ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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第七駆逐隊の死闘(後編.2)

「朧ちゃん…!」

「うげっ…またライバルが…」

「モタモタしてると狩り尽くしちゃうよ!」

朧の強みはその圧倒的な集中力。

それにより、視覚、聴覚、嗅覚、

ありとあらゆる感覚から、

周囲の情報をひたすらに分析し、

少し先の動きを予測。

誰よりも先に動く。

今の彼女には、

微弱な空気の震えすら判断基準だ。

『刹那の見切り…』

「…なんですかそれ?」

朧が不思議そうに訊ねる。

『あぁ、いや…

帰ったら俺とゲームしようぜ。

反射神経を問われるゲームでー…』

「ちょっとー。提督?

朧の集中切らせないでもらえますー?」

『あ、あぁ…すまん…つい…』

漣の非難に、シュンとする無線からの声。

あはは、と笑う朧の鼻から、

少しだけ赤い血が流れた。

「…朧…っ!!」

「朧ちゃん!鼻…!」

「へ…?」

朧は手の甲で鼻を拭い、

うわぁ、という顔をする。

『負荷をかけすぎか…あまり集中力を使うな

今沈んだら元も子もない。』

「使ってる意識がないから…

ちょっと厳しいかも、です!」

『………そうか。』

戦況は依然苦しいままだ。

だが、希望がない訳じゃない。

「アイツさえ何とかできれば…」

喘ぐように呟く潮。

その視線の先には、

無表情で此方を伺うチ級の姿があった。

「魚雷で茶々を入れてくるせいで

まともに戦えないんですよねー…」

『さーて。どうする?』

 

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【side.曙】

 

『さーて。どうする?』

どこか笑っているような声。

否、きっと心の中では嘲笑っているのだろう

そして同時に、その質問が

"誰に向けて"されているのかも、

薄々感付いていた。

『潮の被害は大きく、漣も動けない。

朧は既に限界だ。これはー』

「ほんっと性格悪いわね」

名一杯吐き捨てるようにして呟く。

『誉め言葉か?』

「そんなわけ無いでしょ。」

未だに楽しげに笑う男の声が耳に障る。

「言われなくても、分かってるわよ。」

この中で戦えていないのは

…私だけだ。

 

『チ級は深海棲艦の中でも形状は人に近い』

砲撃が飛ぶ中、男の声だけが戦場に響いた。

『だからこそ弱点は上部、ー特に頭

などと、思われがちだがその実は違う。』

「弱点なんてあるんです?」

漣が驚いたような声をあげた。

『上部分はあくまでも"飾り"に過ぎん。

普段は水面を滑る際の飛沫のせいで見えないが

ヤツの本体はその"下"だ。

まるで乗り物のように見えるが、

そっち…つまり下半身が本体で、

上半身はただ動かされているだけだ』

チョウチンアンコウが良い例だな、

と男は笑う。

「…随分詳しいのね」

曙は男への警戒を一段階上げた。

今までそんな情報は聞いたことがない。

艦娘すら知らない情報を、

どうしてこの男は握っているのだろうか。

『俺だって知らないことはあるぞ?

例えば…あの"ヒト"に近い部分は

戦意を削ぐための"カモフラージュ"なのか

はたまた獲物を誘き寄せるための"エサ"なのか

…それとも何か…別の理由があるのか。』

そこまで話すと男は静かになる。

『…本当に"ヒト"にしか見えない

深海棲艦ほど、恐ろしいものはいない。

…きっとソイツは"アレ"への進化過程でー』

無線がギリギリ拾えるほど小さな声だが

そんな呟き声が聞こえた気がした。

「…つまりどうすれば良いのよ。」

『狙うなら魚雷で、だろう。

魚雷を掻い潜って、上に攻撃すると見せかけ

あのスクーターのような本体に魚雷を

捩じ込んでやればワンチャン、だな。』

あまりにも無謀だが、それしか手段はない

そして同時に、"今の自分"が

その手段を取れるほど強いわけではない事も

私は誰よりも理解できていた。

「………。」

アイツを倒すには、漣が言うところの

"絆の力"とやらが必要なのだろう。

だが、それは自分にとって

死ぬよりも苦痛で屈辱的な事だ。

故にー

「……私は、」

視界の端にボロボロになった仲間の姿が映る

「…私はッ!!!!」

無線からの声は無言だが、

意地の悪い笑みを浮かべているに違いない。

「今だけよ。」

「今だけ、アンタの為に戦ってあげる。

今だけ、アンタに力を貸してあげる。

だから力を貸しなさー…貸して、ください」

『いらねーな。』

その頼みは、数秒の間も無く拒絶された。

 

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【side. 】

 

「…っ!」

『さすがの俺も、

そんな言い方をされるとは思わなかったぞ』

男の声には若干の軽蔑が含まれていた。

「わ、私は」

『何を勘違いしているのかは知らんが、

戦ってんのは"お前"だろ。

故に、力を振るう理由もお前だけの物だ。

…姉妹が大事。人間も提督もクソ食らえ、

自分が戦う理由は自分の仲間の為。

それで充分。上等じゃねーか』

曙の顔がほんの少し赤くなった。

『俺の為に戦うだ?力を貸すだ?

誰もそんなこと求めてねーしいらねーよ。

お前がお前の意思でそう決めたなら兎も角

そんな心にも無い言葉は聞きたくねぇな。

誰が為に戦うかは、戦う本人が決めろ。

お前が戦う意思を見せる限り、

取りうる全ての手段でもって協力するのが

俺達"提督"の役目で、義務なんだからな。

今更遠慮も容赦も要らねーんだよ。

…存分に使い潰して、利用してみろ』

「…そ、」

『…曙?』

「そこは素直に受け取っときなさいよッ!」

怒鳴り付けられ、無線の向こうでは

面食らったような空気が流れる。

「あぁもう…!分かったわよ!

存分に利用してあげるから感謝しなさい!

この…ッ!!クソ提督!!!!」

無線から伝わるのはニヤリという空気

『あぁ、深海棲艦を殺したい

そしてお前の姉妹艦を守りたい

という点で俺達の利害は一致している。

存分に利用してみせろ。

骨の髄までしゃぶり尽くせ。

 

 

…俺だって利用させて貰うんだからな』

最後の声が曙に届く前に、

彼女は深海棲艦へ向けて走り始めていた。

 

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【side.曙】

 

「っ…曙?!」

背後の漣が慌てたように大声を出す。

確かにあのチ級は厄介だ。

なるだけ早く対処した方がいい。

だが、自分が前に出るのはきっと間違いだ。

漣のように相手を騙す手法に長けている訳でも

潮のように練度が高く実力がある訳でも

朧のように集中という才能がある訳でもない。

だが、それでも。

飛び上がる深海棲艦のうちの一匹。

多少のダメージは覚悟している。

ギュッと歯を食い縛りー

「…あーもぅ!頑張れボーノ!!」

敵を撃ち落としつつ、そう叫んだ漣。

背中をトンと押された気がして、

なおのこと彼女の速度は上がる。

真っ直ぐ突っ込んでくる獲物目掛け、

周囲の深海棲艦が大きく口を開きー

「…曙ッ!!お願い!!!!!」

朧の砲撃をまともに喰らい沈んでいく。

だが、それでも限度がある。

幾数の砲弾が飛ぶ中を、

縫うようにして走りながらー

「ッ…!!」

目の端に捉えていた魚雷痕。

直撃は覚悟していた。

だが、潮がその身で以て、

自身を盾にして曙を庇う。

「………っ」

礼は言わない。足も止めない。

ただ前に。ひたすらに前に。

あれだけあったチ級との距離は、

もう眼前に迫っていた。

だが、チ級は嗤う。

「ーーー。」

同じ魚雷でも格が違う。

充分に引き付け、ゆっくりと放射されたソレは

彼女に向かい真っ直ぐに進んでいく。

端から避ける努力を怠るなど愚の骨頂だ。

その魚雷は彼女にとって、

あまりにも致命的で、あまりにも強力だった。

魚雷が直撃し、

彼女の立っていた箇所に大きな水柱が立つ。

「「「曙(ちゃん)!!!!!!」」」

 

ーそう。彼女には何もなかった。

漣のように、

騙して欺く"手法"に富んでいる訳ではなく。

潮のように、

陰で密かに"努力"していた訳でもなく。

朧のように、

集中力という名の"才能"がある訳でもなく。

彼女には、文字通り何もなかった。

だが、それでも尚、彼女は三人を護るのだ。

喩え彼女らが自分より強くとも、

自分にない何かを持っていたとしても。

そんなことは彼女にとってどうでもいい。

そこに在るのは、

"大切な姉妹を守りたい"という強い意思。

何者にも揺るがせず、

何物にも折れはしない、

何よりも強く、固い、確固たる意思だけだった。

水柱の中を切り裂くように、

1つの影がチ級に向かって突き進む。

「ーーー?!」

あり得ないとチ級は困惑した。

駆逐艦が自分の魚雷に耐えるはずがない。

再び魚雷が彼女に突き刺さる。

だが、それでも尚、勢いは止まらず。

何故足を止めない?

何故膝を屈しない?

何故、何故、何故、

数多の疑問がチ級の胸を占める。

「ええ、その通りよ。

悔しいけど、私はあの三人と比べたら弱いわ」

彼女は何も持っていないかもしれないが、

その"意思"だけは、本物だった。

ならば、彼女の足が

止まることなどあるだろうか。

ならば、彼女が膝を

屈することなどあるだろうか。

答えは否だ。断じて否だ。

護るべき物が彼女の背にある限り、

彼女の歩みは止められない。

「そんなぬるい攻撃で、

私が怯むと思ったら大間違いよッ!!」

例えるなら、"不屈"

彼女は何者にも屈さず、折れない。

距離は今や、零に近かった。

慌てたように距離を取ろうとするチ級だがー

『ぶちかませ!!!!曙ッ!!!!』

「言われなくても分かってるわよ!!!!」

ーそれより先に、

彼女の魚雷と砲撃が同時に突き刺さった。

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