Dear…【完結】   作:水音.

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第4話 Cloudy will be Fine ―曇り空、晴れわたる―

「第七席草薙沙羅、ただいま任務から戻りま……あれ?」

 

 十三番隊の隊舎の扉をあけた沙羅は、その中央で円卓を囲っている面子に目を丸くした。

 

「隊長? 仙太郎に清音も──え、どうして? 今日って席官会議の日でしたっけ?」

 

 そこに(つど)っていたのは隊長の浮竹十四郎以下、十三番隊の上位席官を務めるそうそうたる顔ぶれ。

 慌ててスケジュール帳を確認する沙羅に、第三席の虎徹清音は「違う違う」と顔前で手を振って笑った。

 

「今ね、沙羅に内緒で話しあってたところなのよ。次の副隊長を任せるとしたらあんたしかいないってね」

「…………え?」

「バカ野郎ぉぉこのハナクソ女っ! それを言っちまったら内緒にならねえだろうがっ!」

 

 唖然とする沙羅を前に、もうひとりの第三席・小椿仙太郎がすかさず清音を蹴りたおす。

 

「ああっしまった! ……ってうるさいぞ小椿! おまえにバカ呼ばわりされる覚えはない!」

「じゃあアホだこのハナクソ女!」

「アホでもないわっ!」

 

 ハナクソはいいのか、という疑問は飲みこんで沙羅は別の方向に顔を向けた。

 

「……隊長、どういうことですか? その件についてはまだお返事させていただいてないはずですけど」

 

 冷えた視線を向けられた浮竹は、いつもの人懐っこい笑みを浮かべながらぽりぽりと頭をかく。

 

「いや、おまえの返事を聞く前にみんなの意見も聞いておこうと思ってな。そのほうがおまえもあとあとやりやすいだろうし──」

「あとあとの前に今がやりづらくなるじゃないですか!」

「や、その……スマン! 悪かった!」

 

 カッと肩を怒らせれば浮竹は隊長とは思えないほど小さくなって平謝りした。

 それを見た清音と仙太郎は、互いの髪の引っぱりあいを中断して沙羅と浮竹の間に割りこむ。

 

「こら沙羅! 隊長はあんたのためを思ってやってくれてるんじゃないの!」

「そんなこと言ったって、私まだ副隊長やるって決めたわけじゃ……」

「なに言ってんだ! ウチの副隊長張れるのなんざオメーしかいないだろ!」

「な……私以外にもいるでしょ! そういう仙太郎と清音だって──」

「あんたじゃなきゃだめなのっ!」

 

 反論の(いとま)も与えずにそう言い放って清音は腰に手をあてる。

 

「あたしや小椿じゃ隊長の副官は務まらないのよ。席位なんて関係ない。海燕副隊長のあとを継げるのは沙羅しかいないの」

 

 ちょっと悔しいけどね、と肩をすくめて言う清音に他の席官たちも同調して頷く。

 

「どうして……? 私はそんな……」

「こらこら。みんなあまり沙羅を追いつめるなよ」

 

 顔を曇らせる沙羅に、浮竹は苦笑を浮かべて隊員たちをなだめた。

 

「沙羅──副隊長に必要とされる要件はなんだと思う?」

 

 困惑した面持ちで見上げる沙羅に、浮竹は優しい微笑みをたたえたまま続ける。

 

「副隊長とは文字通り、隊長を補佐する役割を担う。よって求められるのは隊長が全面の信頼を寄せるに足る人物であり、有事の際は隊長に代わり隊を指揮・監督する能力に長けた者。それは単に霊力の大きさや戦闘技術だけで判断するものではない。……まあ戦闘特化型の十一番隊辺りではまた話が違うかもしれないがな」

「はい……」

 

 浮竹から副隊長昇格の話を持ちかけられた時点で、沙羅自身も護廷十三番隊の掟を再度調べ直していた。

 

 隊訓はこう(うた)う。

 隊長格たる者、知略に秀で、人望厚く、いかなる時も物事を大局で捉える視野を有せよ、と。

 

 だからこそ躊躇(ためら)ったのだ。

 私はそんな人格者じゃない。私には副隊長なんて務まらない。

 そう思ったから、こそ──

 

 だが目の前の主はそんな憂いをも吹き飛ばすかのように軽やかに笑った。

 

「それを知った上で、ここにいる隊士全員が副隊長にはおまえしか考えられないと言っているんだよ」

「隊長……」

 

 胸がつまる想いだった。

 意気地のない自分の背中を優しく押してくれる隊長にも、その後ろで力強く微笑む仲間たちにも。

 

「おまえに黙って話を広めてしまったことは悪かった。ただ……もしもおまえが自分の席位を気に病んで昇格を躊躇っているのなら、そんな必要は全くないということだけはわかっていてほしい」

「そうよー! そんなくっだらないことで悩んだりしたら根性叩きなおすかんねっ」

 

 浮竹の後ろからひょこっと顔を出した清音は、そう言って握り拳を作ってみせる。

 気を抜けば泣きだしてしまいそうで沙羅は笑った。

 

「……ありがとう」

 

 結局、「もう一度ゆっくり考えてみろ」という浮竹の計らいによって明確な結論を出すことなくその場は解散となった。

 沙羅は浮竹や隊士たちに深々と頭をさげ、隊舎をあとにした。

 

 

 

 *

 

 

「──でもね、みんなはそう言ってくれてるんだけど、私はやっぱり──」

「……どうでもいいがなぜおまえは当たり前のような顔をしてここにいるんだ?」

「え? だめなの?」

 

 桜の大木の上、隣に腰かけてわざとらしく驚いた顔を向ければ、ウルキオラは疲れたように首を振って「勝手にしろ」とこぼした。

 それを肯定と捉えて沙羅は話を続ける。

 

「……私はやっぱり自信がないの。みんなが私のことを信頼して言ってくれたのはわかってるし、嬉しいとも思う。だけど私はみんなが思うほど強くない──」

 

 虚空に放たれた呟きにウルキオラはなにを答えるわけでもなく、ただじっと眼下の町並みを眺めている。

 その沈黙が今の沙羅にとっては心地良かった。

 別に気休めを言ってほしいわけじゃない。ただ話を聞いてもらいたいだけなのだ。

 

「……前の副隊長はね、本当に立派な人だったんだ。口は悪いけど、いつも周りのことを気にかけてて。隊士たちはみんな彼のことを慕ってた」

 

 どれほど時間が過ぎようと色褪せることはない。

 大好きだった副隊長の笑顔。

 

「曲ったことが大嫌いでね、どんなことにも筋を通す人だった。部下に対してもそう。身分や出身に関係なく誰にでも分けへだてなく接してくれて。そういう人だったからこそ、みんな文句ひとつこぼさずについていったんだと思う」

 

 隊主が病弱で不在がちな十三番隊がそれでも強固な団結力を保っていたのは、ひとえに副隊長・志波海燕の働きによるものだと誰もが認めていた。

 その実直さゆえに、最期は妻の仇を討つべく単身虚に挑み──そして散っていった海燕。

 その穴はあまりに大きく、以来十三番隊副隊長の席はぽっかりと空いたまま埋められることはなかった。

 それほどに……かけがえのない存在だった。

 

「私だって隊を守りたい。海燕先輩のように……隊長やみんなの支えになれたらどんなにいいか……」

 

 そう思う気持ちに偽りはない。

 だけど──

 

「今の私じゃあまりに力不足だよ……」

 

 ひゅう、と風が吹きぬけて俯く沙羅の髪をいたずらに舞いあがらせる。

 

「……解せないな」

 

 そのさまをじっと見ていたウルキオラはおもむろに口を開いた。

 

「破面の中では権力の序列はすなわち力の序列を表す。おまえの言う副隊長というのは隊で二番目に権力を持つ者だろう? ならば隊長の次に力のある者がなるべきではないのか」

「ううん……単純に霊力の強さだけで選ばれるわけじゃないの。現にうちの隊にも私より強い人はいるもの」

 

 沙羅より上位席官である清音や仙太郎も、伊達に三席を務めているわけではない。

 まともにやり合えば負けを見るのは明らか。良くて互角といったところだろう。

 

 それを思えばこそ、余計に躊躇われる。

 海燕は心技共に隊のNO.2を名乗るに相応しい人物だった。

 

 だが自分は? 

 十三番隊屈指の実力を持つわけでもなく、精神的に熟達しているとも言い難い。

 こんな未熟な自分が──例え隊士たちが認めてくれたとはいえ──副隊長などという責務ある職位に就いてよいのだろうか。

 それが沙羅に決断を踏みとどまらせる最大の障壁だった。

 

「ならばそれに見合うだけの力をつければいいだろう」

 

「──え……?」

 

 しばし動きを止めて、彼を見つめた。

 

「おまえは自分に自信がないだけだろう? ならばおまえ自身が納得できるまで力をつけるしかないんじゃないのか」

 

 淡々と、けれどはっきりと。

 ウルキオラが風を受けながら紡いだ言葉を、沙羅は頭の中で反芻(はんすう)しながらゆっくりと噛みしめた。

 

「……うん。そう、思う……」

「じゃあそうすればいい」

「うん。…………あれ?」

 

 導かれるように頷いて、首を傾げる。

 どうして納得してるんだろう、私。

 そう考えてすぐに思い至った。つまりは今の彼の言葉が全てだったのだと。

 

 ああ、そうか……。

 やる前からないものねだりをして駄々をこねても始まらない。

 力がないのなら、力をつければいい。

 自信がないのなら、自信をつければいい。

 私は副隊長に相応しい強さを身につければいい──ただそれだけなんだ。

 

「ふ……」

 

 必死に笑いを噛み殺したその声にもウルキオラは敏感に反応した。

 

「……なにがおかしい?」

「なにもおかしくないよ。おかしくないんだけど──」

 

 そう言いつつも、こらえきれなくてくすくすと笑みがこぼれてしまう。

 唐突に目の前に降ってきた答えに、今まで散々葛藤していた自分がばかばかしく思えてきた。

 

 そしてその答えをくれたのがまさか宿敵の破面とは。

 ただ話を聞いてもらうだけのつもりだったのに。

 それを思うとますますおかしくなって笑いがこみあげた。

 

 胸の内に立ちこめていた暗雲が嘘のように消えて、心は綺麗に晴れ渡っている。

 こんなに清々しい気分は久しぶりで。

 笑って、笑って──涙が出るほど笑った。

 

 そんな沙羅に対し、一方のウルキオラは不服そうに顔をしかめる。

 そしていまだ笑いがおさまらない彼女に向けて低い声を放った。

 

「少しは黙れないのか……沙羅」

「あはは、ごめんごめ──」

 

 涙をぬぐいながら言いかけて、沙羅の動きは置物のように止まる。

 

「……え? 今──」

 

 首を動かして見ると、隣のウルキオラは不自然なほど顔を明後日の方向に逸らしていた。

 よってここからでは表情は窺えない。けど──

 

「呼んだ? 今私の名前呼んだの!?」

「……喚くな。おい、揺らすな」

 

 狭い枝の上でゆっさゆっさと服の裾を引っぱられ、バランスを崩しかけて制止の声をあげるも、沙羅は嬉しそうに顔を綻ばせるばかり。

 

「ね、もう一回呼んで? お願い!」

「二度と言うか」

「もう一回だけでいいから! ねえウルキオラー!」

 

 ちょろちょろとまとわりつく沙羅にウルキオラは溜め息をこぼし、やはり言うべきではなかったかと頭をもたげる。 だが──

 

「先程までの顔よりはずっとマシだろうな……」

 

 消えいるように囁かれたその言葉が沙羅の耳に届くことはなかったが、それを告げたウルキオラの口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

 

「またウルキオラに救われちゃったね」

 

 夕暮れ時。桜の枝からすとんと飛び降りた沙羅は、少し照れくさそうに肩をすくめて笑った。

 それに続いて降り立ったウルキオラはその顔に見入ってからぼそりと告げる。

 

「今度は礼はないのか?」

「え……ああ、この前のマフィンのこと? あっ、そういえば味はどうだった? 口に合った……?」

「……あれならまた貰ってやってもいい」

「うん、わかった」

 

 なんとも横柄な口ぶりだったが、気持ちは十分に伝わった。

 くすくすと笑ってから、沙羅は夕日を受けて紅く染まる頭上の桜を見上げた。

 

「……ここの桜ももうすぐ開花しそうだね」

 

 枝に芽生えた蕾は着実に数を増し、日毎に大きく膨らんでいる。

 これだけの立派な桜が満開になればさぞや綺麗な姿が拝めるだろう。

 

「花を愛でる趣味はないが──」

 

 一旦言葉を切ったウルキオラに視線を向けると、ふっと穏やかに細められた翡翠の瞳とぶつかった。

 

「──おまえとなら見ていて飽きないだろうな」

 

 彼がどんな意味をこめてそう言ったのかはわからない。

 わからないが、それは沙羅に満面の微笑みを浮かばせるには十分だった。

 

 どうしてだろう。

 たった一言で、心を蝕んでいた苦悶を易々と吹き飛ばしてしまう。

 たった一言で、こんなにも笑顔にしてくれる。

 本当に──不思議な人。

 

「じゃあこの桜が満開になったらお花見しよう? 約束ね」

「……気が向いたらな」

「なにそれ! 自分から言っといて」

「花見をするとは言ってない」

「……バカキオラ」

「ババ沙羅」

「ちょっと!!」

 

 拳を振りあげた沙羅からひらりと身をかわし、ウルキオラは静かに笑った。

 大きく西に傾いた太陽が、夜の訪れを惜しむかのようにふたりを紅く照らしていた。

 

 

 

 ***




《Cloudy will be Fine…曇り空、晴れわたる》

 光を与えてくれたのは、敵であるはずのひと。
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