Dear…【完結】   作:水音.

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第51話 Joker ―切り札―

 対峙するスタークから戦意が失われたのを見て取って、ウルキオラは無言で踏み出した。それに伴い沙羅もリリネットの横を通り抜ける。

 

「本当に行くの?」

 

 追いすがるように背中からかけられた言葉には先程までの刺々しさはなかった。

 

「あんたなんかが藍染様のところに行ったって返り討ちに遭うのがオチなのに」

「心配してくれてるの? ありがとう」

「別に心配なんて……! わざわざ死にに行くなんてバッカじゃないのって言ってるだけ!」

 

 ムキになるリリネットに沙羅は小さく肩をすくめる。

 

「死ぬつもりなんてないよ。私もあなたと同じ。ただ仲間を護りたいだけ」

「それが無理なんだってば! 自分に従わない奴を藍染様が生かしておくわけないじゃん。殺されるに決まってる!」

「……殺されるのが怖いから、従うしかない?」

 

 ふっと沙羅の顔から笑みが消えた。

 

「そう思って闘いを続けている破面が、一体どれだけいるんだろうね」

 

 陰りを帯びた瞳で虚空を見上げる。

 愛する者のためでもなく、己の誇りのためでもなく、ただ恐怖に駆られて剣を握る。そこに流れる血にどんな意味があるというのか。

 

「きっとみんな気づいてる。闘っても何も変わらないって。このまま放って逃げるわけにはいかない」

「だからって勝ち目のねえ闘いを挑むのか?」

 

 張り詰めた表情で呟く沙羅にスタークは冷ややかな視線を向けた。

 

「あんたの言ってることは理想論だ。話し合いでの解決なんて藍染様が応じるはずがねえ。いや、仮に応じたとしてもだ。口車に乗せられてうまいこと言いくるめられて、最後は鏡花水月の餌食になって終わりだ」

 

 第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)として傍で仕えてきたからこそ、藍染惣右介という男がいかに無慈悲であるかを知っている。それでも自分が今ここにいられるのは彼のおかげなのだと言い聞かせ、その恩を返せるならばと理不尽な命令にも異を唱えることなく従ってきたが──

 一度は仲間と認めたウルキオラが、殺されるとわかっていながら反旗を翻すのをむざむざと見過ごすのも気分が悪い。そしてそのウルキオラを取り戻すためにたったひとりで虚圏へ乗り込んできた死神の娘が、藍染の手に堕ちて籠絡されるのも。

 

「悪いことは言わねえから早くここから離れろよ。この先に進んでもあんたらに未来はねえ。どうぞ殺して下さいって首差し出すようなもんだ」

 

 どうにかしてこのふたりの意思を変えることができれば。少なくとも今は無駄死にさせずに済むのに。

 

「──そうとも限らないぜ」

 

 突然割って入った声に誰もが意表を突かれた。

 

「……グリムジョー!?」

 

 振り返り、真っ先に声を上げたのは沙羅。

 帰刃(レスレクシオン)したであろうその姿は鋭い牙と爪を携えた獣人へと変貌し、霊圧濃度も数倍膨れ上がっている。獲物を仕留めることに特化した無駄のない肢体はまるで荒野を駆ける豹のようだった。

 が、そんなグリムジョーに対し沙羅はわずかな逡巡も見せずに駆け寄る。

 

「無事で良かった! 怪我はない? 他のみんなは?」

「ああ……あいつらにはここに来る途中で雑魚の足止めを任せてきた。いちいち相手すんのも面倒だからな」

 

 心配そうに覗き込んでくる沙羅に面食らいながら答えるグリムジョー。この姿を見て怯えるどころか身を案じてくるとは、相変わらず調子の狂う女だ。

 

「そっか、良かった」

「つーか余計な心配してんじゃねえよ。俺があんな口先だけのカマキリ野郎にやられるわけねえだろ」

「……殺したの?」

 

 顔をこわばらせる沙羅にグリムジョーは鼻で笑った。

 

「あの腰抜けにはトドメを刺すほどの価値もねえよ。藍染の声を聞いただけで縮み上がってんだからな」

 

 そこまで言ってからグリムジョーは目線を横にずらす。沙羅の隣に立つ、巨大な翼を生やしたウルキオラへ向けて。

 

「よォ。ずいぶんと派手な格好してんじゃねえか」

「おまえもな」

「第4以上の十刃は天蓋の下で解放すんなって言われてたんじゃねえのか? てめえが藍染の言いつけを破るなんてどういう風の吹き回しだよ」

 

 嫌味をふんだんに含んだ物言いで詰め寄られるも、ウルキオラは別段取り乱す様子もなく淡々と会話を続ける。

 

「沙羅が世話になったらしいな。礼を言う」

「俺は俺の目的のために動いたまでだ。てめえに礼を言われる筋合いはねえ」

「だとしても沙羅が救われたことに変わりはない。……おまえには以前の借りもあるしな」

「やっと思い出したのか。だったらちまちま礼なんて言ってねえで土下座でもしたらどうだ? そうすりゃ今までの貸しもチャラにしてやるよ」

 

 グリムジョーが顎を上げて見下ろせばウルキオラはふっと短く息を吐き出した。

 

「感謝はしているがそこまでする義理はない」

「んだと?」

「おまえは自分のために動いただけなんだろう?」

 

 挑発的な翡翠の双眸がグリムジョーを捉える。それを睨み返しながらグリムジョーはこの目を見るのはずいぶん久しぶりだなと感じていた。

 現世で草薙沙羅を庇い自分の前に立ちはだかったときの、決して揺るがぬ強い意志を灯した瞳。

 

「ハッ……相変わらずむかつく野郎だな」

「おまえには遠く及ばない」

「そうかよ」

 

 互いに罵り合うこの嫌悪感すらも懐かしい。

 奇妙な感覚にグリムジョーはひっそりと口の端を持ち上げた。

 

 一方、ウルキオラとグリムジョーのやりとりをスタークは呆気に取られて見つめていた。

 

「おい……どういうことだ? まさかグリムジョーまで寝返ったってのか?」

 

 これまでの会話の流れ、そして草薙沙羅の反応からして間違いないだろう。だがどうにも信じがたい。

 ウルキオラとグリムジョー。十刃の中でも特に犬猿の仲だったふたりだ。彼らが手を組むなど絶対にありえない話、なのに。

 

「嘘でしょ……なんでグリムジョーまで!?」

「てめえに呼び捨てにされる覚えはねえよクソガキ。勘違いすんな、俺は藍染が気に入らねえだけだ」

 

 甲高い声を上げるリリネットに何食わぬ顔で吐き捨てるグリムジョー。

 確かに彼は藍染や東仙に対しても度々反抗的な態度を取っていたし、お世辞にも忠誠心が高いとは言えなかった。それに、ひとりの死神が侵入しただけにしては騒ぎがあまりにも広がり過ぎている。実際スタークもここへ来る途中で何度か破面同士が衝突している場面を見かけた。

 ひょっとするとこの機に乗じてグリムジョーのように藍染に反旗を翻す輩が出てきているのだろうか。

 

「何が十刃だ。数字を与えていい気にさせて、結局てめえの操り人形にしてるだけじゃねえか。これ以上おもちゃにされてたまるかよ」

 

 そう語るグリムジョーの横顔にはくっきりと憎悪が浮かんでいた。

 

 これこそが力による支配の限界なのかもしれない。

 どれほど圧倒的な力を以て屈伏させたとしても、心までは操れない。いや、通常の破面相手ならそれも有効だろう。

 しかし屈強な精神力と自我を合わせ持つ破面に対しての強引な支配は反感を招くだけだ。

 それすらもねじ伏せる絶対的な統治力が藍染には備わっていたが──

 

 ひとりの死神が乗り込んできたことによって、そのバランスは大きく崩れかけているのかもしれない。もはやウルキオラと草薙沙羅を逃がして済む話ではない。

 事の重大さを突き付けられたスタークはごくりと喉を鳴らした。

 

「それで、先程の台詞はどういう意味だ」

「あ?」

「そうとも限らないと言っていただろう」

 

 狼狽するスタークとは対照的にウルキオラは顔色ひとつ変えずに問いかけた。

 この先に進んでも未来はない。そう告げたスタークの言葉を否定したグリムジョーに。

 

「ああ。まだ確証はねえけどな」

 

 頷いたグリムジョーは視線を沙羅へと向ける。

 

「俺の仮説が正しけりゃ──おまえは藍染を倒す鍵になる」

「私?」

 

 戸惑いを浮かべる沙羅にグリムジョーは真顔で詰め寄った。

 

「おまえ、鏡花水月の始解を見たことはあるか?」

「え……」

 

 沙羅の表情が驚きに染まる。

 

「見てるに決まってんじゃん! こいつ副隊長なんでしょ? 藍染様は護廷十三隊の全ての隊長格に完全催眠をかけたって言ってたんだから」

「……ない」

「ほら、ないって──はぁっ!? なんで!?」

 

 これでもかと目を見開いているリリネットに首を振って、グリムジョーを見上げる。

 

「藍染隊長が全副隊長を集めて鏡花水月の解放を見せたとき、私はまだ七席だった。儀式には招集されなかった」

「……やっぱりそうか」

「鏡花水月を見てない……つまりこの子は完全催眠にかかってないってことか?」

「そういうことだ」

 

 スタークとグリムジョーが話すのをウルキオラは黙って聞いていた。

 沙羅が鏡花水月の術中に捉えられていないことはウルキオラとて知っていた。

 沙羅が副隊長に昇格したのはウルキオラと出逢ってから。つまり藍染が尸魂界を出奔してからだ。上位席官ならともかく、当時七席であった沙羅まで藍染が警戒していたとは思えない。

 だからこそ沙羅を彼の元に連れていくわけにはいかなかった。直接相対してしまえば、藍染はほんの一瞬の隙を突くだけで完全催眠下に絡め取ることができるのだから。

 

「けどよ、だからってこのお嬢さんが藍染様に太刀打ちできるとは──」

「こいつが完全催眠にかかってねえ。それがひとつ目の条件だ」

 

 スタークを遮って人差し指を立てたグリムジョーは、次いで中指を持ち上げながらこう続けた。

 

「ふたつ目は、こいつの卍解」

「卍解?」

 

 ぴくりとウルキオラのこめかみが動く。

 

「そうだ。こいつの卍解には、恐らく鏡花水月の催眠を解除する力がある」

「……なんだと?」

「俺は一度こいつの卍解を喰らった。そのあと天挺空羅とかいう術で藍染に脅しをかけられたが、前みてえな底のない恐怖は感じなかった。……それまでは俺も奴の手の上だったってことだけどな。それだけじゃねえ。鏡花水月で操られて藍染になり済ました雑魚が出てきたときも、そいつが偽物だと見抜けたのは俺だけだった」

 

 グリムジョーの証言にはウルキオラのみならず沙羅当人も驚いていた。

 無意識にウルキオラを見上げる。すると彼も窺うようにこちらに目を向けていた。

 

「本当にそんな能力があるのか?」

「わからない……まだ習得したばかりだし、卍解を完全には使いこなせてないから。待って、訊いてみる。──夢幻桜花」

 

 呼びかけると同時に沙羅の目の前に桜色の光が舞い降りた。長い絹糸のような髪に白く透き通る肌。具現化した夢幻桜花の姿だ。

 

「教えて。夢幻桜花の卍解にはそんな力があるの?」

『私にも確かなことはわかりません。私の能力は卍解に触れた者を夢の世界へ(いざな)うこと。その者の内に秘めた望みが大きければ大きいほど、夢への執着も強くなる。恐らく彼は夢に惹かれるがあまり、私の世界に自ら溶け込み心を明け渡した。それ故藍染惣右介の完全催眠からも解放されたのでしょう』

「つまり……グリムジョー自身が夢の中にいたいと願ったから?」

『ええ。それもとても強く』

 

 夢幻桜花が頷いたのを見て沙羅は顎に手を当てて考え込む。

 

「それは他の人にも通用するのかな。完全催眠から逃れたいと願えばそれが叶うの?」

『私の能力で直接催眠を解除することはできません。前にも言ったように夢は夢でしかないのです。あらゆる願いが実現する夢の世界で、完全催眠を振り払うほどの強い意思を保てるかどうかは本人次第です』

「……なるほどな。全ては想いの強さにかかっているということか」

「そうみたい……って、ええっ!? なんでウルキオラまで会話に加わってるの!? 夢幻桜花が見えるの!?」

 

 ごく自然にウルキオラに相槌を打ってから、沙羅は素っ頓狂な声を上げた。

 斬魄刀の本体を視認できるのはその持ち主のみ。だがウルキオラの目は確かに夢幻桜花を見据えている。

 まさかと思い首を巡らせたが、グリムジョーもスタークもリリネットも一体何の話だと言いたげに怪訝な顔をしていた。夢幻桜花の姿を捉えているのはウルキオラだけのようだ。

 

『……どうやらそのようですね。私も驚きました』

「沙羅が名を呼んでからはっきりと見えた。目にするのは初めてだが、不思議とそんな気がしないな」

『私は百年前からずっとあなたを見ていましたよ。桐宮紫苑』

 

 夢幻桜花の呼びかけにウルキオラはわずかに口元を綻ばせた。

 

「今までよく沙羅を護ってくれた……本当に感謝している」

『礼には及びません。それこそが私の使命ですから。私こそあなたに感謝しなければなりません。あなたがいなければ私はこうして沙羅を護るどころか、ここに存在することさえなかった』

 

 柔らかな表情で語り合うふたりを沙羅は交互に見つめた。

 百年前からずっと想い焦がれている恋人と、百年間ずっと自分を護り続けてくれた愛刀と。そのふたりがまさかこんな風に直接言葉を交わせる日がくるなんて。

 

「でもなんで急に見えるようになったの? もしかして、紫苑のことを受け入れたから?」

「……そうかもしれないな」

『彼は私の創造主でもあります。そう考えれば私の姿が見えたとしても不思議はありません』

 

 百年前、沙羅を護りたいという紫苑の強い想いを、刀鍛冶の老人が丹精に打ち込んだことによって生まれた夢幻桜花。彼女は沙羅が命を落とす最期の瞬間まで共に闘い続け、死して尚斬魄刀として沙羅の傍らに寄り添いその心身を護ってきた。

 そして今、ウルキオラが自分自身と向き合い紫苑の存在を認めたことにより、こうしてふたりは対話できている。

 なんと数奇な巡り合わせだろう。

 

 感慨にふけりそうになるのをウルキオラは瞼を伏せて自制した。今は為すべきことがある。昔話に花を咲かせている場合ではない。

 

「ひとつ確認しておきたい。想いの強さに応じて卍解の効果が変わるのなら、霊圧の優劣は関係ないのか?」

『その通りです。霊力で圧倒していたからといって私の卍解が通用するとは限りません。願いも野望もない者が相手では卍解したところで意味を為さないでしょう』

「ならばその逆も成り立つんだな?」

 

 すっと目を細めてウルキオラは核心に触れる。

 

「それが事実なら、自分より霊力が高い者が相手でも強い欲望さえ抱いていれば卍解が通用するということになる」

「じゃあ……藍染隊長にも効くかもしれないってこと?」

『理論上はそうなりますね。ですがそう断定するのは早計です』

 

 逸る沙羅を夢幻桜花は含みのある物言いで牽制した。

 

『欲望など誰にでもあるものです。命運を分けるのはその欲望が実現したとき、状況に甘んじて夢に溺れるか、己を見失わずに意志を貫くか──』

「やってみないとわからない、か……」

 

 そのまま黙って立ち尽くす沙羅とウルキオラ。するとそこへグリムジョーが近づいた。

 

「夢幻桜花とやらの声は聞こえねえが大体の話は読めたぜ」

「グリムジョー……」

「要は出たとこ勝負ってことだろ、面白れェじゃねえか。鏡花水月を無効化できる可能性があるとわかっただけで十分だ。尻尾巻いて逃げ出すよりよっぽどいい」

 

 ニィと持ち上げた唇の隙間から鋭利な牙を覗かせてグリムジョーは指の関節を鳴らす。

 

「ちょっと待てよ。本気で行くつもりなのか?」

「これでようやく奴と同じ土俵に立てるんだ。行くなら今しかねえだろ」

「冷静に考えろ。完全催眠を封じたところで藍染様と俺たちとじゃ霊圧の格が違う。正面から挑んでも勝ち目はないことぐらいおまえだってわかってるだろ」

 

 勇むグリムジョーをスタークは制止しようとする。

 

「仮に隙をついてこのお嬢さんが卍解できたとしても、やはり藍染様に効くとは思えない。そうなればおまえたちは一巻の終わりだ。なぜそうまでして闘う必要がある? 意地を貫いて無駄死にするなんて馬鹿馬鹿しいと思わねえか?」

 

 スタークにしては珍しく、懸命に言葉を投げかけた。

 決して親しかったわけではない。だが彼にとってはウルキオラもグリムジョーも同じ十刃という立場にある仲間だ。

 自分の霊圧に触れて消えることもない、恐れ慄いてひれ伏すでもない。対等に言葉を交わせる希少な相手をようやく見つけることができたのに。

 

「……そうやって強い奴に媚びを売ってできあがったのが、今の俺たちなんじゃねえのかよ」

 

 返ってきたのはグリムジョーの鋭い眼差し。

 

「どいつもこいつもてめえのことしか頭にねえ。仲間意識なんざ欠片もねえ奴の集まりだったじゃねえか。俺だってそうだ。俺たちに求められるのは敵をぶっ潰す能力だけだったからな」

 

 それはグリムジョーにとっては都合の良い環境だった。

 周りの者全てを蹴落として上に立つ。それこそがグリムジョーの望みだったのだから。

 だが、草薙沙羅の卍解が見せた夢で気づいた。

 確かに自分は高みを求めてはいたが、それはここじゃない。他人の権力を笠に着て登りつめた場所など何の価値もない。

 

「これ以上藍染に飼い馴らされんのはごめんだ。俺の求めるモンはここにはねえ。奴がどれだけ強かろうと、俺が自由になるにはぶっ倒すしかねえんだよ」

 

 ギリッと拳を握り締めて腹の底から湧き上がる覚悟を吐露する。

 恐れはない。己の魂を売り渡すくらいなら死んだほうがましだ。完全催眠から解放された今、グリムジョーを突き動かすのは彼の本能とも呼べる闘争心だった。

 

「同感だな。ここに縛り付けられている限り、俺たちには永遠に自由など訪れない」

 

 しばし間を置いてからウルキオラも瞼を伏せる。するとグリムジョーはわかりやすく眉間に皺を寄せた。

 

「てめえに同意されてもちっとも嬉しかねえんだよ」

「事実を言ったまでだ。おまえを喜ばせるつもりなどない」

「いちいち嫌味な野郎だな」

「それもおまえにだけは言われたくない」

「ほらふたりとも、目的は決まったんだから早く行こうよ」

 

 再び火花を散らし始めたふたりの間に入った沙羅が先を促す。

 せっかく協力関係を結んだというのに口を開けばすぐにこの調子だ。このふたり、性格は真逆のように見えて実はよく似ているんじゃないかと沙羅は思ったが、そんなことをうっかり口にすれば両者から猛攻を浴びることは目に見えていたので自重した。

 

「それじゃあ、私たちは行きます。通してくれてありがとう」

 

 立ち尽くすスタークに小さく頭を下げる沙羅。グリムジョーは黙って背を向け、残ったウルキオラはじっと翡翠の双眸で見据えた。

 

「スターク……協力しろとは言わない。だがおまえにはおまえの願いがあるはずだ。そのためには今自分が何を為すべきか、もう一度考えてみてもいいんじゃないか。……多少面倒でもな」

 

 そう告げると黒い翼を颯爽と翻し、玉座の間へ続く回廊へと進んでいく。

 やがて彼ら三人の姿が目視で捉えられなくなってからも、スタークは同じ場所に佇んだままだった。

 

「ウルキオラの奴……俺の性格をよくわかってやがる。伊達に長年一緒にやってきたわけじゃねえってことか……」

 

 自嘲の笑みを浮かべるスタークの横顔には、言葉では表現しがたい物哀しさが漂っていた。

 

「スターク……」

 

 気遣わしげに歩み寄るリリネットにスタークは力なく首を振る。

 

「俺にだって何が正しいかなんてわからねえよ。藍染様に恩があるのは事実だし、かといって今の状況に満足しているわけでもねえ。……結局、考えるのが面倒で投げてただけなんだよ。ウルキオラの言う通りだ」

「どうするの?」

「今度ばかりはあとで考えるってわけにもいかねえよな」

 

 盛大な吐息を漏らしボリボリと頭を掻くスターク。しかし次の瞬間、その表情は一変した。

 弾かれたように顔を上げ、今しがたウルキオラたちが姿を消した回廊とは逆の方向を見遣る。

 

「……バラガンのじいさんか」

 

 その呟きから間を置かずして、暗闇の中から巨大な影が姿を現した。

 第2十刃(セグンダ・エスパーダ)、バラガン・ルイゼンバーン。

 藍染が現れるまでは虚圏を実質的に支配していたかつての王。それを象徴するかのように彼の周囲には幾人もの従属官が控え、恭しく頭を垂れている。

 

「……スタークよ。たった今までここに侵入者の死神がおったはずだが?」

 

 老いた巨体で一歩ずつ距離を詰めながらバラガンが問う。

 

「ウルキオラとグリムジョーの霊圧も残っているな……どういうことだ?」

「…………」

「話す気はない、か。まあいい。奴らを捕らえて吐かせれば済むだけの話。行くぞ、おまえたち」

「はっ!」

 

 沈黙を貫くスタークに表情ひとつ変えることなく、バラガンは従属官を引き連れてその横を通り過ぎようとした。

 

 

「待てよ」

 

 

 バラガンの足音だけが響いていた回廊にスタークの声が重なる。

 ゆっくりと振り返りバラガンを見据えるスタークを、隣に佇むリリネットは不安そうに見上げた。こんなにも真剣な表情を浮かべた彼を、リリネットはいまだかつて見たことがなかった。

 

「あいつらのことは放っといてやってくれないか」

「気がふれたか、スターク。第1十刃とはいえお主に指図される覚えはないぞ」

「指図してるんじゃない、頼んでるんだ」

「断ると言ったら?」

 

 バラガンが背中越しに一瞥をくれると、途端にその周囲を取り囲んでいた従属官たちが霊圧を昂ぶらせた。ピリピリと空気を震わせる殺気にリリネットが思わず後ずさる。

 

「悪いな、リリネット。こんな面倒くせえのは俺のガラじゃねえが──」

 

 リリネットを後ろ手に庇いながらスタークはすっと目を細めた。

 

「あいつらの邪魔はさせたくねえんだ」

 

 何が正しいのかはやはりわからない。だが理屈抜きに感情だけで動くなら、自分は今ここでバラガンを止めたいと思う。

 それで藍染を裏切るとか、ウルキオラの側につくとか、そういうことまでは考えられないが。

 

 こんなことになったのも全て彼女のせいだ。

 たったひとりで乗り込んできて、虚圏に大きな波紋を広げ、今尚敵地の中心部へと突き進んでいる。

 完全無欠と思われた藍染惣右介に対抗し得る可能性を秘めた唯一の死神。

 

「草薙沙羅……か」

 

 その名をひっそりと噛み締めてスタークは剣を抜いた。

 彼女の存在が虚圏の未来を大きく変えるかもしれないと予感しながら。

 

 

 ***

 




《Joker…切り札》

 想いの強さが運命を変える。

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