Dear…【完結】   作:水音.

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第53話 The Throne ―玉座―

 ウルキオラが力を籠めると扉はゴゴゴゴと低い唸りを上げながら玉座の間への道を解放した。

 『失礼します』──普段ならばそう恭しく頭を下げて入室していたはずの場所に、初めて無言で踏み込む。

 その翡翠の双眸は既にかの男の姿を捉えていた。頭上の玉座に腰かけて悠然とこちらを見下ろす主──藍染惣右介を。

 

 ウルキオラに続いて沙羅が足を踏み入れると、扉は今度はひとりでに閉じてこの部屋の唯一の出口を遮断した。途端に降り注ぐ静寂。扉一枚隔てた先ではグリムジョーと東仙の交戦が繰り広げられているというのに、物音ひとつ届かないそこはまるで全くの異空間であるかのようで。

 

「よく来たね。沙羅」

 

 頭上からかけられた声に反射的に身体が強張る。第4の宮に入る際に彼の幻影には遭遇したが、実体と対面するのはあの双極の丘での一件以来だった。

 

「藍染隊長……」

 

 様々な感情の入り混じった面持ちで沙羅は玉座を見上げる。言いたい言葉はいくらでもあったはずだが、いざ前にすると緊張と恐怖で頭がうまく回らなかった。そんな沙羅の反応を愉しむように微笑を浮かべて、藍染はウルキオラへと視線を移す。

 

「おかえり、ウルキオラ。ご苦労だったね」

 

 あたかもウルキオラが自身の指示に従って沙羅をここまで導いたかのように、満足げに藍染は告げた。

 これもまた彼にとっては言葉遊びの一端だ。いちいち鵜呑みにするつもりなどない。表情ひとつ動かさずに自分を見上げるウルキオラを、藍染は興味深そうに見据える。

 

「それにしても、君の帰刃(レスレクシオン)を見るのはいつ以来だろうな。なに、規律を破ったことを咎めるつもりはないよ。君のことだ、それ相応の事情があってのことだろう?」

 

 まるで取るに足らないことだと言わんばかりに頬杖をつく。事実彼にとってはなんら不都合のないことなのだろう。十刃のひとりやふたり反旗を翻したところで大勢に影響はないと。

 向かい合った藍染の瞳には、ただ純粋にこの状況を楽しんでいる様がありありと浮かんでいた。

 

「さて、わざわざ出向いてくれたんだ。奥で紅茶でも淹れようか」

「結構です。あなたにお話があってきました」

「もちろん、私も君とはゆっくり話したいと思っているよ。そのためにもまずは一息入れて──」

「それなら今すぐ全ての破面に闘いをやめさせてください。仲間が闘っているんです」

 

 強い口調が滲むのは致し方ないことだと言えよう。こうしている間にも乱菊やルキアたちの身が脅かされているかもしれないのだ。

 

「そういえば君の友人たちが駆けつけているんだったね。松本くんに阿散井くんに吉良くん──それに朽木ルキアと……おや、雛森くんも来ているのか」

 

 しばし瞼を伏せて霊圧を探っていた藍染は、ふとかつての副官の名を出すと頬杖を解いて沙羅に向き直った。

 

「元気そうで安心したよ。ずっと彼女のことが気がかりだったんだ」

「……雛森を傷つけたのはあなたじゃないですか」

「ああ。だからせめてもの情けで殺してやるべきだったと悔いていたんだよ」

 

 さらりと言ってのける藍染に、奥歯を強く噛み締める。

 この程度の挑発に乗ってはいけない。感情を抑えつけようとするものの、藍染を慕う雛森の姿を長年見てきた沙羅にとってそれは容易なことではなかった。

 あんなにも。あんなにも敬い、慕ってやまなかったのに。その雛森をまるで捨て駒同然に切り捨てたこの男。

 

「雛森は……あなたの人形じゃありません」

 

 あの一件のあとはかつての明るさなど見る影もないほどに憔悴し、もう五番隊への復隊は望めないだろうと思われていた。けれど。

 

 ──今まで現実を受け入れるのが怖くて逃げてばかりいたけど、桑島くんのことがあってはっきりわかったの。みんなを護りたいと思うなら、あたしもちゃんと立ち向かわないといけないって──

 

 藍染が控えるこの城へ来ることは雛森にとってどれだけ辛い選択だったろう。それでも彼女は闘うことを選んだのだ。

 

「ちゃんと自分の足で、前に進もうとしています。辛い現実と──あなたと向き合うために」

 

 腹の底から湧き上がる憤りを、沙羅は自分に向かって気丈な笑みを浮かべた雛森を思い返すことで鎮めた。

 雛森の覚悟を無駄にしないためにも、私は私の為すべきことを全うしよう。

 そう、雛森だけじゃない。ウルキオラも、他の多くの破面も、この絶対的な力を持つ男による支配に苦しめられてきたのだ。これ以上の悲劇を防ぐためにも断ち切らなければならない。

 今ここで。

 

 だが沙羅の毅然とした言葉を受けても特段意に介した様子もなく、藍染は話題の矛先を変えた。

 

「君がここへ来ることは想定の上だったが、まさか他の死神たちまで乗り込んでくるとは思わなかったよ。君は実に良い友人に恵まれているんだね。それも君の人柄ゆえかな」

 

 薄く笑みを浮かべながら視線をゆっくりと横にずらす。

 

「ウルキオラも彼女のそんなところに惹かれたのかい」

 

 この部屋に入ってからまだ一度も口を開かないウルキオラへ向けて問いかけるが、ウルキオラはじっと押し黙っていた。ただしその巨大な漆黒の翼はいつでも沙羅を抱いて飛び立てるよう広げられたままで。

 

「君たちの関係には実に興味があるよ。死神と破面の間に恋愛感情が成立するとは考えもしなかった。君たちが一体どういった経緯で関係を深めていったのか、ぜひ聞かせてもらいたいものだね」

「それはあなたには関係のないことだ」

 

 そこでようやくウルキオラが声を発した。かつての彼とは異なる、強い意思を宿した瞳で。

 

「残念だな。今後の破面の育成に活用できればと思ったんだが。それとも男女の間には種族の垣根などあってないようなものなのか」

 

 考えるような仕草を見せて藍染は再び沙羅へと目線を戻す。

 

「沙羅、どうかな? 君がウルキオラとともにこの城に留まってくれるというのなら、今すぐ君の仲間たちへの攻撃を停止するよう命じよう。もちろん君自身の待遇も保証する。君が望むなら十刃と同格の地位を授けても構わない」

「何を……」

「平和的解決を図りたいだけだよ。別に尸魂界を裏切れと言っているわけじゃない。君の協力があれば死神側とももっと穏便にことを運べそうだ。ここにいれば君とウルキオラが引き裂かれることもない。君たちにとっても悪い話じゃないだろう?」

「俺はもうあなたの傀儡じゃない。あなたには従わない」

 

 雄弁に語る藍染を遮ったのはウルキオラだった。

 

「沙羅があなたに従うこともない。俺はあなたと決別するためにここへ来た」

 

 一語一句を、くっきりと響かせながら紡ぐ。まるで自分自身に言い聞かせるかのように。

 藍染はそれを黙って見つめていた。やがて失笑にも似た吐息をひとつ吐き出して。

 

「あのウルキオラをここまで懐柔する……ますます興味が湧いたよ。なんとしても手に入れたい」

 

 欲望を滲ませた鋭い眼差しが沙羅を捉えるのを見てウルキオラは即座に身を屈めた。沙羅はそっとウルキオラの背に手を当ててそれを抑制する。そんなふたりの様子を藍染は愉しそうに眺めていた。

 

「君なら私とは違った手段で破面を支配することができるのかもしれない。ウルキオラやグリムジョーのようにね」

「私は支配なんてしていません。グリムジョーが私に力を貸してくれたのは、あなたのやり方に反発していたからです。他にも同じように思っている破面が多くいるはずです」

「これは手厳しいな」

 

 言葉とは対照的に藍染はくつくつと肩を揺らす。その間もウルキオラは黒翼で沙羅を庇いながら注意深く藍染の動向を観察していた。

 ほんの一瞬でも隙を見せれば最後、いつ彼の術中に堕ちても不思議はない。これまでに何度も体感してきたことだ。

 

「君がこの交渉に応じないというのなら、私も君の要求を呑むことはできない。君の仲間たちは侵入者として処理せざるを得ないが、それでもいいかな?」

 

 今もこうして沙羅の一番脆い部分を的確に狙ってくる。彼女がいかに仲間の身を案じているか、それを見抜いた上でより一層の揺さぶりをかけようとする。

 しかし沙羅は躊躇することなくキッと前を向いた。

 

「私がここであなたと取引なんてしたら、それこそみんなを裏切ることになる」

「信義を貫くために大事な仲間が死んでも構わないと?」

「死にません。私よりもずっと強い人たちですから」

「なるほど。見事な信頼関係だ」

 

 大袈裟な身振りで両手をパチパチと叩いて賞賛を送る藍染。

 

「だが──彼らが今誰と闘っているか、知ってるかい?」

 

 そう言いながら藍染が浮かべた笑みに、沙羅は本能的な悪寒を感じた。

 藍染がゆったりと腕を振るった先に光が灯り、ホログラムのような映像が映し出される。

 ひとつは乱菊とギンが向かい合っている姿。もうひとつはルキアや恋次たちが破面と闘っている姿──

 

「……っ⁉」

 

 ぼやけていた映像が鮮明になり、その場にいる人物の顔がはっきりと視認できるようになったと同時に沙羅は息を呑んだ。

 

「……うそ……」

 

 見間違えるはずもなかった。

 その立ち姿も、振舞いも、細かな動きの癖も。一挙手一投足に及ぶまで、誰よりもつぶさに見つめてきた。

 自分が死神を志すきっかけを与えてくれた人──その憧れの存在に、少しでも近づきたくて。

 

「海燕……先輩……」

 

 眼前に映し出された映像の中、ルキアたちと向き合って立っていたのは、紛れもなく志波海燕その人だった。

 

「なんで……」

 

 動揺のあまり声が上擦る。

 海燕であるはずがない。事実今彼が身につけているのは死覇装ではなく、破面を象徴する白い装束だ。ルキアたちを混乱させるために、破面が海燕に似せて化けているに違いない。

 そう割りきろうとする沙羅に追い打ちをかけるように、映像の向こうの彼はゆっくりと刀を一振りした。

 

水天逆巻(すいてんさかま)け──捩花(ねじばな)

 

 そう呟く低い声がすぐ耳元で響いたような錯覚を覚えるほど、手合わせで何度も目の当たりにした海燕の斬魄刀解放。その沙羅の記憶と寸分違わず、彼の握った刀はたちまち三叉の槍へと変貌した。

 

「どうして……海燕先輩が」

 

 高密度に圧縮された水を纏い、槍撃とともに巻き上げた波濤(はとう)で相手を圧砕する捩花。

 上段を起点とした独特の構えも、回転を主体とする槍術も、全て沙羅のよく知る海燕の技だ。見様見真似で再現できるものではない。

 

第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)、アーロニーロ・アルルエリ。私の忠実な部下のひとりだ」

「アーロニーロ……?」

「君には志波海燕と言ったほうが馴染みやすいか」

 

 愕然とする沙羅に藍染はこともなげに告げる。

 

「懐かしいだろう? もちろんこの映像は本物だよ。ウルキオラならよくわかるはずだ」

 

 視線を送られたウルキオラはギリッと奥歯を噛み締めた。

 十刃の中で唯一の下級大虚(ギリアン)であるアーロニーロ。彼の能力が死した霊体を喰らって我がものとする『喰虚(グロトネリア)』であることは無論ウルキオラとて知っていた。

 だがまさか、その中に志波海燕まで含まれていようとは。

 

 海燕が沙羅にとってどれほど大きな存在であるかなど、改めて考えるまでもない。彼の話は幾度となく沙羅本人から聞かされてきた。

 

 ──前の副隊長はね、本当に立派な人だったんだ。口は悪いけど、いつも周りのことを気にかけてて。隊士たちはみんな彼のことを慕ってた──

 ──私だって隊を守りたい。海燕先輩のように……隊長やみんなの支えになれたらどんなにいいか──

 

 その名を口にするとき、沙羅はとても誇らしそうな顔をする。彼を心から慕い、敬っているのだと言わんばかりに目を輝かせる。それはときに見ているウルキオラが妬ましく思うほど。

 その志波海燕が十刃として立ちはだかる。沙羅に揺さぶりをかけるのにこれ以上の衝撃はないだろう。

 

「どうだいウルキオラ、君にも情報が送られているんじゃないか?」

「……」

 

 アーロニーロが持つもうひとつの能力──認識同期は、闘っている敵の情報を瞬時に同胞に伝えることを可能とする。

 意識を研ぎ澄ませば確かに朽木ルキアや阿散井恋次など、今アーロニーロと対峙している沙羅の仲間たちの情報が伝達事項として届いていた。ここに映し出されている映像が事実であるという何よりの証拠だった。

 

 

「志波海燕か。私もこの顔を見るのはずいぶんと久しぶりだ」

 

 映像に目を細めた藍染が呟く。

 

「名門志波家の長男だけあって彼は非常に優秀な死神だった。入隊からわずか6年で副隊長に抜擢されたくらいだからね。浮竹も相当惚れ込んでいたようだ」

 

 海燕の才覚は藍染も認めるところであったらしい。

 複雑な面持ちで耳を傾ける沙羅に藍染は口角を吊り上げて続けた。

 

「実を言うと私は彼が苦手でね。あの能天気な気質はどうも受け付けない。実直な性格のようでいて単純なわけでもなく、扱いにくい。部下にはしたくないタイプだったな。……まあのちに実験体として大いに役立ってくれたが」

「実験体?」

 

 期待通りの沙羅の反応を受けて藍染は更に笑みを深くした。

 

「メタスタシア……あれはひどい失敗作だったよ。苦労して死神と融合する能力を与えたというのに、それに甘んじて浅薄な闘いを続けた結果自滅した。おかげで虚にも一定の知性を持たせる必要があるという教訓になったけれどね」

「じゃあ……海燕先輩や都さんを殺した虚は──」

 

 どくどくと動悸が速まる。自分がとんでもない真実と向き合おうとしていることを知り、沙羅の胸は底知れぬ恐怖に粟立った。

 

「私が仕向けたものだ」

 

 さらりと吐き捨てた藍染に湧き上がった感情は怒りか憎しみか。だが沙羅はそれに激昂するよりも泣きたくなった。

 そんな利己的な実験のために、自分が心底敬愛した上官ふたりは、あの常に笑顔を絶やさなかった仲睦まじい夫婦は、命を落としたというのか。

 取り乱しそうになる心を抑えようと左肩の副官章を強く握り締める。それだけで不思議といくらか落ち着きを取り戻すことができた。

 

 そうだ。これは海燕先輩から託されたもの。

 隊長やルキア、十三番隊の皆が、私が身に付けることを認めてくれた副隊長の証。

 そこに描かれるのは十三番隊を象徴する希望の花──待雪草。

 

 この花を背負う私が、絶望してはいけない。

 どんな凍える吹雪にさらされようとも、やがて訪れる春を信じて咲き誇るこの花のように。

 希望を失ってはいけない。

 

「そのメタスタシアを喰らったアーロニーロがここまでの成長を見せるとは想定していなかったが、これもいい収穫になったよ。志波海燕の犠牲の賜物と言ってもいい」

「…………」

「沙羅、惑わされるな。アーロニーロはただ取り込んだ霊体の記憶と経験を読み取って動いているだけだ。奴は志波海燕とは──」

 

 黙り込む沙羅にウルキオラが声をかける。すると沙羅はすぐにこくりと頷いた。

 

「大丈夫、わかってる」

 

 この部屋に入るときと同じ、気丈な瞳を向けて。

 

「ルキアたちは無事なんだよね?」

「……ああ」

 

 今はまだ、と付け加えるべきか躊躇してウルキオラは呑み込んだ。

 今現在伝達事項として入っているのはアーロニーロ率いる破面の部隊が現在朽木ルキアら死神四人と交戦中という情報だけだ。殲滅したとなればその情報もすぐさま伝わるはずだが──

 ウルキオラの懸念を見越したように沙羅は薄く笑みを浮かべて再度「大丈夫」と繰り返した。

 

「ルキアなら、必ず気づく。例え姿形が海燕先輩と同じでも……」

 

 そこに彼の心はないのだと。

 

『あとは……頼む、な』

 

 だって海燕先輩の心は

 あのとき、彼の最期を看取った私たちが引き継いだ。

 私たちの中にこそ、志波海燕は生きている。

 

「だから──みんなは大丈夫」

 

 迷いを振り切った沙羅を藍染は冷え切った眼差しで見下ろしていた。

 

「そういえば君と雛森くんたちは皆同期だったな」

 

 抑揚のない口調で切り出す。

 

「君たちには院生のときから目をつけていたんだよ。君たちほどの才がある人材があれだけ同学年に集中するのも珍しい。これを手懐けておけば、いずれ必ず役に立つ──とね」

 

 まるで物に対する意見を述べるように藍染は続けた。

 

「だから私は君たちが入隊してすぐに雛森くん、吉良くん、阿散井くんの三人を五番隊に引き入れた。もちろん君も候補の一人だった。彼らと同等の才覚があることはわかっていたからね。それでも君を選ばなかったのはなぜだと思う?」

 

 藍染の問いかけに沙羅は沈黙で答えた。ふっと藍染の唇から微笑が漏れる。

 

「君は彼に似ていたんだよ。私の苦手な志波海燕にね」

 

 勝気でひた向きで、芯が強い。一見従順なようでいて、その濃紫の瞳には決して折れない志が掲げられていた。

 それは目標とすべき存在を心に定めている者の顔。そういった人物は総じて扱いにくい。しかもその対象が志波海燕ときている。

 自身に対して強い憧れを抱いていた雛森とは対照的だ。

 

「案の定君は十三番隊に入隊してますます彼に近づいていった。そして私は手のかかりそうな阿散井くんをよそへ飛ばして、御しやすい雛森くんと吉良くんを私とギンの部下にすることで落ち着いた」

「最初から……ふたりを利用するつもりで」

「ああ。雛森くんと吉良くんは本当によく働いてくれたよ。感謝している」

 

 白々しさを感じさせる藍染の台詞に沙羅はぐっと怒りを堪える。

 

「だが、あのときあえて手放した君が今になって私の前に立ちはだかるとはね。なんの因果か……そう思い通りにはいかないものだな」

「思い通りにいかないことなんていくらでもあります」

 

 鋭く言い放って沙羅は藍染を睨みつけた。

 

「それでもみんな、今ある現実を受け入れてその中で必死に生きようとしているのに。あなたはそれが許せないんですね。全てを自分の思うままに動かしたいと思っている」

「それは才ある者として当然の欲求じゃないかな」

 

 対峙する藍染は涼しい面持ちで。

 

「才なき者はただ目の前にぶら下げられた世界に幸福を見い出して満足していればいいかもしれないが、私のように力を得た者はそうはいかない。いつの時代も更なる高みを求めんとする先駆者がいたからこそ、技術も文明もここまでの進化を遂げてきたんだ。上に立つ者が歩みを止めた時点で進化は止まる。あとは後退の一途を辿るのみ。私には選ばれし者として時代を導く責務がある」

 

 驕りにまみれた主張にウルキオラは静かに首を振った。

 

「責務と言えば聞こえはいいが、そんなものはあなたの自己満足に過ぎない」

「自己満足で大いに結構じゃないか。君だってそうだろう、ウルキオラ」

 

 頬杖をつく手とは逆の手を持ち上げて藍染が首を傾げる。

 

「君が私に反旗を翻すのは悪いことだとは思わないよ。今言ったように才ある者は更に上の高みを求めて過去の己から脱却しようとするものだ。君もまた新たな境地を切り開くために私の下から去ろうとしているんだろう?」

 

 過去の己からの脱却──表現としてはあながち間違っていないのかもしれない。

 ウルキオラは破面ではなくひとりの男として沙羅のために生きる道を選んだ。

 

「君は実に有能な破面だ。十刃となっても尚気性が荒く自覚にかける者が多い中で、君は常に従順で判断能力も高かった。君には私の右腕として今後も重役を担ってもらうつもりでいたんだよ。沙羅の一件があるまではね」

 

 かつての様子を思い返しているのか、遠くを眺めるような眼差しがウルキオラを捉える。

 

「その君が私の想像の範疇を大きく越えて、新たな世界へ飛び立とうとしている。臣下の成長は主君として喜ばしいことだよ。だが──」

 

 それまでの悠長な語り口から一転、藍染の声色が急激に温度を失った。

 

「その程度の力で私を超えられるとでも思っているのなら、それは許しがたい侮辱だな」

「……っ!」

 

 ずん、と辺りを包み込む霊圧が濃度を増す。

 それにうろたえるよりも先にウルキオラは沙羅の前に出て、沙羅もまた腰を落として抜刀の構えを取っていた。

 

「……やっぱり闘うことでしか解決できないんですね」

「君たちが私を止めたいと言うのならね」

「止めます。こんな無駄な争いは終わらせてみせる」

 

 それを受けた藍染の目がにわかに細まる。

 

「何をもって無駄な争いだと?」

「この闘いの全てがです。破面たちを恐怖で支配して無理矢理闘わせることも、意図的に死神との確執を深めようとすることも。あなたがやっていることはただ憎しみと哀しみを生み出すだけ。なんの意味もない」

「この世に意味のないことなどひとつもないさ」

 

 ゆらりと藍染が玉座から立ち上がった。たったそれだけの動作でとてつもない重圧が場に満ちる。

 

「君には意味が感じられないことでも、私には大きな意味がある。その逆もまた然り。価値観は千差万別。誰も同じ尺度で測れはしない。つまり私と君がいくら持論を展開したところで、相手を完全に論破することなどできないんだよ。どちらかが譲歩しない限りね」

 

 遥か高みから降り注ぐ言葉はまるで神のものであるかのような深い響きを纏って。それに惑わされまいと沙羅は力強く夢幻桜花の柄を握り締める。

 

「ならば残る解決策はふたつしかない。排除するか、征服するか。いずれにしろ持論を貫けるのはどちらか一方だけだ」

 

 キン──

 

 ついに藍染の腰鞘から斬魄刀が抜き放たれた。

 完全無欠の王により長く温められていた玉座が解放されたその瞬間、最後の闘いの火蓋は切って落とされた──……

 

 

 ***

 




《The Throne…玉座》

 最終決戦開始。
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