「ずっと傍にいると誓ったのに……おまえは俺を残して死んだ」
胸の奥に突き刺さる哀しい声音に、沙羅はぎゅっと唇を噛みしめた。
「おまえがいなくなった世界などどうでもよかった。杉原を殺し、処刑されることが決まっても、俺の中に恐怖はなかった。……死ねばまたおまえに逢えるかもしれないと思っていた」
彼は一体どんな想いで最期の瞬間を迎えたのか。
最愛の人に看取られて死んでいった自分とは違う。なにもかもを棄て去った……あまりにも孤独な死。
「だが死んだあとも俺の魂はいつまで経っても昇華しない。おまえを奪った世界への憎悪だけが膨らんで、喰いたくもない魂魄を滅茶苦茶に喰い散らかして。俺の罪は死んで洗い流されるどころか、ますます重みを増すばかりだった」
「ウルキオラ……」
こらえきれずに伸ばした手が振り払われる。
「なぜ……。なぜなんだ……」
片手で頭を押さえてうわ言のように呻くウルキオラの声に、沙羅はただ耳を傾けることしかできない。
「おまえを失って……百年も時が過ぎて、ようやく再び巡り逢えたのに……」
緩慢な動作で顔をあげたウルキオラの目が、まっすぐに沙羅を射た。
月明かりの下、翡翠の瞳に映るのは、黒い死覇装。だが彼女の瞳に映るのは、それとはまるで対称的な白い装束。
敵対の証。
「なぜ……おまえは死神なんだ」
哀しみに満ちた声に、沙羅の背筋がぞくりと震えた。言いようのない悪寒が駆け巡る。
そしてその予感はすぐに現実となった。
「なぜ俺は……破面なんだ──!」
それは一瞬の出来事だった。
声を荒らげたウルキオラの左手が、突然自身の頭部の仮面を掴んだ。
「ウルキオラ……!?」
「こんな仮面など邪魔なだけだ……!」
愕然とする沙羅の前で、ウルキオラは仮面を引き剥がそうと力を籠める。
「俺が破面じゃなければ……虚にならなければ、またおまえと共に生きることができたのに──」
どれだけの圧力がかけられたのか、掴んだ部分に細い亀裂が走った。ウルキオラの表情に苦渋の色が浮かぶ。
「やめて!」
咄嗟に掴みかかった腕はものすごい力で振り払われた。だがそれにも構わず沙羅は夢中でウルキオラの腕にすがりついた。
「なにしてるの! やめてよ!」
そう叫ぶ間にも仮面の亀裂は深くなる一方で、ウルキオラの喉からは小さな呻き声が押しだされる。
虚の仮面が容易く剥がせるものではないことぐらいわかる。なにより激痛に顔を歪ませるウルキオラを黙って見ていることなどできない。
「お願いやめてぇっ!」
泣きだしそうな顔で懇願すれば、激情が続かなくなったのかウルキオラは脱力したように腕をおろした。そのままどさりと桜の根元に座りこむ。
「……ならば……俺はどうすればいいんだ」
「なにもしなくていい! 傍にいてくれるだけでいい……」
瞳を潤ませて告げる沙羅に、ウルキオラは自嘲の笑みをもらして首を振った。
「……俺はもう紫苑じゃない。おまえが愛した男とは違う」
「そんなことわかってる。それでも私はウルキオラと一緒にいたいの」
「それは俺に紫苑の面影を重ねているだけだ」
「違う!」
きっぱりと首を横に振った沙羅の眼差しに迷いはない。
確かに姿形は紫苑そのものだ。声だって変わらない。
でも、沙羅がこれまで追い求めてきたのは紫苑じゃない。胸が引き裂かれそうに痛んで、傷ついても、それでも忘れられなかったのは。
「ここでずっと私の話を聞いてくれたのは誰? 何度も背中を押してくれたのは誰? ガトーショコラを美味しいって食べてくれたのは、誰……?」
ふたりがいつも腰かけていたあの場所を見上げ、視線をウルキオラに戻した沙羅は泣き笑いのような顔で首を小さく傾けた。
「全部、全部ウルキオラでしょ……?」
今その瞳に映るのは「桐宮紫苑」ではなく
沙羅は確かに「ウルキオラ・シファー」を捉えていた。
「私……ウルキオラに逢ってからここに来るのが楽しみだった」
今やこぼれんばかりに咲き乱れている桜の花が、まだ小さな蕾だった頃。
沙羅はここでウルキオラと出逢い、その後も何度も顔を合わせることになった。
「最初は自分でもよくわかってなかったけど、ウルキオラといるとすごく落ち着いたの。なにも話さなくてもただ隣にいてくれるだけでほっとして。……悩みもたくさん聞いてくれたよね」
厳密に言えば沙羅が一方的に話していたようなものだけれど。それでもウルキオラは一度としてそれを遮ったり拒んだりすることはなく、ときには的確な助言をももたらしてくれた。
「ウルキオラの言葉に何度も支えられたよ? 十刃だってことを聞いたときはすごく哀しかったけど……それでも憎むことなんてできなかった」
だって。
だってね。
「そんな憎しみや哀しみなんかより、ずっとたくさんの幸せをあなたはくれたから」
ウルキオラを見つめる沙羅の表情が、月明かりを浴びて優しい笑みを形作った。
「俺は……おまえが幸せに想うようなことなどなにもしていない」
「だから、一緒にいてくれるだけで幸せだったの! 安い女で悪かったわね」
俯くウルキオラを気遣ってか、あえてふざけた調子でむくれてみせる。そして次の瞬間にはまた穏やかな笑みを浮かべて沙羅は続けた。
「……私はね、前世の記憶を取り戻したからウルキオラに逢いたかったわけじゃないよ」
記憶などなくとも、とうに惹かれていた。だから、例えウルキオラが紫苑じゃなかったとしても、沙羅の心はきっと彼を求めた。
それはとても単純で──簡単なこと。
「私、ウルキオラのことが好き」
驚きに見開かれた翡翠が沙羅を見つめている。その視線にも怯まず沙羅はもう一度繰り返した。
「ウルキオラが好きなの」
「……っ」
翡翠の瞳が今度は戸惑いに揺れる。
沙羅に向けてふらりと伸ばされた手は、その頬に辿り着く前に力なく垂れさがった。
「……だめだ。俺の手はとうに血に染まってる。こんな穢れた手でおまえに触れることは赦されない」
そう言って首を振るウルキオラの手を、沙羅は迷わず握って自らの頬に添えた。
「どうして? こんなに綺麗な手なのに。私はウルキオラの手、大好きだよ?」
言いながら今度は彼の頬に手を伸ばし、百年前にはなかった
「仮面があるからなんなの? ウルキオラはウルキオラでしょ? 破面でも虚でも、私の気持ちは変わらない」
こんなにも胸を突く言葉があるだろうか。
愛した男が虚に堕ちたなどと知れば、きっと百年の恋すら冷めるに違いないのに。ましてや「昔の恋人」としてではなく、今存在している彼そのものを受け止めようとするなんて。
こんなにもひたむきな愛情があるだろうか。
だが、それでも踏みだせない。
この温かい手を取ることはできない。
なぜなら俺は──沙羅を傷つける存在だから。
「あの任務のとき……本当は逃がそうとしたんだ」
ぽつりとウルキオラがもらした言葉を沙羅は黙って聞いていた。
あの任務──十三番隊が四人もの隊士を失った、あの残酷な任務。
「仲間が死ねばおまえが哀しむとわかっていた……」
最後の瞬間、穿界門に向けて飛び立った少女をこのまま見逃そうと思った。例えそれが主の命に逆らうことになっても構わない、と。
「だが……止まらなかった。頭では止めようと思っているのに……身体が勝手に動いて……気づいたときには、もうあの娘は俺の足元で動かなくなっていた」
カタカタと小刻みな震動が沙羅の手に伝わる。上からそっと重ね合わせたウルキオラの手が震えていた。
「たまに自分で自分がわからなくなる……まるで身体が乗っ取られたように、血を求めて暴れだすんだ」
恐れているのはもうひとりの自分。理性など欠片もない、虚としての己の本能。
その本能がいつ剥きだしになるかと思うと、怖くて仕方なかった。
すると震えが治まらないウルキオラの手をそっと包みこんで、沙羅は優しく語りかける。
「そんなに思いつめないで。今は平気なんでしょう?」
「今は平気でも、またいつそうなるかもしれない。……次はおまえを傷つけるかもしれない」
「そのときは私が止める」
凛と澄んだ声。小さく目を瞠って顔をあげたウルキオラと正面から目を合わせて。
「もうこれ以上ウルキオラをひとりで苦しませたりしない。私が止めてみせる」
「無理だ……一度理性を失えば、全てを破壊するまで俺は止まらない。……あのときもそうだった」
「絶対に止める!」
そう一際高い声で言い放つと、それまで気丈に振る舞っていた沙羅の顔がくしゃりと歪んだ。
「だから……私が絶対に止めるから。これ以上自分を責めるのはやめて──」
ウルキオラが己の中に潜む虚の本能を憎悪するのはわかる。
だからといって、自分の存在そのものを疎ましく呪っていることが、沙羅には哀しくてたまらなかった。
虚になってしまったのはウルキオラのせいじゃない。沙羅が彼を残して死んでしまったからだ。
己の心の拠り所となる唯一の存在を失った彼は、嘆き、絶望し、そして狂った。
それは決して悪しき心から生まれたものではないはずだ。
「もう十分苦しんだじゃない……百年も苦しみ続けてきたじゃない!」
とうとう沙羅の頬を涙が伝い落ちた。
紫苑に看取られて安らかな最期を迎えた自分は、尸魂界へと送られ、死神となり、次の転生までの時間を多くの仲間と共有しながら穏やかに過ごしていた。
けれど、彼は。
ずっとひとりだった。
死ぬときも
死んだあとも
ずっと。
彼をそんな状況に追いこんだのは、紛れもなく沙羅だ。
「もうひとりにさせない……全部私が一緒に受け止める! だからもうひとりで苦しまないで……!」
恋人を想いすぎたが故に苛酷な運命を背負わされてしまったウルキオラを、これ以上孤独な闇の中に置いておくことなど、できなかった。
「……泣くな。おまえに泣かれると弱いんだ」
沙羅の頬の涙を拭ってそう言ったウルキオラもまた、今にも泣きそうな苦しげな面持ちを浮かべていた。そのまま静かな声を紡ぎだす。
「虚に堕ちてからの俺は……これまでにどれだけの魂を喰らってきたか知れない。……いくつもの罪なき魂が俺の血肉となり、生と死の輪廻を終えた」
虚に喰われた魂魄は魂の輪廻から外れ、二度と命を得ることはない。償うにはあまりに大きすぎる罪。
「俺は罪を重ねすぎた。……赦されはしない」
「罪を背負ってない人なんていないよ」
沙羅はゆっくりと首を振った。
「誰もが生きていく上でなんらかの罪を重ねてる。だけど誰もが……それを受け入れながら生きている」
「……受け入れる?」
「うん。重ねてきた罪が全て洗い流されるような償いなんてないのかもしれない。それでも、それは生を放棄する理由にはならない。だから自分で受け入れて、向き合っていくしかないんだよ……」
そう告げる沙羅自身も、今目の前にある現実を必死に受けとめようとしていた。
きっと少し前の自分なら、答えを先延ばしにするか誤魔化すかして現実から目を逸らしていたように思う。
でも、それじゃいけないってわかったから。どれだけ怖くても、どれだけ苦しくても、決して失いたくない大切な人だってわかったから。
だから、向き合いたい。
ウルキオラと向き合いたい。
「一緒に探そう? ふたりで……探そう?」
どれだけ時間がかかっても、もうひとりじゃないから。
ひとりでは孤独に耐えられない苦痛な時間も、ふたりなら微笑みを生みだす穏やかな時間に変えられるかもしれないから。
「ウルキオラ」
沙羅が、はっきりとその名を呼んだ。
白い装束に包まれた肩がぴくりと揺れる。
「ずっとひとりにしてごめんね。……だけどもう離れないから」
沙羅が瞳に涙を溜めてそう言った、瞬間。
ウルキオラの仮面紋の上を、一粒の雫が伝い、落ちた。
沙羅の死後、涙を流したのはそれが初めてだった。
「俺は……おまえの傍にいてもいいのか……?」
翡翠の双眸から透明な雫が溢れでてくる。
震える声を紡ぎだせば、沙羅は優しく頷いた。
「この穢れた手で……おまえに触れることが赦されるのか?」
もう一度、彼女はゆっくりと頷いた。
そっと頬に触れた指先から沙羅の温もりが伝わる。
もう、冷たくはない。
頬を撫でる手を滑らせて沙羅の目元に触れた。そのまま頬、唇と優しくなぞり、その存在を確かめる。
一度は失った恋人が、百年の時を経て今再び自分の目の前にいる。
よく笑って、たまに怒って、少し泣いて。
「生きている」彼女が、今確かにここにいる。
「……何度おまえをこのまま連れ去ろうと思ったか知れない」
前世の記憶が完全に甦ったとき、真っ先に願ったことはただひとつだった。
それは百年経っても変わらない想いの証。
「好きだ……」
とうとう、ウルキオラはその言葉を口にした。
目を見開く沙羅の手を引いて、腕の中に包み込む。
「ずっとこうしたかった……おまえを取り戻したかった」
それはこの手を伸ばせばいつでも叶ったはずなのに
ウルキオラはそうすることを恐れていた。
虚である自分が、沙羅を幸せにできるはずがないと
離れるのが彼女のためなのだと、必死に言い聞かせて。
無駄な足掻きだった。
百年間求め続けた人が目の前に現れて、今更どうやって目を背けることができようか。
あの日この桜の下で再会した瞬間から、心はとうに決まっていたのだ。
「もう二度と離したくない……」
沙羅を抱く腕に一層の力を籠めて、強く強く抱きしめる。
「二度とおまえを……失いたくない。沙羅……」
痛いほどに締めつけてくるウルキオラの腕は、そのまま沙羅の心臓をも締めあげた。
苦しい。
そしてそれと同じくらい、嬉しい。
「……ウルキオラ……っ」
小さくしゃくりあげた沙羅にウルキオラはすぐに気づき、腕の力を緩めてその顔を覗き込んだ。
「……沙羅」
愛しそうに呟かれる名にますます涙があふれる。
ポロポロと涙を零す目尻にウルキオラはそっと唇を落とし、そしてそのまま震える唇に口付けた。
一度は引き裂かれた恋人たちは、長い長い百年もの時を越え、今再び想いを重ね合った。
*
春の満月は、美しく色づいた桜の下で身を寄せ合う恋人たちを淡く照らしだした。
肩にもたれかかる沙羅を、ウルキオラはそっと包み込むように抱きよせる。想いを通わせた今、一秒たりともその身を離したくなかった。
「これからどうしようね……」
一体どれだけの時間が過ぎたのか。
東の空が白く染まり始めているのを眺めながら、沙羅がぽつりと呟いた。
共に生きると決めたものの、ふたりが死神と破面という敵対する存在であることは変わらない。帰るべき場所は互いに異なる世界だ。
「……沙羅」
「ん?」
「もし俺と共に虚圏に来いと言ったら、おまえは来るか?」
突然の提案に沙羅が返答を詰まらせていると、耳元でふっと息をもらす音が聞こえた。
「……できないだろう? おまえには俺の他にも護るべきものがあるはずだ」
その言葉に、一瞬にして頭の中を様々な人の顔が駆け巡る。
隊長、乱菊、ルキア、清音、十三番隊のみんな、護廷隊の仲間たち。
ウルキオラと離れていたこの百年間は、決して空白の時間ではない。護るべきもの、手放せないもの、たくさんのものが今の沙羅の手の中にはあった。
「ごめん……」
一番大切な人はウルキオラなのに。
それでも他のものも切り捨てられない自分がとても都合良く思えて唇を噛むと、それを制するようにウルキオラの指が唇をなぞった。
「なぜ謝る? おまえの性格など百年前から知っている。俺はそんな沙羅だから惹かれたんだ」
穏やかな声音でそう言って、こめかみに口付ける。
改めて言われると急に気恥ずかしくなって、沙羅は頬が上気するのを誤魔化そうと声をあげた。
「ウルキオラにもあるの? 護りたいものが」
「俺が護りたいのは今も昔もおまえだけだ」
「本当に? 実は虚圏にも特別な人がいたりして」
「……本気で言っているのか?」
とん、と後ろから沙羅の肩に顎を乗せてまじまじと視線をぶつけてくるウルキオラ。
……しまった。
逆効果だ。余計に顔が熱い。
「冗談です、冗談」
必死に顔を逸らしてそう言うと、こらえきれなくなったようにウルキオラが耳元でくっと笑った。
「本当におまえは見ていて飽きないな」
「っからかったのね!? バカ! バカキオラ!」
「ババ沙羅」
「もー!」
あの頃と変わらないふたりの姿がそこにはあった。
「……ねえウルキオラ。もし、虚圏に留まる理由がないなら──」
言いかけて、口を噤んだ。それはあまりに身勝手な提案だ。
自分は尸魂界を裏切れないと言っておきながら、ウルキオラには裏切らせようとしている。
彼だってそれを受け入れられないからこそ、先程ああ言ったに違いないのに。
「沙羅?」
「……ごめん。忘れて」
ウルキオラの顔を直視できずにそう言えば、くるっと身体を反転させられた。
ちょうど真正面から顔を突き合わせる形になり、翡翠の瞳にはっきりと捉えられる。
「話を聞け。俺がなによりも優先するのはおまえだ。おまえのためなら虚圏を離れても構わない。だが──俺が尸魂界に行くことはおまえのためにはならない。……そんな簡単な話じゃないだろう」
彼が言わんとしていることがあまりにわかりすぎて、沙羅は黙り込んだ。そう、そんな簡単な話じゃない。
仮に沙羅がウルキオラのことを「味方です」と言って尸魂界に連れていったところで、絶対に信用は得られないだろう。
まず間者なのではないか、なにか目論みがあるのではないか──あらゆる視点から疑いをかけられ、尋問される。それらの尋問は決して疑いを晴らすためではなく……疑いを事実にするために。
ましてやウルキオラはすでに護廷隊士を手にかけてしまっている身。彼自身はもちろん、そんな男を庇い立てしようとする沙羅に対してもあらぬ疑いがかけられるであろうことは容易に想像がついた。
それを払拭するのがどれだけ難しいことなのか、ウルキオラはわかっているのだ。
「悔しい……。破面っていうだけで信じてもらえないなんて……」
思わず口をついて出た本音に、ウルキオラは困ったように瞳を細めた。
「仕方ないさ……千年以上も前から死神と虚は闘い続けてきたんだ。それをいきなり変えろと言うほうが難しい」
「でも……敵だから闘うなんて間違ってる。それならなにをもって敵を判断するの? 仮面があれば敵なの? きっと皆、闘う理由を見失ってる。だから無理やりこじつけてるのよ。それなら和解する方法を探したほうがいいはずなのに……」
辛そうに顔を歪ませる沙羅に、ウルキオラは小さく笑みをこぼして頭を撫でてやる。
「死神が皆おまえのような奴なら、俺たちの関係も変わっていたのかもしれないな」
誰もが彼女のように、平和を愛する心を持っていたのなら。人の痛みを理解しようとする優しさを持っていたのなら──
もしかしたらふたりは敵同士ではなくなっていたのかもしれない。
ともすればこのまま泣きだしてしまうのではないかと危惧したが、沙羅は気丈にも顔をあげた。
「それなら……変えていけばいいんだよね。これから」
強い意志が籠められた眼差しを、ウルキオラはわずかな驚きと共に見つめる。
元より前向きな性格の沙羅だが、百年もの時は彼女をこんなにも強く成長させたのか。
それは厳密に言えばウルキオラと出逢ったことで養った強さなのだが、凛とした表情で唇を引き結ぶ沙羅にウルキオラは目がくらむような眩しさを覚えた。
そう、沙羅はどんな逆境にあっても諦めない。
百年前のあの時も、彼女は最期の瞬間まで闘いぬいたのだ。
「……おまえなら本当にやりかねないな」
なんの根拠もないけれど、ただ純粋にそう思った。
そうなってほしいと、思った。
「いつか……ずっと先になるかもしれないけど、死神と破面が和解できたとしたら。──そのときは尸魂界に来てくれる?」
まっすぐに自分に向けられる沙羅の瞳がとても綺麗で
「そうだな……」
口元を綻ばせて頷けば、つられるように沙羅も笑った。
いっそ全てを投げだしてふたりで逃げだしてしまえたら、どんなに楽だろう。
なによりも沙羅を求めるウルキオラにとって、それはとても甘美な誘惑だった。
だが彼女が本当に望む未来はそんな場所には存在しない。
死神と破面との確執を取り除き、この終わりの見えない争いを終結させる。それが沙羅の願いなのだから。
どれだけ長い時間を要しても
幾度となく苦境におとしめられても
どうか俺たちの行く末に待ち受けているのが、そんな未来であるように。
沙羅をもう一度腕の中に引き込んで、ウルキオラはうっすらと白みがかる暁の空を仰いだ。
消えかかった満月にただ祈りを捧げて。
***
《Be with You…あなたの傍に》
22話にしてようやく結ばれました。