Dear…【完結】   作:水音.

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【Side Story】 Snow Drop Ⅰ ―待雪草Ⅰ―

 桜の枝先も徐々に色づき始めた陽春の朝。

 護廷十三隊の入隊式場には、真新しい死覇装に袖を通した新人隊士たちが晴れ晴れとした表情で整列していた。

 

「諸君らは霊術院の教育課程を修了し、難関と称して相違ない入隊試験を突破した有能なる若き新星である。護廷十三隊の一員として誇りを持ち、魂の安寧秩序のためその力の全てを遺憾なく発揮することを願う。──諸君らの働きに期待しておるよ」

 

 総隊長、山本元柳斎重國の祝いの辞で締めくくられた入隊式ののち、新人隊士たちは各自の配属する隊が貼りだされた掲示板の前でたむろしていた。

 

「わぁ、あたし五番隊だ!」

「五番隊って藍染隊長の隊? やったね雛森!」

 

 憧れの五番隊に配属され喜んでいる雛森につられて笑みを浮かべて、沙羅は掲示板上で自身の名前を捜す。それは間もなく『十三』の枠の中に見つかった。

 

「あ、あった! 十三番隊だって」

「そっかぁ……別々になっちゃったね。心細いな」

 

 途端にそれまでの笑みを引っこめてしょげた様子を見せる雛森に、沙羅は眉尻を下げて微笑む。

 

「大丈夫だよ、五番隊には恋次と吉良もいるし。それに別々って言っても同じ瀞霊廷の中だし、いつでも会えるよ」

「うん……そうだよね!」

 

 実際心細さを抱えているのは沙羅とて同じだった。霊術院の入学当初から仲の良かった雛森・恋次・吉良の三人が同じ五番隊に配属されたというのに、沙羅ひとりだけが離れてしまったのだ。不安がないと言えば嘘になる。

 けれど沙羅にはそれでも前を向けるだけの理由があった。その瞳の先に、目指す背中があったから。

 

「そういえば、沙羅ちゃんの憧れの人は何番隊なの?」

「憧れの人?」

「ほら、前に言ってたでしょ? 死神で目指している人がいるって」

「ああ──」

 

 今まさに思い描いていた人のことを訊ねられて、沙羅は懐かしさに目を細めた。

 太陽のような笑顔で、沙羅たち家族を救ってくれた人。自分が死神になるきっかけを与えてくれた人。彼との出会いはもう七年も前に遡る。

 

「そういえば何番隊なんだろう」

「えっ知らないの?」

「うん、名前しか聞かなかったから」

 

 あの当時は護廷十三隊がここまで巨大な組織だとは思いもしなかった。だから死神になりさえすれば、彼にもすぐに再会できるだろうと思いこんでいたのだが。

 総勢三千名もの死神が在籍するこの組織で所属する隊もわからないとあれば、彼を見つけだすのはそう簡単なことではなさそうだ。

 

「そっか……せっかく死神になれたのにね」

「うーん、でも焦っても仕方ないし。そのうちきっと会えるよ」

 

 呑気に笑う沙羅を見ても、雛森はまだ諦めきれない様子で考えこんだ。

 自分が五番隊の藍染隊長に憧れて彼を目標としているのと同じように、沙羅もまたその死神に対して並々ならぬ想いを抱いていることを知っていた。だからこそ、こうして死神の一員に加わることができた今、なんとかしてその夢を叶えてあげたいと思っていた。

 

「ほかになにか特徴はなかったの?」

「特徴って言っても死覇装はみんな同じだし……あとは肩に腕章をつけてたことくらいかな」

「えっ?」

 

 雛森は目を丸くする。

 

「肩の腕章って……もしかして副官章のこと?」

「フクカンショウ? よくわからないけど、花の模様が描いてある金色の──」

「それ副官章だよ! 護廷十三隊の副隊長の証! その人副隊長だったんだよ、すごい!」

 

 今度は沙羅が目を瞠る番だった。

 副隊長と言えば護廷十三隊各隊で隊長に次ぐ実力者。あのとき自分たちを救ってくれた彼が、まさかそんな素性の持ち主だなんて。

 

「副隊長なら名前がわかればすぐにどこの隊か調べられるよ! その人の名前なんていうの?」

「え、っと……志波海燕っていう人なんだけど」

 

 まだいまいち信じきれない表情で沙羅が告げた名に、雛森の動きが止まった。

 

「志波……? それって──」

「おまえたち、いつまで院生気分でいるつもりだ! このあと十五時より各隊ごとに新人歓迎会が催される! 至急各自の配属先の隊舎へ向かいなさい!」

 

 その場を管轄していた強面(こわもて)の死神に一喝され、それまでわいわいとざわめいていた新人隊士たちは皆一斉に口を噤んだ。沙羅も雛森と顔を見合せて、くすりと肩をすくめる。

 

「怒られちゃったね、早く行かないと。じゃあ雛森、またあとでね」

「あっ……沙羅ちゃん」

 

 雛森が呼び止めようと口を開いたときにはもう、沙羅はくるりと身を翻して走りだしていた。瞬く間に遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら雛森はぽつりと呟く。

 

「志波って……確か十三番隊の副隊長じゃなかったっけ……?」

 

 *

 

 息を切らして十三番隊の隊舎に入った沙羅を出迎えたのは、なんとも馴染み深い顔だった。

 

「──沙羅? 沙羅ではないか!」

「え……ルキア!?」

 

 思わず声を裏返らせた沙羅に、隊舎の修行場で稽古をしていたルキアは嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

 朽木ルキア。彼女もまた、雛森や恋次、吉良と同様に、沙羅と同期で霊術院に入学した仲間のひとりである。

 霊術院の正規の卒業を迎える前に尸魂界の四代貴族のひとつである朽木家に養子縁組したルキアは、その日から死神となって護廷十三隊へ入隊していた。

 

「ルキアが十三番隊にいたなんて知らなかった! ……あっ、ごめん。今はもう朽木隊士って呼ばなきゃいけないよね」

 

 声のトーンを落として口調を改めようとする沙羅に、ルキアは苦笑まじりに首を振る。

 

「やめてくれ、私とてまだ半人前の死神に過ぎないんだ。ルキアでいい」

 

 今までと同じように接して欲しいと言うルキアに、沙羅は笑って頷いた。それと同時にルキアが屈託のない笑顔を見せていることに心から安堵した。

 本音を言えばずっと気にかかっていたのだ。周りの仲間たちは卒業試験も入隊試験も免除されてトントン拍子で死神になったルキアのことを羨ましく思っていたようだが、沙羅はとても同じようには思えなかった。

 

『沙羅……私は朽木家に養子に入る』

 

 養子縁組の話が正式にまとまる少し前、思い詰めた表情でそう告げてきたルキアの寂しげな瞳が瞼に焼きついて離れない。

 本当にそれでいいの、とは言えなかった。彼女自身、何度も同じ問いを重ねたはずだとわかっていたから。

 

『そっか……寂しくなっちゃうな。でもすごいことだもんね。おめでとう、ルキア』

『……ああ。ありがとう』

 

 精一杯の笑顔で祝福する沙羅にルキアが返した微笑みはやはり哀しそうに揺らいでいた。

 そのルキアが、今はこんなにも生き生きと瞳を輝かせている。それがなによりも嬉しくて。

 

「恋次たちも皆入隊試験に受かったのだろう? 隊は分かれてしまったのか」

「うん。恋次と吉良と雛森は三人とも五番隊に配属されたのに、私だけ離れちゃってちょっと不安だったんだ。ルキアがいてくれてほっとした」

「そうか……だがうちの隊に配属されたのならなにも案ずることはないぞ、沙羅」

 

 力のこもった声で、ルキアは隊舎の中央の柱に掲げてある『十三』の字を見上げた。

 

「うちの浮竹隊長はとても気さくで人脈も厚く、武術のみならず知略にも秀でた素晴らしい御方だ。生まれつき持病を患っていて普段は自室で休まれていることが多いのだがな」

「そうなんだ……でもそれじゃあ隊をまとめるのも大変だね」

「その点は心配いらない、頼もしい副隊長がいるからな。隊長にも引けを取らない実力と人徳を兼ね備えた方だ。名家の出身でありながらそれを誇示することもせず、誰にでも分け隔てなく接してくださる。今の十三番隊があるのは彼のおかげだと言っても過言ではないだろうな」

「へえ。そんなにすごい人なんだ、副隊長って」

 

 素直に感嘆の意をこめるとルキアは誇らしげに頷いてみせた。

 

「ああ、海燕殿は本当に素晴らしい方だぞ。お会いすればきっとすぐにそれがわかる」

「……海燕?」

 

 耳に残るその名に沙羅が反応を見せた直後。

 隊舎前の廊下がドタドタと鳴り響き、間を置かずして隊舎の扉がけたたましく開かれた。

 

「オラ、おまえらなにたむろってやがる! 新入りは揃ってっかァ!」

 

 人一倍通る大きな声とともに姿を見せたのは、紛れもなく。

 あの日沙羅たち家族を虚の凶刃から護り、沙羅に死神としての生きる道を指し示した黒髪の死神だった。

 

 *

 

「副隊長の志波海燕だ。隊長がいねーときは俺が代わりにウチを仕切ってる。ま、わかんねーことがあったらなんでも聞いてくれ! これからよろしくな!」

 

 出会いから七年の月日が流れていたが、その太陽にも似た鮮やかな笑顔はなんら色褪せることはなかった。

 唐突過ぎる再会に頭が追いつかない。新人隊士ひとりひとりの前に立ち笑いかける彼を沙羅は半ば放心状態で見つめていた。

 

「うッし、新人はこれで全員だな? じゃあ今から隊章を支給するから、呼ばれた順に副官室に──」

「あっ……お待ちください海燕殿! この者も此度の入隊者です! ほら行くぞ、沙羅」

 

 踵を返そうとした海燕を引き止め、ルキアは棒立ちしている沙羅の腕を慌てて引っぱる。

 

「お、悪りィ悪りィ。なんだ、朽木の知り合いなのか?」

「はい。霊術院の同期の者です」

「へェ、そりゃよかったじゃねえか。名前は──」

 

 近づいてきた海燕の足がぴたりと歩みを止めた。驚きに揺れる瞳が沙羅を捉えている。

 

「おまえ……?」

 

 そう、ずっと。

 ずっとこの人の面影を追いかけてきた。

 死神となることを志したあの日から。

 

 半信半疑といった面持ちの彼を見上げて、沙羅はにこりと言い放った。

 

「久しぶり、おじさん」

「おじっ……! 誰がおじさんだゴルァ!!」

 

 途端に鬼のような形相になって詰め寄ってくる海燕。その姿があまりにも記憶の中の残像そのままで、嬉しさと懐かしさでいっぱいになる。

 

「まだ私を憶えててくれたんですね」

「おまえみてえなクソ生意気なガキ忘れられるかよ。ったく、おじさんって呼ぶなっつったろーが!」

 

 鼻を鳴らしながらそう言った彼は、ふっと口元を緩めると沙羅の頭の上に手を置いた。そして。

 

「待ってたぜ、沙羅」

 

 たった一度名乗っただけの名前。それを淀みなく口にして、ニカッと屈託のない笑みをこぼす。

 

 変わらない。

 全てを包みこんでくれるような大きな手も、温もりも。

 眩しいとさえ思えるその笑顔も。

 

「海燕殿、沙羅を知っているのですか?」

「ん、ああ──おまえがこいつと知り合う前からの縁だぜ。な?」

 

 目を丸くしているルキアを面白がるように海燕は沙羅の頭をわしゃわしゃと掻き乱した。

 

 無遠慮な振舞いの奥に隠された優しさも、やっぱり変わらない。

 永年の探し物を見つけだしたような感覚に沙羅は笑みを浮かべ、大きく頷いた。

 

 

 *

 

「しっかし、まさかこんな早く入隊までこぎつけるなんてなー。正直驚いたぜ」

 

 その後、十三番隊の隊舎では所属隊士総出で盛大な新人歓迎会が催されていた。

 ほらよ、と飲み物が注がれたグラスを差しだした海燕は、そのまま沙羅の隣に腰を下ろして自らのグラスを口元に運ぶ。

 その横顔をじっと真剣な眼差しで見つめてから、沙羅は彼に向けて深々と頭を下げた。

 

「あのときは私たち家族を救ってくださり本当にありがとうございました。祖母が笑って旅立てたのも、私がこうして死神になれたのも、全て志波副隊長のおかげです」

「ぶふっ!」

「わっ! 大丈夫ですか!?」

 

 沙羅が言い終えるか終わらないかのうちに海燕は途中まで流しこんだ麦酒を喉に詰まらせてむせこんだ。

 

「ゲホッゲホッ! おまえが柄にもねえこと言うからだろーが!」

「え? 私なにか変なこと言いましたか、志波副隊長」

「だぁーやめろやめろ! おまえに副隊長なんて呼ばれっと調子狂うんだよ!」

「……私をなんだと思ってるんですか」

 

 十三番隊に所属する隊士である以上、副隊長に敬意を払うのは当然のことだと思うのだが。困惑を露わにしたものの海燕が頑なに首を横に振るので沙羅は渋々頷いた。

 

「わかりました。海燕殿がそう仰るなら」

「ぶしっ!」

「汚い!」

 

 今度は宙に向けて麦酒を噴射した海燕から咄嗟に距離を取る。

 

「おまえな、言ったそばから変な呼び方すんじゃねえよ!」

「ルキアはそう呼んでたじゃないですか!」

「あー……朽木か。それおまえからも言ってくんねえか? その呼び方はやめろって何度も言ってんのに、あいつは頭が固くて聞きやしねえんだよ」

 

 死覇装の袖でごしごしと口を拭ってぼやく海燕に、沙羅は薄く笑って瞳を細めた。

 それは──それはルキアがそれだけ心を傾けている証だ。あの輝いた表情を見れば口に出さずともわかる。

 ルキアにとって海燕は、そしてこの十三番隊は、ほかに替えようのない大切な居場所となっているのだろう。

 

 じゃあ私は? 

 私もいつかはそう思えるようになるのだろうか。

 護廷十三隊、十三番隊の一員として。

 

 自分で自分に問いを投げかけて、沙羅はすぐに考えるのをやめた。答えなどもうわかりきっていたから。

 

「じゃあ──先輩」

「あン?」

 

 ぱちぱちと瞬きをこぼした海燕を、勝気な瞳で見据えて。

 

「私、副隊長のような死神になると決めたんです。だから、“海燕先輩”。だめですか?」

 

 見つめ返した海燕はニッと口の端を持ち上げた。

 

「ま、俺様みてえな立派な死神になるには血と汗が滲むくれーの努力が必要だが、目標とする人物は間違っちゃいねえな。そこまで頼まれちゃ無下に断るわけにもいかねえ。おまえを特別に俺の後輩に認定して──」

「あ、私お腹すいたんでなにか持ってきます」

「人の話を最後まで聞けコラ!」

 

 声を荒げた海燕に沙羅はくすくすと肩を揺らして、

 

「海燕先輩の分も取ってきますね」

 

 悪びれない笑顔を残して豪勢な料理が並ぶテーブルへと(きびす)を返す。

 その背中を見つめる海燕はボリボリと頭をかき、ひとり笑みを浮かべた。

 

「……ホンット、生意気なガキ」

 

 *

 

 ひとしきり場も盛り上がった頃、隊士のわっという歓声とともに姿を見せたのはほかでもない十三番隊隊長の浮竹十四郎だった。

 

「隊長! 自室でお休みになられてたんじゃ──」

「起きても大丈夫なんですか!?」

「ああ、心配するな。可愛い新入りの歓迎会だ。隊長がいなきゃ締まらないだろう?」

 

 心配顔で詰め寄る隊士達に穏やかな笑みを返した浮竹はぐるりと室内を見渡し、やがてその視線は海燕とルキアの横に立っていた沙羅にとまった。

 

「ああ、入隊者資料で見た顔だな。名は確か……」

「はい! 草薙沙羅と申します。至らぬ身ではありますが、ご指導よろしくお願いいたします!」

 

 歩み寄ってくる浮竹に沙羅は緊張の面持ちでバッと頭を下げる。

 

「俺の前とはえらい違いだなオイ」

「……。(げしっ)」

「あってェッ! 隊長、今見ました? こいつ俺のこと蹴りましたよ! 新人が副隊長に手ェ上げるなんてありえなくないすか!?」

「手は上げてません。足を上げただけです」

「んの野郎……!」

 

 ふたりのやりとりを(はた)から見ていた浮竹は目を丸くしていたが、すぐにおかしそうに笑いだした。

 

「もう海燕に気に入られたのか? 沙羅はこれから苦労しそうだな」

「え?」

「隊長、そーゆー言い方は誤解を招くんでやめてくださいよ」

「はは、スマンスマン」

 

 人好きのする笑顔を浮かべて、浮竹は和らいだ眼差しを沙羅に向ける。

 

「始めは慣れないことも多いだろうが、見ての通りうちは席位や出身に関わりなく和気あいあいとやってる。不安を感じたり疑問に思うことがあれば、ひとりで抱えこまずに皆を頼りにするといい」

 

 そして沙羅の肩にぽんと手を置いた。

 

「いいかい、これだけは忘れないでほしい。十三番隊は俺あってのものじゃない。海燕あってのものでもない。君を含めた全員が揃って、初めて十三番隊は成立するんだ。誰ひとりとして欠けてはならない」

 

 淀みなく告げる浮竹の後ろで、海燕やルキア、そしてまだ名も知らぬ十三番隊の隊士たちが一様に笑みをたたえている。

 

 沙羅はこのとき確信した。

 私はきっと、この隊が好きになる。この隊に所属するみんなのことが、大好きになる。

 

 

「沙羅、君を十三番隊へ歓迎する」

「……はい! よろしくお願いします!」

 

 差しだされた浮竹の右手を両手で強く握り返したその瞬間から、死神として、そして十三番隊の隊士としての、沙羅の忙しない日々が始まったのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 




《Snow Drop Ⅰ…待雪草Ⅰ》

 新たな出会い。新たな居場所。
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