Dear…【完結】   作:水音.

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第56話 Unfinished Dream ―見果てぬ夢―

「そのことなんだけど、ひとつ試してみたいことがあるの」

 

 

 沙羅がウルキオラとグリムジョーにそう切り出したのは、彼らが玉座の間へ到達する少し前。

 夢幻桜花の卍解の効力を確認したものの、藍染が有する崩玉への対策に頭を悩ませていたときだった。

 

「浦原さん──あの崩玉を造り出した人から聞いたの。崩玉には意思があるんじゃないかって」

「意思?」

 

 眉を潜めるウルキオラに頷いて、沙羅は虚圏に突入する直前に浦原と交わした会話を思い返していた。

 

 *

 

『最後にひとつお話ししておきます。藍染が持っている崩玉のことですが──……アタシは崩玉には特別な力が宿ってるんじゃないかと考えてるんスよ』

 

 虚圏へと繋がる黒腔を前にして表情を引き締める沙羅に、浦原がそう語り始めたのだ。

 

『アタシはずっと崩玉を“死神と虚の領域の境を取り除く物質”だとばかり思っていました。けどそれだと説明できない事象が多すぎるんスよ。死神の虚化、虚の死神化──ただそれだけの力にしては、崩玉の周りで異変が起こりすぎている。アタシはね、草薙サン。崩玉には意思があると思うんス』

『崩玉に、意思が……?』

『ええ。朽木サンが黒崎サンに死神の力を譲渡したことといい、井上サンや茶渡サンが能力を開花させたことといい、あまりにも都合が良すぎる。奇跡なんてものはそう簡単に起こりうるものじゃあない。恐らく崩玉には周囲にいる者の心を取り込み、具現化する力がある。平たく言えば願いを叶えてくれるってことです』

 

 浦原がさらりと放った台詞に沙羅は絶句した。

 相手の心を取り込み、具現化する。夢幻桜花の卍解と似ているようで全くの別物だ。

 夢幻桜花は対象者の願いを夢の中に投影するだけにすぎないが、崩玉はそれを現実のものとするというのだ。それこそ天地をひっくり返す力を宿していると言っても過言ではない。

 

『勿論どんな願いでもってわけじゃないでしょうけど。それに近い能力を持っているのは間違いないとアタシは踏んでます。崩玉が最初に虚の死神化を成功させたのも、アタシがそう強く願っていたからかもしれない』

 

 その崩玉が藍染の手中にある。これから立ち向かう相手の強大さを改めて突き付けられ、身を竦ませる沙羅に浦原はわざと明るい声を上げた。

 

『ってことはですよ? もしも崩玉を藍染の支配下から解放することができれば、一気に形勢逆転! ってなことも夢じゃないかもしれません。どんでん返しにはもってこいじゃないスか? ……なんて、そう簡単にできれば世話ないんスけどね』

 

 片手で帽子を押さえ、目深(まぶか)にかぶり直した浦原の表情は沙羅からは窺えなかった。けれど彼が今どんな心境に置かれているかはわかるような気がした。

 

『情けないですよね。本当は真っ先にアタシが行くべきなのに』

 

 俯いたまま自嘲する浦原に沙羅はぎゅっと拳を握る。

 藍染が崩玉を利用して世界を我が物とすべく反旗を翻しているこの状況に、誰よりも責任を感じているのはこの人だ。本心では今すぐにでも虚圏へ乗り込みたいと思っているはず。

 それでも踏みとどまっているのは、そんな捨て身の突入をしたところで藍染の企みは阻止できないとわかっているから。

 誰よりも責任を感じているからこそ、誰よりも慎重に行動し、確実に藍染を倒す策を彼は模索している。闇雲に突っ込んで命を散らす程度では赦されないのだと、自身を戒め続けながら。

 

『アタシが崩玉を造ったせいで、一体どれだけの命が失われたのか……』

『でも崩玉がなかったら、私が彼と出逢うこともありませんでした』

 

 そう返した沙羅に浦原は驚いたような顔を向けた。

 

『気休めを言うつもりはありません。でも、崩玉のおかげで救われた人も確かにいます』

 

 ウルキオラが破面として覚醒したことも、十刃の地位を得たことも、全て崩玉の力による恩恵だ。それらがなければ、ウルキオラが現世へ下りて沙羅と出逢うこともなかった。

 

『失われたものだけじゃないはずです。少なくとも私は──そう思います』

 

 沙羅が迷いなく言い放つと、浦原は丸くしていた目をふっと和ませた。

 

『……これから敵地へ乗り込もうとしている人に励まされてるようじゃダメっすね。崩玉が既に完成している場合を踏まえて話しましたが、藍染とやり合わずに済むのならそれに越したことはない。生きて帰ってくることを一番に考えて下さいよ?』

『浦原さん……。わかりました』

『くれぐれも気を付けて』

『はい。本当にありがとうございました』

 

 浦原に向けて深く腰を折り、空間の裂け目から現れた黒腔へと向き直る。

 そうして沙羅は虚圏へと飛び込んだのだった。

 

 

 *

 

「願いを叶えるだぁ? んなもんどうやって相手すんだよ」

 

 話を聞いて渋面を浮かべたグリムジョーに沙羅は薄く口を開いた。

 

「崩玉には意思がある。それなら……崩玉自身にも願いがあるかもしれない」

「……おまえの卍解か」

 

 隣に立つウルキオラが組んでいた腕を解いて沙羅の斬魄刀に目線を向ける。

 

 所有者の願いを叶えるという崩玉。その崩玉自らが意思を宿し、内なる願いを秘めているとしたら──

 

「夢幻桜花。崩玉にも卍解は通用すると思うか?」

『……明言はできません。先程も言ったように、私の能力は対象者の願いを読み取り夢の中へ映し出すこと。いくら意思を持っていたとしても、崩玉は生命体ではなく物質です。私の内部干渉が正常に作用するとは限りません』

 

 ウルキオラの呼びかけに姿を現した夢幻桜花は伏し目がちに告げたものの『ただ……』と顔を上げた。

 

『崩玉が強い願いを宿していれば、あるいは──』

「可能性は皆無ではない、か」

 

 ウルキオラが続けたことで沙羅の瞳にも力が籠もる。相変わらずグリムジョーには夢幻桜花の姿が見えていないのでつまらなそうに首を掻いていたが。

 

「なるほど。試す価値は十分にあるな」

「うん。結果がどうなるかはわからないけど……」

 

 自分たちの命運全てを委ねるにはあまりにも勝算の低い賭け。それでも、ウルキオラが言ったように可能性は皆無ではないのだから。

 

「面白れェ。いいぜ、おまえの案に乗ってやる」

 

 パンッと掌に拳を当てるグリムジョーの言葉にも後押しされ、沙羅は力強く頷いた。

 

「まず為すべきは崩玉の所在を確認することだ。藍染様が所有しているのは間違いないだろう。既に体内に取り込んでいることも考えられる」

「体内に取り込んでるもんにどうやって卍解を喰らわせるんだよ。こいつの卍解は解放の瞬間を見てねえと意味ねえんだろ?」

「ううん、発動の方法は他にもあるの。卍解状態にある夢幻桜花で直接触れることができれば、同じ効果が発動するはず」

「……」

「……え? 何?」

 

 瞠目して黙り込んだグリムジョーに慌てて問いかける。

 

「おまえな……てめえの手の内を簡単にぺらぺらと喋ってんじゃねえよ。おまえの卍解が藍染攻略の切り札なんだぞ? それがどんなに重要な情報かわかってんのか?」

「? グリムジョーだから話したんじゃない。他の人にまでぺらぺら喋ったりしないよ」

 

 まるで疑いのない瞳で見つめてくる沙羅にグリムジョーは肩の力が抜けるのを感じた。

 確かに手を貸すとは言った。言ったが──

 一度は命を奪われかけた相手に、こうも全面的に信頼を寄せるとは。

 

「理解に苦しむだろうな。だが沙羅は昔からこういう奴だ」

 

 そんなグリムジョーの内情を察してかウルキオラが半分諦めたような顔で告げる。

 

「ちょっと、こういう奴ってどういう奴? 今絶対バカにしたでしょ」

「手放しで誉めたつもりだが?」

「またそうやってバカにして!」

 

 むくれる沙羅と慣れた様子でそれを流すウルキオラ。

 そんなふたりを見て、ウルキオラの言った『昔』とは一体いつを指しているのだろうかとグリムジョーはふと気になった。少なくとも自分がウルキオラの変化に気づいたここ数カ月の話ではないように思える。

 だとしたらこのふたりはいつ、どこで出逢い、どんな時間を重ねてきたのか。

 

 無論今訊ねるようなことではない。だがこの闘いが終わったとき、互いに生き延びていたならそのときは──

 

(暇つぶしに聞いてやってもいいか)

 

 そう内心で呟いてグリムジョーは緩く口の端を持ち上げた。

 

 

「いずれにしても崩玉の正確な場所を把握することが最優先だ。体内に取り込まれているなら尚更、的確にその部位を狙う必要がある」

「そうね。少しでも外したら卍解も発動しないだろうし」

「手っ取り早いのは藍染に崩玉を使わせることだな」

「ああ。ある程度の傷を負わせることができればあの人は崩玉の力を使うはずだ」

 

 簡単に言ってはみたものの、藍染相手にそれ相応の傷を負わせることの難しさは三人とも熟知していた。

 それでも、やらねばならない。

 

「崩玉の在りかが判明したら──沙羅、おまえの出番だ」

「卍解して、崩玉を狙う……」

 

 引き締まった面持ちで頷いて、沙羅は夢幻桜花の柄を握り直した。

 

「それまではおまえは前に出るなよ。この作戦の成否はおまえにかかっているんだからな」

「うん」

 

 そして幾度となく死線を共にしてきた愛刀に向けて胸中で語りかける。

 

(お願いね、夢幻桜花──)

 

 きっとこれが、最後の闘いになる。否、最後にしなければならない。

 そうして沙羅たちは藍染が待ち受ける玉座の間へと向かったのだった。

 

 

 **

 

「ううう……おおおおおおッ!!」

 

 鮮烈な光を放つ崩玉を押さえもがき始める藍染。

 胸に突き刺さる鏡花水月ごと宙へ投げ出された沙羅は、地面に叩きつけられる寸前でウルキオラの腕に受け止められた。

 

「沙羅!」

「ウルキオラ……大丈夫?」

「俺の心配をしている場合か!」

 

 険しい表情で沙羅を覗き込みながら、ウルキオラは注意深くその身体を横たえる。刀に胸を貫かれ、鮮血に染まる沙羅の姿はウルキオラに百年前のあの瞬間をまざまざと思い起こさせた。

 

(また護れなかった……沙羅だけは護ると決めたのに……俺は!)

 

 鏡花水月を引き抜こうとする手に震えが走る。

 

(ここで沙羅を失ったら、俺は一体何のために──)

 

 焦燥に駆られるウルキオラに、ふっと優しい体温が灯った。小さな白い手が重ねられている。

 

「……平気。私なら大丈夫だから」

「どこが──ッ」

 

 どこが大丈夫だ──そう告げようとした次の瞬間、沙羅の身体に起こった変化にウルキオラは目を見開いた。

 沙羅の胸元がまばゆい光に包まれている。鏡花水月を引き抜くとその傷口はみるみる塞がった。

 

「これは……」

 

 沙羅の表情から苦悶の色が消え、切れ切れだった呼吸も規則性を取り戻す。ウルキオラが愕然としながら前方へ目をやると、その光はもがき苦しむ藍染の胸の中心部から放たれていた。

 

「崩玉の超速再生が……? なぜ沙羅に──」

 

 目を凝らしたウルキオラはそこで崩玉が淡い薄桃色の光に染まっていることに気づいた。その輝きは沙羅の斬魄刀・夢幻桜花に酷似していて。

 しばし傍観していると沙羅がゆらりと身体を起こした。

 

「沙羅」

「大丈夫。……届いたの、崩玉に」

 

 起き上がった彼女は強がっているふうもなく、落ち着いた面持ちでそう告げた。その瞳はまっすぐに崩玉を見据えている。

 

「貴様……何を……私の崩玉に何をしたぁっ!!」

 

 胸の中枢から発せられる身を裂かれるような激痛に悶えながら、沙羅へ向けて破道を放つ藍染。だが強大な霊圧の塊は藍染の手から離れたその瞬間崩玉へと吸い込まれた。

 

「……⁉」

「崩玉の意思を解放したんです。あなたに強要された願いじゃなく、崩玉自身の願いを叶えられるように」

「何だと……?」

 

 ここへきて、初めて藍染が狼狽する。自らの思惑とはまるで異なる状況に、これまでに感じたことのない底知れぬ恐怖を覚える。

 

「崩玉にも意思がある……私たちと同じように、願う心がある」

「意思だと……⁉ バカげたことを!」

 

 崩玉の守護から弾かれ元の姿へと戻った藍染は、髪を振り乱して声を荒らげた。

 

「そんなものに何の意味がある! 私は神となる身だ! 私が使役してこそ崩玉の力は活かされる! 私の一部となりこの天地全てを治める──それこそが崩玉の存在意義だ!!」

「いいえ。崩玉はそんな目的のために生み出されたわけじゃありません」

 

 きっぱりと首を横に振った沙羅は強い瞳で続けた。

 

「崩玉は、浦原さんが死神の能力の限界を取り払い、より洗練された魂魄へと高めるために生み出したもの……。そうすることで、全ての魂の安寧を守れるように──」

 

 かつては護廷の十二番隊隊長であり、技術開発局の創設者でもあった浦原喜助。こと発想力とそれを実現させる技術力において非凡な才能を有していた彼は、独自の研究開発の末、死神と虚の境界を超える物質『崩玉』を作り出すことに成功する。

 しかしそれは彼ひとりの手に負える代物ではなかった。

 

 自然の摂理を大きく捻じ曲げた禁忌の物質──すぐにその危険性を悟った浦原は崩玉の破壊を試みるが、そのとき既に崩玉は自らを強固な結界で包み込んでおり、外部からのあらゆる干渉を遮断していた。

 八方手を尽くしたもののとうとう崩玉を破壊できなかった彼は、やむなくその隠し場所として朽木ルキアを選ぶ。浦原はこの選択を生涯悔いることになるが、それでも断行せざるをえなかったことがこのときの彼がいかに追い詰められていたかを物語っているだろう。

 そしてそれに気づいた藍染が、ルキアの魂魄から崩玉を奪うべく動き出したことから悲劇は始まる。

 中央四十六室の暗殺、護廷十三隊の分裂と内紛、双殛によるルキアの処刑。思惑通りに崩玉を手に入れた藍染は尸魂界を離れ、虚夜宮にて数多の破面を束ねる王となる。

 全ては王鍵を創生し、自らが霊王に替わる存在となるために──

 

「あなたは崩玉を使って多くの破面を生み出した。その破面たちを使って多くの血を流し……多くの魂魄を取り込んだ。でも、崩玉はきっとそんなことは望んでない」

 

 崩玉には、確かに願いを叶える力があるのかもしれない。

 死に瀕したルキアが一護に霊力を明け渡したように。

 友を守りたいと切望した織姫が能力を開花させたように。

 奇跡を起こす力があるのかもしれない。

 

 藍染の望みである王鍵の創生さえも、崩玉の力をもってすれば不可能ではないのかもしれない。

 だが、果たしてそれは崩玉自身の願いなのだろうか。

 

「崩玉に願いがあるとしたら……それは生みの親である浦原さんの願いのはずです」

 

 そう。最初にあったのは至極純粋な願い。

 死神の能力を高め、尸魂界の平和を守りたい。

 ただただ魂の平穏を追い求めた浦原喜助のその想いこそが、崩玉の願いに違いないのだから。

 

 

「だから……私を拒むというのか? 崩玉が──この私を!」

 

 ギリッと歯噛みして胸に埋め込まれたままの崩玉に手をかけようとする藍染。だがその手が崩玉に触れることは叶わず、強力な結界により弾かれる。崩玉は燃えたぎる炎を宿すと瞬く間に藍染の全身を包み込んだ。

 

「うおおおおおおおっ!!」

 

 身を焦がす灼熱に叫びを上げる藍染を、沙羅とウルキオラはやや距離を置いた場所から見つめる。

 完全無欠を自負し、己こそが神に相応しいと、あらゆる障害を排除し制圧してきたこの男。断末魔にも似たその悲鳴に込められているのは怒りか、はたまた絶望か──

 目を背けたくなる光景を沙羅はぎゅっと胸の前で拳を握りしめたまま捉えていた。

 

 これが、崩玉の意思。

 これが、彼が受けるべき報い──

 

 

 藍染の霊圧の異変は、玉座の間から遠く離れた場所で対峙する乱菊にも即座に感じ取れた。

 

「なにこれ……藍染の霊圧が変わった……?」

 

 この虚夜宮を覆い尽くすほどの強大な霊圧が消えたわけではない。確かに存在している。

 だがそれは、先程までとは全く異質なものへと変化していた。まるで別人と化したかのように。

 同じように上方を仰いだギンもまた、訝しそうに眉根を寄せた。

 

「崩玉を──奪ったんか……? まさかそないなこと……」

「沙羅よ! あの子がやったんだわ!」

 

 異質な霊圧の傍にはおぼろげながら沙羅の霊圧も感じられた。

 恋人との再会を果たした沙羅は、全ての決着をつけるために藍染の元へ向かったのだろう。そして自らの手で幕を引いた。

 

「すごいわ……藍染に勝つなんて! これでもう──」

「あかん。そない簡単な話やない」

 

 顔を輝かせた乱菊にギンが小さく首を振る。その表情は珍しく焦燥を顕わにしていた。

 

「ホンマにあの人から崩玉を引き剥がしたんやったら、崩玉奪ってハイ終わりじゃ済まへん」

「それってどういう意味……」

 

 ギンに向き直った乱菊は自身を包み込まんとする白い閃光に目を瞠った。

 しまった、油断した──そんな思考が頭を掠めたのはほんの刹那。乱菊の意識は瞬く間に深淵へ引きずり込まれていく。

 

「ギ、ン……」

「……ごめんな、乱菊」

 

 崩れ落ちる乱菊の身体をすっと抱き止めたギンは、哀しそうに呟き、瞼を伏せた。

 

 

 *

 

「う……あぁ……」

 

 玉座の前にはがっくりと膝をつき変わり果てた藍染の姿があった。叫ぶ力も尽きたのか、時折小さな呻きとともに苦しげに喉を震わせている。

 そんなかつての王を、ウルキオラは神妙な面持ちで見据えていた。

 できることなら──この人のこんな醜態を目の当たりにしたくはなかった。

 ここへきて憐みの情が湧いたわけではない。未だ偽りの忠誠心で縛られているわけでもない。

 それでも彼は、ウルキオラの

 否、この虚夜宮に集う全ての破面の

 只一人の主、だったのだ。

 

 

「……勝負はついた」

 

 ウルキオラの声が玉座の間に虚しく響く。

 

 崩玉は藍染を主として認めなかった。

 だが、彼が崩玉に抱いた願いは、誰よりも強固なものであったに違いない。

 

 ──王鍵を創生して霊王を倒し、自らが天地全てを支配する神となる──

 

 生まれつき類いまれな才能を宿していたがために、死神としてあるまじき理想を追い求めた藍染。

 その確固たる想いが彼を突き動かし、崩玉を手中に収め、虚圏を支配するまでに至ったことは確かな事実なのだ。

 ……それがいかに死神の理念からかけ離れた願いであったとしても。

 

 

「これで終わりだ──」

 

 

 長きにわたり藍染惣右介が切望してきた大いなる夢は

 

 かつて不要と切り捨てたはずのひとりの死神と

 

 自身の傀儡として利用していたはずの破面の手により

 

 その本懐を遂げることなく、(つい)えた。

 

 

 ***

 




《Unfinished Dream…見果てぬ夢》

 追いかけても、追いかけても。届かぬその夢への道のりは、果てなく遠く。


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