ひねくれ提督の鎮守府建て直し計画   作:鹿倉 零

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必要の定義と広がる輪

流石、と言ったところだろうか。

我先にと駆け出すわけでもこれといった問題を起こすわけでもなく、きちんと数列に並び、おたまを回す姿を見て、俺はそっと部屋から抜け出す。

「…あら、何処へ行くのかしら。」

そんな声が背後から掛けられ、足を止めた。

「…加賀か。どうした?飯は食わんのか?」

笑いながら尋ねる。

「…一人、逃げるようにこそこそと抜け出した人がいれば気になるのは当然です。」

「ハッ。」

「…貴方は本当に分からない人ね。」

「俺なんて分かりやすい方だろ。最初から最後まで、俺は俺の物を大切にしたいだけだ。」

 

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「ラーメンって知ってるか?」

そんな質問の返答は、掴まれた胸ぐらだった。

「…ふざけているのかしら?」

「俺は至極真剣だが」

「なら尚更ね。そんなもので私達が簡単に懐柔出来ると思わないで。」

整った顔を不愉快げに歪め、吐き捨てる。

「これでも私は貴方の挨拶を好意的に受け取っていたのだけれど。お互い必要以上に干渉しない。これ程ありがたい申し出は無いわ。だから、言ったことには責任を持ちなさい。不必要に此方に歩み寄らないでくれるかしら。不愉快よ。」

「あぁ奇遇だな。俺も必要以上の接触は望んでいない。だが、これは必要なことだ」

いたって平常な俺と、慌てる周りに少しだけ冷静さを取り戻したようで、服を離す加賀。

「…どういうことかしら?」

「だってお前ら、飯は食いたいだろ」

「私達は補給さえあれば生きていけます」

「質問の答えになってないな。俺は出来るかどうかを聞いてるんじゃねぇぞ?」

「…不要です」

俺は全員を見渡すが、誰もが目を伏せた。

「…そうか。島風は食べたいか?」

「島風よく分かんなーい…でも食べたい!!」

頭に手を置く。

「…だそうだ。」

「…それがどうしたのですか」

「お前が言い始めたんだろ?お前らがやりたいと望んでいるんだからこれは"必要なこと"だ。そして、それを提供するのが俺の役目だろ。」

「詭弁です」

「かもな。だが、嘘よりましだ。お前らだって、本当に食いたく無いなら掃除中に冷蔵庫ばっかりチラ見したり、ラーメンと聞いて息を飲んだりしねーよ」

笑いながら言ってやると、彼女達は少しだけ顔を赤らめ、目を伏せた。

「…食いたくなかったとしても島風は食いたいらしい。他のやつらだって食いたいかもだからな、最悪食わなくても良いから手伝ってくれ。」

苦笑しながらそう呟いた。

 

「何故…私が…こんなことを…」

自分の身長ほどある棒で鍋をかき混ぜながら加賀がぼやいている。

これだけの量をかき混ぜると言うのは彼女たちの力をもってしても厳しいらしく、初めのうちはきちんとかき混ぜていたのに今や形だけの物となっていた。

「オイオイ、表面だけ混ぜちゃ意味ねーだろ?」

「分かって…いるわよ…っ!…五航戦の子なんかと一緒にしないで」

「はいぃ?!」

同じく鍋をかき混ぜながら、遠くで大きな声をあげるアイツが五航戦なのだろう。

「…お前が五航戦か…?っておぉ、分かってんじゃん。そうそうちゃんと混ぜれてるな」

「あっ…はい!ありがとうございます!」

「確かにこれは一緒に出来ねぇな…」

「頭に来ました」

「…おい乱暴に混ぜすぎだボケッ!!!鍋がひっくり返ったらどうする!?」

コイツ絶対…もしかしなくても不器用じゃん…

「…ぷっ」

「提督、今この五航戦、笑ったのだけれど」

「…ふっ」

「…」

…やっべやりすぎた。下を向いてしまった加賀は、腕が疲れたから代わりなさい。と言い、他の女性に棒を渡すと部屋から出ていこうとする。

「待て待て待て!!!俺が悪かったって!」

「…動いたらお腹が空いてきたわ。…期待しても良いんでしょうね。」

此方を見ることもなく呟いた加賀に、笑いながら返事を返した。

「任せろ。」

 

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「…そうね。貴方はこれが"必要なこと"だからと言った。…でも、本当にそれだけ?」

「…勘の良い奴だ」

苦笑し、上を見上げた。

「お前も出遅れないうちに向かった方がいい。」

「…出遅れる?」

「お前たちは口を開けば駆逐艦なのに、駆逐艦だから、…駆逐艦じゃなくても私如きがって言うよな。

…俺はそれが気に入らねぇ。」

「気に入らない…?」

「確かにアイツらは攻撃力も、装甲もねぇ。

だが、駆逐艦に出来ることは戦艦にも出来るのか?アイツらにしか出来ないことは無いのか?」

「…」

「それは断じて違う。向き不向きってのは、必ずあるんだよ。駆逐艦が、軽巡が、重巡が。それぞれが自分の得意分野を生かさねぇと、この戦いは勝てねぇ。

その為には、駆逐艦なんて、私如きが、なんて艦種差別してる場合じゃなく…寧ろ、周りとの違いを誇れるようにならないといけねぇ。俺達は違うから強いんだ。その違いが"アイツら"との決定的な差となる。」

「それと今回のアレになんの関係が…」

「同じ釜の飯を食うという言葉がある。

俺達は不思議なもんで、同じ皿から分かち合った飯を食うだけでまるでそいつが兄弟になったような錯覚に陥るんだ。実際にやりゃあ分かる。あの感覚は…言葉にすることができねぇからな。

どんな下らない話だって良い。愚痴だって良い。幸いにも話題には困らねぇ。新しく来たいけ好かん上司に、新しく増えた妖精、命じられた掃除に…って具合にな。仲間と駄弁って分けあった飯ってのは最高に旨いし、旨いものを分けあった奴はかけがえのない仲間に成る。

…下らないきっかけから気付くんだ。尊敬していた目の前の奴は、実は自分とそんなに変わらないことも、見下していた目の前の奴が、実は自分なんかよりずっと凄い奴だってことにもな。」

「…」

「今アイツらは、必死に前任が作った壁を取っ払ってる最中だ。無論、全員が飯を一緒にしたくらいで仲良くなれるとは思ってねぇ。だが、少なくとも、マシにはなる筈だ、駆逐艦、戦艦、じゃなく、仲間として仲間の事を見れるかも知れない。…問題だって起こるだろう。今まであった壁がなくなるというのは、可能性が生まれると同時に危険も伴う。…だが、その問題を解決するのは俺の役目だ。」

「…貴方は…」

「お前だって実はラーメン食いたいだろ?行け。

新しい輪に入れなくなっても知らんぞ?」

手で追いやるようにシッシとやると、力無く加賀は呟いた。

「…私は…貴方の事が本当に分からない…。」

「言ったろ。俺は俺の物を大切にしたいだけだ

さっきも言ったがお前らは俺の艦なんだよ。

俺の艦である限りは、同等で、同胞だ。」

「そもそも、貴方が一番参加するべきじゃ」

「冗談だろ?俺が参加したら全員萎縮するぞ。

好きに駄弁って楽しく飯を食い交わすからこそ意味が出る。俺がそこに入るわけにはいかねーよ

お前もいったように必要以上に干渉すると不快に思うやつも居る。

提督という存在がトラウマな奴だって居るだろう」

「…それはっ」

「嫌味じゃない。…それで良いんだ。」

「…」

「あぁ、島風の事、頼むわ。多分今、俺がいなくて泣きべそかいてるかもしれないからな。お前にならアイツも頼めそうだし。」

再び歩き始めた俺を、加賀は止めなかった。

 

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「…」

扉を開けると、一瞬全員が此方に視線を向けたが

私だと分かるとすぐに好きに話し始めた。

「…一つ貰えるかしら。」

「分かったわ!もーっと私に頼って良いのよ?」

鍋の周りに立ち、ラーメンを入れては皆に配っている駆逐艦に頼んでみると、満面の笑みで答えられた。

…今までの地獄の中で、そんな笑顔を維持できていた人がいたのか

少しだけその笑みに目を奪われる。

彼女は台の上に立ち、いそいそと椀にラーメンをいれると、振り向きながら渡してきた。

「はい!おまちどうさまっ!加賀さんは一杯食べるから特盛よ?」

渡された椀を眺める。

光沢のあるスープと、これでもかと乗せられたチャーシュー、玉子だって沢山のせられていた。

「…貴女は食べたのかしら?」

「私は良いのよ!駆逐艦が食べるわけには…」

「提督の話を聞いていたの?」

「…でも、私はこんな形でしか…鎮守府の皆に貢献できないから。だから大丈夫よ!」

あぁ、何故そんな眩しい笑顔を保てたのだろう

何故、そんな笑顔で哀しいことを言うのだろう

『な?駆逐艦ってのは、強いだろ?』

そんな声が聞こえた気がした。

「…お腹は空いていないの?」

「……空いていないわ!」

「そう。その割には物欲しそうな目だけれど。

貴女は充分頑張ったわ。だから食べなさい。

自分が食べたいのを抑えて皆のためにここまで頑張ったんだもの。誰も文句は言わないわ。」

「…そうかしら」

「ほら、これは貴女の分で良いから。」

彼女の手元の空のお椀と交換し、手早く自分の分を入れると、適当な場所を探して歩き出す。

「あの!ありがとう!優しいのね!加賀さん!」

後ろからそんな声をかけられ、唇を噛み締めた

 

「赤城さん、隣、良いかしら?」

「…」

必死に麺をすする彼女は私の存在に気がつかない

鬼気迫る形相でひたすらに箸を動かしていた。

そういえば彼女は前は結構な食いしん坊だった。

あまり邪魔するのも悪いと他に空いているところを探していると、服の袖を引っ張られる。

「…何かしら。漣。」

桃色の髪を持つ少女が、じっと此方を見ていた。

「あの…さっき…提督を…?」

どうやら追いかけて行ったのを見られていたらしい

「…よく見ているのね。」

「なっえっいや別に私は…」

他意はなく、感心からそう言うと、真っ赤な顔で否定するので少しだけ笑ってしまった。

「…そうね、少しだけ話をしたわ。」

「…」

「気になる、って顔ね。」

「…私は、あの人の事が、よく分かりません」

「…奇遇ね。私もよ。」

お互いに空白の時間が続き、私はポツリと呟いた

「…でも、あの人が作ったこの光景は、見ていて悪い気はしないわ。」

 

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「…でも、あの人が作ったこの光景は、見ていて悪い気はしないわ。」

私の隣に座っている人は、そう言うと、まだ湯気を出しているスープを啜った。

改めて皆の方を見てみる。

ひたすらにご飯を食べている人、姉妹艦と肩を寄せあい

食べる人。

…姉妹艦じゃなくても、一緒に笑い、語り合いながら食べている人達も居た。

「貴女達は私が思っていたよりずっと強いのね」

「…え?」

思わず隣を見る。

加賀さんは、此方を見ずに続けた。

「あの中の、笑ったり、周りの艦娘達に声をかけて回っているのは殆どが駆逐艦よ。」

言われてみればその通りかもしれない。

…だが、それと強さは関係ないだろう。

「…良く分かりません」

「そう。ならそれで良いわ。」

「…」

「…」

再び視線を戻し、ラーメンを啜る。

見ていると、駆逐艦達に囲まれて戸惑っている島風の姿があった。

「島風って言うのね!レディな名前じゃない!」

「なのです!可愛いのです!」

「そうだね。良い名前だと思うな。」

「良い名前ね!困ったら私に頼って良いのよ?」

「島風ちゃんずっと提督と居たから…心配で…」

「何かされたら叫びなさい。戦艦が来てくれるかもしれないから。」

「ぁぅぁぅ…て…てーとく…たすけ…っ」

…自然と口が動いていた。

「…私は、提督が嫌いです」

今度は加賀さんが此方を見る。

私は何故、島風から視線を反らせ無いのだろう。

「…私は、提督が…嫌いです。」

再び繰り返すと、燻り始めた黒い感情に蓋をするように、一気に残りのスープを飲み込むと、私は席を立つ。

「…なんて。冗談です!…ま、なんか変な人だなぁとは思うんですけどね!」

私はうまく笑えたのだろう。

加賀さんは安心したような目をして笑った。




いやはや…まさか熱で倒れてしまうとはぁ…
不覚でした…ほんとに不覚でした…!!
投稿も返信も遅れてしまって申し訳ございません!
多分誤字脱字があるかもしれませんし少しおかしい部分があるかもですけど多目にみてください…
頭がぼうっとして働かなくて…
もしかしたら後にちゃんと書き直すかもです

加賀さんです!はい!!可愛いです…
クールで冷徹…って感じのイメージですが、彼の鎮守府の加賀さんはどちらかと言えば不器用で負けず嫌い、優しいけど恥ずかしさからかポーカーフェイスで誤魔化している、みたいな人ですね!
もっと冷たくしてみたかったんですけどこんな加賀さんが居てもいいかな…?と…。

暫く投稿返信が遅れるかもしれません…
本当に申し訳ございません…!!
今回もご覧いただきありがとうございましたっ!

追記
誤字が沢山あったので訂正しました!!
報告してくれた方々、本当に本当にありがとうございましたっ!
すっっっごく助かりました…っ!!

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