Dear…【完結】   作:水音.

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第30話 Blackout ―暗転―

 五番隊第四席・桑島大悟が一番隊に出向いてしばらく経ってからも、瀞霊廷に内通者の噂が流れることはなかった。

 桑島は流魂街北西部への長期滞在任務を言いつけられ、今や護廷でその姿を見る者はいない。無論それは表向きの説明であって、実際は瀞霊廷の地下に存在する罪人用の取調室に軟禁されていた。

 とはいえ取り調べに対する桑島の態度は清廉そのもので、厳しい尋問にも俯くことなくしっかりと受け答えをしているらしい。

 罪状は免れないが、然るべき罰を受け償いを果たせばいずれは職務に復帰することも可能だろうという浮竹の見たてに、沙羅はほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「しかし沙羅、おまえいつから桑島に目星をつけていたんだ? 俺たちですらまだ絞り始めたところだったのに」

 

 不思議そうに訊ねてくる浮竹に沙羅は密かに焦った。

 一連の破面襲撃事件については、尸魂界上層部でも内通の可能性を指摘する声が上がっており、浮竹ら各隊長にはその懸念がある者を絞りこむよう裏で命が下っていたらしい。

 

「別に目星をつけていたわけじゃないんです。たまたま五番隊の隊舎に行ったときに彼と話す機会があって、少し様子が気になったので──」

 

 桑島を特定するに至った経緯については少々脚色を加えて話すことにした。いくら浮竹相手とはいえ、下手に言いすぎると不都合が生じかねない。

 

「そうか……まあ早い段階で解決できてよかった。こちらの情報が筒抜けでは対策もなにもあったもんじゃないからな」

「そうですね……。これでしばらくは破面の襲撃が収まるといいんですけど」

「ああ。頼みの綱が切れたんだ、あちらも慎重にならざるをえないだろう」

 

 よかった、と安堵の息をもらしながら、沙羅はその破面側の存在である恋人に想いを馳せた。ウルキオラの助言がなければ今回の内通行為の早期解決は到底なしえなかったであろう。

 

(ありがとう……)

 

 主の命に背いてでも自分を支えようとしてくれているウルキオラに、沙羅は喉の奥で呟いて綺麗に澄みわたった青空をそっと仰いだ。

 

 *

 

 それから数日──場所は変わって、虚圏(ウェコムンド)

 その日の任務を終えたウルキオラは自宮へと戻る足を速めていた。

 

 今夜は二週間ぶりに現世で沙羅と逢うことになっている。例の内通者の一件で無茶をしてはいないかと案じていたが、どうやらうまく解決できたらしい。

 さしあたっての心配の種は消えたものの、早く逢いたい気持ちに変わりはない。一秒をも惜しむ想いはいつになくウルキオラを急き立てていた。

 そんな先を急ぐウルキオラの前に現れた、一体の影。

 

「あ、おったおった。ちょう顔貸してくれへん?」

 

 飄々とした笑みを浮かべた狐目の男。

 他の破面であればそのまま素通りしていたであろうが、さすがに上官を無視するわけにもいかずウルキオラは歩みを止めた。

 

「なんでしょうか」

「いややなあ、そない怖い顔せんといて。ボクは頼まれて君を呼びに来ただけなんやから」

「……」

 

 この男──市丸ギンが誰かの命を受けて動くことがあるとすれば、そこに当てはまる人物はただひとりしかいなかった。

 

「藍染隊長がお呼びや」

 

 *

 

「ああ、来たねウルキオラ。任務を終えたばかりなのにすまない。もう休むところだったかな?」

「いえ」

 

 表情ひとつ変えずに答えたウルキオラに、玉座に腰かけた藍染は薄く微笑んだ。

 

「実は君に少し相談したいことがあってね……以前私が瀞霊廷の内部に手駒を置いているという話をしたのを憶えているかい?」

「はい」

 

 ウルキオラが頷くのを確認してから藍染は続ける。

 

「ならば君もわかっているだろうが、最近現世で頻繁に死神どもに奇襲をかけていたのは全てその駒から情報を得ていたからなんだ」

 

 ウルキオラは黙って主を見上げていた。ただ彼の言葉に耳を傾ける。

 

「ところがどうやら死神側に勘づかれたらしい。まだしばらくは使えるだろうと思っていたんだが、こんなに早く捕まるとは意外でね。よほど勘の鋭い者がいるのか、こちらの事情に精通している者がいるのか──」

 

 そこで一旦言葉を区切った藍染は、まるでいつも通りの微笑みをたたえて玉座から部下を見下ろした。

 

「なにか思い当たる節はないか? ウルキオラ」

 

 その微笑みとは対照的に背筋も凍るような冷たい視線がウルキオラを見据えていた。

 

 *

 

 ちょうど時を同じくして、瀞霊廷の十三番隊の隊舎では意気揚々と帰り支度をする沙羅の姿があった。

 

「それじゃあ隊長、お先に失礼します」

「ああ、お疲れ。明日は午後からだったな、ゆっくり休めよ」

「はい!」

 

 浮竹に元気よく頷いて、隊舎をあとにする。

 そう、明日は出勤が午後からで時間に余裕があるため、今夜は現世に降りてウルキオラと逢う約束をしていた。二週間ぶりに逢える──そう思うだけで、自然と顔は綻ぶ。

 

「なぁーにニヤニヤしてんのよ」

「きゃあっ!」

 

 突然思いっきり背中を叩かれて沙羅は奇声を上げた。

 

「乱菊! 驚かさないでよ!」

「さっきから何回も呼んでんのにあんたが反応しないからでしょ」

「え……そうだった?」

 

 目を瞬かせると乱菊は呆れ顔で肩をすくめる。

 

「ま、いいわ。それより今から時間ある? 今日こそはこの前の話の続きを訊かせてもらいたいわね」

 

 にやりと覗きこんできた乱菊に、沙羅は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

 

「あ……ごめん。今日はちょっと」

「え~またお預けぇ? いつになったら話してくれるのよ」

「本当にごめん! 今日はどうしてもはずせない用事があるの」

 

 顔の前で手を合わせるとすかさず乱菊が目を光らせる。

 

「どうしてもはずせない用事? いつかも聞いたような台詞ねぇ。もしかしてその相手って──」

 

 最後まで言い切るよりも早く沙羅の頬があからさまに紅潮したので、乱菊はニカッと笑みを浮かべた。

 

「ホント分かりやすいわね~! たかがデートで赤くなっちゃうなんて可愛いこと」

「乱菊っ! 声が大きい!」

「あんたも十分でかいっての。で、今日はいつ帰って来るの? また朝帰りですかぁ?」

 

 完全に面白がって質問攻めにしてくる乱菊に、沙羅は反論するどころかますます頬を赤らめる。

 その後もいちいち新鮮な反応が返るのが愉しくて仕方ないのか、結局穿界門の前に辿り着くまで乱菊のからかい攻撃は続いた。

 

「あー楽しかった! んじゃ、彼との時間を満喫してきてね~」

「楽しかったって……人をなんだと……」

 

 その頃にはもう言い返す気力もなくなっていた沙羅は、ぐったりと肩を落としてうなだれる。とその頬を乱菊の両手がぐいっと引っ張った。

 

「こらこら、今から大事な人に逢うってのにそんな疲れた顔してんじゃないわよ。せっかく綺麗になったのが台無しよ?」

「……ふへ?」

 

 両頬がびよーんと伸びた間抜け面で瞬きをこぼすと、乱菊がくすくすと笑いながらこちらを見ていた。

 

「あんた、最近すっごくいい顔するようになった。いつも活き活きしてて、楽しそうで──見ているこっちまで幸せになれそうよ。……その彼はあんたにそんな顔をさせてくれるような人なんでしょ?」

 

 小首を傾げて微笑む乱菊の言葉に、胸の奥がくすぐったくなるような温かさに包まれる。

 

「うん……すごく大切な人」

「だったら彼との時間を思いっきり満喫してこないと損よ。仕事のことなんて忘れてパーっとやってきなさい」

「……うん!」

 

 満面の笑みで頷いた沙羅に乱菊は満足げに目を細めた。

 

「沙羅……今とっても綺麗。やっぱり女は恋をするとどんどん綺麗になっていくのね」

 

 乱菊がまるで自分のことのように喜んでくれているのが伝わって、沙羅にはそれがまた嬉しかった。

 

 かけがえのない無二の親友。その彼女を、いつかウルキオラにも会わせられたらいいなと思った。

 ふと想像を巡らせた頭の中に「出会いは?」「どっちから告白したの?」などと問いつめる乱菊と、それに対して「……鬱陶しい」と眉間に皺を寄せるウルキオラが浮かぶ。

 乱菊が攻め勝つか、ウルキオラの忍耐が勝つか──なんて想像を膨らませるだけで心は弾んだ。

 自分にとって大切なふたりが親交を深めてくれたら、こんなに嬉しいことはない。

 そんな日がいつか現実に訪れるように、と沙羅は胸中で強く祈った。

 

「じゃあそろそろ行ってくるね」

「はいはい、行ってらっしゃい。彼によろしくねー」

 

 ぴらぴらと手を振る乱菊に笑って、穿界門を解錠しようと一歩踏みだす──と。

 刹那、沙羅の身体は金縛りにあったかのごとく凍りついた。

 

「……っ」

「沙羅?」

 

 後ろで首を傾げる乱菊に応える余裕もなく、ぎゅっと心臓の辺りを押さえる。

 

 ……なに? 

 まるで吹雪に晒されたような寒気が一瞬にして全身を駆け抜けた。

 

 鼓動が痛いほどに速まっているのがわかる。

 それはなにかの警鐘のようにも聞こえて。

 

「沙羅? どうしたの?」

 

 異変を感じ取った乱菊に肩を揺さぶられ、はっと我に返った沙羅はぎこちなく首を頷かせた。

 

「だい、じょうぶ。ちょっと立ちくらみしただけ──」

 

 今のが決して立ちくらみなどではないことは自分が一番よくわかっていた。ならば一体なんだというのか。

 

 胸元を一層強く握りしめた手にひやりと冷たい感触が触れた。

 ウルキオラから贈られた翡翠のネックレスが、心許なさそうに揺れている。

 その深緑の色がいつもより淀んで見えるのは果たして気のせいなのか。

 

「……沙羅、顔色が良くないわ。少し休んでから行ったほうがいいんじゃない?」

 

 自分を案じてくれているのだとわかる乱菊の言葉にも、沙羅はううんと首を振った。

 

「本当に大丈夫。一瞬寒気がしただけだから」

「でも」

「もう行かなきゃ」

 

 約束の時間まではまだ余裕があるはずなのに、心が異様に駆り立てられる。

 

 なぜ? 

 わからない。

 得体の知れない焦燥が広がっていく。

 

「じゃあ行ってくる。明日こそちゃんと話すからね」

 

 まだなにか言いたげな面持ちの乱菊に一方的にそう言い残して、沙羅は穿界門へと踏みこんだ。

 

「沙羅──……」

 

 静まり返ったその場に乱菊の不安げな声だけが木霊した。

 

 

 *

 

「──ありません」

 

 時間は少し遡って、虚夜宮(ラスノーチェス)の玉座の間ではこの城の主とその部下である第4十刃のやりとりが続けられていた。

 迷いのない瞳で心当たりはないと答えたウルキオラに対し、藍染は頬杖をついたまま短く「そうか」と頷く。

 

「君には現世での任務も数多く任せてきたから、死神の事情にも少しは詳しいかと思ったんだが。見込み違いだったかな」

「お力になれず申し訳ありません。今後死神と対峙した折には注意を払うようにします」

「いや、いいんだ。そこまで気を回す必要はない」

 

 足を組み直して艶然とした笑みを向ける藍染に、ウルキオラは(こうべ)を垂れたまま口を開いた。

 

「……お話は以上でしょうか」

「ああ、時間を取らせて悪かったね」

「いえ。……失礼します」

 

 主にさっと一礼し、身を翻す。そして一歩踏みだしたそのとき、だった。

 

「ああ、そうだ」

 

 背中から追うように響いた声に、ウルキオラは足を止めて振り返った。

 見上げた藍染はやはり同じ微笑みをたたえている。

 

「なに、大したことじゃないんだが──ひとつ気になっていたことがあってね」

 

 ウルキオラは黙って主の次の言葉を待った。

 

「現世での任務を与えた際、君にはいつも眼球に記録した映像を通して成果を報告してもらっているだろう?」

「はい」

「それで不思議に思っていたんだよ。記録されている映像は、決まって任務のときのものしかない。君はもっと多くの時間を現世で過ごしているはずなのに、その間の映像がなにも残っていないのはなぜなのか、とね」

 

 このとき、ウルキオラは必死に自分と闘っていた。

 

 動揺するな。

 隙を見せるな。

 ほんの一片でも表情を動かせば最後、この主は確実に自分の偽りを見抜くだろう。

 

「藍染様にお時間を取らせては申し訳ないと思い、必要な部分のみ映像を残すようにしていました。差し出がましい真似でしたら申し訳ありません。今後は──」

「いや。構わないよ」

 

 淀みなく言葉を紡ぐウルキオラを遮って藍染は頷く。

 

「つまり君は私に気を遣ってくれたんだね? その配慮は嬉しいよ、ありがとう。だが……その言い方には少し語弊がないかな? ウルキオラ」

 

 主が最後に口にしたその名は、自分の名前とは思えないほど重い響きをまとったものだった。

 そしてその重圧に顔を上げることすらできないウルキオラに、藍染は悠然と問いかけた。

 

「君が消去した映像は、本当に報告に必要ないものだけだったのかい?」

 

 

 心臓が早鐘を打つ。

 身体中の血液が逆流しているかのように目まぐるしく駆け巡っている。

 だがそれでもまだ表面上は平静を保てているはずだと、ウルキオラは自身を奮い立たせた。

 

「……自分ではそのように判断しました」

「そうか」

 

 声色ひとつ変えずに主は呟く。

 

 どうか納得してくれ。

 どうか「わかった」と頷いてくれ。

 そんな身を裂くような願いは、ウルキオラの遥か頭上の玉座に腰かけている主には、届かない。

 

「君らしくもないな。なにをそんなに焦っているんだ?」

「…………」

 

 もはやその顔を見上げることはできなかった。

 ただ一刻も早くこの時間が終わればいいと、そればかり願う。

 けれど無論そんなことはありえない。

 

「私の訊き方が悪かったかな? もっとわかりやすく言おうか」

 

 あとに続く言葉をウルキオラは本能的に聞くべきではないと確信した。

 

 

「草薙沙羅という死神を知っているね」

 

 

 脳髄を思いっきり殴られたような衝撃に、貫かれて。

 ウルキオラの、全ての思考が、停止した。

 

「どうなんだい、ウルキオラ?」

 

 だが目の前の主はウルキオラが正常な思考を取り戻す間も与えてくれない。

 突き刺さるような霊圧に当てられて、ウルキオラはゆっくりと頷いた。

 

「……はい」

 

 喉が震えた。

 こんな声はいまだかつて自分でも聞いたことがなかった。

 

「なぜ彼女のことを報告しなかった?」

 

 赤子をあやすようなその声色は、脳内にまで浸食しそうなほどねっとりと絡みついて離れない。

 

「大した霊圧の持ち主でもなかったので、藍染様に報告するまでもないと……」

「彼女は今や十三番隊の副隊長だろう? それほどの死神と接触したのであれば当然報告すべきではないのかな」

「……」

 

 完全に冷静さを欠いた今のウルキオラの思考の中では、まともな言い訳など出てくるはずもない。

 否、どれだけ精巧な理由を並び立てたところで、目の前の男はとうにウルキオラの真意を見抜いているに違いなかった。

 そして次の瞬間、藍染は更にウルキオラを凍りつかせる台詞を口にした。

 

「ウルキオラ。彼女をここへ連れてきてくれないか」

 

 どんなに錯乱した意識の中でも、それだけは阻止しなければならないということはすぐに理解できた。

 

「お言葉ですが……あの程度の死神、藍染様が気にかけるほどの者とは思えません」

「君がそこまで気にかけているのに、かい?」

 

 くすりと微笑を浮かべた藍染が首をもたげる。

 

「草薙沙羅──彼女のことは憶えているよ。私の副官を務めていた子と仲が良くてね。たまにうちの隊にも顔を出していたものだ」

 

『──こんにちは藍染隊長! 雛森はいますか?』

 

 にこりと屈託ない笑顔を向ける姿が思い出される。

 

「突出した能力こそないものの、明るく聡明で努力家──隊士たちの信頼も厚く、各隊の隊長格からの評価も高かった。私がいた頃はまだ七席だったはずだが、副隊長を任されるのも十分頷けるほどの器量を備えた子だったよ」

 

 ぽつぽつと語られる話を、ウルキオラは瞬きひとつこぼさずに聞いていた。

 

 頭の中では必死にこの状況の打開策を探している。

 そんなウルキオラを愉しむような眼差しで見下ろして藍染は続けた。

 

「だが、まさか君を懐柔するとは信じがたくてね。彼女に興味が湧いたんだ。なに、悪いようにはしないよ」

 

 この場合なにが良くてなにが悪いという問題ではない。

 沙羅を虚夜宮に連れてくる、それを想像しただけでウルキオラの背筋はぞくりと震えた。

 

 冗談にもなりはしない。

 あいつには、こんな光も温もりもない虚無の世界など、到底似合わない。

 

「ウルキオラ、彼女を連れてきてくれるね?」

「……っ」

 

 ズン、と圧し掛かるような霊圧の重さにウルキオラは小さく呻きを上げた。

 言葉尻は尋ねていてもそれは決して問いかけではない。有無を言わせぬ命令。

 

 以前のウルキオラならここで迷わず頷いていただろう。そして一刻も早く藍染の意を叶えようと、即座に身を翻して現世に飛んでいたはず。

 

 だが

 

 だが、今は──

 

 

「……その命には従いかねます」

 

 苦しそうに吐きだされる吐息の合間を縫って、ウルキオラの口から初めて主に背く言葉がもらされた。

 

 ウルキオラが初めて見せた反抗にも、藍染は特段表情を崩すことなく彼を見下ろしたまま。

 ただ、ひとつ。軽い吐息を落として、頬杖を解く。

 

「君は少し彼女に毒されたようだね」

 

 その声を異様なほど間近で感じた気がしてウルキオラが顔を上げた、その瞬間。

 ウルキオラの翡翠の瞳いっぱいに、静かな笑みをたたえる主の姿が映しだされていた。

 

「そんな余計な感情を植えつけられて苦しいだろう? ……可哀想に」

 

 取って付けたような悲哀の色を浮かべた眼差しがまっすぐにウルキオラを見据える。向かい合うふたりの距離は無いに等しい。

 なんの呪縛をかけられたわけでもないのに、ウルキオラの身体は完全に硬直していた。

 

「恐れることはない。今楽にしてあげよう」

 

 ゆっくりと藍染の手が伸びてくる。

 避けろ、と思うのに。指の一本さえも思うように動かない。

 

 絶望に駆られる思考の中、唯一ウルキオラに希望を与えるのは彼女の存在だった。

 永劫続くと思っていた漆黒の世界に、一条の光を射しこんでくれた人。

 太陽よりもまばゆい輝きを以て、ウルキオラを捉えていた深い闇をはらってくれた人。

 

「沙羅…………」

 

 その名を口にすればいつもは簡単に思い描けるはずの鮮やかな笑顔が、今は黒く塗りつぶされて見えなかった。

 代わりに目の前に広がるのは、まっすぐ自分に向けて伸ばされる手とその隙間から見える主の妖艶な微笑みだけ。

 

 やがて抗う術を持たないウルキオラの視界を黒い影が埋め尽くした。

 この暗い虚圏にあってもウルキオラを常に優しく照らし続けていた光は、その貪欲な闇に覆われて跡形もなく消えた。

 

 そしてウルキオラの意識は闇に(とざ)された。

 

 

 ***

 




《Blackout…暗転》

 光を奪われ、闇へ堕ちる。
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