Dear…【完結】   作:水音.

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【Side Story】Sea Swallow Ⅲ ―海燕Ⅲ―

 今回の虚による春蘭の被害は甚大だったが、駆けつけた死神の治療を受けて一命を取りとめた住民も少なくなかった。

 治療担当以外の隊士は指揮官である黒髪の死神の指示のもと、破壊された家屋の修繕に奔走している。連携の取れた彼らの働きは見事なもので、瓦礫と化していたあばら家はものの数刻で風雨をしのげる程度には復旧がなされた。

 休むことなく動くその間も、彼らが欠かさなかったのは住民への声かけである。消沈する住民へ気丈な声をかけ続け、再興に必要な物資も速やかに調達するよう確約し、復興への道筋を示した。

 そんな死神たちの姿を沙羅は食い入るように見つめていた。

 

「副隊長、本部から新しい通信が入りました。南の第二十七地区にて霊圧濃度の異常を観測。春蘭の被害状況の確認が終わり次第、現地へ向かい虚の霊圧濃度調査を行うようにとの指令です」

「はあ!? この足で行けってのかよ! ったく……隊長も人使いが荒いよなぁ」

「ええ……ですが本当は浮竹隊長自身が誰よりも行きたがっているはずです」

「ま、そうだろーな。つってもあの人に無理させるわけにもいかねえし。しゃーねえか」

 

 部下の女性隊士にぼやきを返して、彼はよっと腰を上げる。そこで沙羅は気にかかっていた疑問を投げかけた。

 

「春蘭のほかにもさっきみたいなやつに襲われているところがあるの?」

「ああ。ここなんてまだましなほうだぜ? 流魂街の下層のほうじゃ、毎日のように虚に襲われている集落もある」

「毎日……」

 

 眉を潜め、俯く。

 

「じゃあ死神も毎日のように闘わなくちゃいけないんだね……」

「虚が住民の生活を脅かす限りはな」

「……怖くないの?」

 

 沙羅の漠然とした問いに彼は一瞬目を瞠って、すぐに笑った。

 

「死神が虚を怖がってたら、誰が住民を虚から護るんだよ。俺たちはそのためにこの力を手に入れたんだぜ?」

 

 ぐっと右の拳を握りしめる。その様を見て沙羅もまた自身の右手に視線を落とした。

 彼の治療のおかげで火傷の痕は綺麗に消えていたが、この手の内側に特別な力が宿っていることはもう十分に自覚していた。

 わからなかったのは、その力を「なんのため」に使えばよいのかということ。しかしその疑問は次に返ってきた彼の言葉で霧散した。

 

「尸魂界の平和を護るため──って言えば聞こえはいいけどな。闘う理由なんて、んな大層な御託(ごたく)並べねえでも『護りたいモンがある』の一言で十分だろ」

「……護りたいもの?」

「ああ、誰にでもあんだろ? 自分自身であれ家族であれ、故郷であれ──これだけは絶対に失いたくねえってもんが。それを身体張ってでも護ろうと思うなら、それはもう十分にそいつの『闘う理由』なんだよ」

 

 吹き抜ける風にはねた黒髪を揺らしながらそう話す彼はとてもたくましく、誇り高く見えた。

 

「死神になったら……みんなを護れる?」

 

 少し離れた場所でほかの死神から治療を受けている千歳と勇真を見つめながら、沙羅は小さな声で訊ねる。その声の大きさとは裏腹に、強い意志を秘めて。

 返事はすぐに返ってきた。

 

「おまえならきっといい死神になれるぜ。俺が保証してやる」

 

 力強い言葉とともに向けられた満面の笑顔は、あたたかくて、眩しくて。本当に太陽のような人だと沙羅は思った。

 

 私もこの人のように強くなれるだろうか。

 己を護り、家族を護り、そしてこれまで自分を育んでくれたこの春蘭を護れるくらいに、強く。

 

 今はまだわからない。それはきっと、自分の手で掴みとっていくものだから。

 

『……生きなさい。強く……まっすぐに──』

 

 祖母の最期の言葉が耳元ではっきりと甦る。それを頭の中で何度も反芻(はんすう)し、刻みつける。

 数秒ののち、顔を上げた沙羅の表情にはもう迷いはなかった。

 

「……強くなりたい。強くなって、私はみんなを護るためにこの力を授かったんだって証明したい」

「おお、その意気だ。死神にとってなにより必要なのは技でも力でもねえ、強い意思だからな。それを忘れんなよ?」

「わかった。ありがとうおじさん」

「おじ……ッ!?」

 

 ぐぇっほ、と喉の奥に異物でも詰まらせたように彼はむせこんだ。

 

「どうしたの?」

「どうしたのじゃねえだろ! 誰がおじさんだゴルァ!!」

 

 噛みつかんばかりの勢いで詰め寄られた沙羅はぱちぱちと目を瞬く。

 

「え……だって、おじさんは私よりもずっと年上でしょう?」

「だからっておじさんっつーな! どう見てもお兄さんだろうがっ!」

 

 躍起になっておじさんを否定する上官の姿に、背後の隊士たちはたまらず吹きだした。が、彼が睨みを効かして一瞥すると慌てて笑いを引っこめる。

 

「ったく……これだから近頃のガキは──」

「副隊長、その発言も十分おじさんじみてますよ」

「うっせえ!」

 

 茶々を入れてきた部下に蹴りを喰らわせてギッと振り返る。

 

「おい! オメー名前は!」

「草薙沙羅……です」

 

 たじろぎながら答えると彼が左手を振りかざした。咄嗟に首を引っこめて衝撃に備える。が、頭上に降ってきた手は思っていたよりもずっと優しい手つきで沙羅の頭をなでてきた。

 

「沙羅だな。うッし! 憶えた」

 

 恐る恐る開いた沙羅の瞳に、ニッと勝気な表情が映る。

 

「俺は志波海燕(しばかいえん)。俺が憶えたんだからおまえもちゃんと憶えとけよ? 次は間違ってもおじさんなんて呼ぶんじゃねーぞ!」

 

 わしゃわしゃと沙羅の髪を掻き乱して、彼は──海燕は笑った。

 

 志波海燕。

 それこそが沙羅が初めて出会い、また沙羅の運命を大きく変えることにもなる死神の名だった。

 

 

「さてと、そろそろ行かねえとな。あんま油売ってっと隊長に絞られちまう」

 

 身体を反転させた海燕の左肩で、金色の腕章がきらりと光を放つ。

 

「それも死神になれば貰えるの?」

「ん? ああこれか。これは副官章っつってな、護廷十三隊各隊の副隊長に──なんて言ってもわかんねえか。まァ要するに、これは俺様のような強くてカッケー死神のみに与えられる特別な証だってことだ!」

「ふーんそうなんだ」

「あっさりと流すんじゃねーよコラ!」

 

 海燕は顔をしかめて沙羅の額にデコピンを喰らわせた。そして額を抑える沙羅を見下ろすと、すぐに表情を和らげて。

 

「ま、おまえならいつかこれを託されるような死神になれっかもな。待ってるぜ? 沙羅」

 

 歯を見せて快活に笑った海燕につられて沙羅の口元も自然と緩む。

 祖母を失った哀しみはすぐに癒えるものではないけれど、それでも今、こうして笑うことができた。その瞳の先には目指す未来があった。

 

「じゃあな。もうめそめそ泣くんじゃねえぞ」

 

 部下の隊士たちを引き連れて春蘭を去っていく海燕に、沙羅は千歳と勇真とともにちぎれんばかりに手を振ってその姿を見送った。

 

「泣かないよ! ありがとうおじさん!」

「だからおじさんじゃねえっつってんだろーがッ!」

 

 遠目にもわかるほど地団太(じだんだ)を踏んでいる海燕に声を出して笑って、一際大きく腕を振る。立ち上がる勇気をくれた彼に言葉では言い尽くせないほどの感謝をこめて。

 

 与えられるのを待っていたんじゃ、いつまで経っても動きだすことなんてできない。闘う理由は自分で見つけるものだと彼は教えてくれた。

 

 ならば私は、護るために闘いたい。

 大切な人たちを護るために、この力を使いたい。

 

「千歳──勇真」

 

 丘の上から海燕の姿が完全に見えなくなったところで、沙羅ははっきりとその決意を言葉にした。

 

 

「私、死神になる」

 

 

 ザア……と初夏の心地良い風が三人の間をすり抜けていく。

 固い決意が滲む沙羅の横顔を、千歳と勇真はじっと押し黙って見つめていた。束の間の沈黙のあと口を開いたのは千歳。

 

「沙羅ならきっとそう言うんじゃないかと思ってた」

 

 落ち着きはらった声音に沙羅は驚きとともに振り返った。

 

『沙羅が遠くに行っちゃったら寂しいもん』

 

 死神になる気はないと明言した沙羅に胸をなでおろしていた千歳。彼女に「これからもずっとここにいる」と誓ったのは、ほんの数ヶ月前のことなのに。

 

「行ってもいいの?」

「うん、止めないよ。おばあちゃんも言ってたでしょ? 強くまっすぐに生きなさいって。それが沙羅の望む道なら、あたしは全力で応援する」

 

 そう告げる千歳の笑顔にはやはりどこかぎこちなさがあった。

 流魂街の住人が死神になるには、まず瀞霊廷に存在する真央霊術院(しんおうれいじゅついん)へ通い、少なくとも数年はそこで修練を積まなければならない。また、霊術院生全員が必ずしも死神になれるわけではなく、実際に護廷十三隊へ入隊できるのはごく一握りだと言われている。本気で死神を目指すのであれば、当分はこの春蘭へ戻れないことを覚悟する必要があった。

 そんな場所へ今沙羅は自ら踏みこもうとしているのだ。

 大切な祖母を失って、その上姉妹同然に育ってきた沙羅までもが離れていく。千歳が寂しくないはずがない。それでも。

 

「沙羅が頑張るなら、あたしも負けないように頑張らなくちゃね。あっそうだ! 今度春蘭に帰って来たときには、あたしが山菜料理作ってご馳走してあげる! 沙羅よりも料理上手になってみせるんだから」

「……沙羅、止めるんなら今のうちだぜ。どんな怪しいモン出されるかわかったもんじゃねーよ」

「勇真うるさい! 言っとくけどそれまで味見するのは勇真の役目だからね」

「まじかよ! それだけは勘弁!」

 

 それでも、ふたりは笑ってくれる。

 こうして背中を押してくれる。

 

「……ありがとう」

 

 胸がつまってそれ以上の言葉が見つからない。ぐっと唇を引き結んだ沙羅を見て、こらえきれなくなったように千歳も瞳を潤ませた。

 

「勇真。千歳のこと、お願いね」

「大丈夫だよ、千歳は俺よりもよっぽど強えーから。沙羅こそあんまり無茶すんなよな? 沙羅はすーぐ自分だけでどうにかしようとするからさ」

「うん、気をつける」

 

 小さく肩をすくめて笑った沙羅に勇真も安心したように頷いた。

 

「そうだ。沙羅の一番好きな花ってなんだ?」

「花? うーん、どの花も好きだけど──」

 

 顎に手を当てて考えこんだ沙羅は、やがてふわりと目を細めて顔を上げた。その視線の先には、花の季節を終えて今は青々とした葉を茂らせている樹木が映っている。

 

「やっぱり桜かな。桜の花って見てるだけであったかい気持ちになれるの。どうして?」

「男の俺が沙羅と千歳に負けるわけにはいかねえだろ? だから俺もなんか頑張ること見つけようと思ってさ」

 

 鼻の頭をこすった勇真は沙羅に向かってこう続けた。

 

「沙羅が死神になる頃には、春蘭を桜でいっぱいにしといてやるよ。だから沙羅も強えー死神になって帰ってこいよ?」

 

 力強く言い放って満面の笑みを浮かべる勇真。その隣では、涙の跡を拭った千歳も同じように微笑んでいて。

 沙羅はそれに負けないくらいの笑顔を返して、ぎゅっとふたりに抱きついた。

 

 ……ありがとう。

 ありがとう、大好きな私の家族。

 

「千歳、勇真、それから──おばあちゃん」

 

 しっかりとふたりの目を見て、そして青く澄みわたる天を仰いで。

 沙羅は声高に告げた。

 

 

「行ってきます!」

 

 

 **

 

 その翌春、沙羅は倍率数百倍と言われる真央霊術院の入学試験を極めて優秀な成績で突破し、霊術院への入学を決めた。

 そして迎院式当日。

 

「うわぁ……すごい人」

 

 真央霊術院へ続々と集う人の多さに目を丸くしながら、沙羅は大きく『歓迎』と書かれた看板の花輪をくぐって霊術院へ足を踏みいれた。──直後。

 

「やべッ!」

「っきゃ!」

 

 すぐ真横で声がしたかと思うと激しい衝撃が沙羅を襲った。どさりと地面に倒れこみ、突き飛ばされたのだと気づく。

 顔を上げると同じように尻もちをついている赤髪の少年が視界に入った。

 

「悪りぃ! よそ見してたらぶつかっちまった」

「あ、ううん、大丈──」

「なにをしておるのだ恋次! だからちゃんと前を見ろと言ったではないか!」

 

 沙羅が首を振るよりも早く、鋭い言葉尻の黒髪の少女がずかずかと歩み寄り少年を蹴り飛ばした。

 

「ぶへっ! ルキアてめえ! 初日から怪我でもしたらどうしてくれんだ!」

「それは彼女の台詞だろう! ──すまぬな、このバカが。怪我はないか?」

「いででででッ!」

 

 赤髪の少年の頭を地面にこすりつけてこちらを振り向いた少女に、沙羅は慌てて頷く。

 

「だ、大丈夫。ぼーっとしてた私も悪かったから」

「いや、こいつのせいだ。すまなかったな。ほら恋次、さっさと行くぞ!」

「だから痛てえっつーの! 髪を引っぱんなよ!」

「黙れ赤パイナップル」

「ンだとォ!?」

 

 ぎゃあぎゃあと喚きながら去っていくふたりを、沙羅は呆気に取られて見つめていた。

 

「いろんな人がいるなぁ……」

 

 感嘆にも似た呟きをもらしてふと我に返る。

 

「って私も急がないと!」

 

 真新しい院生服の襟を正して、沙羅は勢いよく駆けだした。

 

 *

 

 無事に迎院の儀を済ませて指定されたクラスへ向かうと、記憶に新しい顔が待っていた。

 

「あれ? おまえ──」

 

 沙羅の席の隣に座っていたのは赤髪が特徴的なあの少年。

 

「さっきは悪かったな。おまえも一組なのかよ?」

「うん、私は草薙沙羅。よろしくね、赤パイナップルくん」

「誰が赤パイナップルだ! 俺には阿散井恋次(あばらいれんじ)っつー立派な名前があんだよ!」

 

 バンッと机を叩いて立ち上がった少年に沙羅が笑っていると、後ろの席についていた小柄な少女と金髪の少年が話しかけてきた。

 

「あの、あたしは雛森桃(ひなもりもも)。仲良くしようね」

吉良(きら)イヅルです。よろしく」

「雛森さんと、吉良くん。よろしくね」

「なんだよ、ずいぶん弱そうな奴だな。おまえそれで本当に死神になれんのか?」

「な……っ! し、失礼な人だな、君は!」

 

 やっかみ合う恋次と吉良をなだめつつ、しばらく四人で出身はどこだの入学試験の成績はどうだのと話していると、途中でふと雛森が切りだした。

 

「みんなはどうして死神になろうと思ったの?」

「あ? んなもん、死神になって瀞霊廷で暮らすためだよ。あんな掃きだめみてーな街にいたら魂まで腐っちまうぜ」

「僕は……父上と母上との約束を守るために」

「そっかぁ。沙羅ちゃんは?」

 

 小首を傾げて訊ねてくる雛森に、沙羅は少し考えてから顔を上げた。

 

 護りたいものがある。それはこの場に集った者なら皆同じ想いなのだろう。

 己の魂を貫こうとする恋次も、両親との約束を果たそうとする吉良も。

 ならば自分は──

 

「目指してる人がいるから」

「死神に?」

「うん」

 

 大切なものを護る、その強い意思とそれを可能にするだけの力量を備えたあの人のように。

 勇ましく、誇り高い死神になりたいと、心から願うから。

 

「その死神ってどんな人なの?」

「うーん……私もちゃんと知ってるわけじゃないんだけど、しいて言うなら──」

 

 沙羅は窓の外に広がる空で燦々(さんさん)と光を放っているそれを眩しそうに仰いだ。

 

「太陽みたいな人かな」

 

 彼の屈託のない笑顔を想い返して、つられるようにふわりと口元を緩める。

 

 

 その日から死神を目指す沙羅の鍛錬の日々は始まった。

 

『志波海燕』

 

 胸には常にその名を刻みながら。

 

 

 ***




《Sea Swallow Ⅲ…海燕Ⅲ》

 海燕との出会い編でした。
 番外編はもう少し続きます。次は十三番隊入隊後の物語。
 ウルキオラのお休みターンが続いていますが、今後に繋がる話なのでもうしばらくお付き合いください。
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