Dear…【完結】   作:水音.

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第55話 Death Struggle for Existence ―死闘―

「桜花乱舞!」

 

 夢幻桜花の刀身から無数の花弁が舞い上がる。それを刀の一振りで薙ぎ払った藍染は流れるような剣捌きで沙羅の肩口を斬りつけた。

 すかさず縛道の盾で防ぐも全ての衝撃は受け切れず、沙羅の体勢が崩れたところで今度はウルキオラが背後から藍染の首を狙う。

 迫り来る槍を前に藍染は避ける素振りもなく静かに口元を歪めた。

 

「破道の九十、黒棺(くろひつぎ)

「──っ! 下がって!」

 

 はっと息を呑んだ沙羅が叫ぶ。次の瞬間、地面から黒い箱状の巨大な霊圧の渦がせり上がった。

 それぞれ後方へ跳び間一髪で逃れるふたり。だが黒棺の爆発の余波は灼熱の光弾となって襲いかかってきた。防護壁で身を護りながら沙羅は唇を震わせる。

 

「黒棺を……詠唱破棄で」

 

 鬼道の中で最も習得難度が高く扱いが困難とされる九十番台の術式を、詠唱破棄でいとも容易く発動させてみせた。避けるのがあと一瞬でも遅ければあの黒い檻の中で迸る霊圧の重力により圧砕されていただろう。

 彼は鬼道の使い手としても自分を遥かに超越している。その力の差をまざまざと見せつけられたようだった。

 こんな相手に本当に太刀打ちできるのか。気を緩めれば恐怖に飲み込まれそうになる。完全催眠にかかっているわけでもないのに、彼にひれ伏してしまいたくなる。

 

 不安に駆られ瞳を惑わせていた沙羅の視界を上から黒い影が覆った。

 目線を上げると、翼を広げたウルキオラが熱風から沙羅を護るように立っていた。

 

「おまえは一旦下がって傷を治しておけ」

 

 瞳は前を見据えたままで、低い声が降ってくる。

 巨大な漆黒の翼は先程の爆発を受けて所々擦り切れてはいたものの、その立ち姿には一切の迷いも見受けられなかった。

 

「今度こそ……護ってみせる」

 

 *

 

「ウルキオラ……?」

 

 異変を感じた沙羅は眉を潜める。呼びかけに返答はなく、代わりに彼の霊圧がドクンと大きく脈打ったのが伝わってきた。

 ウルキオラの頭部の兜が真っ二つにひび割れ、二本の白い角が生える。

 翼よりも更に長く伸びていく尾。黒い体毛に覆われていく四肢。その先には鋭い爪が形成された。

 

「何……」

 

 沙羅が愕然とする間にもみるみる姿を変え、藍染もまた攻撃の手を休めてウルキオラの変貌を凝視している。

 

刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)──……十刃の中で唯一俺だけが可能とした、二段階目の解放だ」

 

 長い尾をしならせるその姿はさながら悪魔の如く。深緑色に染まった眼球の中心で金色に輝く瞳が忌々しげに藍染を睨みつけている。

 辺りを満たす霊圧は確かにウルキオラのそれではあるが、先程までとは比にならない濃度をまとっていた。

 

「第二階層……確かにこれまでにない症例だ。君にそんな能力があったとは初耳だが。──あえて報告しなかったというわけか」

 

 好奇に目を光らせている藍染には答えず、ウルキオラは背後の沙羅へと目線を送った。

 

「俺はずっとこの姿を忌み嫌っていた。帰刃(レスレクシオン)は虚の力を解放するようなものだ。ならばその最終形態であるこの姿は、俺の中の虚そのもの……絶望の象徴でしかない。──そう思っていた」

 

 視界の中心に沙羅を捉える。自分を見つめる濃紫の瞳に少しの嫌悪も浮かんでいないことに安堵して、ウルキオラは藍染へと向き直った。

 

「だが今は違う。あの人を止めることさえできれば虚の力であろうとなんであろうと構わない。それで沙羅を護れるのなら、この姿は俺にとって紛うことなき希望だ」

「ならば見せてもらおうか。君の希望とやらを」

 

 藍染が促すまでもなく、ウルキオラは飛び立っていた。宙で一気に加速し藍染の側面に回り込む。

 振り下ろした斬撃は難なく防がれたものの、藍染が反撃に出る前にウルキオラはすかさず体勢を変え二手、三手と畳みかけていった。

 

 一方、後方へ退いた沙羅は負傷した部位に治療を施しながらウルキオラと藍染の戦闘を注視していた。

 あまりの攻防の速さに目で追うのがやっとだ。第二形態へと変貌したことでウルキオラの身体能力は格段に増している。

 スピードにおいては互角、いやそれ以上と言ってもいいかもしれない。鋭い爪を有する四肢と尾から変則的に繰り出される攻撃は、藍染をじわじわと壁際へと追い詰めていった。

 

 ビュンッと長い尾が空を切る。あえて大振りして藍染に距離を取らせるとウルキオラは両手に霊圧を集中させ、

 

雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)

 

 膨大な霊子が圧縮されたそれは藍染の腕を掠めると同時に爆発し激しい熱弾を浴びせた。

 

「くっ……」

 

 凄まじい熱風に顔を覆いながら沙羅は目を凝らす。

 この虚夜宮で最も堅固にあつらえられているはずの玉座の間の壁が崩落していく。やがて立ち込める白煙が消えると、そこには無残な姿となった藍染が立っていた。

 

「大したものだ」

 

 片腕を失い、全身に火傷を負っても彼が苦痛に顔を歪めることはなかった。

 焼け落ちた服の間から青白い光を放つ崩玉が露わになる。その光は藍染を包み込むとたちまち彼を白く染め上げた。

 一瞬の眩い閃光の後、現れたのは崩玉を中心とした十字を胸に刻んだ白の男。その身にはかすり傷ひとつない。まるで繭に包まれたさなぎのような。

 

「これが……崩玉の力……?」

 

 もはや霊圧など感じ取れなかった。この一帯全てが藍染の存在によって満たされている。ちっぽけな自分の霊圧など押し潰されそうなほどに。

 

 ゆっくりと、藍染が瞼を開いた。

 目が合った。沙羅がそう認識したときにはもう藍染の刀が目の前にあった。

 

 ──ザンッ! 

 

 漆黒の羽が舞う。沙羅に向かって突き出された鏡花水月をウルキオラの翼が遮っていた。

 

「あなたの相手は俺だ」

 

 強大すぎる力を前に、それでもウルキオラは屈しなかった。背後に護るべき人がいる。

 

「まだ盾突く気か? 力の差が理解できていないわけじゃないだろう」

 

 白と黒が反転した目で藍染がウルキオラを見据える。

 

「君もまた『選ばれし者』だ。他の破面どもでは到底為し得なかった進化を、君だけが遂げようとしている。──殺すには惜しい」

 

 自らの敗北など微塵も懸念していない口ぶりで彼は続けた。

 

「諦めて投降してくれれば刀を汚さずに済むんだが」

「あなたの刀はとうに血に染まっている。今更汚すも何もないだろう」

「……それもそうだな。仕方がない、そろそろ終わりにしようか」

 

 ウルキオラの皮肉にふっと微笑を浮かべた、その直後。藍染はすぐ背後へと移動していた。

 

「──ッ⁉」

 

 瞬時に受け身を取る。胸部を狙った剣閃からは逃れたものの、続けざまに放たれた鬼道を至近距離から浴びて、顔を庇おうと掲げた左腕が爆発とともに吹き飛んだ。

 

「ウルキオラ!」

「問題ない……すぐに戻る」

 

 切迫した声を上げる沙羅に告げたものの、その額には脂汗が浮かんでいた。

 再生できるといっても痛みを感じないわけではないのだ。蓄積されたダメージは着実にウルキオラの身体を蝕んでいく。

 

「私が……っ!」

 

 ウルキオラに代わって打って出ようとした沙羅の瞬歩は、彼の長い尾によって遮られた。

 

「……まだだ」

 

 失った二の腕から下をビキビキと再生させ、ウルキオラが再び藍染へ斬りかかっていく。その背中を見つめる沙羅はぐっと拳に力を籠めた。

 

 わかっている。自分の役割も、その重みも。

 そのために今ウルキオラが身体を張って闘っていることも。

 けれどこのままじゃ……

 

 逡巡する沙羅に追い打ちをかけるように、藍染はウルキオラの攻撃を易々とかわし切り返していく。

 あそこまで膨大な霊力を宿している相手に本当に私の能力が通用するのだろうか。もしも効かなかったとしたら、ウルキオラの捨て身の闘いも全て無駄になってしまう。今だって隙を突くタイミングさえ掴めないのに──

 

 衝撃波を浴びたウルキオラが大きく後方に吹っ飛び壁に叩きつけられる。そこへ藍染が右手をかざしたのを見て沙羅はあらゆる思考を放棄した。

 

 ウルキオラが死んでしまっては何の意味もない。

 隙がなかろうと、返り討ちに遭おうと、ただ全力でぶつかるしかない! 

 

 ──そのとき、飛び出した沙羅の眼前を掠めるようにして、巨大な熱量を帯びた蒼炎の光弾が通過していった。

 

 

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)!」

 

 

 *

 

 藍染へ向けて一直線に放たれた虚閃(セロ)は辺り一帯を巻き込み大爆発を引き起こした。

 

「何やられてやがる、くたばるにはまだ早えーだろ」

「グリムジョー!」

 

 爆炎の先で揺れる水浅葱の髪に沙羅は歓喜の声を上げた。しかしその姿を見て息を呑む。

 

「偉そうな口を……くたばりかけているのはおまえのほうだろう」

「っるせェ……」

 

 ウルキオラを睨みつけると背を扉にもたれて浅い呼吸を繰り返すグリムジョー。深手を負いながら放った虚閃は、恐らくは彼に残された最後の霊力だったのだろう。今の藍染にはさしたる脅威にもなり得なかったが。

 

「グリムジョー、今のは私を狙ったのか?」

 

 粉塵が晴れると崩玉の光に包まれた藍染が薄く笑みを浮かべていた。

 

「くそっ、効きやしねえ」

「……だがいい時間稼ぎにはなった」

 

 負傷した四肢を超速再生させたウルキオラは両手に霊力を集めていた。

 

 一瞬。ほんの一瞬でいい。

 あの人の気を引くことができれば──

 

 間合いを計るウルキオラを横目に、グリムジョーが身体を起こし藍染を見据える。

 

「さすが、どっかの統括官とは別モンだな」

「要はどうした?」

「さあな。心配なら行ってやれよ。今ならまだ生きてるかもしれないぜ」

「……そうか」

 

 顎先で示すグリムジョーに抑揚のない口調で呟いて、藍染が扉の外へと目を向けた刹那をウルキオラは見逃さなかった。

 掌に雷霆の槍を生み出しながら藍染目がけて突進する。先程よりも更に高密度の霊子を纏った矛先には迸る電撃が火花を散らしていた。

 

「二度も同じ手を──」

 

 藍染の余裕の表情はそこで固まった。

 ウルキオラは今度は雷霆の槍を手放さなかった。固く握り締めた槍に一層の電撃が宿る。

 槍の軌道を読んで避けようとしていた藍染は少なからず虚をつかれたのだろう。咄嗟にバリアを張ろうと彼が腕を上げた刹那の間に、ウルキオラは自らの身体ごと突っ込んでいった。

 爆発と同時に灼熱の火柱が天高く立ちのぼる。

 

「……この程度で私を倒せると思うな!」

 

 藍染は全身に酷い裂傷を負ってはいたが、どれも致命傷には至っていなかった。間一髪で崩玉が発するバリアに守られたのだろう。

 藍染が刀で振り払うと、炎の中から全身が焼けただれたウルキオラが投げ出された。もはや翼を広げる力もなくただ重力に引き寄せられるまま落下しながら、ウルキオラはかすかに喉を震わせる。

 

「……行け」

 

 爆風にかき消されたその声は、けれど確かに彼女へと届いていた。

 訝しげに目を細めた藍染の頭上にふっと細い影が落ちる。

 顔を上げた藍染の瞳に映し出されたのは、高々と斬魄刀を振りかぶった沙羅の姿だった。

 

 

 

「 卍 解 ! ! 」

 

 

 

 天上へ向けて垂直に掲げられた夢幻桜花から無数の花弁が溢れ出す。それらは瞬く間に周囲一帯へと舞い広がり、辺りを薄桃色に染め上げる。

 その様を藍染ははっきりと視界に収めていた。

 ありったけの霊力を夢幻桜花に注ぎ込みながら沙羅はごくりと喉を鳴らす。

 

 どうかお願い。

 届いて──! 

 

 祈りを籠めて沙羅が刀の柄を握り締めると同時に変化は起きた。

 それまでどんな攻撃を受けても崩れることのなかった藍染の身体が大きく傾ぐ。白い瞳は今にも瞼の奥に閉ざされようとしていた。

 

(いける!)

 

 降下の速度に乗せて一気に加速し、沙羅は藍染の懐へと飛び込みその白い身体を縦一文字に斬り裂いた。

 すぐさま崩玉の超速再生能力が発現し傷口を塞いでいく。だが藍染は床にうつ伏せに倒れたまま動かなかった。彼は既に夢幻桜花が創る夢の世界へと堕ちていた。

 

 着地した沙羅はウルキオラへと目を向ける。

 辛うじて意識はあるようだが、爆発で吹き飛ばされた片翼と脚は失われたままだ。再生が追いついていない。

 とうに限界は超えているはず。すぐに治療しないと。まずは藍染の霊力を封じて──

 そう沙羅が向き直ったときだった。

 

 

 ドッ……

 

 

 感じたのは痛みではなく、熱。

 胸の奥を燃えたぎる溶岩で焼け焦がされたような。

 

「う……」

 

 声を出そうとしてうまく出せないことに気づいた。

 代わりに口から溢れたのは鮮血だった。

 

「沙羅……っ!」

 

 ウルキオラが、掠れた声で自分を呼んでいる。けれど振り返ることはできなかった。

 胸に突き立てられた刀の先を辿ると、そこにはいつの間にか起き上がった藍染が微笑みを浮かべていた。

 

「なかなか面白いものを見せてもらったよ」

 

 自身の斬魄刀で沙羅を貫きながら藍染は口の端を持ち上げる。

 

「今のが君の卍解の能力か? 願いが具現化された夢の世界、といったところか。まさか私と同じ催眠系統の使い手とは」

「……っ」

 

 ぐぐ、と更に刀を奥まで刺し込まれ沙羅は声にならない呻きを上げた。

 

「疑問に思っているのだろう。確かに卍解を受けたはずなのになぜ、と。君の能力は夢だ希望だと願うしか脳のない者たちにはさぞ魅惑的だろうな。まさに夢物語だ。君にはおあつらえ向きだよ。だが私はそんなものに惑わされはしない」

「く……うぅ……」

「沙羅!」

「夢に焦がれ祈りを捧げるのは弱者の所業。私には夢など不要だ。なぜなら私には願うもの全てを手にするだけの力がある。不可能を可能とするこの崩玉がある。そして私はあらゆる存在を超越し、神となるのだ」

 

 ウルキオラが残された腕で放った虚閃を指一本で弾き、藍染は雄弁に語り続ける。

 

「神は与えるものであって、与えられることはない。何者も神に干渉を加えることはできない。君が見せる夢物語など、私にとっては茶番でしかないんだよ。崩玉を得た私に匹敵する者など存在しない!」

「……!」

 

 言いながら藍染は鏡花水月を握る手を徐々に持ち上げていく。そしてウルキオラへ見せつけるかのように沙羅の身体を宙へと掲げた。胸から全身に亘って広がる激痛に沙羅は身を捩ることすらままならない。

 

「くそっ……動け!」

 

 ウルキオラは腿から下が失われた自身の脚を睨み、拳を打ちつける。

 臓器でなければ即座に超速再生できるはずが、今やその復元速度は遅々たるものだ。再生にあてる霊力すら底をついたのか。地面を這いずるウルキオラを藍染は勝ち誇った笑みで見下ろした。

 

「万策尽きたか? それ以上醜態を晒すのはやめておけ。敗者の悪あがきほど醜いものはない」

「ふざけるな……!」

「受け入れろ。これが己の運命だったのだと」

 

 藍染が冷ややかに言い放った、その声に。

 

「運命……?」

 

 ぽつりと小さな呟きがひとつ、こぼれた。

 頭上から返った声に藍染は目を細める。鏡花水月に深々と胸板を貫かれながら、それでも懸命に口を開いた沙羅に。

 

「運命、なんて……」

 

 声を紡ぐと喉の奥から何やら熱い液体がせりあがってくる。苦しさに咳き込むと赤い鮮血が辺りに散った。

 それでも沙羅は夢幻桜花を手放さなかった。力の入らない手で、辛うじて刀の柄を握り締めて。

 

「そんなもの……」

 

 全身を苛んでいた激痛が薄らいで、視界が白く霞み始めても。

 それでも夢幻桜花を手放さなかった。

 

「そんなものに……!」

 

 垂れ下がった右腕に力を籠める。

 カタカタと震えながらようやく持ち上がる手。

 

「残念だが、私に傷ひとつつける力すら君にはもう残ってはいまい」

 

 嘲笑を浮かべる藍染の言葉通り、沙羅の斬魄刀が彼を貫くことはなかった。

 沙羅が精一杯伸ばした刀の切っ先は、ちょうど藍染の胸の中央に触れるか触れないかのところで止まっていた。

 

「終わりだ。君には随分と楽しませてもらったよ。生温(なまぬる)い理想を振りかざすだけでは運命は変えられない。精々自分の甘さを悔いるがいい」

 

 終止符を打つべく左の掌に鬼道を練り上げた藍染は、そこで訝しげに眉を潜めた。

 胸を貫かれて宙吊りにされ、こちらへ伸ばした最後の一刀さえ届かず、死を待つだけの彼女が浮かべた、静かな微笑みに。

 

 

「ふ……」

 

 絶望したわけじゃない。

 気が狂ったわけでもない。

 ぼんやりと霞みゆく視界の奥に、確かに光る希望が見えたから。

 

 

「やっと……届いた……」

 

 

 この瞬間をずっと待っていた。

 完全無欠の強さを誇るこの男が、最も隙を見せるとき。それは──

 

 彼が勝利を決定づけるその瞬間。

 

「何……!」

 

 眩い光が胸元を照らして、藍染はそこで初めて気がついた。沙羅が伸ばした斬魄刀が自身に届いていたことに。

 恐らく感触はなかったのだろう。刀の切っ先が微かに触れていたのは、彼の胸の中央に埋め込まれた崩玉だったのだから。

 

 夢幻桜花の卍解、『百年夢幻咲き』は

 対象者の願いを具現化した世界を生み出し、その中に誘い込むことで相手を眠りに落とす技。

 

 発動するには二通りの方法がある。

 ひとつは卍解の瞬間を視認すること。

 そしてもうひとつは

 

 卍解状態にある夢幻桜花で直に触れること。

 

「お願い──」

 

 

 徐々に意識が遠のく中、けれど沙羅にははっきりと見えていた。

 

 

「応えて……崩玉!」

 

 

 深い瑠璃色の輝きを放っていた崩玉が、夢幻桜花に触れた部分から鮮やかな薄桃色に染まっていくのを。

 

 

 

 ***

 




《Death Struggle for Existence…死闘》

 生きるために、未来を掴み取るために。魂を懸けた最後の闘い。
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