ポケットモンスター虹 ~SevencolorS Gate~   作:裏腹

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 目的とは関係がないので、ダイを押し切って撃退する。
⇒放っておけないのは確かだ。ダイを信用し、捕獲する。


02.岩窟王

「……じゃあ、信じますよ!」

 

 ダイの作戦を聞き入れたシイカは、短くそう言った。

 続く指さしが示すのは、エルレイドによる唯一の遠距離攻撃。

「“サイコカッター”!」それは向かってきた“かみなり”を打ち消すように放たれる。

 薄桃の三日月は忽ちに爆ぜ散り、残滓として数多の光の粒を置き去った。

 

「食いついた……! エルレイド!」

 

 ルクシオが己を睨み付ける瞬間を、逃さない。声を合図に主を横抱きし、貼り付けられた視線を手繰り寄せるように、一気に側面へと回り込んだ。

 次々襲い掛かる閃光に足跡だけ食わせて、深い森を駆け抜ける。

 距離は一定、雷を避けられる程度に。それでも、愛想つかされない存在感を保てるまでに。

 バリン。再び木を焼き打った。鳥が轟雷に飛び退いた。木の葉を落として枝の間から抜けた。

 

「今です!」

「おうよ!!」

 

 直後、突っ込む迅雷。

 一瞬にして感じた気配に振り向こうが、稲光には悉くが手遅れ――そんなこと、使い手が一番知っていることだろう。

 ゼラオラはルクシオの首が回り切らない完全な死角から進撃し、一息にその躰にがばっと組み付いた。

 触れるな。弾けて逆立つ体毛が、自身を拘束する獣人へ電撃を流し込む。

 

『!?』

 

 だが通らない。特性『ちくでん』は、絶好調だ。

 

「っへ、捕まえたぜ……!」

『ヴルァ! ヴァルルルルァァァァッ!!』

「さぁ、我慢比べといこうじゃねえか!」

 

 “かみなり”を放つための電気を、密着状態のちくでんで片っ端から吸収していく。

 捕獲となれば長期戦は免れない。そんな中で大火力かつ速い電撃を回避し続けるのは、理論上不可能に近い。そもそも山火事さえ想定出来てしまう。

 そこでダイが捻り出した作戦は、

 

『フルパワーのかみなりを誘発して、ルクシオの消耗を早める』

 

 というものだった。

 シイカが注意を引き付け、生まれた隙にゼラオラが取り付き『ちくでん』で自由を封じつつ電気を食う。そうして安全にエネルギーを枯渇させ、弱ったところをボールで捕える。

 全てはゼラオラの肉体の電気の許容量次第だが――果たして。

 

「まだまだいくぜ! お前は、こんなもんじゃねえよな!!」

 

 不安げに見つめるシイカに、耳を塞がせる出し抜けの落雷。ルクシオが呼び出したものだ。

 

「ダイさん、やっぱり危な――」

「大丈夫さ!」

「へ……?」

「なんたってこいつは、俺のポケモンだからな!」

 

 強烈なフラッシュでぶれる視界の中でも、ダイは決して揺らがなかった。

 ゼラオラも主人と全く同じ表情をして、もがいて転げるルクシオを離さない。

 真上に雷雲。唸る轟音。恐らく、これが最後にして最大の一撃になるだろう。

 

「ダメ、特大のが来る!」

 

 いくら吸収と言えど、生物だ。限界がある。

 見上げるシイカが一旦退くことを促しても、まるで聞き分けの無い子供のように聞かない。

 

「――――ここだ、ゼラオラッ!!」

 

 だがそれこそ、何より頼もしい確信の裏返しで。

 ダイの指定したタイミングに寸分の狂いもなく合わせて出す技は“プラズマフィスト”。

 地面に指を突き立て、そこからこれまで飲み込んだ電撃を惜しげもなく吐き出した。

 

「そうか、アースか!」

「ち、地球ですか!?」

「そうじゃない! 電気を地中に流し込み、蓄えた分を発散したんだ!」

「よくわかんないですけど、だ、大丈夫なんですよね!?」

「ああ、これならひょっとするぞ……!」

 

 いよいよもって大地を割ってしまいそうな音と衝撃が、ゼラオラに直撃した。

 吸い切るか、爆発か。ばりばりと継続する感電状態は、彼を確かに苦しめる。食い縛る歯から漏れ出る煙と呻きとが混じり合って、見る者の不安をかき立てる。

 

「いっけえええええええええええええええええ!!」

 

 されど、ダイは最後まで折れぬまま叫んだ。

 誰も無茶とは言わない。無理とも唱えない。後退など有り得ない。

 爆ぜ散る輝きの中で望めた横顔は、確かに『突き進む者』のそれであった。

 

「電撃が途切れたぞ!」

「シイカ、頼む!」

「了解っ!!」

 

 ゼラオラが素早く飛び退く。即ち押さえ込む必要がなくなったということ。

 動きが鈍ったルクシオへ、真っ直ぐで全力投球されたハイパーボールがぶつかった。

 ルクシオを飲み込み、始まる揺れ。

 固唾を飲んで見守って、一度、二度――――三度。

 

「……うん、いいコントロールだ」

 

 球体が最後に一瞬だけ赤く煌めくと、ゲットが完了。ダイは確認するやいなや、その場で額の汗を拭った。

 

「すごい、ほんとにやりきるなんて……」

「だから言ったろ? なんとかする、ってさ」

 

「ま……ギリギリだったけど」疲れきったゼラオラを戻して見せるは、緊張が解れた後の苦笑い。

 先程のゾロアを扱った手際の良い離脱に、今回の特性を熟知した攻撃をしない捕獲、てきぱきとした状況判断とリスク管理……どれもこれも、自分では逆立ちしても成し得ないことだ。

 

「それじゃ、行くか。お疲れのルクシオをいきなり調べてやるのも可哀想だし……回復までの時間で、探索を進めよう」

 

 それを鑑みて、シイカは思い知る。

 この人は平然としながらも、沢山の修羅場を潜り抜けているのだな、と。

 自分の何倍もの歩数を進んでいるのだな、と。

「あたしも負けてられない」――背中にぼんやり浮かぶ少年のバックグラウンドを薄々感じながら、密かに意気込み、歩き出す。

 

 

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 

 

 探索は続いていく。

 テラキオンを探しながら、おそらく何かしらが起きているであろう峡谷内の状況も調べなくてならない。

 ポケモンレンジャーみたいだ、なんて冗談めかしてみるものの、あんな強さの野生ポケモンがごろごろいるこの場に於いては、欠片も笑っていられる状況ではない、というのが正直なところ。

 先頭のポケモンよりも弱いポケモンが避けていく『ゴールドスプレー』を、ダイのエース“ジュカイン”に吹き付けて進む崖路。下を見ても下が無い……凝視していると恐怖で心臓が飛び出そうになる。

 車一台分の幅しかない道を歩みながらも、会話は減らない。

 ラーレはところで、という切り口から、シイカへと言葉を投げた。

 

「シイカちゃんのその、赤みがかった茶髪と、青基調の服装というコーディネート……どこかで見たなと思ってたんだけど」

「あ……わかりますか?」

「むむ、やっぱりそうか!」

 

 びしりと指をさす。それはもう、オーバーなほどに。

 オタクならではの挙動にびくっとして振り返るダイとジュカインが何のこっちゃと相好で語ると、返ってくるアバウトな解説。

 

「これはね、『ケルディオ聖剣伝』の主人公“ケルディオ”の服装なんだ! 全てを守るために戦った、清く正しく美しい騎士のようなポケモンをモチーフにしている、ということさ! いやぁ~本当にそっくりだ!」

「ち、ちょっと、そんな大声で! 確かに意識してますけど、さすがに恥ずかしいですよ……!」

 

 指で形作られるフレームに収められながら、頬を赤くして焦る。

 シイカはそのうち一人小首を傾げるダイに気付いて、そういえば、と噛み砕いて説明した。

 

「実はラフエル地方には、色んな昔話があるんです。ラフエル英雄譚だけじゃなくって……本当に色々。世界を巡る大きなものから、ちょっとした人やポケモンの身の周りを語るだけの小さなもの――ありのままを描いた実話だったり、夢が込められた作り話とか」

「じゃあ、そのケルディオ聖剣伝ってのも、その昔話の一つってことか?」

「その通りだね。人とポケモンが戦争を繰り返す辛く悲しい世界の中で、ポケモン“ケルディオ”が逞しく成長していく姿を描いている。彼が争いとどう向き合い、何を為していくのか……というのが骨子だ。結末は涙なしには見られないよ」

「へえ……よその地方から来たもんだから、まったく知らなかったな」

 

 ラフエルでそれなりの時間を過ごしてはいるが、思えば伝承というものには触れてこなかったので、ダイとしてはとても新鮮で。

 

「でまぁ、とりあえず、シイカはそのケルディオに憧れてるってわけか」

「はい。彼はどんな時でもその目に光を宿して、最後まで自分の道を駆け抜けたんです。空に折れない剣を掲げながら、希望を求めてどこまでも、どこまでも……」

「なるほどね、だから聖剣か」

「それに小さい頃、あたしは彼を見ました。忍び込んだメーシャ王城の玉座で、確かに眠っていたんです。立ち去る瞬間、ちゃんと目も合いました。伝承上の生き物だから、信じられないかもしれないけど……」

 

「疑わないよ」シイカの語り口も、同様。

 こんなにも無邪気に瞳を輝かせて饒舌に語られてしまっては、否定のしようもあるまい。

 尤も、するつもりも毛頭ないが――何より。

 

「ここで否定するような奴なら、多分、伝説のポケモン探しなんてやらないよ」

「ははは! 確かに、それもそうだ」

「皆さん……」

 

 旅に出る。

 彼を見て、そして魅せられ、彼女は決意を胸にした。

 その日、彼に背中を押されたから、自分はここに立っている。

 あの日見た彼の背中を追いかけて、自分は現在(いま)に至っている。

 

「今から僕らが会うのは、ケルディオではないけれど……どんな伝説だって、記した先人たちは実在を信じていたはずだ。だからこうして、わざわざ未来に書置きするよう記したんだと思う」

 

『ありもしないものを求めるな』と大人は指さすし、笑うけれど。

 在りし日に聴こえた己の胸の鼓動を否定することの方が、ずっとずっと馬鹿な真似で、笑い種だろう。

 

「故に。後の世を生きる僕らが、存在を証明してやろうじゃないか」

 

 有無は重要ではない。大小だって然り。

 いつだって大事なのは、この足を進ませてくれるかどうか。そして魂が震えるかどうか。

「いない」なんて決めつけるよりも「いるといいな」と思った方が、うんと楽しい。

 画面越しの世間話より、紙面越しの噂話より、人間越しの土産話より、水晶体越しの実話がいい。

 

「目指せ、ツーショット」

 

 だって、それこそが自分だけの物語になるんだから。

 ラーレという男は頼りなくも、そんな子供の夢を支持する、稀有な大人であった。

 得意げに持たれたカメラは、一体どれだけのポケモンを捉えてきたのだろう――二人はそんなことを考える。

 

 

 

 日が昇りきる頃。崖路を伝って、ようやく川辺の方に降りた。

 柵もないために、落ちまいと神経を長々と使い続ける時間を終え、一息つく。

 休憩もほどほどに、再開される探検。

 谷間とあってか、いよいよ人の営みが微塵も感じられない域にまで来た。先程まで遥か遠くに望めた町も当たり前に見えない。孤立した錯覚さえ感じるほどだ。

 流水の音を背に、傾いた森林の中を歩く。“せせらぎ”なんて柔らかい表現が出来れば良かったのだが、生憎上流、そんなに優しい筈もなく。

 

「だ、ダイくん! シイカちゃん!」

 

 互いに視認出来る程度に離れて散策していた折に、大声を出したのはラーレであった。

 何事かと駆け付けた二人であったが、彼から詳細を聞くまでもなく、察する。

 

「これ……!」

「……いかにもって、感じだな」

 

 目の前にあるのは、洞窟。

 入り口は大きく、ライトで照らせど先が見えない奥深さ。

「何もない」だなんて考える方が不自然なぐらいの仰々しさがある。

 三人は暫く顔を見合わせた後、ゆっくりと立ち入った。

 

「広い……規模がまるでわからない……」

「脱出は任せてくれ。いざとなったら、あなぬけのヒモがある。戦闘は君ら頼りになるが……」

「その気ではいる。けどこの状況で、アブソルの時みたいに集団で襲われたら……ちょっと危ないかもしんない」

「あ、あまり怖がらせないでくれ……」

 

 ごつごつとした足場を探り探りで越えながら、緩やかに進んでいく。

 光はとっくに届かなくって、エモンガとゼラオラとハンドライトだけが助けだ。

 何かがいるような、いないような、気配があるような、ないような――釈然としない不気味さだけが、ひたすらに三人を包み込む。

 胸の奥で渦巻く気持ち悪さとうすら寒さに支配されかけた頃、突き当たった壁。

 それが意味するところは、最深部まで来た、ということ。

 ここまで誰も居なければ、何もない。風もなければ音だって。

 静寂を通り越した無。そこはまるで外界から隔絶されているようであった。

 さらに言うならば、なんだか物質的な繋がりを拒む、結界じみた――。

 

「……剣?」

 

 それは、調べているうちに見つかった。

 金属のような光沢を持った、青色の片刃剣。丸みを帯びた立派な岩石に深く突き刺さっており、易々と抜けないようになっている。

 そしてそれに掛けられた、いくつもの花輪。カラフルで、かつ匂いもある。生花だ。

 

「枯れてない、ってことは」

「最近の痕跡だ……! 凄いぞ、やはり此処は何かがいる……!」

「一体誰が……、それに、何のために」

「それを知るために、調べるのさ! エモンガ、ゼラオラ、そいつを照らしてくれ。写真を撮る」

 

 ぱしゃり、ぱしゃりとカメラを動かす傍らで、壁面の違和感にも気が付くシイカ。

 ――絵が刻まれていた。

 筋彫りした上に、何かしらで作られた顔料を流し込んである、古代ラフエルにて主流だった手法。

 

「これは、戦い?」

 

 そう言い、目を細めて思考するシイカの前にある構図は、獣と武装した人とが険しい顔で向き合う構図。

 周りには沢山の炎が散りばめられている。

 

「みたいだな。……泣いてる」

 

 ダイが見つめるのは、涙を流してその炎に背を向けるポケモン達。逃げているのだろう。

 一頭のポケモンが先頭を切っている。四つ足の、立派な一本角を持ったポケモンだ。巨岩を砕いて道を作る姿が、逞しい。

 

「これ、なんなんでしょうか」

「わからない。おまけに、文字もところどころに書かれてる。読めないけど……」

 

「何にせよ、一つだけ間違いなく言えることがある」困り果てる二人へ、写真を撮りながら回答するラーレ。

 

「ここは、遺跡だ」

「つまり……?」

「昔に何かがあった場所、ってこと」

 

 その言葉を理解するのに少しの時間を要したシイカだったが、ダイの助けを得て腑に落とす。

 

「これは古代ラフエルで使われていた『ラフェログリフ』という文字だ……刻み目の劣化が酷く、その場での解読こそ困難だが、まず間違いないだろうね」

「でも、変じゃないですか? この壁画をそのまま読み取れば、古代ラフエルには戦争があったってことになりますけど……そんな話、歴史の教科書にはなかったです」

「冒険者は冒険を通し、己が見ていた世界の小ささを知る。同時に星の大きさを理解する。シイカちゃんだって知ってるはずだ、見えてる世界が全部じゃない、と」

「……確かに」

 

 待ったをかけるシイカへ、さらに待ったをかけた。

 世界に対して、命一つはあまりにちっぽけで、儚い。きっと用意された知識の何億分の一も理解出来ないままに、その一生を終える。

 であるならば、深みに沈んだ知識の一つに、自分たちが知り得ない残酷な真相があったとしても、まったく不思議ではなくて。

 だが何より驚くべきは、人の手――つまり文明が入り込んでいない場所に、こうして文明の跡があるという事実だ。

 

「現状、詳しいことは言いきれないが……ここに『高度な知性を持つ者がいる』というのは、確実だ」

 

 それが人なのか。或いはポケモンなのか。

 どのみち手掛かりであることに、違いはない。

 一通り遺跡を保存し終え、最後に一枚、青い剣を別角度から撮ろうとした時のことだった。

 

「(……足跡?)」

 

 それはレンズ越しでも、ラーレを不審がらせるには十分だった。

 草葉を踏み越えた際の(つゆ)だろうか。濡れた靴で作られた足跡が、剣を立てる岩石に残っていたのだ。

 おかしいだろう。

 自分たち以外に、人らしい人は見ていない。そんな気配だって微塵も感じなかった。

 そもそも出来て新しい。ここに来て立ち去ったならば、ちゃんとすれ違うはずで。

 やはり、やっぱり異様だ。これもまた一連の出来事と無関係ではない。

 ポケモン達の敵意が強烈で。

 それは人間に向いていて。

 自然に立ち入る自分たちはよそ者で。

 よそ者を憎むのは何かを(こうむ)っているからで。

 被るほどの何かをする者がいるとするならば、それは――。

 

「ラーレさん!!」

 

 暗黒を、さらに強い暗黒が切り裂いた。

 突如として飛んできた闇色のエネルギーは、一番狙いやすかった男の背中に襲い掛かる。

 

「“プラズマフィスト”!!」

 

 ゼラオラが割り込み既のところで打ち消すと、一瞬にして誰もが臨戦態勢に入った。

 

「何……!?」

「うわあああああああああああああっ! 目を閉じる直前、僕の前に“あくのはどう”が! “あくのはどう”があったッ!! 当たったか!? 当たったのか!? やられたッ!! 首はあるか!!? 僕の首は繋がっているかーーーッ!!??」

「しっかり生きてるよ!!!! てかそのヘタレっぷりなんとかしてくれ!!!!!」

 

 ラーレはサンドのように丸くなって、ダイとシイカの後ろで伏せた。

 飛んできた攻撃は“あくのはどう”で、正解。

 

「また野生!? 逃げ場がないこんな時に……!」

「だったら、よかったんだけどね」

 

 背後を狙い撃つ狡猾さに、しっかりと人体の首へと向けた正確さ――ダイだけはそれらに気付けた。

 旅の合間に幾度と見てきた、ダイだけは。

 

「……違うよ、多分」

 

 行動一つとっても、野生では到底誤魔化せない計画性。及び隠しきれない趣。

 二人の視界の先で、数多の光が灯った。文明を象徴する、人工の光。

 足音が大きくなる。付随してダイの横顔は渋くなって、苦笑いが深まって。

 どこにいようが不思議じゃない。何故なら彼らは、どこにでもいて、どんなことでも成してしまうのだから。

 

「変なモン入り込んでんなと思ったら……んだよ、お前か」

「……最悪だ……」

 

 それは、誰かを地獄に叩き落とすことも。

 

「勘弁しろよ……いい加減テメーのツラも見飽きたぞ」

「一番会いたくねぇ奴と、一番会いたくねぇタイミングで会っちまった……!」

 

 踏みにじられるべきでないものを踏みにじることも、例外ではない。

 

「どうしてくれんだ、オレンジ色」

「クソッタレ――――バラル団!」

 

 纏う衣は灰塵の色。己たちが唯一残す、モノの色。

 全てを踏み潰す集団が、“グラエナ”を率い、彼らの前に立ちはだかった。

 

「バラル団!? なんでここに……!」

「んなもんこっちのセリフだろうが。ガキ共が揃いも揃って、邪魔くせえ……」

 

 身構えるシイカに視線一つ合わせず、小指で耳を掻きながら、一団のリーダーである男『ロア』は返す。

 

「……お前らも、伝説のポケモン目当てってか」

「知ってんじゃねえか。じゃ、べらべらお喋りする必要もねぇな」

 

 点同士が繋がった。

 野生のポケモンは、自分たちのテリトリーに踏み入った彼らを追い払おうとしていたのだ。

 ダイたちが襲われたのも、恐らく連中の仲間と判断されたからであろう。

 

「やれ」

「こんな奴らと一緒にされるなんて……まったく心外だぜ!」

 

 戦闘開始。ぶおん、と歪む空間の音が合図。

「いけ、グラエナ!」複数のしたっぱがそれぞれ指示を出すと、一斉に“あくのはどう”が放たれる。

 

「ゼラオラ、もういっぺん“プラズマフィスト”!」

「ギャロップ、“ほのおのうず”で打ち消して!」

 

 シイカはあることに気付く。

 

「今、打点の高さが私たちに合わせられてた……?」

「気を付けろ。あいつらがやってるのはポケモンバトルじゃない。ポケモンを扱ったただの暴力だ……トレーナーだって平気で狙う」

 

 それは、噂だけで聞き知っていた存在と相対して、初めて理解出来たことだった。

 

「そういうこった。テメーは初めて見るツラだが、こっちからは加減しねぇ。そのオレンジ色は俺らの常連でな、関係者はまとめて叩き潰せって注文入ってんだ。恨むなら野郎を恨みな」

「っ……“ほのおのうず”!」

 

 ギャロップが二発目の“あくのはどう”を相殺するも、対応は後手後手。

 自身もターゲットに含まれる違法戦闘の経験がないので、仕方がないといえばそうだが、ここでは間違いなく仇になっている。

 遠距離からじりじりと、何度も何度もねちっこく攻めてくるグラエナの群れ。逃げ場がないという前提条件を最大限利用して、消耗戦を仕掛ける腹積もりだ。

 

「これじゃじり貧……! 行って、エルレイド!」

 

 そんなじれったくて汚い真似は、絶対に許さない。

 シイカはエルレイドを先行させた。狙いは言わずもがな。

 グラエナとしたっぱの壁を一点突破せんと、ドレインパンチを放つ。

 飛び掛かって構えを取った瞬間に、そのフォーメーションに乱れが生じた。

 標的になったグラエナが飛んで避ければ、ロアへと繋がる一本道が完成。

 

「かかったわね!」

 

 ボールを構えた。本命はこっち。

 

「お願い“ジャローダ”、捕まえて!」

 

 リリースした瞬間には、グラエナを抜き去っていた。

 槍が如き速い突進を以て道をこじ開け、勝負をかけるのは、シイカの手持ち一番のスピード自慢“ジャローダ”だ。

 脇目もふらず、真っ直ぐにロアへと向かっていく。

 戦いの基本は命令系統を断つこと。要するに、一番強そうな奴を狙う。

 

「――ダメだッ!!」

「……!?」

「正解だ」

 

 シイカは目を白黒させた。

 次には、ジャローダが捩じ伏せられる光景が広がっていたからだ。

 気だるげに棒立ちするロアの前に、影があった。

 

「集団と喧嘩する時ァ、真っ先に一番強ェ奴ヤッて、取り巻きビビらせて戦う気を削ぎ落とす……鉄則だわな」

 

 手があって、足があって――拳の記号を持った人型ポケモン“ズルズキン”の、影が。

 

「けどな、そうする時に一番役に立つのァなんだと思う?」

「何を言って……」

「一番弱ェ奴さ」

「くそ――!!」

 

 何が起こったか、わからなかった。

 ダイに突き飛ばされたと思ったら、尻もちをついていて。

 

「――――ダイさん!!」

 

 尻もちをついたと思ったら、ダイは“ポチエナ”に腕を噛まれていて。

 ぎりり、と食い込む歯の音。流れて衣服に滲む血も、漏れる息も、生ぬるい。

 シイカのギャロップが速やかに火を放つと、ポチエナはダイから離れてロアの元へと逃げ帰った。

 

「そんな……! ごめんなさい、あたしのせいで……!」

「大丈夫、大丈夫……ってて……ッ」

「災難だな、オレンジ色。ヒヨッコ庇って名誉の負傷たぁ、随分とツキがねえじゃねェか」

「でも、なんで……あんな一瞬で、ポチエナが近づいてこれるわけ……!」

「っ……多分、ずっと待ってたんだ。この暗闇の中でポチエナを忍ばせて、トレーナーを襲わせる瞬間を……」

 

 ハンカチで血を押さえる。相手が小型ゆえに傷こそ致命的ではないが、痛みは別問題だ。

 

「勝ちを確信した瞬間ってのは、どいつもこいつも警戒が緩い。……まだ終わってもねェのに、だ」

「くっ……卑怯者!」

 

 歯噛みして罵倒するシイカを、ズルズキンはげたげたと嗤った。そうして文字通り伸びてしまったジャローダを眼前に投げ捨て、中指を立てる。

 

「勝ちゃいいのさ。正々堂々負けてくたばるよか、うんとマシだ」

「っ……!」

 

 言葉もテンションも、まるで噛み合っていない。

 同レベルの間でしか争いが起こらないように。次元が違えば話にならないように。ロアは一つ上の立ち位置から、シイカの言葉を冷淡に封じる。

 

「いいかクソガキ、俺らがやってんのァ殺し合いだ。綺麗も汚ェもあるか」

「うわあああああっ!!」

 

 容赦ないハンドサインが、再びポチエナを動かした。

 今度は丸腰のラーレ目掛けて、牙を剥く。

 

「ゼ、ラオラっ!」

 

 ダイは荒い呼吸をして片膝を付きながらも、ゼラオラに処理させる。

 

「頑張るな。さっさと倒れちまった方が楽そうなモンだが」

「冗談よせよ。一番強い俺がぶっ倒れたら、どうしようもないでしょ……!」

「そうかよ……んじゃま、せいぜい足掻くこった」

「ちくしょうッ……!」

 

 背後は行き止まり。前方はバラル団。

 包囲され、数は目測でも八はいる――連携も思いのままだろう。

 誰でも的にできてしまうよりどりみどりで、仲間の二人はアウトサイダーとのバトルは未経験。となれば庇いながら戦う必要がある。

 

「(……無理だろ、そんなの)」

 

 そう、手負いでそんな芸当は不可能だ。

 ならばどうする。考えろ。

 ゾロアで自分たちの幻影を作り、それで気を引いて逃げるか?

 違う、手品のタネは披露する前に予め用意するものだ。

 手持ちの火力を集中させて強引に突っ切るか?

 物量で止められればおしまいだ、リスクが高すぎる。

 

「(わかんねぇ、どうすりゃいい……!?)」

 

 追い詰められるだけの攻防の最中、シイカの足元でこつん、と音が鳴った。

 確かめるように光を当ててみれば、ハイパーボール。ホルダーから落ちてしまったのだろう。

 

「……――!」

 

 その球体がひとりでに開いたのは、拾い上げようとした刹那のこと。

 飛び出した四足獣は、盛んな血気に任せて“ほうでん”を繰り出し、複数のグラエナを一度に後退させる。

 

「ルクシオ……? どうした、いきなり!」

「わ、わかんないです! 勝手に出てきて……!」

「なんだ? 一匹増えたところで、なんだっ」

 

 ルオオォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー――――ン!!

 

「あ……?」

 

 突然の遠吠えは、居合わせる者の会話ばかりでなく、思考の流れまでもを遮った。

 しかし暫くして知るのは、小さな体から放たれる大きな咆哮。ただの、それだけ。

 何も起きないじゃねえか。副産物の沈黙をどかして、構え直す。

 それからだ。

 

「――――ッ!!?」

 

 ――地響きが身を震わせたのは。

 

「こ、今度はなんだーーっ!?」

 

 ズン。

 

「で、でけえ……!」

 

 ズズン。

 

「でも地震、じゃない……っ!」

 

 継続的ではなく、断続的。

 立っていられなくなるほど大きなその縦揺れは、まるで巨大な生物の足音のようで。

 呼吸リズムが、崩される。心音を、乱される。

 鼓膜が縮み上がるような感覚、接近の証明。

 

「チッ……おい! 外はどうなってやがる!」

『こちら洞窟前! “奴”が現れました、現在交戦中! 至急応援を――ぐあああっ!!』

 

 何かが来る。

 

「……!?」

 

 強く、それでいて恐ろしく険しい、何かが。

 

『助けて班長おおおおおおおおおおッ!!!!』

 

 岩壁に罅。通信が次々に途絶えていく。

 

『こちら探索班後方! 突破されました! 間もなくそちらに――』

 

 焦燥に駆り立てられたところで、もう遅い。

 

 

『――ヴオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!』

 

 

 大自然は、既に怒りの剣を抜いてしまったのだから。

 引きずったバラル団たちのポケモンをぶっ飛ばしながら、その存在は乱入した。

 雄大な大地の具象化と唱えられる、石灰色の肉体。大木のように立派な四本脚は、一歩踏むだけで悉くを震わせる。前向きに生え揃う二本角は見るからに強靭で、宝石にも似た輝きを放っていた。

 ダイも、シイカも、ラーレも、この獣を見たことなど一度もない。

 されど正体を理解できてしまうのは、恐らく彼が放つ覇気のようなものの所為なのだろう――。

 圧倒的な巨躯を以て目の前で存在感を放つそれは。そのポケモンの名は。

 

「――“テラキオン”!」

 

 裂けるように避けたバラル団は三人から目を離し、即座にターゲットを『岩窟王』の異名を冠する獣へと切り替える。

 

「よう、探したぜ」

『………………』

「こうやって出てきてくれるってことは、俺ら遊んでくれるってことだよ、なッ!」

 

 畳みかけるグラエナ達の“かみくだく”。だが――。

 

「な、なんだ! なぜ止まる!?」

「どうしたの、攻撃なさい!」

 

 眼光一つで、黙りこくってしまう。

 無論、近付く意志はある。それでも恐怖は、肉体を裏腹に固まらせてしまうのだ。

 

「チッ、ヒヨりやがって……ズルズキン!」

 

 ロアは舌打ちをして、手持ちを差し向けた。放たれる“とびひざげり”は有効だ。しっかりと相手の方へと向かっていくが、

 

「な!!?」

 

 届くより先に、あっさり角で弾き飛ばされる。

 不定形の光の刃で延長された二本角は“せいなるつるぎ”と呼ばれる技で。

「目標、止まりません!」「化物が……!」近づけないなら飛び道具を出すまで。発される“あくのはどう”も全く通じず、有象無象として一方的に薙ぎ払われていくグラエナ。

 

「凄い……単騎で、ここまで。これが伝説のポケモン……」

 

 猛々しい叫びと共に無双する光景は、圧巻と言わざるを得ない。

 

「お前が、呼んだのか?」

 

 ルクシオに訊ねるものの、返事はない。ただ猛威を振るう岩窟王を、険しい顔して見つめるだけ。

 遠巻きで呆気に取られている二人の後ろで、ここぞとばかりにラーレが起き上がった。

 

「二人とも、チャンスだ! ルクシオがどういう意図で彼を呼び寄せたかは知らないが、僕らにとっては僥倖……! 彼を利用して、この状況を打開しよう!」

「か、簡単に言うけど、俺達の敵に回らない保証なんてないだろ!?」

「それでもだ! 最後に見えた希望さ、やるしかない!」

「やるのはあたしたちなんですけど……」

 

 それは、状況打開の兆し――。




<Complete!>
 Chapter02:岩窟王

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 Chapter03:魂と剣と

■峡谷内には、同じく伝説のポケモンを探すバラル団がいた。
 彼らの数に物を言わせた攻勢に追いつめられ、窮地に陥ったダイ、シイカ、ラーレの三人であったが、そこに満を持して岩窟王“テラキオン”が現れる。
 ルクシオの呼び声に従うまま並み入る敵を薙ぎ倒し、鬼神すら凌駕する勢いで圧倒していく。彼ならばこの状況をなんとかできるかもしれない……。

<SELECT>
⇒テラキオンを援護してバラルを撃退、この状況を切り抜ける。
 テラキオンを囮にしてその場から一旦退避、体勢を立て直す。

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