潮の動きだ。

砲撃をこれでもかと相手に注ぎ、

確実に一人一人沈めていく。

『お前ほんと…強いな…』

「え…えへへ…」

「…セイヤッ!!!!」

まるでアピールするように、

漣はわざとらしく大声をあげ魚雷を命中させた。

『あぁそうだな、漣も、だな。』

「なんか私だけ雑くないですか?!

もっとちゃんと褒めてぇっ!」

どちらかと言えば漣は回避の術に長けている。

のらりくらりと相手の攻撃をかわしては、

明確な、そして致命的な隙を誘い叩くのが彼女だ。

正面から叩き潰すのが潮なら、

相手の隙を誘い、反撃で終わらせるのが漣。

故に、多勢に無勢なこの状況で

漣が活躍しにくいのは仕方ないのだ。…が、

「もっとー」

『無茶するな漣!!』

「ぅーぁーっ!!!!!!」

諌められ、大声をあげて頭をかきむしる漣。

彼女はそこで満足していないようで、

時折羨ましげに潮に目をやっている。

なんだかんだ、

張り合える仲間がいるのは良いことだ。

と、男は意識を切り替えー

『…疲れたか。朧。』

「……てい、と…」

肩で息をしながら、

その場に座り込む少女がいた。

 

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『ここで座るな。立て。』

「は…い…」

何とか立ち上がるものの、

膝が笑っている。目の焦点もあわない。

『曙ー』

「言われなくても分かっているわよ!」

そんな私を庇うように、

曙がスッと前に出て戦闘を続行した。

『漣!潮!少し無茶をしてもらうぞ!』

「ほいさーっ!!」

「はいッ!!!」

それを誤魔化すかのように、

漣や潮が少し派手に暴れ始める。

ーあぁ、自分は一体何をしているんだろう。

「この…っ!調子に乗るな!」

「サザナミチャンアターック!!」

「ちょっ…漣ちゃん危ないよ?!」

まだ三人は戦っているのに。

「ちょっ、漣!ちゃんとやりなさいよ!」

『そうだぞお前…ってほら!!』

「ぅぉぉぉ…!痛ぇ…!!!」

「えぇ~…」

足を進めようとして、

前に出そうとして、崩れ落ちる。

「…ッ!!」

ビチャ、という水音。横向きの景色。

あぁ、自分は倒れたのか。

「………っ」

戦う三人の仲間の姿に手を伸ばす。

…遠い。私にとって、

その距離はあまりにも遠い。

「…ごめんなさい。」

気がつけば、そんな言葉が口をついて出ていた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

「…欠陥品で…ごめんなさい…。」

 

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『しばき倒すぞお前』

耳元で、そんな声がした。

「…ていとく…」

あぁ、また倒れたことに気付かれたのだろう。

「ごめんなさい…」

情けなくて涙が出てくる。

あまりの悔しさで上手く息が出来ない。

「すぐに、立ちます…から…っ!」

顔を拭って立ち上がり、再び倒れる。

「…っ!!」

…駄目だ。立てない。

ー"私"なんかには、出来ない。

「わ、た、わたし…」

『…欠陥品なぁ』

その単語で、ビクッと体が震えた。

『次にその言い訳に逃げたらしばき倒す』

「…逃げ、る…?」

『俺には昔姉貴がいたんだが、

そいつがまぁ…馬鹿でな。

頭を使うってことがてんで苦手だったんだ

ある日俺は言ったんだよ。

"お前は本当勉強できないな"…ってな。

そしたらあいつはこう返してきやがった。

"馬鹿言うな!運動の方が得意なだけだし!"

とな。そりゃもうどや顔で言ってのけるんだ

いや、そうかもだが勉強する努力をしろよ…

そもそもアイツのせいで他の弟や兄までー』

「…ぇ、ぇ…?」

何故自分は昔話など聞かされているのだろうか

男の言いたいことが理解できず、

這いつくばったまま困惑の声をあげる。

『…良いか、"正"の側面には、

必ず"負"が付き物だ。

お前の短所は本当に短所なのか?

負の側面だけ見て諦めているだけじゃないか?

お前にしか出来ないことは本当にないのか?』

「………。」

『"私は欠陥品だから"

"私にはどうせ無理だから"

お前はそうやって諦めて、

自分から逃げてるだけだろ』

「逃げてなんてません!!!!」

気がつけば、私は大声をあげていた。

「私はッ!!逃げてなんて…!

だってこれは短所で…!私は!!

どうせ欠陥品なんですよ私なんて!!!

出来ることなんてひとつもー」

『俺の艦を欠陥品扱いしてんじゃねぇ!!』

ダン!と凄まじい音が響く。

机でも叩いたのだろうか。

身体を硬直させる私に向かって、

無線の声の主は、疲れたように言った。

『お前がすぐ疲れるのは、

お前の異常なまでの集中力の裏返しだ。

周りを見てみろ、

曙はほぼ大破、潮は中破、漣は小破よりの中破

…小破なのはお前だけだ。』

「な、ぇ…」

周りを見渡してみる。

確かに自分は疲れているだけで

目立った損傷はない。

『この人数差だ。どれ程の強者だろうと、

無傷というわけにはいかないぞ。

確かにお前は積極的に戦っていたわけではない

だが、この乱戦状態で

自分に向かってくる攻撃だけを識別し、

戦いながら回避することが、

どれだけ負担のかかることか分かるか?』

自分はそんなことしていない。

したつもりもない。

…だが、不思議と感覚的に

敵の攻撃が回避できたことは何度もあった。

『お前が異常なまでにすぐ疲弊するのは、

自分の集中力を上手く使いこなせていないからだ

一度に異様なまでに深く集中するせいで、

すぐに自分のキャパシティを超えてしまう。

…もっと簡単に言うと、性能が良すぎるせいで

すぐ熱くなるパソコンと同じだな。』

「じゃあ、私は結局…」

それならば、結局欠陥品じゃないか。

そう言おうとしたが、

男は割り込むようにして言葉を発する。

『集中力をコントロールできていないのなら、

コントロール出来るようにすれば良い。

常に100%で走るからすぐ疲れるんだよ。

だから、50%で走れるようにすれば良いだけだ

今は無理でも、これから…な。』

暗かった視界が、晴れたような気がした。

『お前のそれは、

欠陥でも短所でもなんでもないぞ。朧。』

 

『ーお前だって俺の自慢の艦だ。』

 

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「わ、た…しは…」

ゆっくりと立ち上がる朧。

足はふらついており、息は上がっている。

『無茶するな。ここで死んだら元も子もー』

「私は…戦えるんでしょうか」

質問の意図が理解できなかったのだろう。

男はしばらく黙ったが、

やがて、笑いながら断言した。

『あぁ。お前は戦える。

その圧倒的な集中力は"才能"そのものだぞ』

「………」

自分は欠陥品じゃなかった。

例え本当はそうじゃなくても、

そう彼が思ってくれるのなら、

その事実だけで、彼女はまだ戦える。

『…やれるんだな?』

「はい!私は…まだ、やれます!!」

『…そうか。なら頼む。

人間の世界には瞑想という行為があってな

申し訳程度にしかならないかもだが…

目を閉じて、ゆっくり呼吸をしろ。

外の音に耳を澄ませ。』

目を閉じて、耳を澄ませば、

聞こえてくるのは波の音。

轟音と、数秒遅れで発生する水音。

砲撃に当たり少しだけ呻く味方の声。

魚雷が海を滑る音。

敵の息づかいに、自分のまだ荒れている息。

カモメも鳴いているようだ。

ふと気がつけば、硝煙の臭いが鼻をついた。

というか、自分自身が汗臭い。

深海棲艦の、噎せ返るような海の臭いもした。

『少しは落ち着いたか?

少しは集中力も戻ってたか?』

男の問いかけに答えず、

夢中で彼女は瞑想をする。

唐突に瞳を閉じて動きを止めた彼女に目をつけた深海棲艦の一人が彼女に飛びかかり、吹き飛ばされる。

ヒュウ、と男は口笛を吹いた。

…完全にスイッチが入った。

恐らく、今の彼女には誰も触れられない。

もはや一切の隙がない。

彼女は視覚に頼るよりも、

ずっと戦場が"見えている"ことに

驚きを感じつつもゆっくりと瞳を開けた。

此方を狙っている深海棲艦は今のところ五体

前方に三人と、背後に二人だ。

相手が口を開けたと同時に、

その口のなかに砲弾を捩じ込みー

「朧!!出ます!!!!」

相手が何処に居て、自分が何処に立っているか

味方が何処にいるのかが、手に取るように分かる

彼女は疲れる身体に鞭をうち、

仲間の元へと、海の上を走り始めた。




ほんっっっとお久しぶりです!!!!!!!!!!
ごめんなさい違うんです拳を握りしめないでください!!!!やめてぇ…!ぶたないで!!!
いやはや…更新遅れてすみません…
おまけに前中後ではまとめきれなかったんで後編は二度出てくることになります…ほんと…ほんとすみません…
いや、失踪とかじゃないんです。ほんと。
立て込みすぎてたんです色々と…
ごめんなさいほんとごめんなさい!!
私のことは嫌いになっても彼らは嫌いにならないで?!
…こんなやつですけどちゃんと更新はしていくつもりなのでどうか彼らのことを見守っていっていただけるとありがたいです!!ほんとすみませんでしたぁ…

※誤字修正いたしました!※
ほんと毎回ありがとうございますぅ…

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