「なんだい、ヴァースキそれは?」
「ミサンガです、ヤザン隊長」
「ミサンガ?」
曇天を見上げているヤザンにとっては聞き慣れない言葉だ、その意味を問い質そうとしたとき。
「この腕に巻いてある輪、それが切れると願い事が叶うそうです」
ヴァースキ少年の方から、その「ミサンガ」とやらについての説明がされた。
「何か、願い事でもあんのかよ、アン?」
「死んだ兄に出会えるように」
「……」
「と、いう願い事です」
その言葉、ヤザンには色々と言いたい事もあるが、彼がその自身の顔にとよく似た。
「あのよ、ヴァースキ」
「はい?」
メイリーなどに言わせれば、自分から「険」をとればこういう顔立ちだと言われている、このヴァースキという少年の言った言葉に対しては。
「死んだ人間に会うなんて、オカルトじみた話だな」
「そ、そうですね」
「まあ、自分が死ねば願いは叶うがな」
あまり、気の利いた言葉を言えないヤザン。
「お前の兄貴、どんな人間だったか?」
「生きていれば、隊長と同じ位の歳でしょうか……」
「フゥン……」
そう、どこか上の空で答えながら、ヤザンはそのミサンガとやらを実と見つめる。
「叶ったら、切れるのか」
「切らないでくださいよ、隊長」
「だれがそんな事をするか……」
ぼやりと答えるヤザンには、何か。
「あ、隊長」
「お、おう……」
何か、彼に聞かなくてはならない事があった気がしたが。
「何だ、ヴァースキ?」
「ギャリーさんやバックマイヤーさんと、交代の時間です」
「もうそんな時間か……」
ペキン包囲網の一区画、それの見張りの交代の時間が来たことにより、うやむやになってしまった。
――――――
「……で、オデッサの時にその重装型グフを、僕のスナイパーカスタムで撃ち抜いたわけです」
「大したもんだな、バックマイヤーさんよ」
「ラムサスさんだって、同じような事が出来るはずです」
ヤザン達と見張りの交代をしたラムサスと、バックマイヤーというパイロットは遅い昼食を取りながら、モビルスーツの事についてとりとめのない話を続けている。
「連邦も、モビルスーツの開発は急ピッチで進んでいますからね」
「そうだな……」
そう返事をしながら、ラムサス・ハサは懐から一枚の封筒を取りだし。
「久しぶりだな……」
無言で雨の中、野外食堂でカレーライスを食べ続けているバックマイヤーの事を少し気にしながら、彼はその中に入っている手紙を読み始めた。
「……」
無言で進む時、バックマイヤーの隣にカタリーナとメイリーがやってきた。が、そのいつになく真剣なラムサスの姿を目にして。
「シチューライス、一つ」
「ラーメン、一つ」
無駄な話をせず、互いに食事を注文し始めた。
「ふん……」
バックマイヤーが昼食を食べている音が響くなか、ラムサスは手紙をカサリと音を立てて、丁寧に封筒にとしまいこむ。
「あの、ラムサス?」
「……」
「ここにいたら、私たち悪いかしら?」
「いや、大丈夫だメイリー少佐」
微かに彼ラムサスはそう言って微笑むと、その封筒を胸にとしまい。
「コーラ、一つ」
どこか、わざとらしく飲み物を頼む。
「いや、義理の弟がな」
「義理の?」
「死んだ妹の旦那だよ、メイリー少佐」
またしてもわざとらしい照れ笑い、それにカタリーナがその顔を固くする。
「コロニー落としで、な」
その場の雰囲気を少しでも和らげようとしたラムサスであったが、すでに遅い。
「人の死というのは、簡単に訪れる物だとは思うけどな、少佐」
「ん……」
「どうした、バックマイヤーさん?」
「いや、その妹さんは軍に入っていたのか、ラムサス少尉?」
「いんや、民間人」
「なら、罪だな」
「そうか」
「ギレン・ザビが犯した罪だよ」
カレーライスを食べ終わったバックマイヤーは、そのまま食器をカウンターにと返しに行こうと、席を立つ。その入れ替わりにメイリー達が注文した料理が出来上がったと、カウンターの電工掲示板にと点灯する。
「ほら、カタリーナ?」
「は、はい……」
そそくさと席を立つ二人に、ラムサスは微かに苦笑しつつも。
「人の死に、慣れなくちゃな……」
少し軍人として甘い所がある、そうラムサスは自己分析をする。
「ほら、コーラだラムサスさん」
「ありがとう、バックマイヤーさん」
――――――
「ベルカ、雨が強くなってきたわよ」
「解ったよ」
ペキン包囲網のやや後方で支援役をしているベルカは、雨が降る夜の中でホバートラックの機器の様子を確かめている。
「確か、新しい整備員だったね」
「アイネです、よろしくね」
ベルカにとって、この寒い中コーヒーと菓子を差し入れしてくれる彼女のような。
「ダンケル少尉はどこかしら?」
年頃の近い、話し相手になれそうな人間が配備されたのは嬉しい事だ。
「ダンケルさんなら、ジムと格闘しているはずです」
「ありがとう、おチビさん」
「ん……?」
だが何か、新入りの彼女から居丈な空気を感じたベルカ通信兵、ではあったが。
「あ、音響収集機器がやられている」
雨の音の為に発見できたホバートラックの不具合、それを確かめる為にトラックの中へと潜り込んだ彼は、その不快感を忘れてしまった。
――――――
「さすがジオンのモビルスーツ」
部品の枯渇の為、補給部から鹵獲したグフを使ってジムを調整しろという命を受けたダンケルであり。
「ジムとは、全く規格が違う」
コクピット内でダメ元でやってみたが、やはり上手くいかなかった。その彼を嘲笑うかのように雨は土砂崩れといえる状態になってきた。
「ライトアーマー、可愛い奴だ」
そのギャリーの嬉しそうな声は、全く彼の機体に異常が見られない事を意味しているらしい。よほど今までの出来損ないのジムやらザクやらにストレスが溜まっていたのだろう。
「ハア……」
ややに嬉しげにはしゃぐギャリーをよそに、それでもダンケルは何とかグフのOS、それの基板をジムにと移植したが。
「何か、両方ともオシャカになるんじゃねえか……?」
かえって、全く信頼の置けない機体にと変わってしまう事にダンケルは深く溜め息をつく。
「あ、ダンケル少尉ですか?」
「ん?」
その、雨降りの刻によく似た声を発した少女、彼女が。
「アイネです、ただいまメイリー少佐を呼んできます」
「お、おい……?」
「内部の話ですよね、デリケートな物です」
「いや、少し待て……」
何か、あまり人の話を聞かない少女にダンケルは呆れた表情を浮かべたまま、走り去っていく彼女にとその手を伸ばした、が。
「なんなんだ、一体?」
もちろん、コクピットからのその手は少女には届かない。