初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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アラビアンナイトの原典にはアラジンと魔法のランプやアリババと四〇人の盗賊は無いらしい 西洋人の創作だとか……


買い食いツアー使い魔同伴

「や…やっと着いた……」

 

 歩き慣れない砂漠を歩き、飛んでくる砂に辟易しながら漸くムマサラに辿り着いた頃には日が沈み始めて急に冷え込んで来ていた。昼間が暑いからか夜になるのに街は活気付いていて、幾つもの屋台が軒を連ねる。何色もの灯りに照らされた街の中を人々が行き交い、屋台で買った物を食べながら酒盛りをする人達や大声で通行人を呼び止める露天商の姿があって、まるでお祭りみたいだ。

 

「あっ……」

 

 夜ご飯が未だだったから、漂って来た香りに反応して私の腹の音が鳴り響いた。慌ててお腹を押さえた私が顔を真っ赤にして賢者様達の顔を見る。今のは絶対聞かれたと思うと本当に恥ずかしい。アンノウンなんて今にも吹き出しそうなのを敢えて堪えて見せ付けて来る。それはそうと本当にお腹が減ったと屋台に視線を向けた時、賢者様がゴールドカードからお金を取り出して渡して来た。

 

「あの正面にある宿屋の部屋を取っておきますから好きな物を買って来て良いですよ」

 

 賢者様は街の中でも一番目立つ大きな宿屋を指差す。他の宿屋らしい建物は平屋だけど、その建物は三階建ての頑丈そうな建物で、他の建物の近くには数人は立っている他の人達より少し露出が高い女の人の姿がない。この距離からも私の鼻は香油の臭いを感じているから少しホッとした。あの臭いは苦手だから近くに居たら少し辛かったと思う。

 

「え? 良いんですか?」

 

 あのお姉さん達が何の商売をしているかは少し察して、もしも賢者様に声を掛けたら女神様がどの様な行動に出るかと思った私が視線を向ければ声を掛けられた男の人がお姉さん達の一人と一緒に宿に入って行く。今から何をするのか理解した私は考えない事にした。そもそもの話、世界を救うのが役目であって、個人の職業に勇者が関与しても仕方が無い。腹が減っては何とやら、今は空腹を満たそう。

 

 何より、娯楽と言えば本か本を数冊我慢して偶に観に行く演劇程度で買い食いなんてあまり出来なかった私にとって、手の中の大金を自由に食べ歩きに使用して良いだなんて新鮮な気分だ。

 

「夕食の準備にも時間が必要でしょうし、食べられなくならない程度に小腹を満たしておいて下さい。子供は遠慮しなくて良いですからね」

 

「のんびり街を見て回ったら良い。私はその間に別の物を食べるとしよう。……食べられるのは私かも知れないが」

 

 私にお金を渡した賢者様の腕に女神様が腕を絡ませて胸を押しつける。鎧姿でそんな事をしても嬉しいのかどうかは女の私には分からないけれど、賢者様と女神様の仲ならきっと嬉しいのだろう。さっき目を逸らしたお姉さん達の事を思い出しそうになったので急いで屋台に向かおうとしたけど、そんな私の頭に飛び乗る小動物の姿があった。

 

「ガウ」

 

 小動物の正体はアンノウン。大きいからと本来七つ頭がある肉体を七つに分割して一日毎に同行しているのだけれど、それでも大きいからと馬小屋に入れられたのが余程嫌だったみたいで今は子猫くらいの大きさになっている。元々が猫科の姿をした使い魔、こうなると普通の猫にしか見えない。

 

 

「ふぐっ!? お…重いっ!?」

 

「ガゥゥ」

 

 小さいのに、子猫位の大きさなのに頭に乗った瞬間に首がグキッって鳴った。え? 質量保存の法則を知らないのかって? そんなの羊飼いの田舎娘の私が知る筈もないし、魔法で小さくしているのだから体重位はどうにかして欲しい。

 

「ガフゥ……」

 

 未だ私はアンノウンの言葉が分からないし、出来たら分からないままでいたい気もするけれど今のは絶対に馬鹿にされた気がする。出来るけれど面倒だからやーらない、とか言っていそうな気がする。

 

「うん、もう別に良いや。早く何か食べよう」

 

 多分馬一頭位の重さが有るけど勇者になってから少しずつだけど肉体が強くなっている。だから重い物は重いけど我慢すればどうにかなりそう。今はそれよりもご飯が優先。育ち盛りの私は食べるのが大好きだけど、食べる量には限りが有るからアンノウンと分け合えば色々と食べられる。先ずは目の前の屋台。鼻孔を擽る香ばしいソースの香りや肉の焼ける香り。ソース焼きそばとフランクフルトだと判断した瞬間、私達は駆け出していた。

 

 

「オジさん、一つ下さ……い」

 

 細長い物体をソースで炒め、太くて少し長い物に串を刺して焼いている。だから焼きそばとフランクフルトだと思ったけれど、近くで見れば違うと分かる。ミミズだ、両方ともミミズだった……。

 

 

 

「おっ! その服からして別の世界から来た子だね? イエロア名物のミミズのソース焼きと串焼きだけど平気かい?」

 

「間違えました、失礼します!」

 

 頭を下げて一目散に逃亡、空腹だけどミミズ料理は流石に無理っ! 賢者様、ミミズ料理が名物だなんて聞いていないよ!? 盛ってないで教える事は教えて欲しかった……。

 

 

 

「何とか普通の食べ物が有って良かったよ。まあ、この世界の人にとっては普通なんだろうけど……」

 

 別の屋台で買った大トカゲの肝焼きを食べながら街を散策する。お店はテントみたいな作りが多くて、多分私が近寄らない方が良さそうな方面からは劇場の明かりや酔っ払った人の騒ぐ声、さっきのお姉さん達みたいな香油の臭いが伝わって来る。うん、もうそろそろ宿屋に戻ろうとした時、喧嘩でもしているのか悲鳴や喧騒が聞こえて来た。

 

 

「嫌だなぁ……」

 

 お酒の匂いは苦手だし、喧嘩だって苦手だから関わりたくない。だから遠ざかろうとしたけれど、アンノウンが髪の毛を咥えて引っ張った事で無理矢理騒ぎの方向を見せられる。

 

 

 

「逃げろ、早く建物の中に!」

 

「ママー!」

 

「おいおい、この辺は生息域じゃないだろうがよぉ……」

 

 あの騒ぎは喧嘩による物じゃない。街の人達は街の外の一方向に注目して逃げ惑っていた。砂をかき分けながら街へと迫って来る黒い背鰭。その中の一つが飛び上がり、獰猛そうに大口を開ける巨大な鮫の姿を露わにした。

 

 

 

 

「皆ー! 砂鮫(すなざめ)が来たぞー!」

 

『『砂鮫』砂の中を群で泳ぐ鮫系モンスター。非常に獰猛な性格をしており、生きた獲物を好む』

 

 解析をすればモンスターの情報が頭に流れ込んで来る。街には武装した兵士さん達も居るけれど立ち向かうよりも避難誘導を優先していて、私もその中の一人に抱え上げられた。どうも足が竦んで動けないと思われたらしい。

 

「君もこっちに来るんだ!」

 

 さて、どうするかと考える。無事に避難は進んでいるらしく、このまま砂鮫が諦めて帰ってくれるなら無駄な危険を冒さずに済むと思った時だった。転んで逃げ遅れた子供を助けに向かった母親の姿が目に映ったのは。転んだ時に離れた手を伸ばして子供を助けようとしている。でも、砂鮫の背鰭の見える位置を考えれば建物の中に逃げ込める、そんな距離だ。

 

「ひっ!」

 

 親子の近くから深く潜っていた砂鮫が飛び出したのはそんな時だった。子供を庇おうと覆い被さるけれど砂鮫の大きさからして二人纏めて食べられてしまう。砂鮫が鋭利な牙の生えた口を開いて二人を噛もうとした時、私は自分を抱える兵士さんの腕から抜け出して駆け出していた。

 

 

「……目覚めろ」

 

 静かに呟いた言葉と共に私の全身に青く光る模様が出現する。これこそ私が勇者としての試練を突破した証であり、戦うための力を与えてくれる救世紋様。全身に力が湧き、一足飛びに親子に迫った砂鮫に肉迫した。今まさに哀れな獲物を食い殺そうとし、獲物を狙う瞬間という最大の隙を晒したその横っ腹にデュアルセイバーを叩き付ければ砂鮫は真横に吹き飛んでミミズ料理の屋台に激突する。熱された鉄板が地面に転がり、その上に落ちた砂鮫は少しだけ暴れるも直ぐに動かなくなった。

 

「……屋台のオジさん、ごめんなさい」

 

 散らばった料理や箱の中から逃げ出すミミズ、骨組みが完全に折れてしまった屋台を見て罪悪感に襲われるけど、直ぐに正面に集中した。今倒した砂鮫は一匹だけ。もう街中には六匹程の砂鮫が入り込んで仲間を殺した私へと一直線に向かって来ていた。

 

「逃げて、私が相手をしている内に……」

 

「えっと、貴女は……?」

 

 ムマサラの人達の反応からして砂鮫はとっても強いモンスターなのか一撃で倒した私の姿に皆が呆然としている。実際、今まで戦ったモンスターの中でも上から数えた方が早い位には堅くて重かった。だからこそ今の自分に自信が持てる。私は強くなっているのだと。

 

 

「私? こんな格好だけど勇者よ。信じられないと思うけど」

 

 一瞬だけ目を向けたムマサラの人達はポカンとしていた。まあ、ツナギ姿に麦わら帽子で武器は巨大な鋏、これで勇者だなんて私だって信じない。なら、実績で証明すれば良い。私はレッドキャリバーとブルースレイヴに分割するなり飛び上がり、それに反応して飛び出して来た砂鮫にレッドキャリバーを投擲、空中では回避が出来ずに正面から激突して地面に落下するけど、砂の中を泳ぐのだから潜られるだけだろう。

 

「行け」

 

 ブルースレイヴを突き出して命じればレッドキャリバーに引き寄せられ、其れを持つ私も同様に速度を上げて地面へと向かって行った。二匹の砂鮫が左右から挟み込む様に飛び掛かるけど、既に私の頭の上からはアンノウンが飛び出している。瞬時に身との大きさに戻り、二匹が最も近付いた瞬間に間を通り過ぎながら爪を振るう。悠々と着地した瞬間、二匹の砂鮫は三枚におろされていた。そして、私も叩き落とした砂鮫が地面に潜る前にブルースレイヴを叩き付ける。太い骨が折れた音がして砂鮫が息絶えた。

 

「残るは三匹……しまったっ!」

 

 見れば残った三匹は勝てないと悟ったのか背中を見せて逃げ出して砂の中に潜ってしまった。流石に砂の中深くに潜られたら私の鼻も通じないし、間違い無く逃げられる。仲間の一匹がやられた瞬間に私に向かって来た事から考えて大群で復讐に来るかもと思った時だった。

 

 

 

「砂で姿が見えないのなら、砂を消せば良いだけですね」

 

 相変わらずの神出鬼没さで急に姿を見せた賢者様は指を鳴らそうとして今まで何度も失敗しているからか正面を指さす。目の前に広がる砂漠の一部が消え去った。底が見えない深い深い穴の中、丁度その場所を泳いでいた砂鮫達がその奥底へと落下して行く。其れを追いかけるかの様に光の矢が賢者様から放たれて砂鮫達の頭を打ち抜き、次の瞬間には消えた砂漠は元に戻っていた。

 

 流石ですね、賢者様。でも、一つだけ言わせて欲しい。

 

 

 

「あんなのが出来るのは貴方ぐらいだと思います」

 

「おや、確かに。私だって昔は出来ませんでしたね」

 

 この短い期間に何度も思ったけれど、この人はやっぱり天然だと思う。それも三百年物の……。手をポンッと叩いて納得した様子の賢者様を見ながらそう思った。

 

 

 

「所で女が……シルさんは?」

 

 うっかり女神様を大勢の前で女神様と呼びそうになって慌てて言い直す。女神様が一緒って知られたら得られる功績が少なくなりますからね。

 

「彼女でしたら先に宿屋で寝ていますよ。時間を引き延ばして楽しみましたからね」

 

「ガウガウ、ガーウ?」

 

 今、何となくだけどアンノウンの言葉が分かった気がする。楽しんだってどういう意味? と訊ねられた気もするけれど、たぶん私を弄くる気だ。でも、アンノウンは生まれたばっかりだって聞いているしどうなのだろう?

 

 

 

 

(しかし、砂鮫の生息域は離れた場所の筈。この辺りには主な獲物である草食動物の生息域は少ないのですがね。縄張り争いに負けて移動したのでしょうか?)

 

 私が賢者様の発言とアンノウンの事で悩む中、賢者様は私から受けた物以外に真新しい外傷が見られない砂鮫の死体を検分しながら考え事をしていました。

 

 

 

 

 

「あの、もし。勇者様……で宜しいのですよね?」

 

「は…はい! 私が勇者です!」

 

 そんな風に考え事をしていた時、背後から声を掛けられて思わず慌てて返事をしてしまう。振り向いた先には立派な髭を生やしたお爺さんが立っていた。何やら思い悩んだ様子で少し半信半疑な様子。多分未だ私が勇者だって信じられないけど賢者様の力を見て少し信じ始めたみたいだわ。

 

 

 

 

 

 

「話がスムーズに進める為に認識を弄くります? ほら、救世紋様の事って伝わっていなかったでしょう? あれって二代目が使えなかったから慌てて記録を弄くったのですよ。じゃないと皆さんが不安になりますからね」

 

 少し昔を懐かしむみたいに語る賢者様だけど、重要そうな事なのに伝わっていなかった理由があっさりと判明した。それと、それって要するに洗脳でしかないと思う。勇者が勇者の力を全て使えないなんて確かに不安でしかないから仕方ないとは思うけど、釈然とはしなかった。

 

「そんな重要な事をさらっと言わないで下さい。それと洗脳はどうかと……」

 

 女神様も女神様で人間と価値観が違うけど、賢者様も賢者様で絶対に変だ。神様と一緒に過ごしていたからか、それとも出身地の日本って国の価値観が六色世界と違っているのかは分からないけれど、絶対変だとは断言出来る。これは私がしっかりしないと駄目なんだろうなぁ……。

 

 

 

 

「先ずは娘と孫を、何よりもムマサラを救って下さり感謝致します。これは些少ですがお礼です。どうぞお受け取り下さい」

 

 このお爺さんはムマサラの代表者として領主様と交渉したりする役職のタドリクさんといって、あの親子は家族らしい。こうやって家族の嬉しそうな顔を見れば助ける為に戦った甲斐が有ると思える。心がホカホカする中、タドリクさんさんはトレイに乗せた皮袋を差し出して来た。

 

「べ…別にお礼なんて結構……」

 

 多分お金だと思ったから慌てて断ろうとする。だって旅の資金はエイシャル王国で貰っているし、お金の為に人助けをした訳じゃないから。それに、お金を受け取ってしまったら本当に助けたって事にならないと思う。それは私が目指す勇者とは違うから……。

 

 

 

「有り難く頂きましょう」

 

「え?」

 

 でも、そんな私の想いとは真逆に賢者様は袋を受け取って中身を一瞥すると懐に仕舞う。賢者様、一体どんな積もりなんだろう……。

 

 

 

「……不安を与えない為ですよ。人は意外と無償の善行を信用出来ませんでしたから。……先輩からの忠告です」

 

 賢者様はタドリクさんと何かを話しているのに私の耳には賢者様の優しそうな声が響く。親切な人達に囲まれて育った私には分からないけれど賢者様の体験談なのだから本当はのだろう。でも、それでも私は人を信じたい。

 

 

 

「私もそうですよ。どんな目に遭っても人は信じたいですよね」

 

 頭に手が置かれて優しく撫でられる。この人が天然だと思った私だけど、同じ位にこの人に安心を感じている私に気が付く。これはきっと恋愛とかじゃなくって……。

 

 

「それでですね、勇者様。大変厚かましいとは思うのですがお願いが有りまして……」

 

 タドリクさんは少しだけ言いにくそうにしながらも口を開く。私が撫でられている事に反応をしていないし、多分賢者様の魔法なのだろう。そして、お金を受け取ったからこそ今こうやって相談を持ち掛けられているのだろう。うん、矢っ張り賢者様は頼りになると改めて思う私だった……。




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