Dear…【完結】   作:水音.

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第3話 A Strange Death ―風変わりな死神―

 奇妙な死神に会った。

 

 一週間前、現世での任務をあらかた終え、息抜きに町外れの森の奥にあるさびれた公園に向かったときのことだ。

 その公園には以前から現世で時間があいたときはよく足を運んでいた。

 町外れという場所柄人気(ひとけ)はほとんどなく、人間が生みだす煩わしい喧騒にうんざりすることもない。

 おかげで周囲を気にかけることなく体を休めることができるのだが、その場所を選んだのにはもうひとつ理由があった。

 

 それは、公園の中央にひっそりとそびえ立つ桜の木。

 数百年の月日を思わせるその巨大な幹は遥か頭上へと続き、この辺り一帯ではもっとも天に近い場所まで伸びていた。

 

 ゆえにその頂上からは町全体が一望できる。

 普段のあの騒がしい空座町が嘘のようにそこから見える景色は雄大で静穏としており、それを眺める時間が現世では一番の寛ぎだった。

 

 だからその日もなにも気に留めることなく行ったのだ。

 これまでに一度として他の人間が足を踏みいれているさまを見たことがないその場所に、まさか先客がいるとも思わずに。

 

 そうして辿りついた桜の木の下には、見たこともない死神──しかも女──があろうことか心地良さそうに居眠りをしていた──

 

 

 

 *

 

 

 刹那、腰の刀剣に手をかけた。

 その体勢を保ったまま即座に周囲に目を走らせ、他の気配がないことを確認する。

 そして再度女に視線を戻し、その口から規則正しい寝息がもれているのを確かめたところで刀の柄から手を離した。

 

 独特の黒い死覇装に、腰に携えた斬魄刀。

 間違いなく死神だが──

 

 見たところ目立った外傷も術にかけられている様子もない。

 長い薄茶の髪を風になびかせて、心地良さそうに瞼を閉じている。

 ……どうやら本当に眠っているらしい。

 

 そう判断すると無意識のうちに吐息がもれた。

 

 完全な無防備。これだけ接近していながら目覚める様子もない。

 敵ながら……ありえない。

 

 ヤミーがいれば即刻引き裂いて血飛沫を浴びたがるのだろうが、あいにくそんな下卑(げび)た趣味はない。

 魂を喰らうにも、こんなところで寝こけている死神を吸収しようものならかえって弱体化しそうな気がしてならない。

 つまり、殺す価値はない。

 

 とはいえこうも見事に桜の木の根元を陣取られてはおちおち上にもあがれない。

 なんて迷惑な死神だ。

 

 仕方ない、目を覚ましてここから立ち去るのを待つか──

 

 そう決めこんで近くの茂みに身を潜めたものの死神の女が目覚める気配は一向になく、ついに痺れを切らして目の前まで歩み寄ったとき、当の本人はようやく身じろぎした。

 虚ろに開かれた瞳はしばらく空をさまよい、やがてこちらの姿を完全に捉えたところで驚きの色を浮かべる。

 

「破面……?」

 

 まあ、昼寝から覚めた途端目の前に宿敵が立っていれば驚くのも無理はないだろう。

 だが恐れをなして逃げだすかと思いきや、女はそのままぼけっと立ちつくしたまま。

 かといって殺気を放つでもなく、あまりに隙だらけのその姿に斬魄刀を構えないのかと問えば「構えたほうがいいの?」となんとも気の抜けた返事が返ってきた。

 

 ……なんなんだ、こいつは。

 

 その後も緊張感の欠片もなく話しかけてくる女に溜め息まじりに立ちのきを要求したところ、今度は時計を見るなり飛びあがって「起こしてくれればよかったのに!」ときた。

 死神とは元来ここまで騒々しい生物なのだろうか。

 虚圏の宮に控える主やその片腕の統括官を思い返してもその特徴はまったく当てはまらない。唯一浮かぶとすればあの人を喰ったような口調の狐目の男ぐらいか。

 そんな考えを巡らせるも束の間、今度はその死神の仲間らしき金髪の女が奇声をあげて公園に踏みこんできた。

 

 ……死神とは元来ここまで騒々しい生物らしい。

 

 桜の大木の頂上に腰を落ちつけて騒がしいやりとりを眼下に見やれば、死神の女は気遣わしげにあたりをキョロキョロと見回していた。

 が、仲間の金髪に再度甲高い声で促され慌てて穿界門をくぐっていく。

 

 ────風変わりな死神だ。

 

 ようやくいつもの静けさを取り戻した公園にひっそりと息をもらし、思った。

 とはいえ敵の眼前で居眠りをかますなどという醜態を晒したのだ。もうここへ来ることもないだろう。

 

 だが、安堵の色を浮かべてしばしの休息に入ろうとしたウルキオラの瞳に、その予測を裏切ることになるであろうものがとまった。

 公園のど真ん中にまるで置き土産とでも言わんばかりにぽつんと残された、書類の束が。

 

 

 

 *

 

 

 翌日、聞き覚えのある声が公園に響いたのはまったく予想通りだった。

 それどころかずいぶん遅いな、と呆れたほどだ。

 大事な報告資料らしきものをそっくりそのまま忘れて行ったぐらいだから、すぐさま血眼になって飛んでくるかと思ったのに。

 

 だが桜の頂上からその姿を目に留めたところでウルキオラの思考は(くつがえ)された。

 公園の入り口に姿を見せた彼女は、見ている側が不憫に思うほど疲れ果てた様子でトボトボと歩いていたから──

 

 

「……別になにも?」

 

 最初こそすまし風を吹かせていた女は、昨日拾った書類をばらまいてやればありありと動揺の色を浮かべて口ごもった。

 

「あの……これは、その……」

 

 あの金髪の仲間と共に作成したと思われる報告書の内容はなかなかに興味深いものだったが、気にかけるほどのものでもない。

 何食わぬ顔でそう告げれば、今度は急に険しい表情になって語気を強めた。

 

「そんなのやってみなくちゃわからないでしょ」

 

 面白いことを言う女だ。ならばやってみるがいい。

 その脆弱な身が十刃を前にしてどこまで抗えるのか。

 

 すとんと女の前に降り立ち、鋭い視線で射抜く。

 しばしの膠着(こうちゃく)が続いた後、女はきっぱりと首を横に振った。

 

「──あなたと闘う理由はない」

 

 闘う理由だと? 

 それなら目の前にあるだろうが。十分すぎる理由が。

 

「俺は破面だ」

「でも悪い人じゃない」

 

 ……こいつ本気で言っているのか? 

 まるで意味がわからない。

 

 だが、いくら睨みを効かせてみても女は迷いのない瞳を返すだけ。

 そのまま何秒か視線が絡み合って──ついにそらした。

 この女にはこれ以上畳みかけても意味をなさない、そう判断した。

 

 報告書を胸に抱えてほっとしたように笑う女に背を向けて去ろうとすれば、すかさず響いた鈴鳴りのような声。

 

「あなた、名前は?」

 

 なぜ名乗ったのか、自分でもわからない。

 そのまま振り返らずに立ち去ってもよかったはずだ。はずなのに──

 

「…………ウルキオラ」

 

 呟きに近い声でそう名乗ると、女は口の中で小さく反復し、そしてにこりと笑顔を向けて告げた。

 ありがとう、と。

 

 なぜ……俺はこいつに礼を言われる? 

 いかに小者とはいえ、破面のデータを集めている時点で藍染様に仇なす者であることは間違いない。

 

 なぜ俺は──こいつを殺さない? 

 殺す価値も理由も、今や十分にあるはずだ。

 

 わからない。ただこの女を前にすると調子が狂う。

 こいつは一体──

 

 鮮やかに微笑む女は自らをこう名乗った。

 

「私は沙羅。草薙沙羅」

 

 心臓が

 

 締めあげられたのかと思った。

 

 一瞬にして全身を駆けめぐった鋭い痛みは、しかし一瞬ではじかれたように霧散して。

 あまりに刹那の出来事に脳も身体も痛みを感じたことすら忘れていた。

 

「どうしたの?」

 

 問いかけの意味が掴めず眉をひそめると、女は小さく首を傾げて。

 

「えーと……ううん。なんでもない」

 

 コロコロと表情を変える、理解不能な女。

 見ていたらふっと唇が緩んだ。

 

「つくづく変わった奴だな」

 

 こんな死神、見たことがない。

 

「変わってるのはお互い様でしょ」

 

 笑ってやり返してくる女に確かにそうだなと胸中でこぼす。

 尸魂界から遣わされた死神を前に、始末するどころか名を名乗るなど。

 どうかしてる。

 

 だが不思議と嫌な気はしなかった。

 このお礼は必ずするから、としつこく繰り返して去って行った女にも、それを黙って見送った自分にも。

 

 それが彼女との二度目の出逢いだった。

 

 そして、三度目──……

 

 

 

 *

 

 

「あ、やっと来た」

 

 出逢いから一週間。

 いつもの桜の木の上に見覚えのある顔がいた。

 

「……死神というのはよほど暇らしいな」

「人のこと言えないでしょ。それより──はい、これ!」

 

 軽い身のこなしで桜の枝から飛び降りた沙羅は、にこっと手の上の小包みを差しだした。

 

「……なんだ?」

「報告書のお礼するって言ったでしょ」

 

 目の前に突きつけられた包みにウルキオラは訝しげな視線を向ける。

 よくよく注意を払ってみれば、綺麗にラッピングされたその包みの中からはなにやら甘い香りが漂っている。

 恐らくは、ケーキだとかクッキーだとか──そういう類。

 

「………………」

 

 いまいち状況が呑み込めず、ウルキオラはしばしその包みを手の上に置いたままの姿勢で固まった。

 その様子を食いいるように見つめていた沙羅は恐る恐る口を開く。

 

「やっぱり……だめだった?」

「…………?」

 

 しばし間を置いて顔を向けると、彼女はますます不安げに瞳を揺らして。

 

「破面って、やっぱり………………ご飯食べないの?」

 

 あまりに的外れな問いかけに思わず包みを落としそうになった。

 

「……そんなわけがあるか」

「それか甘いの苦手だったり──」

「別に。そんなことはない」

「……じゃあ食べられる?」

「ああ……」

「ホント!? よかった!」

 

 途端にぱぁっと顔を輝かせて歓声をあげる。

 面食らうウルキオラには構わず、沙羅は嬉しそうに明かした。

 

「実を言うとね、お礼するって言ったのはいいけどなにをすればいいかわからなくて困ってたの」

 

 物をあげるにしても、相手が破面では普通の感覚で選んでもまず喜ばれないだろう。

 かと言ってなにが欲しいかなど見当もつかない。

 散々悩んだ結果、「破面だってお腹がすくはず!」という結論に落ちつき今に至ったのであった。

 

 嬉々とする沙羅とは対照的にウルキオラは戸惑いを隠せなかった。

 お礼と称して渡された、甘い香りを放つこの包み。

 これを一体どうしろと言うのか。

 

「どうしろって、食べるのよ」

 

 さも当然のように沙羅は言う。

 

 いや、確かにそう、その通りなのだが──

 もはや己の理解の範疇(はんちゅう)を超えた状況に、ウルキオラは諦めたように息をついた。

 

「……本当に変わった奴だな、おまえは」

「沙羅」

「……?」

「おまえじゃなくて、沙羅」

 

 彼女の言わんとすることを察して、冷めた表情で見下ろす。

 

「くだらんな」

「くだらなくない。名前っていうのはすごく大切なものなんだから」

「俺たちにとっては名前などただの識別番号と同じだ」

 

 ウルキオラが淡々とした口調で吐き捨てると、沙羅は少し考えてから口を開いた。

 

「──ウルキオラ」

「なんだ」

「ウルキオラ」

「…………」

 

 怪訝そうに眉を潜めるウルキオラに、ふっと口元を緩めて。

 

「呼ぶ人が気持ちをこめて呼べば、その名前も意味のあるものになるんじゃないかな」

 

 そう笑いかけた。

 

 意味? 

 意味などない。

 俺たち破面にとって、名前などあってないようなもの。

 個々の個体の区別がつけば十分に事足りる。

 そこにどんな意味があるものか。

 

「意味は──最初からあるものじゃない。それを見いだしてくれる人と出逢うことで初めて生まれるのよ、きっと」

「理解できん」

「ウルキオラの周りにもきっといるはずだよ。意味をこめて呼んでくれる人が」

 

 謎かけのように彼女は言った。

 

「……さあな。おまえなんぞの戯言に付き合っている暇はない。もう行く」

「ここで休む暇はあるのに?」

 

 茶化すような口調で見上げてくる沙羅に、ウルキオラは分かりやすく溜め息をこぼして腰をあげた。

 ……右手の包みはしっかりと抱えたままで。

 

「──ウルキオラ!」

 

 その声に顔の半分だけ振り返ると、彼女は笑った。

 

「またね」

 

 

 

 *

 

 

 虚圏へ帰還後、主への報告を済ませたウルキオラは自宮へ戻っていた。

 

 さすがに報告の場へは持ってはいけまいと自宮の前に置いていった包みのリボンをようやく解く。

 そうして包みの中に姿を現したのは、ふんわりと焼きあげられたマフィンだった。

 

「……スポンジか? これは」

 

 その手の食べ物に精通していないウルキオラは眉間に皺を寄せて首を捻るものの、やがて中のひとつを手に取ると無造作にちぎって口に運んだ。

 アーモンドの香ばしさとともに甘い香りが口いっぱいに広がる。

 もう一度、次は先ほどよりも一回り大きめにちぎって口へ放った。

 音もなく飲み込んで、さらにもう一度。

 

「…………」

 

 これまでは食事に美味いも不味いもあるものかと思っていた。腹を満たせれば同じことだ、と。

 

 だが。

 

「……美味いな」

 

 マフィンを丸々3個綺麗に平らげてからウルキオラは小さく呟いた。

 背後に現れた気配に気づいたのはこの直後。

 

「お? ウルキオラじゃねぇか。帰ってたのか」

 

 己の名を呼ぶその声に、ピクリと反応し首だけ振り返る。

 

「美味そうなモン持ってるじゃねぇか。俺にもよこせよ」

 

 彼の手の中のマフィンを目ざとく見つけたヤミーはそう言って鼻をひくつかせて近づいてきた。

 

 ……果たしてこいつは、俺の名にほんのわずかな意味でも見いだしているのだろうか。

 そう考えた途端、ウルキオラの口元を笑みがはしった。

 

「──だめだ」

「あん? いいじゃねぇかひとつぐらい」

 

 眉根を寄せるヤミーを振り返り、ふっと瞳を細めて笑う。

 

「貴様にはやらん。……これは俺の物だ」

 

 恨めしげに文句をたれるヤミーを無視して自宮に入りながら、ウルキオラの思考はまったく別のところへ飛んでいた。

 

『──ウルキオラ!』

 

『またね』

 

 ならばあいつは

 

 どんな気持ちを込めて俺の名を呼んだのか、と──

 

 

 

 ***




《A Strange Death…風変わりな死神》

 ウルキオラ視点でした。
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