人は時に命を懸けることが出来る生き物だ。
命を懸けて愛する者を守った英雄の話は、美談として多く残っている。そして母もそんな英雄の一人として名を残している。6年前、俺は母に命を救われた。
天の智慧研究会。アルザーノ帝国に蔓延る魔術結社の一つ。6年前、天の智慧研究会は俺から多くのものを奪った。
俺が育った故郷の村ラムス。
共に笑いあった多くの友。
そして誰よりも俺を愛してくれた母。
母は俺を庇って死んだ。それは俺が殺したのと変わらない。俺に力が無かったばかりに、母は死ぬことになったのだ。母は大陸最高峰の魔術師の一人で、第六階梯にも至った人物。俺を庇わなければそうそう死ぬ事は無かったはずだ。
その日から俺の目的は変わらない。
自分の手を血で染めることに微塵の躊躇もない。
母が命を懸けたように、俺は命を懸け自分の手を血で染め、一人残らずこの外道共を殺し尽くそう。
あぁ、それでも───
「───準備はいいかの?」
魔導器からの通信で現実に引き戻される。通信が入ったということは、ターゲットをポイントまで誘き寄せる事は出来たようだ。
となればここからは自分の仕事だ。
瞼を開けて高鳴る気持ちを抑え、深呼吸をする。
「はい。仕掛けます」
遠見の魔術で敵の位置を確認する。敵の位置はそう遠くなく、今もこちらへと向かっていた。ある程度近づいたタイミングで、男は屋根より飛び降りる。
路地裏に鮮血が舞う。
つい先程まで共に逃げていた仲間の死体がそこにはあった。男達は突然の出来事にただただ戸惑う。
ふと見渡せば、どこから現れたのか一人の少年が立っている。街灯はなく、月の光で僅かに顔が見れるだけである。この街は既に放棄されており、住んでいる人間はいない。何故ここにいるのか。
月明かりが少年を照らすと、少年が剣を携えていることに気付く。その刃は赤く染っていた。
ようやく状況を理解した。この少年が仲間の首を切り裂き命を奪ったのだと。
「てめぇ……! よくも……!」
仲間を失った男達は怒りに身を任せ魔術を唱える。だが殺しの場において冷静さを欠くことは死に直結する。安易に放たれた魔術を男は軽々と躱し距離を詰める。
二人が自分達の行動がいかに軽率だったか気が付いた時にはもう遅い。
既に少年の間合いだった。
「た、たすけ──」
必死に助けを乞うその言葉が最後まで紡がれることは無い。
「外道風情が」
少年は吐き捨てるように言うとその場を後にした。天の智慧研究会。アルザーノ帝国に蔓延る魔術結社の一つだが、その内情は謎に包まれている。組織には位階があり、今回のターゲットは第一団《門》。
「こちら《正義》。雑魚は殺しました。それでターゲットは?」
移動しながら魔導器を起動し仲間と連絡を取るとすぐに応答した。
『捕捉した。そこから西南に500メトラだ。そのまま南下している』
『二人は相変わらずじゃのう。二人との仕事は楽でいいわい』
「仕上げも俺がやりますよ。さっさと捕らえていけ好かない《魔術師》さんへの手土産としますか」
『油断はするなよ』
「殺してやりたいところですが今回のオーダーは
『……』
そう今回のオーダーは
程なくしてターゲットを視界に捉えた。戦いにおいて奇襲は絶大な効果を発揮する。敵に一方的に攻撃する事ができるからだ。奇襲が成功するか否かで難易度は大きく変わる。幸いここは既に放棄された街だ。住民を気遣う必要は無い。
魔導器で合図を送る。程なくして後方より一閃の光が飛来する。それに合わせ同じく魔術を放つ。二筋の光が前方を走るターゲットの身体を貫かんとする。だがターゲットは突如として振り返り魔術を唱え打ち消された。でもそれは想定内。
既に投擲された二対の剣が、振り返ったターゲットに迫っていた。それもまた身体を逸らすことで躱されてしまうが、少年は構わず魔術を唱える。
「《爆散せよ》」
二対の剣が輝きを放つ。瞬時に男は自分が置かれた状況を理解し魔術を詠唱する。
「ちっ、《光の障壁よ》」
剣は爆発を起こした。周囲の状況からその威力が伺える。それでも男は無傷。【フォース・シールド】の魔術によって爆発からその身を守っていた。
「《吠えよ炎獅子》」
間髪入れず少年は黒魔【ブレイズ・バースト】を放つ。獅子の如く火球が駆ける。男は後方に大きく飛び回避する。先程まで男が立っていた場所には爆炎が広がっていた。
「《雷帝の───》」
黒魔【ライトニング・ピアス】で反撃を試みる。そこで気付いた。少年がこちらへ向かって腕を突き出していることを。自分が取るべき行動は反撃ではなく防御だった。だがもう遅い。少年が指を鳴らすと再び【ブレイズ・バースト】が起動した。
襲い来る炎に為す術なくその身を爆炎が襲う。
その身を炎で焼かれ男の叫び声が響く。
「あああああああああ」
「安心しなよ。殺しはしない」
突如として炎が消える。それを好機と見たか、男は途切れそうな意識を保ちつつ攻撃に転じようとした。が、そのような隙などあるはずも無く、少年の回し蹴りが炸裂し、男は地面に叩きつけられる。
実力差は歴然。
どう足掻こうと自分ではこの少年には勝てない。それを悟りその場から逃げ出そうとするも【グラビティ・コントロール】により数倍の重さになった足で身体を踏みつけられ、それは叶わない。その重さに耐えきれず骨は折れ、男は思わず苦悶の声を漏らした。
そんな中、少年は淡々と問い掛けた。
「ひとつ聞かせてもらおうか。ラムス村襲撃の首謀者は誰だ。どこにいる」
「し、知ら……ない」
「そうか」
様子を見るに嘘はついていないようだ。少年は剣を取り出し足元の男へと向ける。
「とりあえず腕を一本切り落とそうか。オーダーは生け捕りだからな。間違っても死んでくれるなよ」
それは少年の歳から考えればあまりにも似合わない言葉。男はこの少年に確かな恐怖を覚えた。だがそれでも。圧倒的不利に陥り自身の敗北がほぼ確定しているこの状況で男は不敵に笑った。
「舐めるなよ。帝国の犬が」
男が指を鳴らすと背後に巨大な召喚陣が出現し魔獣が現れる。魔獣は少年へと襲いかかる。つまりは罠。まんまと敵の術中に嵌っていた。魔獣の攻撃を躱すことは不可能かに思われた。しかし少年は冷静だった。
「バーナードさん」
「やれやれ人遣いが荒いのう!」
身を潜めていた一人の老人が飛び出すと一撃でその魔獣を仕留めてみせる。
正真正銘の奥の手も全く通用しなかった。
少年は男を気絶させ、魔術を使い拘束すると、同僚の老人が近付いてきた。
「相変わらず見事なお手前じゃが、やりすぎじゃ。気持ちは分かるがの」
「……そうですかね。こいつらは容赦なく殺すしか無いと思いますが」
それだけ答えると少年は一人先に歩いていく。かつての少年を知る老人は言わずには居られなかった。だが事情を知るだけにそれ以上言及することも出来ない。
「
誰にも届くことの無いその小さな呟きは、暗い闇に包まれた街に消えた。
今の俺には何も無い。
何も無い俺は母のように守ることは出来ない。守ることが出来ない以上奴らを殺す事に命を懸けよう。
俺にとっての正義は守ることではなく殺す事。
俺は正義の魔法使いとは違う。
俺は誰かを助ける為、守る為に魔術は振るわない。ただ殺す為に魔術を使う。
俺の
でも
俺もいつかは誰かの為に命を懸けれるのだろうか。かつての母のように。