ポケットモンスター虹 ~SevencolorS Gate~   作:裏腹

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岩窟王の記憶
01.人獣の邂逅


 ポケジョブ――――別名『ポケモン職業紹介所』。

 ラジエスシティに存在する、トレーナー向けの労働を斡旋してくれる公的機関である。

 企業、個人は勿論のこと、長期、短期、日雇いも問わず様々な求人が出されるその性質は、寧ろ依頼所に近い。

 利用者は主に資金を必要とされる旅のトレーナーが多く、得意なポケモンの経験を費用稼ぎに活かせるという事で、彼らにとっては非常に画期的なシステムだ。

 

「…ぃよし! とうちゃーく!」

 

 田舎町“オレントタウン”から繋がる17ばんどうろを西へ西へと進んで、突き当たる山岳地帯。

 人の手で整えられた道を塞いで連なる高い山々は、ついさっきまで左手から望めていたラフエル洋の青さも忘れさせてしまうほどに、荘厳なものであった。

『この先、危険!』親切だった遊歩道のガイドが途切れると、麓で立て看板が警告した。

 

「上等……危険の『険』は冒険の『険』、危ないの恐くて旅なんか出来ないわよ!」

 

 聳える緑はまるで、特撮映画に出てくる巨大怪獣のよう。

 されど恐れぬ旅人“シイカ”は、肩に乗るモモンガポケモン『エモンガ』と共に、威勢よく山頂を指差した。

 自然界の縮図、人獣共存の理由、ポケモン達のラジエスシティ――様々な呼ばれ方をするこの地は“シエトの峡谷”なる正式名を取る。

 険峻さが織り成す長く苦しい道は、最後のジムを目指す者ならば避けては通れない。

 だが今回、シイカがトレーナーの試練場に訪れた理由は、単なる冒険、というわけではない。

 

「にしても、遅いなぁ。あたしが早すぎたのかな……」

 

 詰めるだけ詰められてパンパンに膨れたリュックからガサゴソと取り出すのは、ポケジョブで受けた求人の詳細が記された依頼書。

 

『9月15日午前10時、シエトの峡谷のオレント側入り口前にて待ち合わせ』

 

 依頼主は“ラーレ”という人物らしい。なんでも自営業のシステムエンジニアだとか。

 

「……うん、合ってるよね。ちゃんと五分前行動だし、早過ぎなんてことはないはずなんだけど」

 

 きょろきょろ周囲を見回しても、シイカを除いて人はいない。

「だれかー! いませんかー!」山の方へ大声で呼びかけてみても、無音だけが寝そべって、小首を傾げる彼女を置き去りにするばかり。

 

「っかしいなあ……一緒に依頼を受けた人もいるはずなんだけど、全然見当たらな――」

「だれかーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

「……!」

 

 そのリアクションは、タイムラグがあった。

 やまびこと呼ぶにはあまりに再現度が低すぎる男の声が、近くの茂みから聞こえた。

 ただ事ではまず出ないであろうその声色を悟ったシイカは、迷わず峡谷内へと飛び込んでいく。

 

「……いた!」

「助けてくれーーーー! 大自然にころされるーーーーーーっ!!」

 

 葉掠れの音を振り切り、木漏れ日のカーテンを抜けた先で、声の主はいた。

 山道にて伏し、丸くなる男。そして彼を囲んで次々と攻撃を加えるポケモン『アブソル』の群れ。守って立ち向かう白のイーブイは、恐らく彼の手持ちであろう。

 しかしろくな指示もないので、まるで戦えていないばかりか、傷だらけだ。

 シイカはそれだけで自分が何をすべきか、理解した。

 

「エモンガ、お願い!」

 

『ももももーっ!』指さすために伸びた腕の上を駆け抜け、ジャンプし、テイクオフ。

 カタパルトの要領で発進したエモンガはその勢いで戦闘に乱入、まるで戦闘機のように、

 

「“10まんボルト”!」

 

 アブソルたちに挨拶の電撃を浴びせる。

 それは迸ってバチィン、と小気味よい音を立てたものの、決定打たり得ない。立ち直る唸り声が言っている。

 

「き、君は……!」

「早くイーブイを下げて、あたしの後ろに!」

「わっ、わかった!」

 

 視線がエモンガに集まった。構わず追撃に“10まんボルト”を放つが、これもまた倒すには足りない。

 

「強い……!」

 

 エモンガの育成不足だろうか。いや違う。

 これもまた、シエトの峡谷が人々に避けられる理由であった。

 過酷な自然を生き抜いているため、必然的に生息ポケモン達のレベルが高いのだ。一般人は当然のこと、半端なトレーナーでも太刀打ちできないほどの個体がごまんと居る。

 

「じゃあ、これはどう!?」

 

 頬で電気が弾けた。

 

「このかわいさに痺れなさい!」

 

 そこから一気に急降下。それ即ち、射程外からの攻撃を諦めた証明。

 地面すれすれで駆ける飛翔体を迎撃せんと“サイコカッター”が放たれた。

 

「当たるもんですか! いけ、“ほっぺすりすり”!」

 

 何度も何度も、すり抜ける。

 矢継ぎ早に放たれる三日月状の刃をアクロバット飛行で回避し、肉迫。果てで当てるのは雷でも拳でもなく、頬であった。

 弱い電気でも、密着して流し込めば相当な効果が期待できる。例えば、痺れを起こすことなど、雑作もないないことだろう。

 技“ほっぺすりすり”は、対象に状態異常『まひ』を付与する技であった。

 一体に頬擦りすると、その躰を踏み台にジャンプ、もう一体に取り付き電流を奔らせる。木から木へ飛び移るモモンガの習性が存分に発揮され、もれなく不自由を強いられるアブソル。

 

「よし……!」

 

 が、敵の全てをまひ状態にして喜ぶのも束の間、アブソルは苦し紛れで再度“サイコカッター”を撃った。

 シイカが訝るのは、それの行き先がエモンガとは程遠い明後日の方向だったからに違いない。

 すぱん。悲鳴を伴って、道の脇の樹木が一本、切り倒される。アブソルたちはそれに群がったかと思えば、一斉に樹冠に頭を突っ込んだ。

 なんだろう。一体何をする気だろう。

 

「――……木の実!?」

 

 次に目が合った時、答え合わせは成された。

 白毛の獣たちが咥えていたのは、赤く熟したクラボのみ。

 食せばまひ症状を治癒できる、大自然の恵みだが――。

 

「嘘でしょ、知ってて使ってるの……!!?」

 

 野生の範疇を逸脱した知能の高さに、驚きを隠せなかった。

 そんな少女の表情もお構いなく、折角の攻撃をふいにするアブソルたち。

 果汁滴る牙を剥き出しにし、嘶いた。

 咆哮に呼応するように増えていく仲間。伴い大きくなる群れ。

 唸って吼えて、そして言う――『これが自然の力だ』と。

 

「くっ……!」

 

 野放しの獣の脅威を知った時には、もう遅い。

 自分を囲う輪が、出来ていた。

 エモンガと一緒に構えるシイカ。どうにかして退路をこじ開けねば。戦い続けるのは、明らかにまずい――。

 

 

「――“ナイトバースト”!」

 

 

 今にも飛び掛かろうとした瞬間に、その声は響いた。

 あろうことかシイカを包囲するアブソルのうちの一体が、突如として他のアブソルに攻撃を加え始めたではないか。

「何……!?」次々続く闇色の波動で、獣の檻が崩れていく。

 急すぎる眼前の展開に唖然とし、瞬きを繰り返しているうち、奇行に走るアブソルが、本当はアブソルでないこと(・・・・・・・・・)に気付く。

 

「ぞっ、ゾロア!?」

 

 それは特性“イリュージョン”でアブソルに成り済ました、黒い子狐。

 変装を解くやいなや『ぎゃう!』と強く吠える。

 

「今だ、こっちに!」

「! ……うん!」

 

 倒れたアブソルの向こうで、オレンジの髪の少年が手招きする。発声を合図にゾロアが駆ければ、もはや説明は不要だろう。

 シイカは彼らの誘導に従い、縮こまって伏せるだけの男を連れ、その場から一目散で離脱した。

 

 

 

「一体、何のつもりですかっ!?」

 

 逃げた先の岩場で、叫び一歩手前の叱責がびりびりと響く。

 仰天し、たまらず飛び立つ鳥ポケモンの群れ。休憩を邪魔してしまった。

 シイカはばたばたとした忙しない羽音に一瞬だけ気を取られてから、再度男の方へ向き直る。

 

「まともな指示もなしに、ポケモンだけを前に出して戦わせるなんて……あなたの盾じゃないんですよ!? それでもトレーナーですか!」

 

 説教が行われていた。

 いい歳をしたうだつの上がらなそうな長身痩躯の男が、一回りも小さな年若い女性にがみがみ叱られる。傍目から見ていても不甲斐ない光景だ。

「だ、だから、ごめんって」日常的な猫背をさらに丸めて、セットもされていないぼさぼさの頭をかく。続く言葉はとても小ぶりで、やっぱり頼りない。

 

「アブソルはあまり人前に現れないポケモンだから、テンション上がってついつい追いかけてしまったんだよ。本当は単身で峡谷内に立ち入る気はなかった。許してくれ……」

「まったく……シエトの峡谷は危ないってことで有名なんですから、次からは気を付けてください」

「まあまあ、いいんじゃないか? 本当に悪気があった訳ではなさそうだし」

「で、でも……」

 

 そこでシイカに待ったをかけるのは、オレンジの髪の少年。

 イーブイの手当てをしながら、彼をフォローする。きっと見かねているのだろう。

 

「それにさ、あそこで悪気を持つようなら、ポケモンだってこんなボロボロになるまでこの人を守らないって。……そうだよな?」

 

 包帯を巻きながら、イーブイに語り掛ける。やたら手際がいいのは、旅慣れの証拠だ。

 一通り手当てを終えた後、イーブイを男の元に返して「こんなもんかな」と立ち上がると、二人からの礼をまとめて受け取った。

 

「助かりました……あなたとゾロアがいないと、どうなっていたことか……」

「いいってこと! 迂闊に飛び出さず、木陰から様子を窺っていて良かったよ。結果的に出てきた応援に、自然な形であいつを紛れさせることが出来た」

「いや~、あれは本当にすごかった! 特性のイリュージョンを用いた変装と、そこからのド派手な種明かし! まるでスパイ映画のクライマックスさながらだ……! 僕は感動したよ、ゾロアにあんな戦い方があるんだ、とね!」

「調子良すぎないかぁ……?」

 

 鼻息を荒くし、先ほどまでのしおらしさが嘘のようにべらべらと語る、そんな男の振る舞いに困惑しつつも、少年はカバンのベルトを肩にかけ直す。

 それはいかにも別の場所へ行き、用件を足す、といった風であった。

 

「じゃあ俺、待ち合わせがあるから」

「……ダイさん?」

「……へ?」

 

 身を翻し数秒、知るはずもない相手から己の名を呼ばれ、固まった表情で振り向いた。

 ……冷静に考えれば、人がいることさえ稀なこの場所で、二人もの人物とエンカウントすることを、まず疑うべきだった。

 

「……そういう君はもしかして、シイカさんだったりしちゃったりしちゃわなかったり……?」

「ええ!? き、君たちがそうなのかい?」

「まっ、まさかそのリアクション……!」

「ひょっとして、あなたがラーレさん!?」

 

『ええーーーーーーーーーっ!?』用意された必然は、偶然というお膳立てによって、回り出す。

 

 

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

『シエトの峡谷で、伝説のポケモン探しを手伝ってほしい』

 ポケジョブでダイとシイカが受けたその依頼こそが、ラーレのものであった。

 奇妙な巡り合わせで結成されたパーティだったが、さすがにもう慣れたか、会話も途切れることなく進んでいく。

 歩みも同様。足並み揃えて、ちゃんと進んでいる。

 

「なるほどね……ラーレさんは戦えないから、俺らみたいのを必要としてたってことか」

「その通り。僕は沢山のポケモンを持って……失礼、全てのポケモンを所持しているんだけれど、恥ずかしながらバトルは本当に下手くそでね。シエトどころか、そこらの野生のポケモンにさえ満足に勝てないと来ている」

「どうやってポケモン集めたんですか……」

「そりゃあ、ショップから購入したり、育て屋さんからタマゴを譲ってもらったり、こうやって君たちみたいな人にお金を積んで捕獲してもらっているのさ。オシャレボールなんてのはまさに君らの出番! お世話になっているよ」

 

 朽木や枯草、落ち葉で作られた、でこぼこの坂を行く。

 

「しかし、きついな……心臓が破れそうだ……」

「弱音は吐かないようにしているけれど、噂通りの過酷さね……」

 

 舗装されているだなんて、甘い見立てでしかない。

 伸び放題のつるは時として足が引っかかりそうになるし、角度の激しい斜面は健脚がなければ滑落は免れない。

 いくら旅人いえど、ダイもシイカもここに踏み入るのは初めてで、予定調和のように苦しめられる。シエトの洗礼は想像以上だ。

 

「おーい、こっちこっち! これぐらいでへばっちゃいけないよ、まだまだ先は長いんだから!」

「いつの間に先に!?」

「っていうか、なんでラーレさんだけポケモン使ってるんですか!? ずるいです!」

「人聞き悪いなあ、自分のポケモンに助けてもらってるだけじゃないか。それに、こいつは一人用! 二人以上が乗ると重たいのさ。それじゃあ、お先に!」

 

 山にあっては山が助く。言葉通り、山岳を住処とする『サイドン』の力を借り、ラーレはさっさと急いでダイとシイカを置いてけぼりにする。

 男の身勝手さに、唇をわなわなとさせる少女。

 

「お、落ち着けって、悪意がある訳じゃないんだし……!」

「無自覚なら余計にダメでしょう、こんな自分勝手! 少し言ってやります!」

 

 さすがに二度目のフォローは機能しなかった。

 シイカは憤って、サイドンの足跡を辿ってずんずんと奥へ進んでいく。

 緑をかき分け、石を乗り越え、やがて途切れ、行き詰まる足場。

 背中を向けたまま佇むラーレに「ちょっと!」と乱暴に声をぶつけ、彼の隣に立つ。

 

「…………!」

 

 その直後に、体は固まってしまった。

 

「わあ…………!」

 

 断崖絶壁の向こうで広がる、グリーンの化粧をした巨大な土壌の塊。自分の何千倍もある、山、山、山。

 それらが形作る谷という景色は、途方もないほどに広くて、深淵で、なんだか神秘すら眠っているように思えてきて。

 際限なく流れ続ける水の音。きっと河川のものだろう。

 木霊する数多の獣の鳴き声。恐らく住民のものだろう。

 風に土の香りが乗ってきた。地溝から飛び立ったワシボンたちが、遥か高いスカイブルーへ昇ってく。

 

「綺麗……」

「……ここが未だ人にとって厳しいのは、英雄ラフエルが敢えて開拓しなかったことに由来する。どうしてかわかるかい?」

「いえ……」

「誰も彼もが寄り添いたい訳じゃない。中には近すぎない位置を取って、人間と適度な距離を保ちたいポケモンだっている――ラフエルはそういった存在を尊重し、多様な自然環境を内包したこの場所を、ポケモンだけの住処として残したのさ」

 

 視界に圧倒され言葉を失ったシイカを、我へと返すラーレ。

 

「手付かずだからこそ得られるものがあるし、見られるものがある。……そう考えると、何かが起きそうな気、してこないかい?」

 

 出会える保証なんてないし、そもそも存在の根拠だって、ない。

 伝説のポケモンを探すなんて、よくよく考えれば馬鹿げている。まともならばまず受けない。徒に疲れる悪戯だと吐き捨て、無視をする。

 それでも、彼女がこの依頼を受けたのは。

 

「……なんだか、わかる気がします」

 

 心が躍ったからに、他ならない。

 

「ガキみたいってわかっちゃいるけど、やっぱりいくつになってもわくわくするんだよなぁ……こういうのってさ」

「ダイさん……」

 

 何もないなんて、見ないと決められない。凄いものだと聞いたって、行かないと分からない。

 迷惑で、実に賢くないが、仕方がない。辟易する頃には、既に足が進んでいるのだから。

 

「――ある冒険者は、ここで『四本足で歩く、立派な二本角を生やした無骨な体躯のポケモンを見た』と言った」

 

 未知という字面だけで、魂が燃える。

 

「それは『牛のようだった』とも『岩のようだった』とも伝えられている」

 

 未開という事実だけで、胸が高鳴る。

 

「『猛獣に見えた』という話もあれば『剣を構えた戦士に見えた』という話もある」

 

 その目で確かめないと気が済まない、トレーナーの性を思い出す。

 生まれた時から決めていた。きっと彼らは冒険者。

 やがてダイも追い付くと、ラーレは二人へ向き直り、再度依頼内容を告げる。

 

「改めて、お願いしよう。この地で眠る伝説のポケモン『テラキオン』を、一目拝みたい。手伝ってはくれないかい?」

「……勿論です!」

「今更ですよ。俺達だって、そのために来たんですから」

 

 シイカとダイは、輝く瞳にシエトの絶景を焼きつけ、静かに、そして大きく頷いた。

 交わす握手は固く確かで、実に強いものであったという。

 

 

 

 右を向いても、左を向いても、立ち並ぶ樹木。

 ひとたび入れば迷ってしまい、魔物になるまで――即ち死ぬまで出られない、などと云われるこのエリアは『魔の樹海』という呼ばれ方をしているとか、なんとか。

 塔よろしく背を伸ばし、苔にまみれた様こそ、紛うことなき原生林の証明で。

 揺らぐ木の葉が、日向の形を自在に変える。

 

「よっと」

 

 ラーレは腰ぐらいの高さの岩の上に、ノートパソコンを置く。何やらくぼみがある外付けデバイスが取り付けられており、そこにモンスターボールを嵌め込むと。

「どうもありがとう、サイドン」一瞬にしてどこかへ消失する。

 

「消えた!?」

「転送さ、こんな感じにね」

 

 タッチパッドでパソコンを操作すると、今度はそのくぼみに別のモンスターボールが現れた。

 手に持って開ける。中から顔出したのは、コンパスポケモンの『ノズパス』だ。

 

「す、すごい!?!? 手品ですか!? なにこれ!!?!?」

「ははは、新鮮なリアクションをありがとう」

「……預けて、引き出した? ボックスみたいだ……」

「ご明察だ」

 

 カチリとデバイスを外し、二人に見せる。

 

「こいつは『ノートボックス』。ノートパソコンでもポケモン預かりシステムが利用できる、優れものさ。これとノートPCさえあれば、いつでもどこでも手持ちを変えられる……実質全てのポケモンを持ち歩いていることに等しい。試作品ではあるんだけどね」

「すげぇ……何者なんだ、ラーレさんって」

「なに、ラフエル預かりシステムの管理人というだけだよ。何一つ凄いことじゃあない」

「いやいやいやいやいや!! ポケモンコレクターよりもずっと自慢できることですよねそれ!?」

 

 システムエンジニアという肩書を、腑に落とす。

 トレーナーの世話になりながら、トレーナーの世話をしているということだ。

 世の中上手く出来ているな、なんて考えながら、いざ探索。

 

「……いや、待った」

「ダイさん?」

「どうしたんだい、そんな神妙な顔し……て」

 

 そうやって顔を上げた三人が目の当たりにする光景は、異質さを知るには十分すぎた。

 

「なんだ……これ」

 

 樹木の一本が、へし折られた状態で横たわっている。

 

「野生の喧嘩かな。まして整えられていない場所だ、こういうことは往々にしてあると思うけど……」

「……にしても、だ。この太さじゃ、折るのも相当苦労するだろうに……」

 

 ダイが不審がったのは、そこだ。

 人の手が加わっていない、生まれたままの姿で伸び伸び育った分厚い木が、そう簡単に破壊されるはずがない。たとえ野生ポケモン同士の争いであったとしても――ここまでの攻撃性は、過剰と言える。

 

「それに、断面を見てくれ」

「はい、ギザギザしてますね」

「そうじゃなくてな。あからさまに煙を吹いてる」

 

 歩み寄って触れれば掌に伝わる、痛みにも似た熱。これはまだ、この木が折られて間もないことを示している。

 

「え……えっと?」

「何か高熱のもので、焼き切られたということかな」

「断面周りの焦げ痕から見て、炎? でも黒ずむ箇所に偏りがあり過ぎる……継続的に焼かれて強度を落とされたものじゃない。もっと大きな火力を、瞬間的にぶつけられている気がする」

「つまり、ど、どういうこと?」

「痕跡から推測される攻撃が、変なんだ。この威力は敵意ってより、どっちかって言うと殺意みたいな」

「……必死になって攻撃するほどの、何かがあった?」

 

 少し黙りこくってから練り上げたシイカの言葉を、短く肯定。

 ダイは不気味なほどの静寂に背筋をくすぐられながら、さらに不安の種を発した。

 

「ただそれより、俺達がまず気付かなくちゃいけないことがある」

 

 一つは、ほんの少し前にも、ここで何かしらが起こったということ。

 もう一つは、この攻撃が野生ポケモンによるものであるということ。

 そして、最後。

 

 ――――野生ポケモンが優先されるべき此処にあっては、いかなる善性を備えようが、人など外敵でしかないということ。

 

「伏せてッ!!」最初に気付いたのは、シイカだった。

 直感、或いは虫の知らせ、というものだろうか。誰よりも敏く、早く、出し抜けに迫った危機を察知し、回避した。

 真っ先に瞳に飛び込むのは、黄色い閃光。遅れて来た音が、聴く者の鼓膜を戦慄させる。

 それは獅子の咆哮さながらの震えを以て、堂々と正体を明かした。

 

「うわぁぁ~~~~~~~ッ、耳がキーンとするぅぅぅ……!」

「雷――……!?」

 

 極太の雷電だ。ダイとシイカはそれが頭上をすり抜けたのを確認し、立ち上がる。

 続いて眼前に躍り出る唸り声は、電光ポケモン“ルクシオ”のもの。

 

「あれはルクシオだ!! 電光ポケモン、鋭い爪の先には強い電気が流れており、ほんの少しかするだけで相手を気絶させる! 四足哺乳類のヤマネコをルーツに持ち、樹林帯では凄まじい機動力を発揮する! ここにいるのも頷けるし、さっき出した技は恐らく“かみなり”だ!」

「さすがポケモンマニア、ピンチでも饒舌……」

「ちなみに図鑑原文ママ! 情報で助けるという最低限の義務は果たしたので、後は任せる! そして僕は! 早急に! 隠れるッ!!」

「いやはえーな!! 逃げ足はえーな!?」

 

 ラーレはそう言うと、先ほどと全く同じようにして、木陰で縮こまった。

 その速さたるや、カイリューの“しんそく”すら目ではない。

 

「ともあれ、これをやったのはコイツで間違いないみたいだな……!」

「野生ポケモンでこれだけの威力……油断せずにいきましょう!」

 

 身構える時間さえ、与えてくれないらしい。

 鼻息を荒らげ、目をかっ開き、牙を剥き出しにしながら、雄叫びと共に大出力の電撃を放つ。

 読み通りの“かみなり”だ。だがダイは怯むことなく、ビームじみた光線に向かってモンスターボールを投げつけた。

 

「やりようはあるさ、“ゼラオラ”!」

 

 電光ポケモンには、迅雷ポケモンを。飛び出した獣人“ゼラオラ”が、かみなりを真っ向から受け止める。

 凄まじい音を轟かせながらも、吸引の要領で全身に電気を取り込み、無かったことにした。

 

「特性“ちくでん”、お前がでんきタイプで良かったよ!」

「なんと、それはゼラオラじゃないか!? 現行図鑑では生息地不明になっている超希少種ッ!!! 後で写真を撮らせてくれ! そして願わくは専用技のプラズマフィストを見せ」

「気が散るから後にしてくれっ!!」

「“エルレイド”、あたしたちもいくわよ!」

 

 次ぐ反撃は、シイカを守る騎士“エルレイド”が請け負う。

 大技の隙を衝くよう急接近、手刀を滑らせ出す技は“ドレインパンチ”。

 

「そんな!?」

「あいつ、止めやがった……!」

 

 それを牙で咥えこみ、後肢で踏ん張って押し止めた。

 

「焦らないでエルレイド! ダブルチョッ――」『ルァアアアアアア!!』

 

 指示などさせない。そのままぶん回し、間近の木に激しく叩きつける。

 頭を打って前後不覚になった一瞬を、獣は決して逃さない。

 

「まずい、ゼラオラッ!」

 

 迸る三度の雷鳴。割り込んだ迅雷。

 まばたきの間にエルレイドを抱えて、再びダイの元へ戻る。

 残るのは杭で貫き折られたような樺色と、鼻をちぎりかねない焦げ臭さだけ。犯行の証明は完了だ。直撃したらと思うとぞっとする。

 

「また助けられました……、ありがとうございます」

「大丈夫。それよりも」

「はい……一筋縄じゃ、いかないですね」

「それもそうなんだけど」

「?」

「やっぱりおかしいんだ、様子が」

 

 ダイは、倒すことにばかりを気を取られている訳ではない。

 ジム巡りで培った観察眼が、現状に散りばめられた様々な要素を捉え、寄せ集めていた。

 

「効率が悪すぎだ……ポケモン一体を倒すにしたって、何もあんな威力で技を出さなくたっていい。あの目と攻撃は、明らかに俺達に憎しみをぶつけてる」

「何か、そう言い切れる理由があるんですか?」

「俺さ、人へ敵意を向けるポケモンってやつを見たことがあるんだ……だからそういうのには敏感っていうか、なんか、わかるんだ」

 

 とりわけ彼は、生物の証明たる“心”を奪われ、戦闘マシンにされたポケモン『ダークポケモン』への知見もある。

 

「なんで俺達を、こんなに目の敵にするんだろう……」

 

 ゼラオラが構える後ろで顎に手を当て、あれこれと思考。

 だが埒が明かない。飛んできた電撃がまたも弾ける。それを合図に、ダイは隣り合うシイカの方を向いた。

 

「なあシイカ、俺達であいつを捕まえないか? ひょっとしたら、何かわかるかもしれない」

「え!? そんな、撃退できるかすらも怪しいんですよ……!?」

「わかってる。けどさっきのアブソルといい、峡谷のポケモン達の気が立っているのは目に見えてわかる。多分何か原因があって、俺達はそれを知る必要があると思うんだ。……勘だけど」

「結局勘なんですか!?」

「頼む。作戦は俺が立てるし、言いだした以上は絶対になんとかするからさ!」

 

 ルクシオのとくせい“とうそうしん”により、雷の勢いが増す。

 事は一刻を争う――――。




<Complete!>
 Chapter01:人獣の邂逅

≫NEXT≫
 Chapter02:岩窟王
 
■凄まじい敵意を以て、一行へと襲い掛かるルクシオ。
 その猛攻を前に、ダイとシイカは苦戦を強いられる。撃退すべく前に出たシイカだったが、ルクシオが牙を剥く理由を知りたいダイは、彼女に「ひとまず弱らせて捕獲しよう」と持ち掛けてきた。
 勿論敵は強く、そんな余裕などない。切羽詰まった状況下で、シイカが下した決断は……。

<SELECT>
⇒目的とは関係がないので、ダイを押し切って撃退する。
 放っておけないのは確かだ。ダイを信用し、捕獲する。
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