カーテンの隙間から射しこむ月明かりが夜闇に包まれる室内を朧げに照らしだす。
腕の中ですうすうと眠りに落ちている沙羅の髪を、ウルキオラは壊れ物に触れるような手つきで撫でていた。
――なんだかんだ言って疲弊していたのはおまえのほうじゃないか。
すっかり熟睡してしまっている沙羅を見て、あれだけはしゃげば無理もないかと口元を緩める。
とはいえ、沙羅にここまで無理をさせたのが自分だという自覚がないわけじゃない。明日も勤務があると知っていながら結局朝まで繋ぎ止めてしまった。だが――
「あんな顔をしたおまえが悪いんだ……」
言い訳をするようにそう呟きながら、沙羅の前髪をそっとかき分けた。
今は閉じられている濃紫色の瞳が、夕日を浴びて哀しげに光っていたときの様子を思いだす。
『私も、帰りたくない……』
遠慮がちに服の裾を掴んで、今にも泣きだしそうな顔で見上げて。
あれで突き放せるほうがどうかしている。
それまで俺がどれだけ気を張って自制していたかわかっているのか?
やっとのことで抑えこんでいたものを、たった一言でああも容易く突き崩すなんて。
「……おまえが悪い」
もう一度、同じ言葉を繰り返して頬に口づけを落とす。
今だって、このまま世界の果てまで連れ去ってしまおうかと思うほど愛しくてたまらないのに。おまえがそれを望まないからと我慢してやっているんだ。むしろこの忍耐力に感謝してほしい。
「ん……」
無意識のうちに腕の力を強めたのが伝わったのか、沙羅が小さく身じろぎした。
目を覚ましてくれたらという期待と、明日に備えてこのまま眠っていてほしいという願いはちょうど半々。
じっと息を潜めて見つめていると、沙羅は温もりを求めるように身体の向きを変えて、額をウルキオラの胸に寄せたところで動きを止めた。安堵したように再び穏やかな寝息を紡ぎ始める。
その途端、ほっと息をもらすと同時に微かな落胆も湧きあがって、ウルキオラは内心で苦笑した。
沙羅を前にしては、自分もひとりの男でしかないのだと。
死神だろうと、破面だろうと、関係ないのだと思い知らされて。
「おまえはどこまで俺の心を奪えば気が済む?」
ほかの誰にも聞かせないような声音で囁いて、ウルキオラは沙羅の首筋に口づけた。
わざと強く吸いあげたのはささやかな仕返し。こうして触れているだけでこんなにも心が揺さぶられるというのに、当の本人はそれを知る由もなくすやすやと心地良さそうに眠っているのだから。
唇を離すとうっすらと赤い痕が残っていて、特別目立つわけではないものの、注視すれば目にとまらないこともない。
明日もしも沙羅がこれを誰かに気づかれたとして、それはそれで悪くないなとウルキオラは思った。
俺を差し置いて眠りに落ちた罰だ――沙羅。
意地の悪い微笑みの中に、溢れんばかりの愛情をこめて。
未だ深い夢の世界に迷いこんだままの恋人をそっと抱きしめる。
「……まだ明けてくれるなよ」
窓の外で青白く輝いている月に目を細めて、願う。
世界の全てを明るみに照らす太陽が現れたらもう逃げ場はない。
だがそれまでは。
この淡い月光のカーテンが、身を包む盾となり俺たちを隠してくれている間は。
この温もりは離さない。
おまえを誰の目にも触れさせない。
最後にもう一度沙羅をしっかりと腕の中に抱きこんで、ウルキオラは静かに瞼を伏せた。
この幸せに満ちた月夜が一秒でも長く続くようにと願いながら。
I defend you with the Moonshield.
(今宵、月の盾で君を護る)
***
ウルキオラのテーマソング『Moonshield』を元にした挿話でした。