初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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聖女の休日

「それでは瞑想に入りますので、その間の事は司教長までお願いしますね」

 

 聖女の一日は多忙です。毎朝のミサに街を巡回して各地で祈りを捧げ、時には王侯貴族や遠い街にまで出向く事も。護衛の方は日や時間で交代しますが聖女は一人、本当に大変なのですよ。

 

 今は神殿の奥の瞑想の為のお部屋に一人で籠もる週に一度の瞑想の日。この時だけは護衛の人の目から外れる事が出来る。……そう、つまり。

 

 

「さて、さっさと抜け出しましょう」

 

 今日は週に一度の自由な時間、聖女の休息日! 偶に抜け出す時と違って人目を気にする必要なく明るい内に出歩ける日です。事前に護衛の人達が調べた椅子位しかない真っ白な部屋の壁に手を当てたら隠されていた魔法陣が光って秘密のクローゼットが姿を現す。今日はどれにしましょうかな~。

 

 聖女の堅苦しい服をバッと脱いで水色のワンピースに着替えた後は赤い髪のカツラを被り、化粧をして印象を変える。後はシークレットブーツで身長を誤魔化せば変装の完成。鏡で出来映えをチェックして、隠された地下通路の扉。

 

 

「それじゃあ出発!」

 

 普段は大きな声も出せないし走れもしないけど、今日この日は別。今の私は聖女じゃなくって少しお転婆な女の子になれる。じゃあ、今日は何処に行こうかしら? 劇場? 服屋さん? 本屋で普段は読めない少しエッチな小説を買うのも良いですね。確か最新刊が出る頃だってシスター達が話していたのを覚えています。

 

「でも、一番重要なのは屋台巡りね」

 

 聖女って本当に大変で、食べる物まで管理されているのは勘弁して欲しいです。私はもっとお肉とかガッツリ系が食べたいのにヘルシーな物ばかり。でも、今日は別。聖女らしい物しか買えないお給料をお財布に入れて好きな物を好きなだけ食べる。臭い対策も魔法で何とかなるし、折角の休日を楽しみましょう。

 

 

 

「えっと、ガーリックソーセージのホットドッグのをマスタード多めで。それとオレンジジュースとポテトのチリペッパー」

 

 普段は食べられない物を買い込んで、読めない本を読みながら食べる。今読んでいるのは少しだけ性描写が多い恋愛小説。魔法使いの少女と司祭の愛を描いた物語で、頭の固い教会関係者は嫌っているし私の耳に入れない様にさえしているけど若いシスターの間では密かに人気な。

 

「ふんふん……きゃっ!? 大胆ね……」

 

 ふふふふ、こうやってホットドッグを齧りながら本を読んで騒いでいる子が聖女だなんて誰も信じないでしょうね。私だって商人の娘の頃は絶対に信じなかったでしょう。清楚で清廉潔白で誰よりも優しい……そんな幻想を押し付けられるのが聖女。

 

 そんな窮屈な生き方を強いられた私に自分らしく生きる方法を与えてくれたのが賢者様、私の初恋の人。この自由な時間もあの人が与えてくれたから……。

 

「私もあの方と……」

 

 純潔を守るとされている聖女も世界を救った勇者相手なら構わないですけど、生憎今回の勇者様は女の子。私、そっちの趣味は無いから一生独身になるかと思うと少し落ち込むのですが、希望が一つだけ。今回の旅では賢者様が勇者の仲間として同行する。今まで勇者を導き、今回共に世界を救ったならばきっと……。

 

 目を閉じて思い出せばあの頃の事が蘇る。暗くて冷たい海の底から明るい太陽の光が照らす場所へと引き上げて貰った時の事が……。

 

 

 

「えっと、最後に署名を……」

 

「違いますね。未だ正式に襲名していませんが、署名の際には聖女様のお名前はアミリーではなくシュレイです。では、代わりの書類を用意しますので暫しお待ちを。次の書類を読んでいて下さい」

 

「……うん、分かった」

 

「はい、分かりました、です。聖女に相応しい言葉遣いをお願いします」

 

 商人の娘として家族の愛情を受けていた私の日々はある日を境に一変しました。神のお告げによって聖女の任を与えられ、家族と引き離された私に待っていたのは聖女としての苦痛な日々だったのです。

 

 聖女に相応しい言葉を、聖女に相応しい振る舞いを、聖女に相応しくない物を遠ざけ、名前も聖女としての物を。誰も彼もが私を聖女としか見ない。聖女としての役割しか求めない。周りに人は大勢居るけれど私は世界で独りぼっち、そんな風に感じていたのです。

 

 例えるなら暗く冷たい海の底、日の光が射さないその場所で見える筈もない日の光を求めて見上げる事さえ諦めた、そんな日々でした。

 

 

「……賢者様?」

 

「ええ! かの賢者様が聖都へとお越しです。シュレイ様、お出迎えの支度を」

 

「ええ、分かりました」

 

 聖女に相応しくないと遊ぶ事も読む本の内容も制限される中、勇者に関する物語だけは普通に読む事が許可されていた。特別な用事がある時を除いて聖都内での移動さえ制限される私にとって別の世界のことすら描いた物語は憧れの対象で、自分も登場人物の一人だったらと想像するのが数少ない楽しみでした。ですが何時しかその事も諦めていた矢先、賢者様が現れたのです。

 

「お初にお目に掛かります、賢者様。この度誉れ有る聖女の役目を仰せつかったアミリーと申します」

 

 賢者様に礼を欠かぬようにと事前に教えられた手順で跪きながらも、私は賢者様を観察していました。想像では賢くて怖そうなお爺さんでしたが実際は優しそうな普通のお兄さんで、多分紫の世界の出身なのではと思っただけ、適当に応対して面倒な事は避けたいと、そう思って居たのですが……。

 

 

「聖女なんて面倒な役目を押しつけられましたね。頑張ってますね、良い子良い子」

 

 下げた頭に手が置かれ優しく撫でられる。聖女に選ばれてから本当に久々で、恥ずかしかったのですがそれ以上に嬉しかったのです。聖女として理想を体現しろと言うばかりの大人か、所詮は子供と侮る大人しか周囲に居なかった私にとって本当に特別な相手に思えました。

 

 

 

「では、早速ですが一緒に遊びに行きましょう! 大丈夫、幻覚を置いていきますので好きなだけ羽を伸ばして下さい!」

 

「……え? ええっ!?」

 

 えっと、あまりにも想像していた賢者様と違っていて、状況を飲み込めないまま遊びに連れ回されたのですが……本当に楽しかった。

 

 それから来る度に普通の子供として扱って下さった賢者様は息抜きの仕方や瞑想室の隠し部屋について教えて下さって……あの日々が私を私のままで居させて下さったと思っています。

 

 

 

「あの方と一緒なら、聖女(シュレイ)ではなくて本当の私(アミリー)に……」

 

 胸に手を当て口にすればこの恋心は大きくなり続ける。ポカポカと温かくなり、理想の聖女様を演じる事で冷めていく私の心が温められていく。目を閉じれば浮かぶのはあの方の顔で、耳を澄ませば私の名を呼ぶ声が聞こえる気がする。それだけで頑張ろうと思えるのです。

 

 そうやって暫く目を閉じていると鐘の音が聞こえ、自由な時間も半分を過ぎたと気が付いた。本当に楽しい時間は直ぐに過ぎて行くのですね。少し残念ですけどケーキバイキングに行った後で部屋でダラダラ過ごしたい時に食べるお菓子を買い込んで帰りましょう。

 

「……あっ、でも、もう少し続きを読んでから」

 

 今丁度良い所なのでピロートークの所まで読み進めようと閉じていた本を開いた時、一陣の風が吹いて栞が舞い上がりました。慌てて手を伸ばすも指先を掠めただけで上空へと向かい、私は彼女の存在に気が付いたのです。

 

 物見櫓の屋根の上に立っているのはおかっぱ頭の気弱そうな少女。不安そうな表情からは何かの間違いで登ってしまい降りられなくなったかに思えますが、余りに不自然な事に私以外に誰も彼女に注目していない。あんな場所に人が立っているにも関わらず、まるで姿が見えないかの様に。

 

 

「えっと、最初に謝って置きますね。ご、ごめんなさい!」

 

 オドオドとした態度や顔と同じく気弱さの現れた声は耳元で囁かれた様にハッキリ聞こえ、それでも誰も反応しません。まるで誰かが意図的に気が付かない様にしているみたいに……いえ、彼女ですね。でも、何が目的でしょう、と、私が疑問に思った時、彼女の背中に薄汚れた灰色をした巨大な鳥の翼が現れました。彼女が手を左右に伸ばした長さの三倍はある巨大な翼は端から霧状に崩れだして上空にゆっくりと広がって行く。

 

 私は他の方と同じく彼女の姿に気が付けないみたいにを装いながらその場を離れ、人目を避けて隠し通路へと向かいました。急げば見つかるかもと歩く速度を抑え、誰の目も届かない場所に隠された入り口の魔法陣を起動させて地下通路を進む。部屋に戻れば既に事態は動いていました。

 

 

「聖女様、大変です!」

 

 ドアの向こうから護衛の人達の声が聞こえ、私は急いで着替えると内部から扉を開けば焦った様子で中に飛び込んで来ました。間違い無く先程の彼女でしょうね。まさか彼女は……。

 

「一体どうかしましたか? 瞑想中に私を呼ぶとは緊急事態の様子ですが……」

 

 

 

 

「魔族です! 聖都は今、魔族の襲撃を……」

 

 突如彼女の背後から灰色の霧が流れ込み、それに触れた瞬間、事態を知らせる声が途中から聞こえなくなりました。私も聞き返しますが向こうには、いえ、私にさえ声が聞こえなくなったのです。ギャーギャーと騒がしく嘶く鳥の鳴き声だけが耳に響き他の音が全てかき消される。この事態に随分と騒ぎになっているのは音が聞こえずとも周囲を見れば混乱具合が分かる中、またしても耳元で囁かれたみたいに気弱そうな声が聞こえて来たのです。

 

 

 

「あ、あの、これは私の、ルル・シャックスの仕業です。えっと、すみませんが私は魔族だから皆さんを殺すので……どうか許して下さい!」

 

 全く敵意も覇気も感じさせない普通の少女の声に聞こえたのが尚更不気味で私は震えそうになりました。だけど、駄目ですよね。だって賢者様は私が聖女としてやっていけると信じているのですから。

 

(声が聞こえないのなら……)

 

 指先に魔力を集め、空中に文字を書く。光り輝く文字は嫌でも注目を集めて私からの指令を伝えました。

 

『緊急時の結界が有るので中央広場の女神像の周りまで住民を中央広場のまで集めて欲しい。何人かは外に救援要請を。恐らく邪魔が入るので注意して下さい』

 

 皆さん音が聞こえない事でパニックを起こそうとしていましたが私のメッセージを見るなり何人かが外に飛び出し、護衛に数人残ります。

 

 ……不謹慎ですね。少しだけ自分が嫌になる。こんな時だというのに私はアレを、賢者様から危ない時は鳴らせと渡された魔法の鈴を使う事に喜びを感じている自分に気が付きました。だって、危ない時に英雄に助けて貰うお姫様みたいじゃないですか。私だって女の子なのだから憧れるのですよ、そういうの……。

 

 少し落ち込んだ様子の私を見て護衛の人達が不安になっては駄目だと笑って誤魔化し、肌身離さず持っている鈴を鳴らそうとした時、護衛の一人であるルーチェの背中目掛けて鳥のモンスターが向かって来ました。

 

 危ないと叫んでも声は届かない、なら! 咄嗟にルーチェの腕を掴んで前に転がり込めばモンスターはルーチェが居た場所を通り過ぎて壁に突き刺さる。骨ばった細長い体と同じ長さの鋭い嘴。今まで見た事の無いモンスターは壁から嘴を引き抜いて私達の方を向こうとしますが、それよりも前にルーチェの剣が肉体を両断しました。

 

 でも、このモンスターはいったい何なのでしょうか……。

 

 

 

「そ…その子ですか? えっと、私の眷属のダツヴァです……」

 

 またしても弱々しいあの声が、今度は直ぐ背後から聞こえて来る。振り向けば物見櫓の上に立っていた少女が其処に居ました。

 

 ……こうやって近くで見ればハッキリと分かります。どんなに気弱でも、どれだけ普通の女の子に見えたとしても、彼女からは邪悪で不気味な力の波動が放たれているのですから。

 

 

 

「えっと、聖女さん……ですよね? 私、ルル・シャックスです。し…死ぬ前ですけどよろしくお願いしましゅ! ……あっ、噛んじゃった……」

 

 お辞儀をしながらの挨拶の最後に舌を噛んで痛がっている姿からは信じられませんが、彼女が魔族、我々人間の負の感情が集まって誕生した存在だと、周囲のダツヴァという眷属、魔族が創造した特殊なモンスターが何よりの証拠。此処は早く賢者様を呼んで……鈴が無いっ!? まさかさっきルーチェを助けた時に……。

 

 

「あれ? これは何でしょうか……?」

 

 ですが、私が拾うよりも前にルルの手が鈴へと伸びる。私が思わず飛びかかろうとしたその時、ルーチェが剣を抜いて飛び掛かりました。主を守ろうと襲い掛かるダツヴァを次々と切り捨て、その剣幕にルルは怯えた様子で頭を抱える。

 

「ひゃっ!?」

 

 きっと彼女の耳にはルーチェの猛々しい叫び声が届いているのでしょう。目を瞑って身を竦ませたその足下に転がった鈴にルーチェの手が迫る。そして指先が触れる……その僅か前に天井が崩れて雪の体を持つモンスターが現れたのです。

 

 

 ……そんな馬鹿なっ!? 眷属は魔族の特性に似通ったモンスターだと伝わっています。彼女が私の前で広げ、今こうして音を閉ざしていたのが鳥の翼でしたからダツヴァは同じ鳥のモンスターだから理解出来ます。ですが……。

 

 純白の雪玉で構成された胴体と手足、バケツの帽子に炭の顔。雪と氷の能力を持つ魔族ならば兎も角、彼女の能力とは共通点が無いのに……。

 

 まさか他に魔族が来ているっ!? 私自身には騒がしい鳥の鳴き声が邪魔で聞こえませんが口に出していたのでしょう。心外だとばかりに泣きそうな顔でルルが叫んで来ました。

 

「ち…違います! このスノーマンは私の友達が貸してくれただけで、この都市を壊滅させるのは私だけで十分だって言って貰えたもん!」

 

 ……成る程。相手の目的からして撃退するか目的を達成するまで帰って貰うのは無理ですか。鈴は……瓦礫の隙間から見えていますがスノーマンが邪魔だと思った時、室内が煌々と照らされる。ルーチェの剣が紅蓮の炎を纏っていました。

 

 

「炎の魔法剣。それだけの威力なら……」

 

 ルルの視線がルーチェの剣に注がれる中、踏み込みと同時にスノーマンの体に剣が深々と突き刺さって込められた魔力が増大、炎が膨れ上がって……。

 

 

 

 

 

 

「……それだけ能力なら、スノーマン相手には自殺行為ですよ?」

 

 炎が一瞬で凍り付く。剣も、それを持つルーチェの身体さえも。数歩スノーマンが後ろに下がれば体に開いた穴の周囲が蠢いて埋まり、そのまま雪玉が連なった腕を振り上げてルーチェへと突き出す。

 

 

 

 

 

 ……ですが、その腕はルーチェには届かない。ルーチェ以外の護衛の人達が盾を構えて防ぎ、同じく凍り始めた盾から氷が伝わる前にルーチェを抱えて飛び退く。その瞬間、追撃をしようとしたスノーマンに私の魔法が放たれた。

 

 

「えっと、無駄ですよ? その程度じゃ……」

 

 私が放ったのはルーチェの魔法剣の炎の数倍の熱を持つ炎の波動。その勢いはスノーマンを後ろに下がらせますが徐々に凍り付いて行く。ええ、そうでしょうね。だって、聖女に必要なのは攻撃より癒やしの力ですから。

 

 

「え?  きゃあっ!?」

 

 ルーチェを庇った他の護衛の人達の陰から剣が投げつけられる。刃は咄嗟にしゃがみこんだルルの直ぐ側を通り過ぎ、剣を投げて直ぐに飛び出したルーチェが瓦礫の隙間から鈴を拾い上げました。

 

 その鈴が私へと投げられ、受け止める為に手を伸ばす。ルルはメソメソと泣き出して邪魔する様子もない。これで賢者様を呼べると笑みを浮かべた時、室内で吹いた風が鈴を舞い上げてルルの所まで運こびます。……風を操れるとは誤算でした。

 

 

 

 グシャリと音がしたのでしょうね。私の目の前で鈴はルルに握り潰されてしまいました。

 

 

「あの、この鈴で何方か呼ぶ気……でしたよね? 誰が来るか教えてくれたら嬉しいなぁ……なんて思うのですけど駄目ですか?」

 

 背後から聞こえた声に咄嗟に振り向けば、今にも泣き出しそうな顔をした少女、魔族ルル・シャックスが私の手の中にある鈴を指差していました。……ふふふふ。私、もう駄目かも知れませんね。




他作品のアンノウン被害者の会が主人公に言いそうな事

1 頼むから彼奴をどうにかしてくれ

2 どんな躾してるんだ!

3 お前のせいか!

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