初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる 作:ケツアゴ
新たな力
黄の世界イエロア、砂漠が大部分を占める六色世界の中でも特に過酷な環境に数えられる世界であり、文化としてはアラビアンナイトを彷彿させる物がある。金持ちが好んで使う空飛ぶ絨毯、王の墓であるピラミッドは数々の罠や魔術で守られ、砂漠の下には古代遺跡の存在があるという伝承が伝わっている。
「あら、あれは何かしら?」
そんな世界の片隅に存在する小さな村の幼い少女は何時もより早く目が覚め、偶々外の景色を見た事で誰よりも早くそれに気が付いた。砂漠は昼間は暑く夜は寒いが、イエロアには決して降る事の無い筈の雪、それが降っていたのだ。
やがて初めて目にする存在すら知らなかった白い雪に夢中になる彼女の声で家族が目覚め、他の家でも同様に雪を初めて目にした人達が驚きの声を上げる。商人ならいざ知らず、小さく貧しい村では他の世界の情報など入る訳もなく、得体の知れぬ白く冷たい物に対して子供みたいに楽観的には接する事が出来ない。だが、そんな中で変わり者とされていた男が口にした。これは雪という物で、他の世界の冬では珍しくもない雨みたいな物だと告げたのだ。
その言葉に村人達は雪への警戒心を失う。この世界では珍しくても他の世界では普通に存在するのなら何かの理由で降る事も有るだろうと。水の確保にも苦労する村人達からすれば構っている時間は無く、寧ろ雨同様に瓶に貯めて水を確保しようとさえしていた。
「不思議だなぁ。どうして降ったんだろう……」
そんな中、好奇心旺盛な彼女は疑問を口にしながら空を見上げるが、母親に呼ばれて慌てて家の手伝いを始める。これと同じ事がイエロアの各地で起き始めていた。
村人達は気が付かない。それが鎌首を擡げた毒蛇であるという事を。その首筋に牙が突き立てられるまで……。
「あ…あの~、賢者様。この階段ってどれだけ残ってますか?」
六色世界を救う為、生まれ育った橙の世界オレジナから黄の世界イエロアへと向かっていた私は疲労が溜まって来た足を止める。世界と世界を繋ぐ世界樹ユグドラシル、都市一つの面積と同じ位の直径を持つ大樹の周囲には緩やかな螺旋階段の足場が橙色の光の板で作られていた。それを上り始めたのは早朝で、今はお昼前。空を見上げれば木の幹が雲を突き抜けて伸びていた。
「もう半分ですね。一旦休憩しますか?」
未だ半分と聞かされて体から力が抜けそうになる中、賢者様が指先を幹の表面に向けるとガラスみたいに透明なドアが現れて、それを開ければ根本に準備していた休憩所に通じている。これを上まで到達する事で次の世界に行くのも勇者の必要な儀式の一つらしいけど……ほら、おトイレとか。だから休憩の度にこうして戻っています。
「これで立派な勇者に成れるかなぁ?」
こうして休んでいる間にも苦しんでいる人が居るけれど、だからと言って無理をして失敗したら何もかも台無しだって、実際に無理して倒れたせいで助けられた筈の人まで助ける事が出来なかった経験を持つ賢者様に教えられた。私は未だ未熟で、それを導く為に賢者様が居るからって……。
「……焦っちゃ駄目だよね」
賢者様は今まで二人の先輩勇者を導いて、自分自身も世界を救った英雄。なら、何も疑う事は無い。私がすべきなのは、私なら大丈夫だからって思われる様に強くなる事。世界を救う為に頑張らなくちゃ! その為にも武器の扱いを上達させなくちゃと背負ったデュアルセイバー(赤と青の二色に分かれた巨大な鋏)に視線を向けて、ふと思う。
「どうせなら分割した際に名前付けようかな?」
何時までも片方とかって呼ぶのも少し抵抗がある程度には愛着が湧いた相棒に付ける名前を考えるも思い付かない。羊とかに名前を付けるのは直ぐ出来たけど、私が世界を救った後で歴史に名前が残るのなら尚更だ。
「えっと、こんな時こそ賢者様……にだけは相談したら駄目よね」
「呼びました?」
「いえ、一切!」
賢者様は立派な人で、とっても強い尊敬出来る相手だけど、武と豊穣を司るシルヴィア様こと女神様とは夫婦として見ていて少し困る位にイチャイチャする。現に今も階段を最初からお姫様抱っこで女神様を運びながら上っているのだから。
そして正直ネーミングセンスは最悪。多分必要な物に力を吸われたのではと思う程。このデュアルセイバーだってアメリカンレインボー鋏って名前を提案して来た。悪意が感じられず真面目な意見だったから尚更質が悪いと思う。だから自分で名前を付けよう。そもそも私の相棒だ。
休憩中に考え、納得が行くのを思い付いた。
「決めたわ、レッドキャリバーとブルースレイヴよ!」
この子に意思が存在するかは知らないけれど、握った手を通して流れ込む力が喜びを表していると感じる。
余談だけど後で賢者様にどんな名前を付けたか訊いた所、赤蝮と青大将らしい。賢者様を頼らなくて良かったと心の底から迷いなく思えたのはこの時が初めてだった。
「や…やっと着いた……」
あれから休憩を挟むこと数回、次の日の日の出頃にはユグドラシルの天辺まで到着して最後の一段を踏んだ時、私の目の前の風景が切り替わる。日光が降り注ぎ砂塵舞う砂漠の世界へと。
「あ…暑い……」
頭を守る為に賢者様に頼んで作って貰った麦わら帽子を深く被って眩しい日光を防ぐ。この服の力で寒さ暑さから身を守れるけど、それに慣れてしまっても危ないからって効果は最低限らしい。
「水はこまめに飲んで下さいね。シルヴィアも私と旅をしていた時みたいな失敗には気を付けて下さい」
「……分かっている。あれは不覚だったからな」
女神様がやってしまった失敗、それについては賢者様が勇者だった頃の物語を読んだ私には検討が付く。実際は賢者様を召喚した反動で力の大半を失っていた女神様だけど、神の絶対性に疑いを持たれるからって同名のエルフのお姉さんが賢者様達の仲間だってされていて、勝ち気な彼女は討伐依頼を受けたモンスターを深追いして砂漠の地下に眠っていた遺跡に迷い込んでしまって……。
「続きは未だ読んでないし、実際に何があったかも聞きたいかも……」
でも、物語を先に読んでから実際の話を聞いた方がネタバレにならないから詳しくは私の前では話さないで貰おうと思った時、背後からアンノウンに肩を叩かれた。
「もう、何の用かし……ら?」
隙を見つけては私を馬鹿にして楽しむのがアンノウンだもの、油断は出来ないと慎重に振り向けば何をするでもなく座り込んだだけ。その体は端から光の粒子になって崩れ、賢者様や女神様と違って普段は理解出来ない鳴き声が理解出来た。
「ガウ……」
もう時間? ゲルちゃん、さようなら? そんな、何を言っているの!? 消えて行く姿はルルが浄化されて消え去った時に似ていて、別れを告げるその声は寂しそうに聞こえる。思わず手を伸ばしたけど、その指先は光の粒子をすり抜けた。
「アンノウン……?」
良い思い出は無いし、悪戯をされてばっかりだったけれど一緒に世界を救う筈だった仲間。それが私の目の前で消え去った、その事実に私は膝から崩れ落ちた。
「アンノウンー!!」
「ガウ?」
昨日担当の僕が帰って今日担当の僕が来たけど呼んだ? アンノウンはニヤニヤと笑いながら言って来た。さっきの死期が迫っているって感じの演出は何だったのだろう? 少し訊ねてみた。ついでにお前も関係しているのか、とも。
「ガーウ!」
あの僕も僕であり、僕故に僕は僕に僕の思考を転送出来る。紛れもなく合作さ! それを聞いた時、私は立ち上がる。
「アンノウンー!!」
レッドキャリバーとブルースレイブを振り上げてアンノウンに振り下ろす。ひらりと身を躱わすアンノウン。一辺根性叩き直してやる!! 慣れない砂の道で私が苦労しているのに楽々と動き回って、私がもう少しで触れるって距離まで行ったら目の前で飛び跳ねる。それも砂を派手に舞い上げながら……。
「戯れの最中に邪魔をする。お主が今代の勇者で相違無いな?」
その鬼ごっこの最中に彼は現れた。大岩の上に堂々と立つキリッとした瞳の真面目そうな十二、三歳男の子で、正直言って少し好みの見た目。癖毛の私と違って艶のある黒髪をポニーテールにした彼の服装は特徴的だ。あの服は似た物をお父さんが持っていた。確か着流し、そして足袋に草履で腰には大小の二本差し。特徴的なのは服装だけじゃなくって顔付きも。賢者様に顔の作りが似ている……お父さんにも。間違い無くパップリガの出身だ。
それと多分獣人……だと思うけど、お母さんから受け継いだ狼の獣人の鼻が違和感を覚える。獣の耳と尻尾が有るけれど、臭いが何か違うと教えてくれる。その違和感の正体が何かは直ぐに判明する。他でもない本人の口から明かされて。
「拙者の名は
「……え? えぇ!?」
名乗りを聞いた事で違和感の理由が明らかになった。あのルルと同じく人の姿をしていても人ではない別の何かの臭いがしたのだと気が付いた。じゃあ、あの耳と尻尾は鼬なんだと思いながらも今にも飛びかかって来そう楽土丸の姿に視線を送った時、彼は大岩から飛び降りた。
「既に語るに及ばず、勝負勝負!」
刀を抜き、砂山に着地した彼はそのまま私の所へと向かい、急に動いた砂山に飲み込まれた。
「……え?」
一瞬何が起きたのか分からず呆然としたけれど直ぐに解析魔法を発動させれば砂山に擬態したモンスターの情報が入って来る。
『『サンドスライム』砂の姿をした巨大なスライム。常に体内を移動する核を破壊しなければ死なない』
「な…何のこれしきっ!」
「あっ、飛び出して来た」
サンドスライムの体表面が盛り上がって楽土丸が飛び出す。サンドスライムも触手を伸ばして捕まえ様とするけれど刀で切り払い退けながら向かって来ていた。
「逆境を利用してこそ真の武士なり! さあ、勝負だ!」
数度振るっただけで分かったけれど多分楽土丸の剣術の腕は私以上な上にデュアルセイバーは鈍器、サンドスライムとの相性は悪い。アンノウンを追うのに夢中で賢者様達から離れてしまって……ああ、そうだ。
「アンノウン、協力して……アンノウン?」
さっきまで私を散々弄くっていたアンノウンは微動だにせず、触れば血の気が感じられない冷たさ。其れも其のはず、私が正式名称を知る方法など無いけれど、それはアンノウンの1/1ソフトビニール人形だった。無闇矢鱈に完成度が高い。
「いや、何時の間に……」
考えるだけ無駄だと悟り、この場を乗り切ろうとレッドキャリバーとブルースレイヴに分割して構える。私が臨戦態勢を取った事が嬉しいのか楽土丸は嬉しそうに笑い、其の進行方向には小さなサボテンの花。当然、彼は其れを気にせず踏み付け、サンドスライムは大きくジャンプする。
「あの巨大で軽々とっ!? こうなれば……斬るっ!」
刀を構え楽土丸は跳ぶ。一直線にサンドスライムへと向かった彼は両断すべく刀を振るい、地中から現れた巨大なモンスターにサンドスライムと一緒に飲み込まれた。
「えっと、さっきも見た光景が……」
長虫に似た体型だけど大きさが余りにも違い、まるで巨大な塔を思わせる。全身が緑で無数の棘が生えたモンスターの頭部にはサボテンの花が生えてある。
『『サボテンワーム』頭の花を踏まれた時以外は眠り続け大きくなり続けるワーム系モンスター。何かを食べると地中深く潜って時間を掛けて獲物を消化する』
サボテンワームは頭から砂漠に突っ込んで潜って行く。結構な量の熱砂が押し寄せて来たのを手で顔を覆って防いて漸く目を開けた時には誰一人存在しない死の世界が広がっていた。転がった獣の骨に何処までも続いて見える砂山、何処まで過酷な世界なのか突き付けられた気分の私であった……。
「魔族が現れたのですね。それも紫の世界の所属らしいですが……。それは兎も角、惜しかったですね。我々で袋叩きにすれば功績が減りますが稼げる事は稼げますから。本当に大変ですよ、世界を渡るに連れて必要な量が増えますから」
私から話を聞いた賢者様は顎に手を当てて少し考え込む。途中で物騒な台詞が出たけど聞かなかった事にして、女神様からお仕置きとして拳で頭をグリグリされているアンノウンに目を向けていた時、ふと思い出した。確か世界を回って新しい力を増やして行くと聞いていた。
「ああ、新しい力ですね。少し貸して下さい」
デュアルセイバーを手にした賢者様は目を閉じて集中を始める。どんな能力か期待する一方で最初の能力が相手に傷を付けずに毛だけを刈り落とすという羊飼いの私としては嬉しいけど勇者としては微妙な物。髪の毛とか羽毛に特別な力が有る相手だったら強いけど、それ以外が少し微妙な気がする。
「おや、今回は便利な力ですよ。試してみましょうか。分割して片方を投げて下さい」
「今回はって事は毛を刈ったり分割出来る力は微妙だって思っています?」
さっと目を逸らす賢者様を見なかった事にして、試しにブルースレイヴを投げ飛ばす。回転しながら飛んで行った後で砂の上に突き刺さった。後は賢者様に教わった通りに来いと念じれば……。
「本当に来たわ!」
凄い勢いで飛び出したブルースレイヴは磁石で引き寄せられたみたいにしてレッドキャリバーと結合する。確かに今度は便利な力らしい。
「武器の投擲に使えますね。他にも呼び寄せる以外にも移動にも使えそうですし、追々試してみましょう。本当に良い力です」
「まあ、私もお前の直ぐ側に呼ばれずとも来るがな。そしてこうやって……」
「一つになるのは……今夜までの我慢ですね」
アンノウンへのお仕置きを終えた女神様は賢者様の背中に身体を密着させて腕を前に回すと抱き付く。見ていて暑苦しいので見ていない所でやって欲しかった。只、真正面から抱き合わないだけマシなのかも知れない……。
「では、近くの街に行きましょうか。確か名前はムマサラですね。其処で水と食料を確保しつつ滞在して情報収集、ゲルダさんの修行も必要ですしね」
武器の扱い方や戦闘時の動き方はデュアルセイバーを通して流れ込み、実際に動く事で更に身に付いて行く。だからこそ武を司る女神様に稽古を付けて貰い、魔法の練習も賢者様に付き合って貰う。大変だけど、きっと強くなれるって思えた。
「……不覚。まさかモンスターに補食されるとは。臭いが取れるだろうか……」
ゲルダ達がムマサラへと向かって歩き出した少し後、サボテンワームの身体を切り裂いて内部から這々の体で抜け出した楽土丸は身体に染み着いた胃液の臭いに鼻が曲がりそうになりながらも周囲を見渡す。あの巨体だからか彼が抜け出すに必要な程度では堪えた様子も見せずサボテンワームは姿を消す。胃の入り口から入ってくる風の臭いは空洞に居る事を告げていたから脱出したが、其処は見慣れぬ空間だった。石造りの通路は広くて長く、暗闇によって先が見通せない。
「この世に生まれ落ちた時に与えられる知識に該当せぬとは、余程古い場所なのだな」
何処からか空気が入って来ているのか、はたまた魔法による物か地下に潜ったにも関わらず空気が淀んでいない。それに少しホッとした楽土丸は背後から這い寄る気配に気が付き振り返ればサンドスライムが目前まで迫っていた。
「貴様も抜け出していたのか。良いだろう、今度こそ切り裂いて……切り裂いて……」
腰の刀に手を伸ばし、其の手は見事に空を切る。どうやらサボテンワーム体内に落として来たと察した瞬間、楽土丸は脱兎の如く駆け出した。
「戦略的撤退だ! おのれ勇者め、覚えていろ。……少しばかり愛らしくとも恨みは忘れんぞ!」
見事に責任転換をしてサボテンワームに飲み込まれた事をゲルダのせいにした楽土丸は風の様に駆ける。サンドスライムを置き去りにして、迷路になった奥へと進んで行った。