初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる 作:ケツアゴ
嫉妬とは同レベルの相手にしかしない……らしい。ならば私が感じているモヤモヤは嫉妬とは呼ばないのだろう。だってキリュウは私を圧倒的に愛しているのだからな。私と奴は相思相愛の夫婦、誰に嫉妬するというのだ。
(……ミリアス様も面倒な仕事を押し付けたものだ。私を構う時間が減っているぞ)
悠久の時を生きる不老不死の存在である神と人では時間の感覚が違う。価値観の相違も此処から来るのだろうがよく分からん。私の受け持ちは武と豊穣だ。……ん? アンノウン、何を呆れている?
ミリアス様がキリュウに頼んだ仕事は歴代勇者のサポートだ。その為に用を知らせる魔法の鈴を作り出し、歴代勇者だけでなく一部の知り合いに渡したのだが……。
いや、仲間の子孫なら兎も角として聖女にまで渡す必要はあるのか? まあ、聖女から呼び出しが掛かる事は片手の指で数えれば足りる程度であったが、勇者からの呼び出しは大変だったぞ。ベッドの中で後ろから抱き締められている時や、膝枕をしてやっている時。それに一緒に風呂に入って体を洗いっこしている時や、森の中でキリュウを押し倒して今から脱ごうとした時なんかにタイミング悪く呼び出しが掛かる。
大体、キリュウの時は大きく力が削がれた私が居ただけで、賢者の助けの様な物は無かったが世界を救ったぞ! 別の世界の住人でもあるまいし、甘えすぎだと思うのだがな。贅沢に溺れた馬鹿者の事も有るし、次からは提言してみるか。
だって私と過ごす時間が減るから! 僅かな時間でも寂しいものは寂しいのだ! ……ああ、そうか。モヤモヤの理由が分かったぞ。
「キリュウ。私はどうやら数秒でもお前と離れたら寂しいらしい」
「それは私もです。……だから、離れた時間の分、より全力で愛し合いましょう」
「いや、早く行きましょう! イチャイチャしている場合じゃないですよ……」
キリュウが常に持っている鈴の一つ、シュレイ……いや、アミリーに渡した物と対になる鈴が鳴り響く。しかもこの音の高さは破壊された時の物。私とキリュウは手を繋ぎ、近くに立つゲルダと隙を見て遊びに行こうと駆け出したアンノウンを連れて聖都シュレイまで転移した。
視界が一瞬だけ光に包まれ、直ぐに光が消えれば其処はシュレイの神殿内部。今まさに灰色の羽を広げた魔族の少女がアミリーに鋭く尖らせた羽の先を突き刺そうと動かす。だが、それが届くよりも前にキリュウの拳が少女の顔面に突き刺さった。
「きゃぶっ!?」
丁度顔の中央に拳を叩き込まれた少女は涙目で鼻を押さえ、指の間からは血が流れている。恐らく鼻が折れたのだろうと思って横を見ればゲルダはビックリとした表情で固まっていた。
「えっと、賢者様が女の子の顔を容赦なく殴ってますけど……幻覚ですか?」
「いや、現実だぞ? ああ、それとお前も知っているが魔族は悪意等が淀みとなって集まった物が意志を持った存在。老爺だろうが幼女だろうが惑わされるな。年齢はどれも実際は変わらん」
「それは分かっていますけど……」
うーむ。先程人相手に戦って耐性が付いたと思ったが、未だ明らかな悪党という見た目でなければ無理なのか? これでは先が思いやられると思いながら私も加わる。不意打ちで顔面を強打されてパニックに陥っている魔族の脇腹に跳び蹴りを軽く叩き込めば壁を突き破って飛んでいった。……生きているだろうか?
「賢者様! きっと来てくださると信じていました!」
背後から嬉しそうな顔をしたアミリーがキリュウに駆け寄って手を取る。……こんな状況でなければ怒って引き剥がしている所だ。私が余裕のある女で良かったな!
「……ガウ」
「うん? 今、何処がだろう、と言ったか?」
「ガーウ」
気のせいだよ、ボス、か。まあ、今は誤魔化されてやろう。それは兎も角としてだな……。
「アミ……いえ、シュレイ。魔族とモンスターはゲルダ達に任せて今は聖女として人々の救援に! 耳は聞こえますね?」
「はい! 全て賢者様のお陰です! では、ご健勝を!」
そうだ早く離れろ、そんな風に私が願ったのがミリアス様に通じたのかキリュウが内心を悟ってくれたのかアミリーは言葉に従って離れて行く。所でこの霧に耳を聞こえなくする力が有ったのだな。全然気が付かなかったぞ。
「ではゲルダさん。危なくなったら助けますので魔族の相手はお願いします。私はこの霧から人々を守りますので。シルヴィア、アンノウンと一緒にモンスター退治を。くれぐれも街を破壊し過ぎない様にお願いします。くれぐれも街への破壊は抑えて下さいね」
……何で二回も行ったのかは分からんが了解した。何よりお前に頼られるのが嬉しいんだ、キリュウ。
「ああ、任せろ! 先ずは目の前の奴らだ!」
一番近くの雪の固まりみたいなモンスターに拳を叩き込む。打撃点から発生して扇状に広がっていく衝撃波はモンスターの全身を粉砕して広範囲に散らばらせた。何か少しだけ冷たかった気もするが問題はないな。
さて、壊れた壁から町の様子が見えるが酷い有様だ。これは一刻も早く倒さなければ!
「行け、アンノウン!」
「ガガーウ!」
残った鳥のモンスター達もアンノウンの頭に乗ったパンダのヌイグルミから放たれたビームが消し去る。おっと、今ので向こうの屋根に乗っていた姉様の像が破壊されたが……不可抗力だな!
「じゃ…じゃあ行って来ます!」
「ええ、頑張って! 十分な功績を挙げて封印の楔が完成した世界には魔族は干渉出来ません。今日此処でこの世界を救ってしまいましょう!」
「はい!」
おや、今の言葉で迷いが消えたらしい。晴れ晴れとした顔でゲルダは奴が吹っ飛んだ方向へと向かって行く。ならば私も負けていられん。速やかに仕事を終わらせねばな。
「アンノウン、全力で行くぞ!」
「……ガウ」
無駄だったね、マスター、だと? 意味の分からん事を言っていないで急げアンノウン! そのまま私も神殿を飛び出してモンスターの密集地帯へと全力で向かう。ふはははは! 見ていてくれ、キリュウ。この私の戦いをな!
「……ああ、脳味噌まで筋肉な貴女も美しい、美し過ぎますよ……」
「ガウ、ガーウ!」
「ほほう。あのモンスターはそんな名前なのか。それよりも解析の魔法が使えたとは驚きだぞ、アンノウン」
街中に飛び出せば先程のモンスター達、スノーマンとダツヴァが暴れている。私は地上のスノーマンに向かい、先程と同様に拡散する衝撃波で吹き飛ばし、アンノウンは空中に躍り出るとその場で回転、ヌイグルミの放つビームで周囲を飛び交うダツヴァを纏めて薙払う。それにしても私が使えない魔法を使えるとはな……。
「|一定以上の魔力と頭脳が有れば使えるよ、ボス《ガウガウガウ》」
「そうか。流石はキリュウが創造しただけあって賢いな!」
「……
ん? 何を言っているんだ、此奴は。ちゃんと言葉は通じているだろうに変な奴だ。まあ、未だ生まれたばかりだから仕方ないのだろうが。これはちゃんと教育をしてやらねば将来馬鹿になるなと思った時だ。バチバチという音を立てながら大鷲のモンスター達が接近して来たのは。
「イィアアアアアアアア!!」
耳障りな鳴き声と共にその嘴が内部から光り雷撃が空中のアンノウンに降り注ぐ。何を思ったのかアンノウンは私とあの鳥、サンダーバードというらしい連中を交互に眺め動きを止める。降り注ぐその一筋一筋は細くても束ねれば極大の雷撃となり、空中で呆けたアンノウンの肉体を包み込んで地面へと叩き落とした。その威力たるや地面を打ち砕き余波で周囲の窓が砕ける程。だが、アンノウンならば一切問題無い、その筈だった。
「馬鹿なっ!? それほど迄の威力ではなかった筈だ!」
確かに魔法の類に疎い私であるが、目の前にした物の威力を見誤る程ではない。アンノウンならば平然としている筈なのだ。だが、現実は違う。四肢を投げ出して微動だにしない奴の体からは赤くドロドロした物が付着していた。
そしてダメージを受けて動けない獲物を見逃すモンスターは居ないだろう。ダツヴァは嘴を突き刺そうと矢の如く迫り、サンダーバードは再び雷撃を放つ気なのか放電を始める。
「てやっ!」
気が付いた時、私は斧を投擲していた。猛回転しながら飛翔する斧は風を切りながらダツヴァ達へと迫り瞬く間に両断していく。弧を描いて飛んで私の手元に戻って来た斧をキャッチするのと目の前のモンスターの死骸が地面へと落ちるのは同時であった。
「アンノウン!」
未だ他の箇所で暴れているモンスターが居るのは理解しているが、今の私にとって優先すべきはアンノウン、ペットの事だ。確かに悪戯ばかりして悩ませる存在だが、それでも我が家の一員なのだから。
「ガウ……」
「少し休めば大丈夫だと? ああ、安心した。では私が安全な場所まで運ぼう」
「ガ!?」
何を遠慮しているのか持ち上げるのを頑なに拒否するが怪我をしているのだから拒否を許す訳が無いだろうに、馬鹿者め! 無理矢理持ち上げて避難させようとした時、私の足の爪先が何かの容器に触れる。……ケチャップ?
「……」
アンノウンの体に付着した赤い物を指に付けて嗅いでみればケチャップの匂いが
「……ガウ」
予想通り全くの無傷だ。痛がってさえない。平然としながら欠伸さえしていたのだからな。
「……ふざけてないで戦え」
「……チッ!」
「後でお仕置きだぞ。取り敢えずおやつ一週間抜き」
「!?」
慌てふためいているが、私を一瞬とはいえ騙したのだから当然だ。サンダーバードに八つ当たりする音を背中に浴びながら私が進んだ時、崩れた建物と、それに集まる者達の姿が目に入った。
「誰か来てくれ! 未だ子供達が居るんだ!」
「もうモンスターがこんな所まで!」
崩れかけた建物の前では剣を振るってダツヴァを寄せ付けまいとする騎士達の姿があり、瓦礫の奥には数人の子供の姿。やれやれ、仕方がないな。
「退いていろ、三秒で終わらせる」
一秒……地面が爆ぜる勢いで踏み込んで建物に接近。邪魔な瓦礫を片っ端から真上に蹴り上げる。
二秒……蹴り上げた瓦礫に更に蹴りを叩き込んで破片をダツヴァ達に飛ばす。
三秒……無数の破片となった瓦礫がモンスターの体を打ち砕き、降り注ぐ瓦礫に当たらぬ様に全員抱えて退避する。
「ジャスト三秒……とはいかんか」
どうも踏み込んだ場所に地下通路があったらしく崩落した為に踏み込みが甘くなって3・4秒掛かってしまった。幾ら神としての力の多くを封印しているとはいえ情けない。
「私もまだまだ未熟だな。……怪我は無いか?」
「あ…ああ。お陰様で」
「お姉ちゃん、勇者様の仲間の人だよねー? 凄く強かったよ」
……まあ、今回はキリュウの頼みである人々の救援が優先だ。落ち込むのは後にして今は先を急ごうか。
「では中央広場までその子を連れて行け。私は……次の場所に行く」
今度は地面に負担をかけぬ様にふんわりとした動きで飛び上がる。鳥が飛ぶよりも高くまで飛び上がれば街全体の様子が見て取れ、スノーマンに追われている者達を発見した。それほどスノーマンの動きは速くないが怪我人でもいるのか逃げる方の速度も遅い。このままでは追い付かれるのは時間の問題か……。
「はっ!」
両膝を曲げ、掛け声と共に空気を蹴る。爆音と共に私の肉体は前方へと押し出され、そのままの勢いでスノーマンの前方の地面に激突した。大きなクレーターを作り土砂を周囲に散らばらせた私をスノーマンは警戒したのか動きを止め、棒立ちの巨体に先程同様に衝撃波を叩き付けて粉々にする。
「次っ!」
既に大体の位置は把握している。近くの建物の外壁に飛び移り、そのまま壁を蹴って近い場所へと飛ぶ。先程の着地の際に上空に飛び散った大小の石を掴んでダツヴァやサンダーバードへと投擲し、スノーマンを粉々にすると再び次の場所へと飛ぶ。
「……妙だな」
スノーマンを砕けば放たれていた冷気が消え去っていたのだが、先程から冷気が街の一角から強く放たれている気がするのだが。気のせい……ではないな。
「彼方か。……間違い無いな」
冷気が放出されているのは中央広場。視線を向ければ魔族の魔法の霧に混じって白い霧が街のいたる箇所から集まっていた。何か嫌な予感がした時、それは現実となる。
「スノーーーーマン!!」
今までの個体とは比べ物にならない程に巨大なスノーマンが両腕を広げ咆哮する。それだけで周囲一体が霜に覆われた。どうも勘が鈍ったらしい。倒したと思った相手が合体するとはな。……本当に未熟だ。
自分を責める一方で、別の感情もわき上がる。その感情の名は……歓喜。
「……面白い」
不謹慎だが……ちょっとだけワクワクして来たぞ。
「てやぁあああああ!!」
「ひゃっ!? わぁっ!?」
その頃、街の一角ではゲルダとルルが戦いを繰り広げていた。優勢なのは現在の所ゲルダ。デュアルセイバーを握る事で流れ込んでくる身体の動かし方を徐々にだが確実に自分の物とし、分割したデュアルセイバーを使い二刀流の刃を振るう。刃としての能力は皆無な為に鈍器ではあるが、その一撃一撃は速くて重い。
だが、当たらない。此方は動きが未熟で無駄が多く、正に素人その物に関わらずゲルダの猛攻を回避し続ける。一切攻撃に転じる事が出来ず、キリュウとシルヴィアによって受けたダメージが大きいのか脇腹を庇う動作を見せるなど精彩を欠いた様子を欠いた様子だが、それでも掠りもしないのは圧倒的な身体能力の差にあった。シルヴィアが言った通り、華奢な少女の姿をしていても魔族は魔族。その力を目にした事でゲルダから迷いが消え始め、更に攻撃が激しくなっていた。
「な…何なんですか、貴女はっ!? どうして襲って来るんですかっ!? 助けてディーナちゃーん!!」
「私は勇者です! 大体、街を襲っておいて何を言っているのっ!」
「貴女みたいな子供が勇者な訳ないじゃない! 私、トロいとか馬鹿だとか言われるけど、其処まで馬鹿じゃないわ!」
まあ、信じないだろうなぁとゲルダは、馬鹿にされたと思って怒りに震えるルルの姿を見て思うのであった。
「おやおや、主の
そして、離れた場所から二人の姿を観戦する人物が一人。胴体はスーツ姿の男性だが頭は角の生えた山羊。興味深そうにゲルダへと視線を向け、無抵抗を示す様に両手を上げて後ろに顔を向ける。笑みを浮かべたキリュウが其処に立っていた。
「彼女が勇者という事は貴女が賢者殿ですか。……怖い怖い。正直言って魔王様さえ相手にならないでしょう。ちょっと魔力を抑えて頂けたら落ち着くのですが」
「落ち着かせるとでも? ねぇ、名も知らぬ魔族さん」
「ならば倒しますか? 勇者の功績に出来ないのに?」
山羊の頭をした魔族は笑い、キリュウは無言で返す。両者ともこの場で動き気は無いと互いに悟っていた。
「何時か彼女が貴方を倒しますよ、絶対にね」
「おやおや、子供に勇者を押し付ける薄情な神の下僕が面白い事を。……では、此処で失礼。私はビリワック・ゴートマン。また機会が有れば」
ビリワックは丁寧に頭を下げ消えていく。キリュウはその姿を笑みを浮かべたまま見送るも目だけは笑っていなかった……。