Dear…【完結】   作:水音.

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【Side Story】A Gray Cat Ⅱ ―灰猫Ⅱ―

「この辺でいいかしら──っと。あら、ちょうどよさそうなのがいるじゃない」

 

 軽い足取りで地面に着地した女隊士は、そこから数百mほど離れた先に虚の霊圧を感じひゅうと口笛を鳴らした。その後ろから一体の影が近づき、すとんと彼女の横に降りたつ。まだ慣れない瞬歩を続けて駆使した沙羅は肩で小さく息をしていた。

 

「ずいぶんと息があがったみたいね。呼吸が整うまであたしが相手しといてあげようか?」

「大丈夫っ、です」

 

 そう言う間にも、こちらの霊圧に気づいた虚はこの場へ近づいてきている。

 そうして沙羅が斬魄刀を抜き放ったところで、虚は完全にその姿をふたりの前に現した。先程までの虚よりもいくらか人に近い姿を模しているが、霊圧に大きな違いはない。

 油断さえしなければ──いける。

 

 鋭い牙を剥きだしにして喰らいかかってきた虚を宙に跳んでよけ、がら空きになった背後から沙羅は渾身の力をこめて刀を振りおろした。

 ゴトン、と虚の左腕が地に落ちる。直前でわずかに体勢を変えられたため両断とまではいかなかったが、それでも目の前の虚に致命傷を与えるには十分な一撃だった。

 

「グギガガガギャァァァッ!!」

 

 耳をつんざくような奇声に眉をしかめながら、沙羅はもう一度斬魄刀を振りあげる。

 

「……ごめんね。今楽にしてあげるから──」

 

 ザン……

 

 虚の苦痛に歪んだ叫び声は、沙羅が斬魄刀を鞘に納める頃には鎮まり、やがてその魂は天へと還っていった。

 

 

「へぇ~。なかなかやるじゃないの」

「……試験の結果、聞いてもいいですか?」

「ま、これだけ綺麗に片づけられちゃ不合格にする理由もないわね」

 

 そう告げた女隊士に沙羅はぱぁっと笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます!」

「別にお礼言われるようなことじゃないわよ。これがあんたの実力ってことでしょ」

 

 頭をさげる沙羅に女隊士は不敵な笑みを向けて、そして──とまった。

 

「……? どう──っ!」

 

 沙羅が異変を感じとったその瞬間には、沙羅の体は女隊士によって突き飛ばされ後方に吹っ飛んでいた。間を置かずしてたった今まで沙羅が立っていたその場所に激しい霊撃が落ちる。

 

「これは厄介なのが出てきたわね……」

 

 ふたりの前に現れたのは、頑強な体躯を誇る三体もの巨大虚(ヒュージホロウ)だった。

 

「巨大虚……!? どうして……」

「さっきの奇声は仲間への合図だったってわけね……。ここまで接近されるまで気づかないなんて、迂闊だったわ」

 

 低く舌打ちすると、女隊士は愕然と立ちすくんでいる沙羅を振り返った。

 

「まだ瞬歩は使えるわね?」

「え……?」

「あんたは集合地点へ戻って他の隊士に連絡して。相手は巨大虚三体、十番隊松本が応戦中──ってね」

「なっ……できません! 私だけ逃げるなんて!」

 

 そう言う間にも巨大虚は太い腕を振りあげ、ふたりの立っている場所目がけて叩きつけた。反射的に瞼を閉じたものの、予想した衝撃が訪れないことから沙羅は薄目を開く。

 土煙のあがる視界の中、ぼんやりと金色が揺れる。よくよく目を凝らしてみれば、それはあの女隊士が巨大虚の腕を斬魄刀一本で押さえている姿だった。

 

「もたついてる暇はないわよ。行きなさい!」

 

 鋭い言葉尻でそう放って、彼女は斬魄刀を解放した。

 

「唸れ──灰猫」

 

 その呟きと共に刀身が消え、あたりにとてつもない霊圧が立ちこめる。

 ずん、と肩にのしかかる高密度の霊圧。護廷隊の席官である彼女の実力をじかに感じながらも、沙羅は瞬歩でこの場を去ることに躊躇していた。

 いくら霊力が強かろうと、一度に三体もの巨大虚を相手になんて──

 

 灰と化した刃で二体の虚の攻撃を(さば)いている女隊士に、残りの一体の牙が迫る。それが今にもその柔肌に食いこみそうになったところで沙羅はとうとう瞬歩を使った。

 

「な……」

 

 女隊士の背後すれすれまで迫った黒い牙を、沙羅の斬魄刀ががっちりと抑えていた。

 

「なにしてんのよ! 早く──」

「……行けません。今ここで私が逃げたら、あなたがどうなるかぐらいわかります!」

「だからってあんたが残ったってどうしようもないのよ! いいから早く逃げなさい!」

「できません!!」

 

 ひときわ高い声で言い放ち、沙羅は虚の牙を弾き返した。

 

「私は流魂街のみんなの暮らしを虚から護りたくて、死神になると決めたんです。その虚が目の前にいるのに、私ひとり逃げることなんてできません!」

 

 一切の恐れのない眼差しで言い切った沙羅に女隊士は目を見開いた。そして激昂して再び喰らいかかってきた虚に向かって果敢に撃ちこんでいく後姿を見て、小さく吐息をもらす。

 

「あんたって……頭が固いんだかばかなんだか」

「それ、どっちも褒めてませんよね?」

 

 ギリギリと牙を受けとめている沙羅に笑みをこぼして、彼女は颯爽と鮮やかな金髪をなびかせた。

 

「こっちの二匹片づけてすぐに加勢するわ。それまで意地でも持ちこたえなさいよ!」

「はい!」

 

 

 威勢の良い返事を返したものの、今日初めて虚を相手に闘う沙羅にとって巨大虚の威圧はあまりあるものだった。

 

「縛道の四、這縄(はいなわ)!」

 

 縄状の霊子が沙羅の掌から放たれ、巨大虚の動きを封じるように絡みついていく。だがすべてを巻きつける前にその縄は呆気なく引きちぎられた。

 

(だめだ……体が大きすぎて縛道じゃ封じられない)

 

 注意深く虚との距離を取りながら沙羅は歯噛みした。鬼道をぶつけるにも詠唱が間に合わない。かと言って詠唱破棄した鬼道をあてたところで、今の自分が練った霊撃などたかが知れている。

 

「正面から斬り伏せるしかない」

 

 覚悟を決めて斬魄刀を構え、虚が上段から爪を振りおろすのを待った。瞬歩でわずかに横によけ、空振りを誘ったその隙に顔面を狙う──そのつもりだった。しかしそのとき沙羅を狙って繰りだされた腕は一本ではなかった。

 

「しまっ──」

 

 反対側から近づくもう一本の腕に気づいたときには遅く、衝撃をもろにくらった沙羅は側面の壁に叩きつけられた。

 

「げほっ……かはっ!」

 

 嘔吐感をこらえてすぐに立ちあがるも、巨大虚が次に狙いを定めたのは目の前でふらついている沙羅ではなく、その後方で二体の虚相手に優勢に立っている女隊士のほうだった。

 

「だめ! 待ちなさ……っ!」

 

 標的を変えた虚のあとを追おうとするも、体が思うように動いてくれない。

 

 嫌だ

 また目の前で誰かが死ぬなんて嫌だ

 

 私がもっと強ければ

 

 私にもっと力があれば──! 

 

 血が滲むほど斬魄刀を強く握り締めたその瞬間、だった。

 

 

『力を欲するのですか?』

 

 唐突に。声が聞こえた。

 

「……え……?」

 

 沙羅を取り囲むすべての時が静止する。

 闘いの喧騒がかき消え、風が水面(みなも)を打つような穏やかな声だけが頭の中で響きわたる。

 

『なんのための力ですか? あなたの行く手を阻むものを斬る力ですか?』

「……違う」

 

 ぽつりと呟いて、首を振る。

 

 そんなものじゃない。

 私が欲しいのは。

 

『では、なにを望むのですか?』

 

 私が望むものは。

 

「護る力……」

 

 大切に想うもの、すべてを

 

 護る力が欲しい──

 

 

『いいでしょう。あなたがそれを望むのであれば。さあ呼びなさい。我が名は──』

 

 

()(ほこ)れ──夢幻桜花(むげんおうか)!」

 

 

 

 背後で突如膨れあがった霊圧に、女隊士はすぐさま振り返った。

 

「そんな……まさか」

 

 見開いた瞳には、薄桃色に輝く斬魄刀を握りしめた少女の姿がくっきりと映しだされている。

 

「ありえないわよ……院生が斬魄刀解放なんて──」

 

 ごくりと喉を鳴らした次の瞬間には、少女は刀を振りかぶって高く跳躍していた。

 

 ザムン──ッ! と鈍い音を響かせて、巨大虚の体が真っ二つに分かたれる。肉片と化した虚は悲鳴をあげる間もなく昇華された。

 そしていまだに自分が目にしている光景を信じられない女隊士に、少女はバッと顔をあげて叫んだ。

 

「松本隊士! 後ろです!」

「っ!」

 

 少女に気を取られた一瞬の隙に、相手にしていた虚のうちの一体が背後に回りこんでいた。

 

「なめんじゃないわよ──灰猫!」

 

 呼び声に呼応し、ふわりと虚に降りかかった灰が鋭い刃と化してその身を切り刻む。動きを停止した虚にとどめの一撃を刺すと、その隣でもなにかが倒れる音が響いた。

 

「……来世では安らかな生を」

 

 少女がその言葉と共に薄桃色の刀身を急所に突き立てると、最後の一体の虚は儚げな声をもらして空に還っていった。

 

 

 

「……あんた──」

 

 巨大虚が消えて静まり返った空間で、斬魄刀を握りしめたままぼんやりと空を仰いでいた沙羅はその声にはっと我に返った。

 

「あ……大丈夫ですか!? お怪我はありませんか?」

「それはこっちの台詞だっての。それよりも、あんたのその斬魄刀──」

 

 女隊士が指さした沙羅の刀は、普段よりも刀身が長い形状に変化し、まばゆい薄桃色の輝きを帯びている。

 

「驚いたわよ。斬魄刀の解放なんていつ覚えたわけ?」

「私にもわからないんです。急に声が聞こえて、それで……あれ?」

 

 そう言う間に刀身の光はみるみる失われ、やがてただの刀に戻った。

 

「え……なん、で」

 

 言いかけて唐突にぐらりと傾いだ沙羅の体は、それを見越していたかのような女隊士の腕に支えられた。

 

「一気に霊力を使いすぎたのよ。まさか無意識に始解を習得するなんてね」

「始解……?」

「そうよ。声が聞こえたんでしょう? 斬魄刀があんたを認めてくれた証拠よ」

「斬魄刀が……」

 

 今にも意識を奪われそうな疲労感に襲われながら、沙羅は手の中の刀をまじまじと見つめた。

 先程までの輝きが嘘のように、なんの変哲もない刀に戻っている。けれど。

 

『我が名は──夢幻桜花』

 

 そう告げた清らかな声は、くっきりと耳に残っていた。

 

 *

 

 その後、霊圧の変動を察知し駆けつけた他の隊士たちより治療を受けた沙羅は、斬魄刀片手に唸りをあげていた。

 

「夢幻桜花!」

「咲き誇れ、夢幻桜花!」

「……ちょっと。斬魄刀振り回してなにやってんのよ」

 

 呆れ顔の女隊士に、沙羅は困り果てた様子で首を捻る。

 

「いくら呼んでも解放できないんです。声も聞こえないし……どうしてでしょう」

「さあね~。さっきのは気まぐれだったんじゃないの?」

「えぇっ!? そんな……」

 

 青褪めて斬魄刀の様子を窺っている沙羅に無遠慮に笑って、女隊士はぽんとその肩を叩いた。

 

「焦んなくたってそのうちちゃんと扱えるようになるわよ。いずれにしても斬魄刀が名前を明かしたってことは、あんたを持ち主として認めたってことなんだから」

「だといいんですけど……」

 

 あからさまにしょげた様子の沙羅にくすくすと肩を揺らして、「ところで」と彼女は切りだす。

 

「あんた、うちの隊に入る気はない?」

「……え?」

「あんたの素質を見こんで言ってんのよ。あたしが口利きすれば霊術院は飛び級で卒業できるし、入隊試験も免除になるわ。悪い話じゃないと思うけど」

 

 彼女の言葉の意味を理解した沙羅はしばし驚いた顔のまま固まった。霊術院の飛び級斡旋に、護廷隊への入隊試験免除。沙羅ならずとも護廷隊士を夢見る院生にとってはこの上ない待遇だ。

 だがその夢のような申し出に沙羅はゆっくりと首を横に振った。

 

「せっかくですけどご遠慮させていただきます」

「どうして?」

 

 まさか断られるとは思っていなかったのだろう、女隊士は目をぱちくりとさせた。

 

「私はまだまだ未熟です。霊術院で学ばなければいけないことが山ほどありますから。それに──」

 

 そこで一旦言葉をとめた沙羅は、鮮やかな笑顔で女隊士を見上げる。

 

「私は自分のやり方で松本隊士に追いつきたいと思うので」

 

 その微笑みは院生のそれとは思えないほど、力強い自信に満ちていた。

 

「……そこまで言われちゃ引きさがるしかないわね」

 

 口元のほくろをわずかに上に吊りあげて彼女は笑った。

 

「乱菊」

「え?」

「え? じゃないわよ。あたしの名前! 松本乱菊。──あんたは?」

 

 鼻が触れそうな距離まで顔を寄せられ、沙羅はおどおどと答えた。

 

「草薙沙羅、です」

「沙羅、ね。待ってるわよ」

 

 目を合わせると、彼女は軽くウインクして笑った。

 

「だから早くあがってきなさいよね」

 

 それは同性の沙羅ですら思わず見惚れてしまいそうな魅惑的な笑顔だった。

 

「──はい! きっと……!」

 

 

 *

 

 四年後──

 

「諸君らは霊術院の教育課程を修了し、難関と称して相違ない入隊試験をも突破した有能なる若き新星である。護廷十三隊の一員として誇りを持ち、魂の安寧秩序のためその力のすべてを遺憾なく発揮することを願う。諸君らの働きに期待しておるぞ」

 

 総隊長、山本元柳斎重國の祝いの辞により締めくくられた入隊式のあと、新人隊士たちは各自の配属する隊が貼りだされた掲示板の前でたむろしていた。

 

「わぁ、あたし五番隊だ!」

「五番隊って藍染隊長の隊? よかったね、雛森!」

「からかわないでよー。沙羅ちゃんは?」

 

 やや頬を赤くした雛森に笑いながら、沙羅は掲示板に視線を戻して自分の名前を探す。

 

「あ、あった! 十三番隊だって」

「そっかぁ……別々になっちゃったね。心細いな」

「大丈夫だよ、五番隊には恋次と吉良もいるし。それに別々って言っても同じ瀞霊廷の中だし、いつでも会えるよ」

「うん……そうだよね!」

 

 その後各隊ごとに新人歓迎会が催されるとの通達を受け、沙羅は雛森と別れて十三番隊の隊舎へ向かった。そしてその途中、十番隊の隊舎の前を通りがかったとき、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 

「──うちの隊じゃなかったのねぇ。残念だわ」

 

 隊舎の扉に寄りかかりながら腕組みをしてぼやいた金髪の女性に、沙羅はくすっと笑顔を向ける。

 

「そうですか? 私は乱菊さんにこき使われずに済んでほっとしてますけど」

「おいっ新人! 松本四席に向かってなんて口の利き方だ!」

 

 その軽口を耳に留めた十番隊の隊士が語気を強めて沙羅に掴みかかろうとするのを、彼女の腕がひらひらととめた。

 

「ああ、いーのいーの。どうせこの子、すぐにあたしと同じぐらいまでくるから」

「は……? しかし──」

「あんたこそ口の利き方には気をつけたほうがいいかもしれないわよ。近い将来上官になってるかもしれないしね~」

 

 いまいち納得のいかない様子の隊士を無理矢理追い払って、乱菊は「そうそう」と振り返った。

 

「沙羅、ひとつ言い忘れてたけど」

「はい?」

「本気であたしと肩を並べるつもりなら、敬語で喋る必要ないわよ。ま、追いつく自信があればの話だけどね」

 

 挑発的な物言いでそう告げたその勝気な笑顔は、四年前のそれと比べてもなんの遜色もなく、むしろ一段と美しさを増したようにすら思えた。

 そして沙羅はそれに負けないぐらいの鮮やかな笑顔を返して、頷く。

 

「わかった。すぐに追いついてみせるから」

 

 

 その日から同じ護廷隊士として職務に就く彼女たちが、親友と呼ばれる間柄になるのに時間は要さなかった。

 

「沙羅~! 見て見て、さっき京楽隊長から甘味処のタダ券もらっちゃった! 休憩時間に行こ! ね? ね?」

「乱菊……昨日ダイエットするって言ったばかりじゃなかった?」

「だぁって! せっかくくれたのに使わなかったらもったいないじゃない!」

「だったら貰わなければよかったのに」

「やーよ。ここのあんみつおいしいって評判なんだから」

「結局食べたいんでしょ!」

 

 

 そして今日も瀞霊廷の片隅に、ふたりの明るい声が木霊する。

 

 

 

 ***

 




《A Gray Cat…灰猫》

 こうして乱菊との信頼が築かれました。沙羅の斬魄刀も初登場。その能力はいずれ本編にて明かされます。

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