Dear…【完結】   作:水音.

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第24話 Like Ordinary Lovers ―ありふれた恋人たちのように―

「現世任務?」

 

 十三番隊の隊舎で素っ頓狂な声があがっていた。

 目を丸くしている自身の副官を前に、十三番隊隊長を務める浮竹十四郎は続ける。

 

「ああ。明日から三日間、空座町南西部にて破面が出現した地域の重点調査にあたってほしい」

「空座町で……」

「できれば誰かサポートにつけてやりたいんだが、生憎遠方の任務に出払っている者が多くてな。今回は単独で行ってもらうことになる。どうした?」

「いえ、あの……私でいいんですか?」

 

 願ってもない申し出だとは思いつつも、沙羅は恐る恐る問いかけた。

 浮竹から現世禁止令が下されたことは記憶に新しい。その彼直々に現世任務へ就くようにとの命が下りるとは一体何事だろうか、と。

 すると浮竹はあからさまに渋面を浮かべてみせた。

 

「俺とてしばらくはおまえを現世に行かせるつもりはなかった。だが今回の調査は可能な限り上位の席官を任命するよう達しが出ている。元柳斎先生からもご意見を賜ってな……」

 

 つまりは沙羅を任ずるよう総隊長から働きかけがあったと。浮竹をよく知る元柳斎のことだ、過保護も大概にしろとの意図だろう。

 面白くなさそうに告げる浮竹が年甲斐もなく幼く見えて、沙羅は呆気に取られた。自分にとっては父にも似た存在の浮竹だが、その彼も元柳斎の前ではひとりの幼子にすぎないということか。

 

「そう、ですか……っ」

「……沙羅。今笑っただろう」

「いえ! まさか!」

 

 無理やり唇を引き結んで首を振ると、まだ不貞腐れている様子の浮竹はやれやれと息をついた。

 

「ここ最近おまえには苦労をかけ通しで、俺としても不本意なんだが……先生の仰る通り、他にこの任務を任せるだけの信頼に足る者がいなくてな。悪いが頼まれてくれるか?」

「もちろんです。それにそんなお気遣いは無用です。副隊長がぐうたらしてたら他の隊士に示しがつかないじゃないですか」

 

 からりと笑ってみせた沙羅につられて浮竹も表情を和らげる。

 

「……すまないな。俺は本当に良い副官に恵まれたよ」

「おだててもなにも出ませんよ? じゃあ今から準備を整えて夜明け前には出発しますね」

「ああ頼む。くれぐれも無茶はするなよ、危険を感じたらすぐに伝令神機で連絡するんだぞ」

 

 最後まで釘を刺すことを忘れない上官に「この人の過保護は一生治らないだろうな」と思いつつ、沙羅は笑顔で頷いた。

 

 

 *

 

 その日の深夜──月が最も高く昇りつめる時刻、任務の手はずを整えた沙羅はすでに現世へ下りていた。

 

「つまり明日から三日間は現世に滞在するのか?」

「うん。休暇ではないんだけどね」

 

 横で振り返ったウルキオラに沙羅は小さく肩をすくめて、桜の木の根元に腰をおろした。

 あれだけ華やかに咲き乱れていた桜の花は春風に舞い散り、すっかり葉桜と化した今ではこうして根元に腰をおろして語り合うのがふたりの日常となっている。とは言ってもそう頻繁に逢えるわけではないが。

 だからこそ、今回の現世任務は沙羅にとって非常に貴重な時間であると言えた。

 

「その間に現世に来れそうな日はある?」

「……三日目なら急な任務さえ入らなければ一日空いているはずだ」

 

 ウルキオラが少し考えてから返答すると、沙羅は嬉しそうにぱぁっと顔を輝かせた。

 

「じゃあなるべく早く終わらせる!」

「……任務のために来てるんだろう?」

「う……」

 

 微笑を浮かべたウルキオラに額を小突かれたじろいだものの、その眼差しは言葉よりもずっと優しいものだった。

 

 

 *

 

 かくして空座町南西部にて開始された破面の霊圧調査。沙羅は驚異的な速さで霊圧データの収集・解析を進めていた。

 調査は技術開発局から支給された霊圧変換器を用いて行われる。霊圧反応がある地点で分析をかけると、その特性から霊圧の主である個体の情報が得られるという仕組みだ。それが既に特定済みの霊圧であればより詳細な分析が可能になる。

 単にデータを拾うだけならば一般隊士で十分に事足りるのだが、技術開発局が誇る霊圧感知モニターでも傍受できないほどの微弱な『霊圧の名残』を察知するにはそれ相応の経験と研鑽(けんさん)が必要だ。よって実働的には上位席官があたることが多い。

 ここ数ヶ月で十三番隊の管轄である空座町で立て続けに破面が出現していることから、霊圧調査の命が下るのは当然の流れであった。それが自分に降ってきたのは沙羅にとっては嬉しい誤算に他ならなかったが。

 この任務が終わればウルキオラに逢える、そう思うといてもたってもいられず、休息もそこそこに夜通し作業を続けていた。

 

「これであらかた終わったかな」

 

 対象地域各地での解析結果を精査し、変換器を保管ケースに戻す。任務二日目の午後にして沙羅は早くも調査の全行程を完遂していた。

 

(一部を除いて、だけど)

 

 報告内容を滑らかに書き連ねていた筆が止まる。

 あの桜の巨木が佇む公園一帯を沙羅は故意に調査対象から外していた。

 霊圧の名残の濃度は持ち主の霊力の強さはもちろんのこと、その滞在時間にも比例する。解析にかければすぐにウルキオラの霊圧が特定され、あの桜の付近にたびたび出現していることも知られるだろう。

 私情を挟むべきではない。死神としての自身はそう諫言するが、とうとう最後まで沙羅の足が公園へ向くことはなかった。

 

 ためらいを振りきるように手早く報告書を書き終え、荷物をまとめる。

 護廷十三隊の隊訓に乗っ取るのであれば、任務完遂後は速やかに尸魂界へ帰還して上官へ首尾を報告すべきである──が。

 夕刻、穿界門より瀞霊廷へ戻った沙羅は十三番隊の隊舎ではなく、そのひとつ手前に位置する十二番隊の隊舎へと向かっていた。

 

 

「──沙羅? 明日まで現世任務についていたのではなかったか?」

「わっ!? ル、ルキア?」

 

 人目を忍んで小走りに駆けていたところを背後から呼び止められ、大仰に肩をびくつかせて振り返る。街灯に照らしだされたのは同じ十三番隊の同僚である朽木ルキアだった。

 

「どうした? なにか問題でもあったのか?」

 

 どこかよそよそしい沙羅の態度に気づいてか、幾分険しい顔つきに変わって詰め寄ってくる同僚に、慌てて首を横に振る。

 

「ううん、問題ってほどでもないの。ちょっと霊圧変換器の調子が悪かったから、新しいのに替えてもらおうと思って……」

「ああ、それで十二番隊か。だがそれなら調査にも遅れが出ているんじゃないのか? 明日の午前中なら私も少しは時間が取れるし、人手が必要なら手伝うぞ」

「えっ! あっだっ大丈夫! ちゃんと明日中には終わりそうだから!」

「しかし──」

「本当に平気! 平気だから!」

 

 ちぎれんばかりに首を振る沙羅にルキアは訝しげな表情を浮かべたものの、それ以上追及することはせずに「あまり無理はするなよ」と言い残して去っていった。

 

「…………」

 

 ルキアの気配が完全に消えたことを確認してから、沙羅は緊張の糸が切れたようにふぅーっとしゃがみこむ。慣れない嘘をついたものだから全身冷や汗が滲んでいる。

 しかし相手がルキアだったことは不幸中の幸いだったかもしれない。これが乱菊辺りなら一発で見破られていた気がする。

 なんとか動揺を落ち着かせて、十二番隊の隊舎に併設されている技術開発局の門をくぐった。局員の女性に先程ルキアに話した内容と同じ説明をすると快く備品倉庫に案内してくれた。

 

「こちらに置いてある霊圧変換器は全て最新型となっておりますので、ご自由にお使いください」

「ありがとうございます」

 

 局員が去ってひとりきりになった倉庫内をぐるりと見回すと、霊圧変換器の他にも伝令神機、記換神機、義魂丸など技術開発局にて生み出された技術の結晶の数々が並べられている。

 沙羅はその棚のうちのひとつに近づくと、そこに収められていたある道具を手に取った。

 棚の中に無数に陳列されている『それ』をひとつひとつ入念に性能を確かめてから、その中のふたつを選び出し荷袋に詰め込む。

 

「ごめんなさい、一日だけお借りします……」

 

 らしくないことをしているのは百も承知。

 というのも、いつもこの備品倉庫に忍び込んで良からぬことを画策する乱菊をたしなめるのは、これまでずっと沙羅の役目だったからだ。

 

『ちょっと借りるだけよ~、別に誰のものでもないんだしいいじゃない』

『だーめ! ここにあるのは全部護廷十三隊のものです!』

『なら尚更あたしたちだって十三隊の一員なんだから問題ないでしょ。こんなとこに置いといたってカビ生えるだけよ! だったら活用してあげた方がここの道具たちも喜ぶと思わない?』

『どんな屁理屈よそれ……』

『まあまあ、人生たまには息抜きも必要だってことよ。特に沙羅──あんたみたいな子には余計に、ね』

 

 結局毎回上手く言いくるめられては乱菊の悪事の片棒を担ぐことになってしまうのだが、今回その主犯を企てる立場となって納得できたことがひとつある。

 

「たまには息抜きしても……いいよね」

 

 どうやら知らぬ間にかなり乱菊に影響されていたようだ。

 ちくちくと痛む良心をごまかしつつ、荷物を抱えて技術開発局を逃げるようにあとにした沙羅であった。

 

 

 *

 

 そして迎えた三日目の朝。

 

「ジャーン!」

「…………」

 

 いつもの桜の下、沙羅が意気揚々と広げて見せた『それ』にウルキオラは珍しく言葉を失った。

 

「……沙羅」

「ん?」

「なんだこれは」

義骸(ぎがい)っていうの。ウルキオラは見るの初めて?」

 

 そう、ウルキオラの目の前にびろーんと掲げられているのはまさしく義骸。弱体化した死神が霊力の回復を待つ間魂の器として使用する仮の肉体。

 

「こんなものを持ってきてどうするつもりだ?」

 

 義骸の本来の趣旨を考えれば、ウルキオラの疑問は至極自然なものと言える。

 だが義骸にはもうひとつ、死神たちの間で重宝されている重要な活用法があった。

 

「どうするって、これに入って現世で遊ぶの」

「……は?」

 

 義骸に入れば、外見は人間と全く同じ姿になる。

 つまり義骸は、死神が現世で人間として振る舞うことを可能とする、言わば最高の『遊び道具』となりうるのである。

 実際乱菊辺りは暇さえ見つければ義骸をこっそりと持ち出して、現世のショップで目当ての服を買い漁るべくあちこち飛び回っているということを沙羅はよく知っていた。

 ──が、無論そんなことを知るはずもないウルキオラは呆れた様子で吐息をもらした。

 

「なにを呑気なことを……そんなことをすればおまえの仲間に見つからないとも限らないだろう」

 

 現世には魂魄の監視役として常に駐留している死神がいるんだろう、と続けて沙羅を見る。

 

「大丈夫、義骸に入っていればわからないから」

「それが見つかったときの話をしているんだ。責任を問われるのはおまえだろう」

「目立つようなことをしなければ見つからないよ。少し街を歩くだけならいいでしょう?」

 

 語気を強めたウルキオラにも怯まず、沙羅はなおも食いさがった。

 そうするだけの理由があったから。

 

 三日はかかると予定されていた任務を二日間で片づけるのはそう容易なことではない。それこそこの二日、沙羅は寝る間も惜しんで精力的に調査に取り組んだ。

 調査内容もウルキオラに関することを除けば手を抜いたつもりはない。期待に報いる結果は残せたはず。

 そうまでして必死にやり遂げたのは、今日この日だけはなんとしてもウルキオラと過ごしたかったから。

 

 ウルキオラに逢いたい、ふたりで一緒に現世を歩きたい、ただそれだけの理由で死に物狂いで任務を終え、仲間を騙してまで義骸を手に入れた。

 そんな自分に誰より驚いているのは沙羅自身だ。

 

 嘘をついたことに対してはもちろん罪悪感を感じているし、そもそも副隊長という責任ある立場に置かれている自分が私欲のために規律を破るようなことをしていいのだろうか、という迷いもある。

 だが、それでも沙羅の中に芽生えたささやかな願望が消えることはなかった。

 

「……だってふたりでゆっくり過ごせることなんて滅多にないじゃない。逢えたとしてもここで身を潜めて話すことしかできないし」

 

 百年前のあの頃は当たり前のように過ごせた時間が、今のふたりにとってはちっとも当たり前ではなかった。

 勤務が早く終わった日は食事をしたり、買い物に出かけたり──それはとても他愛ない時間だったけれど。

 今ならそれがどれだけ幸せな時間かわかる。

 

「せっかく丸一日時間が取れたんだから、普通の恋人同士みたいに街を歩いてみたかったの……」

 

 だって私たちは、決して『普通』の恋人同士にはなれないから。

 

 ウルキオラが小さく息を呑んだのが伝わって、目を逸らした。

 愚かな願いだなんて、そんなことは言われなくてもわかってる。『普通』の枠組みには入れないと知っていながら、その『普通』の真似事をして自分自身をごまかそうなんて。

 まるで小さな子供が考えそうな短絡的なやり方だ。

 

 視線を落とした沙羅の耳に小さく吐息がもれる音が届いた。それは目の前のウルキオラが吐きだしたものに違いなく、顔はますます下を向く。

 

 

「霊圧は完全に消しておけ」

 

「……え?」

 

 言葉の意味を測りかねて顔をあげると、ウルキオラがばさっと義骸を広げていた。

 

「どうした。行かないのか?」

 

 目線だけこちらによこしたウルキオラは、それが沙羅と交わると柔らかく瞳を細めた。

 桜を優しく包みこむ葉と同じ、あたたかい緑の色。

 

「ウルキオラ!」

「っ、おい!」

 

 勢いあまって抱きついた沙羅を驚いて受け止めたウルキオラだったが、その頬には沙羅と同じ笑みが浮かんでいた。

 

 

「で、どうやってこの中に入る?」

 

 当然の如く義骸に入った経験などないウルキオラは、興味深そうに義骸をつついたり伸ばしたりしながら首を捻る。

 

「大丈夫、簡単だから。まずは目を閉じて、霊圧を手に集中させて──そう。掌から霊子が吸い込まれていくのがわかるでしょ? ……はい、もう目を開けていいよ」

 

 沙羅の言葉に従って目を開くと、手に持っていたはずの義骸が忽然と消えていた。

 

「……義骸は?」

「今ので中に入ったの。よく似合ってるよ、ウルキオラ」

 

 くすくすと笑う沙羅の視線を辿って、ウルキオラはようやく自分の服装が変わっていることに気づく。

 白いシャツにジーンズという簡素な格好は細身の彼によく映えていたが、当の本人は何度か身じろぎすると顔をしかめた。

 

「動きにくい」

「闘うわけじゃないんだから別にいいでしょ?」

 

 悪びれのない笑顔を向けられてしまってはそれ以上言い返すこともできない。渋々といった様子でシャツの第一ボタンを外すと、ウルキオラは自身に起こったもうひとつの変化に気がついた。

 

(あな)が──」

 

 首元の孔は失われた心。虚の証とも言えるその孔が、義骸に入った今綺麗に埋め合わされていた。

 まさかと思い左の頭部に手を当ててみると、あれだけ剥がそうと試みてもびくともしなかった仮面すら跡形もなく消えている。

 

「……まるで人間に戻ったようだな」

 

 それは彼が桐宮紫苑であったときの姿となんら変わりないもので。

 

「変わらないよ。今も、昔も」

 

 さらりと言い放たれた台詞に振り向くと、同じく義骸に入って淡い水色のワンピースに身を包んだ沙羅が朝焼けの風に心地よさそうに目を細めていた。

 

 ふ、とウルキオラの唇が弧を描く。

 沙羅が言うのならそうなのだろう。彼女の言葉以上に確かなものなど今の自分には存在しない。

 

「時間が惜しいな。行くぞ」

「あれ? 実はウルキオラも乗り気?」

「ばか言え。おまえがどうしてもと言うから付き合ってやるんだ」

 

 素っ気ない口調とは裏腹にウルキオラは手を差しのべる。沙羅は満面の笑みでその手に指を絡めた。

 そうしてふたりが揃って踏みだしたその先には、次第に街の喧騒に包まれ始めた空座町が雲間から射す陽光にくっきりと照らしだされていた。

 

 

 ***

 




 《Like Ordinary Lovers…ありふれた恋人たちのように》

 たまにはほのぼのターン。
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