Dear…【完結】   作:水音.

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第42話 Ultimate Liberation ―卍解―

 十刃のみが通行を許可されるという虚夜宮(ラスノーチェス)の次元回廊を進んでいた沙羅とグリムジョーの前には、暗がりでも映えるほどの鮮やかな桃色の髪の男がひとり、口元に弧を描いて立っていた。

 一見した限りでは線が細く優男のような印象を受ける相手だ。けれど彼が放つ霊圧はその外見がもたらす印象からは遠くかけ離れていた。

 

「初めまして。お嬢さん」

 

 身じろぎひとつ取れない膠着状態の中、沈黙を破ったのは男のほうだった。

 

「まずは自己紹介から始めようか。僕はザエルアポロ・グランツ。藍染様から第8の数字を与えられし者だ」

 

 片手を胸に当てて彼は軽く腕を広げてみせる。

 

第8(オクターバ)……十刃(エスパーダ)

「そういうことになるね」

 

 その物腰は柔らかく、向けられる表情は温和そのもの。

 けれどなぜだろう。顔の造形こそ端正に整っているものの、そこに浮かぶ笑みは醜く歪んでいるように沙羅には感じられた。

 

「さて、本題に入ろう」

 

 勿体ぶった言い回しでザエルアポロは悠然と周囲を仰ぐ。

 

「まさか知らないはずはないと思うが、ここは藍染様が僕ら十刃のためだけに解放してくださった次元回廊だ。だが君の霊圧は現存するどの十刃とも合致しないし、十刃が入れ替わったという情報も届いてはいない。残る可能性は君がそこの第6十刃(セスタ・エスパーダ)従属官(フラシオン)だという説だが、それもありえない。グリムジョーは女性を自分の取り巻きに加えるような奇特な真似はしないだろうからね」

「知ったような口をきくんじゃねえよ、キチガイ野郎が」

「マッドサイエンティストと言ってもらえるかな。……まあ、君に科学の素晴らしさを説くだけ無駄だろうけど」

 

 右手の中指で眼鏡をすり上げて、ザエルアポロはグリムジョーから沙羅に視線を戻す。

 

「僕が何を言いたいかは理解できただろう? 何度筋書きを正しても、君がここに存在する正当な理由には辿り着けないんだよ。何より、この虚夜宮に在りながら僕を知らない時点で、君が破面であるという可能性の全てが棄却されてしまう。つまり──」

 

 一旦言葉を区切ったザエルアポロの人差し指がすっと沙羅へと向けられた。

 

「君は此処に在る筈のない存在」

 

 ゾク……

 何をされたわけでもないのに、その指先に立つ沙羅はまるで金縛りにあったかのように身動きが取れなくなる。

 

「さあ、もう一度訊こうか」

 

 ゆっくりと瞳を細めたザエルアポロの微笑みはおぞましい狂気に満ちていた。

 

「君は一体何者だい?」

 

 *

 

「……ああ、すまない。すぐに解答を得ようと逸るのは科学者の悪い癖だ」

 

 返答に窮する沙羅をザエルアポロは上から眺め下ろすように笑って肩を竦めた。

 

「順を追って訊くことにするよ。まずは君の名前をお聞かせ願えるかな」

「……」

「おや。だんまりかい?」

 

 礼節に則るのであれば、せめて名乗りぐらいは上げてしかるべきだろう。

 けれど今は叛徒の汚名を省みず手を貸してくれているグリムジョーの立場もある。迂闊な言動は避けたほうがいい。

 

「そんなに警戒しなくても、何も取って喰おうなんて思っちゃいないよ。僕はそこの野蛮な戦闘狂とは違うからね」

「黙れっつってんだよ。てめえに用はねえ、さっさと道を開けて消え失せろ」

「ずいぶんな言いようじゃないか。どうして僕をそう毛嫌いするのかな。うちのクズ兄貴とはあんなに仲良くつるんでいるのに」

 

 わざとらしく額に手を当てて、ザエルアポロはグリムジョーの隣で顔をこわばらせたままの沙羅に目線を流した。

 

「彼には僕の兄が世話になっていてね。よくもまああんなカスの面倒を看られるものだと常々感心しているんだよ」

「兄……?」

「……奴はイールフォルトの弟だ」

 

 疑問を乗せた沙羅の眼差しにグリムジョーは正面から視線を外さずに答えた。

 記憶を辿って間もなく、つい先程出会ったグリムジョーの従属官のひとり──イールと呼ばれていた秀麗な顔立ちの金髪の青年が脳裏に浮かぶ。

 言われてみれば確かに顔の造形は似ているかもしれないが、受ける印象は大きく異なっていた。

 

「ああ、妬みで言っているわけじゃないから安心してくれ。馬鹿は馬鹿同士、弱い頭を揃えて慰め合ってる姿がお似合いだよ」

「俺はあいつに同情するけどな。てめえみてえなイカれた野郎が弟なんてとことんついてねえ」

 

 グリムジョーとザエルアポロの間に流れる空気がピリピリと重圧を増していく。彼らの会話を聴く限り決して兄弟仲が良いとは言えない間柄なのだろう。

 眉を潜める沙羅には気づいていないのか、あるいは気づかない振りをしているのか、ザエルアポロは何食わぬ顔でグリムジョーとの応酬を続けていた。

 

「──話が逸れたね。そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないかな? 死神が虚夜宮に紛れ込んでいる理由をさ」

「てめえに答える義理はねえ」

「君にはなくとも僕にはあるんだよ。外敵から虚夜宮を守るという義務がね」

「ほざけよ。てめえはただ研究の材料が欲しいだけだろ。生きた死神なんて虚圏中探し回っても手に入らねえからな。てめえなら喉から手が出るほど欲しがるだろうと思ったぜ」

「……へえ、意外だな」

「あァ?」

「認めたね。彼女が死神だって」

 

 グリムジョーの言葉尻を捉えたザエルアポロはわざとらしく片眉を上げてみせた。

 ニタリと歪められた口元には、求めていた答えを手に入れた愉悦が顕わに映し出されている。

 

 ──この人は危険だ。

 

 くつくつと笑みをもらすザエルアポロを前に、沙羅は本能的にその異質さを理解し始めていた。

 

 

「……黙って消える気はなさそうだな」

「そう思われていたのなら心外だな。僕はそこまで知識欲に欠けてはいないつもりだよ」

 

 敵意のこもったグリムジョーの眼差しを浴びて尚、ザエルアポロは余裕の表情を崩さない。

 

「極上の研究材料を前にしておめおめと逃げ帰るなんて科学者の恥さ」

 

 全身を無遠慮に這い回る視線に沙羅は身体が退けそうになるのをぐっとこらえた。頭のてっぺんから爪先までねっとりと舐め回すような、材料としての価値を値踏みしている桃色の瞳に怖気がする。

 

「てめえの無駄口に付き合ってる暇はねえんだよ。退く気がねえならぶちのめすまでだ」

「おっと。行動に移る前によく考えたほうがいいんじゃないか」

 

 大きく一歩踏み出したグリムジョーを牽制するようにザエルアポロは片手を挙げた。

 

「これだから力押ししか脳がない馬鹿は嫌なんだ。忘れたのか? 藍染様の命を受けてこの次元回廊を生み出したのは他でもないこの僕だぞ? 例えば今君がなんの疑いもなく立っている足場。それを空間ごと分断させて君を異次元に飛ばすくらい、僕にとっては造作もないことなんだよ」

「そう上手くいきゃあいいけどな。一瞬でも遅れりゃ飛ぶのはてめえだぜ?」

「……ふん。弱い犬ほどよく吠える」

「まったくだ。ちったぁ黙れよ、負け犬が」

 

 直線上に立つザエルアポロからは一mmも目を逸らさずにグリムジョーは皮肉を返す。

 自分よりも数字が低いとはいえ、手の内の読めないこの男相手では油断はできない。ましてや奴の言葉通り地の利は完全に向こうにある。

 

「……おい。おまえは邪魔だ。奴の目の届かねえ場所に──」

 

 焦燥を押し隠してグリムジョーは背後の沙羅を振り返った。と、まさにその瞬間、ふわりと揺れる薄茶色の髪が眼前を通過していった。

 

「──おい!?」

 

 驚くグリムジョーには見向きもせず、沙羅はそのまま数歩前に出る。

 そうしてグリムジョーとザエルアポロの間に立ったところで信じられない言葉を発した。

 

「グリムジョーは下がってて」

「な……ッ」

 

 斜め後方の位置からわずかに覗くのは凛とした横顔。瞠目するグリムジョーとは対照的に、その濃紫色の瞳はじっと前を見据えたまま揺らがない。

 

「へえ、君が相手をしてくれるのかい? いいね。願ったり叶ったりだよ」

 

 さも嬉しそうに言ってザエルアポロは再び眼鏡を押し上げた。

 

「安心していいよ、君を次元の狭間に飛ばしたりはしない。大事な研究対象だからね」

「そう。なら良かった」

 

 無感動に告げる沙羅にザエルアポロはますます愉しそうに眼鏡の奥の瞳を細める。誰の目にも明らかな、探究欲に駆られた科学者の顔だった。

 

「馬鹿が、なに思い上がってやがる。おまえがどうにかできる相手じゃねえんだよ!」

「グリムジョー……言ったでしょ? 私はここに闘いに来たわけじゃないって」

「おまえまだそんなぬりィこと──「だけど」

 

 息巻くグリムジョーを遮った沙羅はおもむろに左の腰へと手を伸ばした。

 

 キン……

 

 華奢な右手が力強く斬魄刀の柄を掴み、厳かな金属音とともに鍔を浮き上がらせる。息を呑んだグリムジョーに目線を向ける代わりに沙羅ははっきりと続けた。

 

「闘う覚悟は決めてきたから」

 

 すらりと引き抜いた夢幻桜花の刀身は、淡い薄桃色に染まっていた。

 

 

「ほう……実に美しい斬魄刀だ。そそるよ。ぜひともこの手で調べたい。死神の斬魄刀は一体どんな造りになっているのか」

 

 恍惚とした表情で沙羅の手元を見つめるザエルアポロは恐らくは気づいていないだろう。

 否、きっと他の誰も気づかないはずだ。彼女と本気で刃を交えたことのある者でなければ。

 ごくりと喉を大きく上下させてグリムジョーは目の前に映し出される光景を凝視した。

 

 視界の中央に浮かんでいるのは薄桃色の斬魄刀。

 グリムジョーは知っていた。瞳の奥に溶け込むようなあの柔らかな色彩が何を意味するのか。

 それは沙羅の斬魄刀『夢幻桜花』が解放状態にある何よりの証。

 

 グリムジョーは以前現世で沙羅と対峙した際にその解放の瞬間を目の当たりにしている。すなわち、沙羅が解号を唱えて斬魄刀を解放する様を。

 けれど、今。自宮で遭遇してからここまで、彼女は一度も解号を口にしてはいない。それどころか斬魄刀の名さえ呼ばすに──初見のザエルアポロに至ってはそれが平時の状態であると錯覚するほどごく自然に──その力を解放していた。

 つまりそれは。

 

「おまえ……」

 

 言葉を失っているグリムジョーに一瞬だけ目線を向けた沙羅は、すぐに前方へ向き直ってかすかな声で呟いた。

 

「……私が刀を振り上げたら、目を瞑って」

 

 ぐ、と斬魄刀を握る右手に力をこめて。

 

「声をかけるまで絶対に開けないでね」

「ま──ッ」

 

 異を唱える間もなく沙羅の姿は消えていた。

 

 キィィィン! 

 

 直後、甲高い金属音が鳴り響く。沙羅が横一閃に斬りつけた剣撃をザエルアポロは自らの剣を抜くことで受け止めていた。

 

「さあ……もっとよく見せてくれ。君のような高濃度の霊圧を持った死神を相手にするのは初めてなんだ。がっかりさせないでくれよ」

「お願い。そこを退いて」

「そんな願いが通るとでも? さっきも言ったろう。僕のプライドに賭けてそれはできない。未知の事象を前にしたときの科学者は貪欲なんだよ」

「どうしてそこまで──」

 

 眉根を寄せる沙羅にザエルアポロは喉の奥で笑う。

 

「決まっているじゃないか。科学者としての頂きへ登りつめるためだよ。あらゆる個体を分析しその生態理論を手中に収めることで、僕は破面も死神も超越した完璧な生命への進化論を構築する。これこそ究極の科学だと思わないか?」

 

 組み交わされたまま拮抗する二つの刀身がギチギチと摩擦音を上げている。

 

「生命の輪廻を掌握するという、先人の誰もが為し得なかった至上の命題をこの僕が完遂するんだ。そして僕は全ての生命の頂点に立つ」

「それがあなたの願いなの?」

「そうさ。おまえたちのような塵は皆じきに頭を地面にこすりつけてひれ伏すようになる! この僕の足元にな!」

 

 高笑いをこぼしたザエルアポロは力強く夢幻桜花を弾き返したが、沙羅は巧みに体勢を立て直して踏みとどまった。

 

「……私にだって……」

「何?」

 

 押し出すようにもらされた声に片眉を上げたザエルアポロを、濃紫の瞳が正面から射抜いた。

 そこに揺るぎない決意を灯して。

 

「譲れない願いなら、私にだってある!」

 

 刹那、ザエルアポロの瞳が大きく見開かれた。

 高く掲げられた沙羅の手の先で、鮮やかに色づく斬魄刀がより一層の輝きを放った気がした。

 

 *

 

 目を

 

 目を閉じなければ。

 

 大きく両腕を振りかぶった沙羅を見てグリムジョーは咄嗟にそう思った。けれど意識とは裏腹に、彼の蒼い双眸は吸い寄せられるように沙羅の斬魄刀を凝視していた。

 

 正直拍子抜けしたというのが本音だ。あれだけ神妙な面持ちで忠告するほどだからどんな大技を使うのかと思いきや、振り上げられた斬魄刀からは相手を滅ぼさんとする殺気や敵意は微塵も感じられない。

 斬り伏せることを目的としているのならその剣閃には多少なりとも殺気がこもるものだ。

 

 だがグリムジョーが目を離せない理由は他にあった。

 率直に言うならただ見惚れていたのだろう。まばゆくも優しい輝きを放つ斬魄刀の、どこか現実離れしたその美しさに。

 

 棒立ちするグリムジョーの瞳の先で沙羅は眼前の夢幻桜花に語りかけるようにすっと目を細め、そして呟いた。

 自身の斬魄刀を屈伏させた者だけが知り得るという、真の解放の言霊を。

 

 

卍解(ばんかい)

 

 

百年夢幻咲(ひゃくねんむげんざ)き」

 

 

 

 桜が舞う。

 上から下へ空を切った夢幻桜花の刀身から、鮮やかな桃色の花弁が何枚も何枚も。

 

 さながら吹雪の如く無数の花弁を散らすその様は、斬魄刀そのものがまるで一本の巨大な桜の木であるかのようで。

 

 圧巻だった。

 そのときのグリムジョーの頭にはもはや沙羅の忠告など欠片も残ってはいなかった。

 視界を埋め尽くす桜花の彩りに目を奪われていると、次第に意識が遠退いていった──

 

 

 *

 

「……」

 

 自分はいつの間に放心していたのだろうか。

 気づくとグリムジョーは辺り一面が濃霧に取り囲まれたような白い世界にひとり佇んでいた。

 おもむろに首を巡らすも、見える景色は変わらない。ただ白い空間が広がっているだけだ。

 

 漠然とした異和感に包まれながらもグリムジョーは不思議と得体の知れないこの場所を不快だとは思わなかった。むしろ居心地の良ささえ覚えていた。

 

(……どうなってやがる)

 

 意識は明確に冴えわたっている。状況を把握しようと乗り出したグリムジョーに呼応するように、白に染め上げられた視界が急速に色を取り戻していく。

 次いで聴覚も甦り、真っ先にグリムジョーの耳に届いたのは歓喜の悲鳴だった。

 

 ワ──……

 

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大歓声。

 けれどグリムジョーがそうしなかったのはそれらが全て自分に向けられたものであるからだ。

 虚夜宮で最も天に近い位置にある場所──玉座の前に、グリムジョーは立っていた。

 

 数多(あまた)の群衆が眼下を埋め尽くしている。彼らは鳴り止むことのない歓声を響かせながら、崇敬の眼差しでグリムジョーを見上げている。

 その中にはよく見知った十刃の面々を始め、市丸や東仙や、あの藍染の姿さえあった。

 

『我らが新たなる王に祝福を!』

『永久なる忠誠を!』

 

 誰もがグリムジョーを王と認め、ひれ伏し、陶酔する。

 その腰にはもう『6』の数字はない。彼は名実ともに虚圏の頂点に立っていた。

 

「いい眺めだな……」

 

 誰よりも高い場所からものを見るのはひどく気分が良かった。得も言われぬ高揚感に包まれながら、けれどグリムジョーの眉間に一筋の線が走る。

 

 欲しかったものは手に入れた。

 だが。

 

(足りねえ)

 

 漠然とした物足りなさが胸の内に広がっていた。

 虚夜宮の玉座を我が物とし、幾多の破面と虚がひしめくこの虚圏を己の支配下に収める。思い描いていた望みは全て叶えられたはずなのに。

 

(足りねえんだ)

 

(これだけじゃねえんだよ)

 

(俺が、望むもんは)

 

 

「グリムジョー」

 

 自問を続けていると唐突に背後から呼び声がかかり、グリムジョーはハッと振り返った。

 玉座の後方から五つの影が浮かび上がる。そのどれもが彼にとってはもう十分に慣れ親しんだ顔で。

 

「おまえら……」

「ついにやったな、グリムジョー。いや。我らの王と呼ぶべきか」

「グリムジョー陛下、ばんざーい! ってか? けどよぉ、グリムジョーってぜんっぜん王様って柄じゃね──ッてェ!」

「おまえはそういう間が読めないことを言うからいつも殴られるんだ」

「殴ってんのはおまえだろイール! 少しは手加減しろよ!」

「ディ・ロイが悪いな」

「ああ。ディ・ロイが悪い」

「なんで俺~~~ッ!?」

 

 いつも通りのやりとりを繰り広げる従属官たちを唖然と眺めるグリムジョーに、いち早く気づいたシャウロンが微笑を浮かべて歩み寄る。

 

「何を驚いている?」

「……シャウロン」

「おまえが覇道を突き進むのなら、その背中を守るのは我々の役目だ」

 

 言いながら片膝をつき、恭しく頭を垂れる。いつの間にか他の四人も同じように跪いていた。

 

「グリムジョー・ジャガージャック。我らの王よ。仮初めの支配者は消え、縛られた玉座は正当なる王を迎え入れるべく解き放たれた。この広大なる虚圏は全ておまえのものだ。我らはこの身命を賭しておまえとその玉座を護り、おまえとともに歩み続けよう」

 

 左胸に手を当てて誓いを捧げる五人は、顔を上げるとそれぞれに力強い笑みを浮かべてみせた。

 それを見たグリムジョーの瞳にもようやくいつもの覇気が戻る。

 

「……バーカ。おまえらに護られるほど落ちぶれちゃいねえよ」

 

(そうだ)

 

「おまえらはただ俺についてくりゃいい。そんで黙って俺を見てろ」

 

(これが)

 

 

「俺がこの世界の王だ」

 

 

(これが俺の、望んだ未来だ──)

 

 

 

「……ジョー……」

 

 

「グリムジョー!!」

 

 

 *

 

 自分でも従属官でもない、凛とした高い声に名を呼ばれて急速に意識が浮上した。

 

「大丈夫、グリムジョー?」

 

 天井から降る電光を遮ってこちらを覗き込んでいるのは、濃紫色の双眸を気遣わしげに細めた死神の女。

 グリムジョーの身体はつい先程まで立っていたはずの回廊に横たわっていた。

 

「……俺は……」

 

 背中にひやりとした大理石の冷たい感触を感じながらも、すぐには状況を呑み込むことができなかった。

 シャウロンら従属官の姿はどこにも見当たらないし、数多の群衆の歓声も聞こえない。

 視線を移ろわせるグリムジョーに沙羅は小さく安堵の息を漏らして、呆れ交じりに呟いた。

 

「だから目を開けないでって言ったのに」

「目……? ──っ、ザエルアポロは!!」

 

 その一言で目を見開いたグリムジョーはガバッと飛び起きた。一瞬にして空気をも震わせるほどの霊圧を纏う対応はさすが第6十刃といったところだが、彼はすぐにそれが意味をなさない行為だと悟った。

 恐らく少し前の自分も同じような醜態を晒していたのだろう。首を巡らせたその先には回廊に横たわるザエルアポロの姿があった。

 

「……寝てんのか?」

 

 表情を見れば霊圧を探らずともわかることだった。

 規則的に胸を上下させるザエルアポロは心地良さそうに深い眠りについている。

 

「見ての通り、ぐっすり。今頃科学者の頂点に立った夢でも見てるんじゃないかな」

「夢?」

「グリムジョーも見たでしょ?」

 

 どこか遠くを見るような眼差しで呟いた沙羅が振り返ったところで、グリムジョーはようやく先程までの出来事が夢だったのだと理解した。

 

「……これがおまえの卍解の能力か」

 

 いまだ脳裏にまとわりつく幻影を振り払うように首を振って、目線を上げる。沙羅は静かに頷いた。

 

「そう。心に秘めた願いを具現化させるの。あくまで夢の中で、だけどね」

「……」

 

 沙羅の声を聞きながらグリムジョーは今しがた見た光景を脳裏に甦らせていた。

 

 自分のために誂えられた玉座。崇拝の眼差しで見上げる群衆。

 傍らには最も信頼のおける仲間達がいて。

 

「願い、か……」

 

 疑うまでもない。

 あれが自分の『心に秘めた願い』だったのだろう。

 

 

 つかつかと音を立てて歩み寄っても、ザエルアポロは一向に目を覚ます気配がなかった。

 

「ざまあねえな」

 

 鼻で笑ったものの、つい先程まで自分も同じ状態だったことを思い出しグリムジョーは舌打ちする。

 その姿を傍観していた沙羅だったが、次いでグリムジョーが足を大きく振り上げたのを捉えて声を張り上げた。

 

「グリムジョー!」

 

 沙羅の声の反響と同時にけたたましい衝撃音が木霊する。

 上段から振り下ろされた右足が叩き割ったのは、ザエルアポロの頭蓋ではなく彼の腰に括られた斬魄刀だった。

 

「あ……」

「これでこいつは能力を失ったも同然だ」

 

 ただの金属片と化した刀身を持ち主の元へ蹴り捨てて、つまらなそうに踵を返す。顔を上げると身を乗り出した体勢のまま固まっている沙羅と視線が重なった。

 

「なんだよ」

「……ううん」

 

 首を左右に振りながらも釈然としない面持ちの沙羅に、グリムジョーは眉間に皺を寄せて吐き捨てる。

 

「どうせこいつを始末しようとすりゃおまえがまたガタガタ抜かすんだろ。面倒くせえ説教なんかいちいち聞きたかねえんだよ。大体こんな変態野郎には殺す価値もありゃしねえ」

 

 さも鬱陶しそうに語るグリムジョーだったが、対する沙羅の表情には安堵の色が広がった。

 

「そっか。……ありがとう」

「別におまえのためじゃねえよ! 気色悪りィ顔してんじゃねえ!」

「こういう顔なんです!」

 

 そう言い返しながらも顔が綻ぶのを止められない沙羅にグリムジョーは諦めたように嘆息する。が、すぐに何かに気づいたように目線を上げると霊圧を研ぎ澄まして辺りの様子を窺った。

 

「……クソが。変態野郎もただじゃ倒れねえか」

「え?」

「見ろ。空間が歪んでやがる。ザエルアポロの奴、おまえの卍解を喰らう直前に逃げ道でも開こうとしたんだろ」

 

 とん、とグリムジョーが虚空の一点を指先で弾くと、何も存在しなかったはずの空間はぐにゃりと歪んでその先に本来の虚夜宮の回廊を浮かび上がらせた。

 

 思いがけぬ強い霊圧に危機を察したのだろう。沙羅の卍解を目の当たりにしたザエルアポロは、完全に術中に落ちるまでの刹那の間にすかさず打開策を講じていたのだ。

 

「私の斬魄刀を見たがってたから、卍解の術中に捉えるのは難しくないと思ってたんだけど──さすがは十刃ね」

「感心してる場合かよ。これがどういうことかわかってんのか?」

 

 陽炎(かげろう)のようにゆらゆらと揺れる空間を親指で示してグリムジョーは眉を寄せる。

 

「さっきおまえが放った卍解の霊圧が虚夜宮中にだだもれだってことだよ。これじゃ居場所を特定されんのも時間の問題だ。ここを通る意味はねえ」

 

 絶好の抜け道と思われたこの次元回廊も、出入りする空間を固定されれば袋のネズミも同然だ。かえって危険が増すだけ。

 ならばこれ以上留まる理由はないと、グリムジョーは歪んだ空間に手をかざして元の虚夜宮の回廊への出口を切り開いた。

 

「呑気に構えてられんのはここまでだぜ。十刃の宮を離れたらあとは無法地帯だ。下級の破面どもがゴロゴロいるからな」

「わかった」

「ウルキオラの宮まではまだ距離がある。急ぐぞ」

 

 空間の亀裂から踏み出したグリムジョーに沙羅は一層引きしまった面持ちで頷き、その後を追った。

 

 焦がれる人への道のりは、まだ遠く。

 

 

 ***

 




《Ultimate Liberation…卍解》

 沙羅の卍解初披露。彼女自身の願いが反映された能力です。
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