伝えたいと思っていた言葉は、その形を大きく変えて喉の奥からこぼれ出した。
*
監獄を飛び出し、沙羅の霊圧を目指して一直線に飛行するウルキオラの耳に、鍛え上げられた刀特有の鋭い金属音が届いた。
目を凝らした先に映し出されたのはまさに捜し求めていた姿。複数の破面を相手取っている彼女の後方からは、更に数体の破面が牙を剥いて詰め寄せている。
咄嗟に掌に霊力を集めたウルキオラは、声帯ではなく霊圧で音を飛ばした。沙羅には届くという確信があった。
(──跳べ!!)
直後、沙羅が高く跳躍したのに合わせて、手の中に凝縮された虚閃を放出する。十刃の解放状態でのみ打つことができる
そうして沙羅が着地したのを見届けて息を吐いたのも束の間。安堵したことでタガが外れたのか、途端に感情が膨れ上がった。
「なぜここへ来た」
口をついて出た台詞は今の感情とは裏腹に冷たい響きを帯びたもので
「なぜこんな無謀な真似を……俺がこんなことを望むとでも思ったのか!」
決して無傷とは言えない出で立ちの沙羅を前に、堪えようのない憤りが湧き上がった。
手ひどい言葉を投げつけているとわかっている。不甲斐ない自分への苛立ちを当たり散らしているだけだ。
すると沙羅はキッと顔を上げてまっすぐにこちらを見つめた。ウルキオラの葛藤を射抜くような、澄んだ瞳で。
「逢いたかったから来た……それ以外に理由なんてない!」
ウルキオラが内心でくすぶらせていた想いをいともたやすく口にして、沙羅は強い眼差しを向ける。
それは言葉にしてしまえば至極単純なこと。逢いたかったから逢いに来た。それだけのこと。
けれどたったそれだけのことを行動に移すのに、ふたりの間にはいくつもの障壁がある。あるはずなのに。
どうして沙羅はそれを易々と乗り越えることができるのだろう。
どうして絶望せずにいられるのだろう。
どうしてそこまで、俺を──
「俺が……恐ろしくはないのか?」
口をついて出たのは臆病な問い。
「え……?」
困惑する沙羅を前に、渇いた唇を開く。
「俺はおまえを……殺そうとしたんだぞ」
吐き気がするほどに鮮明な記憶。懸命に自分を呼ぶ愛しい声も、肉を斬り裂く感触も、真新しい血の匂いも。脳裏にくっきりとこびりついて消えやしない。
だが沙羅の記憶にはそれ以上に深く刻み込まれているはずだ。自分を殺そうとした男を、それまでと変わらずに愛することなどできるのか。
問いかけておきながら答えを聞くのが恐ろしかった。
それで拒絶されてしまったら、俺はどうすればいい? どうすればおまえに赦される……?
「……ない」
震える声に目線を上げると、涙を溜めた濃紫色の瞳とぶつかった。
「ウルキオラに逢えなくなることのほうが、怖かった……っ!」
押し出すように告げられた言葉に息が止まった。
自分はなんて愚かなのだろう。沙羅が絶望せずにいられるのは、彼女の精神力が人並み外れて強いからではない。
諦めきれないからだ。
どんなに恐ろしくても、どんなに逃げ出したくても、内に秘めた願いを手放すことができないからだ。
愛する人とともにいたい。とても簡単でけれどこの上なく難しい、ただひとつの願いを。
とうとう目尻から涙を溢れさせた沙羅がこちらに向かって飛び出す。それよりも早く、ウルキオラは翼を一振りして沙羅までの距離を詰めていた。駆け出した勢いそのままの沙羅を、正面からしっかりと抱きとめる。
「すまない……」
多くの意味を籠めた謝罪だった。
無言でぶんぶんと首を横に振る沙羅を、更に強く抱き締める。
「俺も……逢いたかった」
例えそれで沙羅をより深く傷つけることになったとしても
この想いは止められない。
「逢いたかった…………沙羅……っ!」
腕の中にある温もりが、今の自分にとって何よりも重要なものだ。
俺はもう、この温もりを手放したくない。
沙羅を失いたくない。
背から伸びる巨大な翼で、ウルキオラは沙羅を覆い隠すように包み込んだ。
もう誰の目にも触れさせない。言外にそう告げながら。
*
「ずっと怖かった」
束の間の抱擁の後、ぽつりと呟いた沙羅の顔を腕の力を緩めて覗き込む。
「でも、もう怖くない」
こちらを見上げた双眸は、恐怖でもなく絶望でもなく、ただ希望だけを湛えていた。
「ウルキオラがいるから」
眩しさすら覚えるその瞳に吸い込まれるように顔を寄せる。沙羅が瞼を伏せたのと同時にそっと唇を重ね合わせた。
長いようで短い口付けを交わしてから、ウルキオラは固い面持ちを浮かべて上方を仰いだ。
「……ここでは追手に見つかるな。場所を変えるぞ」
「うん──わっ!?」
頷きとともに瞬歩の体勢に入った沙羅を横抱きにして、翼を大きく開く。一瞬にして上空まで飛び立つとそのまま天蓋を突き破り高く舞い上がった。
偽りの太陽に照らされた地上とは対照的に、天蓋の外は闇と静寂に包まれている。しばらく飛行を続けて高台の上までやってくると、ウルキオラは音もなく着地して沙羅を下ろした。
「ここなら藍染様の目も届かない。時間稼ぎにはなるだろう」
辺りに霊圧がないことを確認して呟く。その横顔を見つめていた沙羅はふっと表情を和らげた。
「どうした?」
「ううん。……本当にウルキオラなんだなって」
藍染に記憶を奪われ、ふたりの心が引き裂かれたあの日がずいぶんと昔のことのように感じられた。
もう一度ウルキオラに逢うために決死の覚悟で虚圏まで乗り込んできたものの、いざ目の前にすると信じられなくて。その存在を確かめるように、以前よりもずっと濃くなった
「これがウルキオラの
「……ああ」
沙羅の手が優しく頬をなぞるのを感じながらウルキオラは伏し目がちに頷く。
巨大な漆黒の翼に、頭部全体を覆う完全なる仮面。長く伸びた髪も、形状を変えた白い装束も全て、ウルキオラの帰刃形態を表している。
「おまえにこんな姿を見せたくはなかった」
「どうして?」
「この姿は俺の中にいる虚の象徴だ。……これが俺の、本当の姿」
「どれが本当なんてないよ。全部ウルキオラじゃない」
軽やかに言ってのけると、こちらをまじまじと見つめたウルキオラに無言で抱き寄せられた。耳元で微かに微笑んだ気配が伝わる。
「……そうだな。そんなおまえだから、俺もこの姿を受け入れられた。──あいつのことも」
それが誰を指しているのかを問う必要はなかった。
「紫苑は……?」
「俺の中にいる。いや、俺自身が紫苑と言うべきか」
沙羅を腕の中に閉じ込めたまま、ウルキオラは空に浮かぶ月を見上げる。
細く、けれどくっきりと浮かび上がる三日月はふたりの頭上で静かな光を放っていた。
「俺は今まで心のどこかであいつのことを妬んでいた。血も魂も求めないただの人間。自分とは全く別の存在だと思っていた」
掌に視線を落とし、ぐ、と拳を作る。
「受け入れてみれば、なんてことはない。あいつは俺自身だったんだ。俺の中の人間の部分。それがあいつそのものだった」
自分で自分を羨む。こんな馬鹿げた話はない。まして実体すら持たない過去の自分を。
一度伏せた瞼を押し上げたウルキオラは、沙羅の背を抱いていた手を両肩に回してまっすぐに向き合った。
「沙羅。俺はもう虚の本能に流されはしない。二度とおまえを傷つけない」
翡翠の双眸にかつての揺らぎはない。
自身の弱さも、内に潜む獣への恐怖も。全てを認めた上でウルキオラは紫苑を受け入れた。その上にこそ成り立つ己の存在を受け入れた。
ただひとり、愛する人を護りたいがために。
「だから……
俺の傍にいてくれ」
一体どれほどの想いが、覚悟が、その言葉に秘められているのだろう。
月明かりが照らし出すその姿は、鋭い角と巨大な翼を携えた異形の者。それでもその心にはかすかな淀みすらないことを沙羅は知っている。
「……おかえり」
透き通った翡翠の瞳を見つめ返したままこくんと頷いた沙羅は、そう口にして笑った。
やっと。やっと帰ってきた。
私の一番大切な人。
「もうどこにも行かないでね」
待ち侘びた瞬間に胸を震わせて、自分からウルキオラの背に腕を回す。
──ただいま、沙羅。
瞼を閉じるその間際、どこからか紫苑がそう呟いたような気がした。
*
暫しの後、抱擁を解いたウルキオラはおもむろに沙羅の前髪をかき分けると軽く額に口付けた。不思議そうに見上げる沙羅とは目を合わせずに、ぼそりと声を漏らす。
「あいつに触れられただろう」
「あいつ?」
首を捻る沙羅にウルキオラは不機嫌そうに眉根を寄せる。
「知らないとでも思ったか。あいつは俺の一部だぞ」
「……まさかとは思うけど、紫苑のこと言ってるの?」
「他に誰がいる」
即答するウルキオラとは対照的に沙羅は返答に詰まった。それは罰が悪いとかそういうことではなく、ただただ呆気に取られて。
「だって、紫苑だよ?」
「あいつはあいつだろう」
「さっき俺自身だって言ったじゃない」
「それとこれとは別だ」
そういえば夢幻桜花の幻の中で逢った紫苑もそっくり同じことを言っていたのを思い出す。
元を辿れば同一の存在だと互いに理解しているにも関わらずこのふたりときたら。変なところで幼くなるのは今も昔も変わらないということなのだろう。
「……っ」
「何を笑っている。大体おまえには危機感がなさすぎるんだ、だからすぐにつけ込まれる。おまえのそういう無防備さが結果的に他の男の接触を許すことに──」
「だから他の男じゃないってば!」
額への口付けを受け入れたのは紫苑だったから。あれが他の男性相手ならいくら沙羅とて拒絶するというもの。
憤慨して言い返すと、ウルキオラはまだ言い足りない様子ながらもそれ以上の追及を飲み込んだ。すっと瞳を細めて懐かしむように沙羅を見据える。
「……あの頃もこんな風によくおまえを怒らせていたな」
「え?」
「あいつを受け入れたことで、人間の頃の記憶も明確になったらしい」
驚いた面持ちの沙羅にそう告げる。
最初に百年前の記憶を取り戻したとき、ウルキオラは確かに自分が桐宮紫苑という人間であったことを思い出したが、甦った記憶はごく一部でしかなかった。それは彼が虚と化して多くの魂魄を取り込んだことによる影響なのか、それとももう二度と戻ることのできない満ち足りた日々の記憶を、知らず知らずのうちに鎖していたのか。
その後沙羅と記憶を重ね合わせることによってある程度は思い出したものの、細かな出来事に至っては曖昧な部分が多かったのだ。
「全部思い出したの?」
「ああ」
ウルキオラが頷くと沙羅の顔はみるみる喜びに染まった。
「本当? おじいさんの店に行ったときのこととか、第三部隊のみんなのことも?」
「あのじいさんにはずいぶん世話になったな。余計な世話のほうが多かった気もするが。部隊の連中は気のいい奴らばかりだった。……工藤にはよく絡まれたな」
「そうだね。……ふふ、懐かしいね」
「そういえば部隊ごとの身体測定では俺に測られるのを頑なに拒んでいたな」
「それは……拒むに決まってるでしょ」
「とりたてて恥じるような体格でもなかったと思うが? 確かあのときは──」
「そんなことまで思い出さなくていいっ!」
途端に肩を怒らせた沙羅に笑みを返してウルキオラは瞼を伏せた。
これまではもやがかったように判然としなかった思い出の数々が、今ははっきりと甦る。自分が桐宮紫苑として生きていた頃の全てが。
「じゃあ──」
横からかかった声に目を開けると、沙羅が真剣みを帯びた瞳でこちらを見ていた。
「最後の夜に言おうとしたことは?」
「……それは」
刹那、返答に詰まる。
『その後少し時間を空けておけ。話がある』
人間の頃のふたりが過ごした最後の夜、別れ際に紫苑が言いかけた言葉。本当ならその翌日には沙羅当人へ伝えられたはずの。
しかし思いがけぬ別れによって、それは紫苑の胸の内に閉じ込められてしまった。
夢幻桜花の卍解が生み出した夢の中で再会したときも、沙羅は同じ質問を投げかけ、それに対し紫苑は「あいつの口から聞いてやれ」と告げた。実体を持たない自分では、言ったところで反故にすることになってしまうからと。
ならば自分の発言にしっかりと責任を持てるようになってから言いたい。そう思ったのだ。
言葉を探して彷徨っていたウルキオラの目線が、ふと沙羅の首元で留まる。
銀色のチェーンの先で翡翠の輝きを放つそれは、沙羅とともに人間の姿を装って現世で過ごしたあの日、彼女へ贈ったもの。ショーウィンドウのディスプレイに釘付けになっている沙羅を見て、きっと喜ぶに違いないと密かに入手したのだ。
本当は百年前に贈るつもりだった。心に決めた覚悟とともに。けれどいまだその覚悟だけが胸の奥に留まっている。
口にしていいのだろうか?
今の自分が。
暫しの逡巡を経てウルキオラが出した答えは『否』だった。
「言うべきときがきたら言う」
勿体ぶった言い方をされても沙羅が落胆することはなかった。まっすぐに注がれるウルキオラの眼差しには、決して揺るがない強固な意志が宿っていたから。
必ず伝える。そう語るように。
「それまで待っていろ」
ネックレスのまばゆさにも劣らない翡翠の輝きを放つウルキオラに、沙羅は微笑みながら頷いた。
*
「まずはここからどうするかだな」
高台の先に立ったウルキオラは目を細めて下方を見下ろした。
天蓋の上空に位置するこの場所までは
周囲で霊圧が捕捉できないとなれば、居場所を特定されるのも時間の問題だろう。逃亡を図るのなら一刻も早く虚夜宮から遠ざかるべきだ。
「おまえはどうしたい?」
しかしウルキオラは焦燥する様子もなく沙羅を振り返った。既に沙羅の考えを見抜いていたのかもしれない。
「私……虚圏に入るときは、ウルキオラを救い出せればそれでいいって思ってた」
問いかけに促され沙羅は静かに口を開く。
「ウルキオラが正気に戻ったらそのままどこか遠くへ逃げて、誰の目にも触れないようにふたりでひっそり生きていけばいいって」
自分がそう願えば、ウルキオラはきっと応えてくれるだろう。
誰にも介入されず、立場に捉われることのないふたりだけの生活。そんな日々を送れたらどんなにいいか。
……例えそれで尸魂界の仲間との関係を断ち切ることになったとしても。
様々な感情が入り交じった面持ちで語る沙羅を、ウルキオラは黙って見つめていた。それはとても優しい瞳で、沙羅は導かれるように言葉を紡ぐ。
「でも、ここへ来てわかったの。十刃や他の破面だって、好きで藍染隊長に従ってるわけじゃない。あの人の力が怖くて抵抗できないだけ。ウルキオラ以外にも死神との闘いを望んでいない破面は大勢いるはずよ」
「……そうかもしれないな」
「本当はこの支配から逃れたいと思ってる。現に、死神である私に力を貸してくれる人だって──」
そう言いかけた沙羅にウルキオラはああ、と思い当たった。
「グリムジョーか」
「うん」
「よくあいつが手を貸したな。おまえがグリムジョーとともにいるのを見たときは目を疑ったぞ」
主に呼び出された玉座の間で、崩玉が映し出して見せたふたりの姿。あのときウルキオラはまだ藍染の術中に捉えられていたが、それでもその映像には動揺を隠せなかった。
元より気性の荒いグリムジョーには協調性に欠ける部分が多々あり、十刃を束ねる役割を任されることの多かったウルキオラとは度々衝突していた。調和よりも破壊を好むあの男が、死神に協力するなどありえないと。
「私も最初は驚いた。でもグリムジョーは口は悪いけど、根は悪い人じゃないよ」
「よくそんなことが言えるな。前に一度殺されかけているのを忘れたのか?」
「忘れてないけど……グリムジョーが従属官の人たちと話してるのを見て、私たちと何も変わらないんだなって思ったの。笑ったり、ふざけたり、そんな日常が破面にもあって当然なのに、考えもしなかった。今まではどこか違う目で見てたのかもしれない」
──破面と死神が和解なんてできるわけねえだろ!
そう言い放ったのはかつて対峙したときのグリムジョー。
それに対し沙羅は「試してもいないうちから決めつけないで」と反論したものの、果たしてあのとき自分は何の偏見も持たずに彼と向き合えていただろうか。
「おかしいよね。ウルキオラと出逢って、破面にも死神にも同じ心が宿ってるんだってわかったはずなのに、他の破面のことは信用できないなんて。それじゃ和解なんてできるはずない。だからグリムジョーを信じてみたいと思ったの。過去の因縁にこだわって憎むよりも、まずは理解することから始めようって」
まっすぐに語る沙羅をウルキオラは眩しそうに見つめていた。
どれだけ打ちのめされても、傷つけられても、決して逃げない。立ち止まらない。
歯を食いしばって、臆する心を叱咤して、前へ進もうとする。
そんな彼女の強さの源は一体どこにあるのだろう。
「グリムジョーは藍染隊長のことが気に入らないって言ってた。俺たちは操り人形じゃないって。だからウルキオラが藍染隊長に操られたのも許せなかったみたい」
「……だろうな」
元々主に対する忠誠心の欠片もない男だ。藍染の一方的な支配に反感を抱くのも頷ける。
「そういえば、ウルキオラは俺に借りがあることを忘れてるって怒ってたよ?」
そう言われて数刻前グリムジョーと交わした会話を思い出した。沙羅が虚圏に現れる前、天蓋の外の岩場でもの思いに耽っていたときの話。
『最近やけに大人しくしてるみてえだから心配してやってんじゃねえか。死神のお姫様にはフラれたのか?』
『んな猿芝居しなくても誰にも言っちゃいねえよ。こんな面白い話、誰かに聞かせるには勿体ねえからな』
現世での一件で、グリムジョーはウルキオラと沙羅との間になんらかの繋がりがあることを知っている。しかし彼がそれを誰かに漏らすことはなかった。その気になればウルキオラを第4十刃の地位から陥落させることも十分に可能であったろうに。
グリムジョーにしてみればウルキオラの弱味を握ったとでも思っていたのかもしれない。それを当の本人に綺麗さっぱり忘れ去られてしまってはさぞ面白くなかっただろう。
しかし藍染の意のままに動くのが
「……今度の借りは忘れようがないな」
自嘲気味に呟いてウルキオラは薄く笑った。
「それで、奴はどうした? 途中まで一緒にいたんだろう?」
「うん。ずっと案内してくれた。でも第4の宮に入る直前に
「ノイトラか……」
「それでグリムジョーはその場に残って、私を先に行かせてくれたの」
ぎゅ、と握り拳を作って沙羅が顔を上げる。
「私ひとりじゃここまで辿り着けなかった。グリムジョーが力を貸してくれなかったらとっくに殺されてたかもしれない。グリムジョーだけじゃない。グリムジョーの従属官の人たちや、それに──乱菊やルキアたちだって」
「おまえの仲間も虚圏に来ているのか?」
「うん……無断で飛び出した私を追いかけてきてくれた。こんな身勝手な行動、副隊長として許されないことなのに。それでもみんなは私を信じて今も闘ってくれてる」
左肩に固く括りつけられた副官証。一度は自ら手放して、けれど再び戻ってきた。
それは沙羅と仲間とを繋ぐ絆だ。危険を顧みず追ってきてくれた乱菊やルキアたち、そして尸魂界で沙羅の帰りを待つ浮竹や十三番隊の仲間たちとの。
「だから、私だけ逃げるわけにはいかない」
強い意思を籠めた瞳はやはり前だけを向いていた。
「強いな、おまえは」
思わずそう呟くと沙羅は照れたように笑った。
「ウルキオラがいるからだよ。ひとりのときは弱音ばっかり吐いてた。ウルキオラが傍にいてくれるから、私は強くなれるの」
その言葉にああ、そうかと納得する。
同じだ、俺と。
ともに歩みたい、護りたいと願う人がいるからこそ、強くなれる。
俺の心の源が沙羅であるように、沙羅の強さの源はこの俺だ。
ならば今度こそ、俺が沙羅を護らなければ。二度と彼女を傷つけることのないように。
静かに息を吸い込むと、ウルキオラは翼を大きく広げた。
「じゃあまずはおまえの仲間の元へ行くか」
「待って」
制止の声を上げた沙羅を振り返る。
「みんなのことは気になるけど、私たちが戻っても解決にはならない。襲ってくる破面を倒したところでこの闘いが終わるわけじゃないでしょう?」
この発言はウルキオラにとっては意外なものだった。何よりもまず人を思い遣る沙羅のことだから、一も二もなく仲間を助けに戻るだろうと踏んでいたのだが。
「死神だから闘う、破面だから闘う、そんなの理由になってないよ。もうこんな意味のない闘いは終わらせたいの。みんなのところへ戻るのは、それが済んでから」
つまりはそれだけ信頼しているということなのだろう。自らの仲間を。
そして自分は仲間に背中を預けたまま前に踏み出そうとしている。
全ての根源を断つために。
「藍染惣右介を──止める」
***
《Defend You…護りたいひと》
護るべき存在があるからこそ、人は強くなれる。