「お前の兄貴って」
「何ですか、ヤザン隊長?」
「どういう奴だった、ヴァースキ?」
夕陽に照らされる、浮上状態である潜水艦の甲板の上で、海水に濡れているその場に足を滑らせないようにしながら、ヤザンは静かにタバコを吸う。
「会ったことが、ありませんので……」
その意味がよく解らない言葉、それにはヤザンは黙っている。
「でも、いるらしいです」
「フン……」
あまり実のある会話は出来なさそうだ、そう思ったヤザンはタバコを吸いつつ、赤い夕陽を何気なく眺めている。その光が海と天、そしてヤザン達を真っ赤にと染めていた。
「よく解らん話だな」
「そうですね、すみません」
「いいってことよ……」
吸い終わったタバコを携帯灰皿にと押し付けながら、ヤザンは今度はこれから向かう目的地、南米にある連邦軍の総本山「ジャブロー」の方向にとその目を向ける。
「たしか、海にはジオンのモビルスーツが闊歩しているんだったな……」
「でも、この艦にも水中用モビルスーツが搭載されています、ヤザン隊長」
「当てにはできねぇ」
ペキンにいる頃、その水中型のモビルスーツとやらには乗った事があるが、機動力が低くまともに使える物であるとは思えなかったのだ。
「この召集命令の最中に、ジオンに出会わない事を祈るぜ……」
海上では地上の勢力図などは関係がない。その意味では水中戦共々、宇宙にと似ていると言える。
――――――
「このフィッシュアイとやら、アイネ整備員」
「はい、ダンケルさん」
「本当に使えるのか?」
フィッシュアイ、宇宙で生産が始まったと言われている補助戦力、戦闘用ポッドを水中戦用にと改良した物だ。
「外見は、迫力があるが……」
潜水艦のハンガーデッキに鎮座されているそのモビルポッドはどこかピラニアに似た外見をしており、ダンケルの趣味には合う。
「機動性は、決して悪くはありません」
「そうだと良いが、アイネ」
「あっちのアクアジムよりは、上手く戦いが出来るかもしれませんよ?」
「簡単に言ってくれる……」
「きっと大丈夫、きっと大丈夫」
「ハイハイ……」
カタリーナと続いて、どうしてこの部隊には癖のある女性ばかりが集まるのか、ダンケルにしてみればあまり愉快な事ではない。
「まともなのは、メイリー少佐どのだけだぜ……」
「何か言ったかしら、ダンケル?」
「おっと、これは……」
潜水艦内の搭載機用ハンガーデッキ、そこに一機だけあるアクアジムの物陰から、その当の本人がひょっこりと姿を表した事に、ダンケルは慌てて形ばかりの敬礼をしてみせる。
「アクアジム、どうでしょうか少佐?」
「どうもこうも」
「無茶な機体なので?」
「急造兵器って噂、本当みたい」
だとしたら、このフィッシュアイの方が上手く使えるな、ダンケルはそうヤザンから聞いた感想を頭にと浮かべた。
「何事もなければいいけど……」
――――――
「ジャブローに向かって」
「ん?」
「俺達は何をするんだろうか、カタリーナ?」
潜水艦の中での娯楽室、古くさい映画を見つめながら、ラムサスは隣でポップコーンをしがんでいるカタリーナにと話しかける。
「まさか、ジャブローの警備係じゃあるまい」
「さあ……」
「まあ、だよなあ」
互いに一パイロットの身である、詳しい事などは知るよしもない。
「なんでも、噂では」
「おっ、さすが耳年寄りのベルカ殿」
「茶化さないでくださいよ、ラムサスさん」
「んで?」
映画ではジオン・ズム・ダイクンの反連邦活動、それを冒険活劇として描かれている。あまり連邦の兵であるラムサス達が見て良い映画ではない。
「連邦は、オデッサに続き大攻勢に出るみたいです」
「攻勢、どこを攻めるんだ?」
「全部、らしいです」
その言葉にラムサスはすぐには答えず、映画の中で銃を撃っているダイクンの姿に見入っている。
「一気に戦いの幕を下ろすつもりか」
バァン……!!
ダイクンが、敵対組織にと殴り込みをかけ、その手に持つショットガンで一気に相手を一網打尽にする。
「そんな上手くいくかしら、ベルカ?」
「僕に聞かれても、知りませよ」
「だわね……」
ベルカ通信兵のその答えはまさしく正論であり、彼の返事にカタリーナは次の言葉を紡げない。
キュイ、キュイ……!!
「ん、何だ?」
艦内に突如として響いた警告音に、ラムサスは手に持つハンバーガーを落としてしまう。
――――――
「あまり、俺たち連邦の奴が見て良い映画ではなかったな」
「我々がそんなに上等な兵ですか、ヤザン隊長」
「ちげぇねえ、ラムサス」
先程、娯楽室にブラリとやってきたヤザンはそう言いながら口の端を歪めて笑う。
「第二種戦闘配備ってのが、よくわからねぇなあ……」
「水中用の機体、整備は終わっているっす」
「よしよし、アイネ……」
とりあえず皆、赤い警告灯が灯るハンガーデッキにと集まっているが、その後の情報が艦橋辺りから入ってこない。
「メイリーの奴は、どうしてるかな……」
代表として艦橋に向かっているメイリー技術少佐、なにかあれば艦内放送なり彼女なり、連絡が来るはずだ。
「もっとも、艦内放送の方はやり過ごす気なら、しねぇと思うがね……」
ホバートラックのソナーと機器の系列が似ていると言っていた通信兵ベルカによれば、そういう事らしい。水中では音が全てだ。
「アクアジム一機に、フィッシュアイ二機か」
「と、なると隊長」
「俺がアクアジム、お前ラムサスとダンケルがフィッシュアイという事になるな」
どちらにしろ戦力としては心細い、水中戦用のモビルスーツはジオンに一日の長がある。
「もともと、宇宙育ちのジオンだからなぁ……」
宇宙と水中では、気密性や上下という概念が薄いという点でよく似ている。ジオンはもともとの宇宙戦用のモビルスーツ・ノウハウをそのまま水中用のモビルスーツにと応用しているのだ。
「あっ……」
その時、ハンガーデッキを照らしていた赤い光が晴れ、いつも通りの常夜灯がヤザン達を照らす。
――こちら艦橋、ジオンのM型と思わしき潜水艦は戦闘可能半径から立ち去った――
メイリー少佐のその声を聴くと同時に、誰ともなくため息のような声を出した。
「全く、ヒヤヒヤさせやがって……」
「臆病者ね、ダンケルさん」
「何だと、カタリーナ?」
少しムッとした顔つきをしながら、ダンケルは立ち上がったカタリーナにと、その顔を見上げて睨み付ける。
「やめるっすよ、二人とも?」
「騒ぐな、油断だぞ……」
アイネ整備員とラムサスのその注意の声、だがそれには微かに安堵の色がある。
「ヤレヤレだぜ……」
無論、そのヤザンの声にもだ。この戦力で水中戦などはしたくなかったというのが、ヤザンの偽らざる気持ちであった。