初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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○が出ない


クルースニク外伝 21

 鎖が宙を舞うかの様に自在に動き、剣閃が煌めいて迫る刃の切っ先を叩き落とす。即座に踏み込もうとするも鎖の動きは一切緩まず襲い続ける。

 

 弧を描き、枝を這う蛇の如く迫るグレイプニルの先端が狙うのは刀の弱所である刃の腹。切れ味凄まじく縦の力には強い刀は横からの力には弱い。でも、それで終わるんだったら彼は三流。終わらないから彼は一流の武芸者なんだ。咄嗟に刃の向きを変え、逆にグレイプニルの切断を計る。鎖に食い込む寸前、グレイプニルの鎖が急激に縮んで刃を避けてレリック君の方へと戻って行く。

 

 次の攻撃に移る為の準備動作、その時間は僅かだけれど、志郎君が攻勢に出るには十分な時間だった。踏み込み、接近。地面に摩擦の跡が残る程に素早い摺り足。納刀した刀を手にし、間合いに入った瞬間に繰り出されるは超高速の抜刀術。鞘を滑らせて放った刃はレリック君を切り裂き、斬られたレリック君の残像は消える。

 

 本物は刹那の間に跳躍し、抜き払った瞬間の硬直を狙って放つのは回避の速度を生み出した脚力を活かした蹴り。咄嗟に後ろに飛んで衝撃を逃がし、足自体は鞘で受け止めた志郎君には傷は見当たらない。再び二人の距離は遠ざかり、空中から迫る刃を志郎君が弾き、この距離で納刀。着地の瞬間に再び抜刀術でも使うのかと思ったけれど、彼はその場で抜刀。三日月の姿をした斬撃が飛び、レリック君は鎖を束ねて防ぐ。着地に何一つ問題は無く、再び硬直状態が続けられた。

 

 レリック君と志郎君の戦いが開始して約三十分、互いに掠り傷すら無く、疲れた様子も見せない。当初は響いていた歓声も消えた。観客は息を飲み、声援すらも押し殺す。この戦いは神殿で行われる王家に関わる重要な儀式。当然だけど観客は多く、皆素晴らしき戦いを望んでやって来た。でも、その素晴らしき戦いが行われているのに誰もが黙り込んでいるのは何故か?

 

 簡単な話さ。魅入り言葉を失う程の戦いなのさ。剣戟の音は神に贈る演奏で、戦う姿は神を崇める為の舞い。ほら、黙って見ているのが礼儀だろう? こんな戦い、誰も予想していなかったんだ。でも、仕方が無いよねぇ。常人が予想不可能な戦いを行っているのは英雄に選ばれるかも知れない若者達の競演なんだからさぁ。

 

 

「六色世界でも数える程しか居ない者達が戦う運命だとか凄い偶然だよねぇ。オジさん、ビックリさ」

 

 この戦いは二対二のタッグバトル。でっ、志郎君の相方はオジさんがワンパンでのしちゃった。うん、わざわざ描く必要も無い程に簡単だったよ。ドタドタと荒い足取りで突撃して力任せに太い腕を振り回して来たから懐に踏み込んで腹に一撃、それで終了。

 

 この子は確かに常人の中では強い方だ。動きは悪いけれど、動きを磨く期間も費やした肉体の鍛錬は相当厳しい物だったんだろうねぇ。……でも、それだけだ。英雄候補に撰ばれた者とそうでない者じゃ同じ種族同じ武才でも大きい差が有るんだよ。努力や技術で覆せない程に。……残酷だよねぇ。そんな力を与えられた者も、それを身近で見せられる者も。

 

 でもさ、勇者を助けて世界を救う為なんだ。大の為に小を切り捨てる。そんなの世界全体って大きなスケールで無くても行われている事さ。大きいと残酷で理不尽に思えるけどね。まあ、そんな物だよ、人生って。

 

 まあ、君はそんな志郎君と一緒に大会に出る程に諦めが悪い。そのまま頑張れば救える人は多い筈さ。英雄だけが人を救う訳じゃ無いからねぇ。

 

「さてと、制限時間がそろそろだね。互いに一歩も譲らずだけれど……どうなるやら」

 

 レリック君に加勢? まあ、互角に戦ってるしオジさんが戦えば勝てるけどさ……不粋でしょ。いや、これが誰かの命を救う為だってんなら手を出すけど、今手を出したらレリック君に怒られちゃうよ。オジさん、空気読む中年なのさ。

 

 試練の時のラム姫の護衛? はっはっはっ。別に正式にしなくても物事にはやり様って物が有るのさ。だから黙って見ていたい。だってさ、これを終えればレリック君は強くなれる。勝っても負けてもね。

 

 いやぁ、若者の成長を見守るのって嬉しいよねぇ。大人の勤めって言うかさ、邪魔するのは野暮って言うか……。

 

 

「……なのに、どうしてこうなるのかなぁ?」

 

 オジさんは呆れと悲しみが入り混じった溜め息を吐きながらコーザス君を見下ろした。仰向けになって大の字で伸びていた彼が起きあがったんだ。いや、それだけなら嬉しいよ。大した気力だって手放しで誉める所さ。

 

 でも、気絶したまま起き上がって筋肉が膨れ上がるってのは尋常じゃないよ。力を込めて膨れ上がったってレベルをとっくに越えている。膨張する筋肉を包み切れない皮膚が裂け、剥き出しになった筋繊維は止まる事を知らず、遂に胴体の筋肉が頭部を飲み込んだ。

 

 当然、息が出来ない。この現象の影響か、それとも激痛が彼を襲っているのか、意識を取り戻した彼は空気を求めて手足を動かし、窒息して力尽きる。でも、筋肉は成長を止めない。いや、寧ろ成長速度が上がってないかい?

 

 

「コーザスっ!?」

 

「おいっ!? お前の相方はどうなってたがるんだっ!?」

 

「い、いや、分からぬ。この様な事になる心当たりなど……」

 

 ……まあ、だろうねぇ。実際、志郎君はコーザス君を心配し、本当に動揺している。目の前の現象の理由は彼にも分からないんだ。でも、一つ分かる事が有るよ。

 

 気を失ったのか、それとも死んでしまっているのかは分からない。でも、そんな状態にも関わらずコーザス君の肉体は膨張を続けながら暴走を始めたって事だ。大木みたいな腕が振り下ろされれば舞台が砕け、放心していた観客の間にパニックが広がる。こりゃ放っておいたら死人が出そうだ。うん、それは良くないね。

 

「ほらほら、二人共。今は口じゃなくって手を動かそうか。避難が済むまで抑え込んで、それから助けられるかどうかを考えよう!」

 

 手を叩き、二人の意識を切り替えさせる。どうも凶暴化しているとかじゃなく、反射的な動きで暴れているらしい。つまり下手な攻撃は被害を大きくするだけだ。……面倒だなぁ。コーザス君を迷い無く殺せない事と同じ位に面倒だよ。だってさ、普通に考えて助からないでしょ? でも、志郎君の手前として見捨てるとか反発するだろうし。

 

「おっと……」

 

 どうやら無謀な若者が加勢すべく攻撃を仕掛けるけれど、風圧に反応したのか足が横に凪払われて建物を破壊しながら彼に迫る。瓦礫が飛び、逃げ出す人々が更に悲鳴を上げる中だった。子供に向かって落ちて来た瓦礫が鉄球によって破壊されたのは。

 

「ったく! 雑魚が手を出しても被害が増えるだけだっつーの! 足の遅い餓鬼とか老人とか抱えて逃げろや!」

 

「勇気と蛮勇は別だ。だが、立ち向かう勇気は素晴らしいぞ。それを人助けに使っておけ。彼奴は俺達が止めよう」

 

 それは手首が通る程度の大きさの輪っかに鎖の付いた鉄球が三つ連結された武器。パップリガの暗器の一つで『微塵(みじん)』と呼ばれる物。それを振るったのは酒場でレリック君と喧嘩になってたルゴド君だった。隣には相方のエルフの青年。こっちはエルフ特有の筋骨逞しい肉体に見合う大きさのバトルアックスを背負っている。

 

 大会出場者の中で英雄候補が居るコンビの最後の一組目が此処に揃った。やれやれ、加勢してくれるみたいだし何とか直ぐに終わりそうだよ。……後は終わったら彼女を問い質すだけか。

 

 

 ……オジさん、見ていたからね? 君が青ざめた顔で呟いた唇の動きをさ。……あの薬が、か。絶対何か知っているよねぇ。

 

 この時、少しだけ腹が立っていたのに気が付いていた。だってさ、オジさんにとってレリック君は息子同然なんだ。息子の晴れ舞台に泥を塗られて憤らない父親が居てたまるものかってね。

 

 

「じゃあ、オジさんは後方支援を引き受けるからさ……死なない程度にぶっ殺すのは任せたよぉ?」

 

 まあ、怒っていても何時もの仮面は崩さないけどね。

 

 

 

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