初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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絶望の好む物

 幸せは当然壊れ、日常は前触れもなく失われる。誰もが明日も続くと無根拠に信じる平穏は呆気なく消え去り、失ってから価値に気付くのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……。どうして…どうしてこんな事に……」

 

 熱砂の砂漠を飛ぶ巨大なカブトムシの背の上で身形の良い娘が涙を流す。気品を感じさせる顔には普段ならば浮かぶ筈のない焦りや悲しみ、絶望の色さえ浮かんでいた。中級貴族であるマーキ家の令嬢として何不自由ない暮らしを送っていた彼女が何故たった一人で砂漠を渡っているなど、ほんの半日前の彼女は予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 

「まったく、どうしてこんな事に……」

 

 イエロアでは裕福な者は空飛ぶ魔法の絨毯で移動するのが普通だが、乗せられる重量には限度がある。比較的安全に早く砂漠を渡って別の街に行くのならば荷物を別に運ぶ必要があり、それに重宝されるのが甲虫車(こうちゅうしゃ)だ。巨大なカブトムシであるキングビートルは比較的大人しく飼い慣らす事が可能で、力も強いので砂漠を渡る際に馬車馬の代用にうってつけ。但し、乗り心地は絨毯に劣るし砂漠に潜むモンスターの危険も有るので魔法の絨毯を所有している家の主や家族ならば甲虫車には乗りはしない。

 

「申し訳御座いませぬ、リーカお嬢様。私めの不手際で御座います。まさか使用人に盗人が混じっていたなど……」

 

「貴方の責任じゃないでしょう、爺や」

 

 王宮に仕事に向かった父親に同行し、王宮の存在するメリッタの手前の街であるサフラの別荘で優雅に過ごしていたのだが予定の期限を過ぎても父親は帰らず、様子を見に行った使用人も同様に戻って来ない。流石に何か起きたのではと焦った隙を狙ってか別荘を管理していた使用人が幾ばくかの金品を魔法の絨毯と共に持ち逃げしてしまったのだ。貴族である以上はするべき事も多く、戻らねばならない期限も迫っている。

 

 魔法の絨毯は刺繍に家ごとの特徴を出すのが流行であり、基本的にオーダーメイドなので即座に用意も出来ず、大変高価な品なので借り入れられる程に親しい家もないという事もあって仕方無く甲虫車で帰路に就いたのだが、リーカの口からは何度目かになる文句が飛び出し、その度に教育係であったチキバは謝罪の言葉を口にする。

 

 この日は運良く砂嵐の兆候も見られず、モンスターの生息域も大きく外しているので本来ならば残り二時間程で次の街であるオニオに到着する筈だった。甲虫車の周囲をキングビートルに乗って進む護衛の者達も今の所は近付くモンスターの影すら見えない事に安堵しつつも潜んでいるモンスターが居ないか警戒する。特にサンドスライムが砂の丘に擬態している事も考えられるので少しでも怪しい場所は迂回して進み、リーカとて馬鹿ではないので多少の時間ロスには文句を言わない。

 

「……まあ、良いでしょう。盗人には私の受けた屈辱を含めて罪を償って貰うとして、オニオには伯父様がいらっしゃるから魔法の絨毯をお借りしましょう。それに水浴びもしたいわね……」

 

 甲虫車の中ならば直射日光は防げるが室温まではどうにもならず、レーカは魔法の力で中を冷やす保冷箱の中から冷たい水の瓶を取り出しながら汗を拭く。本来ならば魔法の絨毯を使って既にオニオに到着し、魔法で涼しくした部屋で寛いでいた筈だと不満を口に出そうとした時、甲虫車が地面に沈み出した。いや、違う。大きな窪みに入り込んで周囲に丘のない地面に擬態していたサンドスライムが罠に掛かった獲物を飲み込もうと動き出したのだ。

 

「きゃあっ!? 誰か、誰か何とかしなさい!」

 

 そう命令するも彼女自身が今の状況が絶望的だと理解していた。砂漠に潜むモンスターの中でもサボテンワームに次いで恐れられているのが、このサンドスライムだ。砂の固まりに擬態しているが実際は粘体であり、体の何処かに存在する核を破壊せねば倒せず、今こうして甲虫車の車体や護衛の者達を触手で絡め捕って体内に引きずり込んでいる程の巨体ではほぼ不可能に近い。

 

 車体がメキメキ音を立て破壊されて行く。もう触手が壁を破壊して襲い掛かって来るその時、老いた肉体の何処にその様な力が有ったと言うのだろうか、チキバはリーカを抱えると車体前方のドアを蹴り開けて車体を引いていたキングビートルに投げ飛ばすなり繋いでいた縄を切る。それは忠義からか、老骨に鞭打って引き出した蝋燭の火が消える瞬間の輝き。リーカを背に乗せ既の所でサンドスライムから逃れたキングビートルの背からリーカが見たのは満足そうに笑いながらサンドスライムに飲み込まれるチキバの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

「水が残りこれだけ……」

 

 絶望とは追い込まれた者を好むのだろうか? 捕食者から逃れようと必死に飛んだキングビートルは正規のコースを外れ、目印となる物が存在しない砂漠をリーカはさ迷う。灼熱の日差しによって汗が止めどなく流れる中、運良く手にしていた瓶の中身を少しずつ飲んで乾きを潤し、誰か人に出会わないかと目を懲らすも一面に広がる砂漠が目に映るのみ。

 

「……駄目よ。生きるの、生き残らなくちゃ……」

 

 何度も死ぬ事が頭を過ぎる。瓶を割って鋭い破片で喉を切り裂けば僅かな苦痛と引き替えに楽になれると囁く声がした気がするも、自分を守って死んでいったチキバの姿が引き戻し奮い立たせる。だが、進めど進めど誰の姿も見えず、何度か水を遠くに視認して向かってみれば蜃気楼。体から失われて行く水分は残り少ない水では到底補えず、キングビートルの背の上でリーカの意識は朦朧とし始める。

 

 

 

「おーい! 其処の奴、何やってるんだー?」

 

 最初は幻聴かと思った。だが、その声は何度も聞こえて近付いて来る。声だけでなく、キングビートルに乗った男達の姿も視界に入った。

 

 

「助けて、道に迷って水も……」

 

「そりゃ大変だ。死なれたら困るし丁度良い。おい、水を出せ」

 

「へい!」

 

 寄って来た男達が手渡して来た水をリーカは必死に飲む。慌てて飲んだ為に途中で咽せ、何とか一息付くと疲労が一気に押し寄せた。張り詰めていた緊張の糸が切れたらしい。

 

「あの、助かりました。それで宜しければオニオか近くの街まで連れて行って頂けませんか? 私はリーカ・マーキ、マーキ家の者です。お礼でしたらしますので……」

 

 絶望とは追い詰められた者が好みというばかりではないのかも知れない。砂塵対策か覆面で顔を隠した男達の身形はお世辞にも良いとは言えない古びた粗末な物であったが、命の恩人に取るべき態度は弁えているリーカは毅然とした表情ながら言葉使いは丁寧にする。それに対して男達は顔を見合わすと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、お礼はたんまりと払って貰うぜ。一生掛けてな」

 

「兄貴、今晩は楽しめそうですね。前浚った女はボスが壊しちまいましたし」

 

「先ずはボスが楽しんだらな。大抵ぶっ壊れるから暴れる心配は無いけど物足りないんだよな。泣き叫ぶのを無理矢理犯すのが楽しいってのに」

 

 男達はリーカに三日月刀の切っ先を突き付けニヤニヤと笑う。自らの肉体に向けられる野卑た視線を感じたリーカが逃げ出そうとした時、彼女と乗っていたキングビートルの目に何か細かい物がが掛けられた彼女はその場に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……此処は? うっ……」

 

 目が覚めた時、リーカが感じたのは酷い臭いだった。薄暗い部屋の中、悪臭に辟易しながらも目を凝らせば何人かの姿がある。もしや自分を此処に連れて来たであろう男達かと怯えるも目が暗闇に慣れれば全員が同じ年頃の女だと判明して安堵した彼女は一番近くの女に話し掛け様として姿をハッキリと目にした。

 

「ひっ!?」

 

 ボロ布同然の服が辛うじて体に巻き付いており、目は虚ろで呻き声が僅かに口から漏れる以外に応答は無い。強く掴まれたり殴られたと思しき痕が残った肌を見て、リーカは膝から崩れ落ちる。これが未来の自分の姿だと理解してしまったのだ。

 

「嫌…嫌ぁ……」

 

 矢張り絶望とは追い詰められた者を好むらしい。そして耳障りな金属音を立てて何人かの男達が入って来た。

 

 

「今日のボスは随分と気前が良いっすね。俺達で先に楽しみたいって」

 

「前のボスをぶっ殺して乗っ取った時にはどうなるかと思ったけどな」

 

「おっ! 丁度お昼寝から起きた所か。良かったな、嬢ちゃん。俺達が存分に可愛がってやるからよ」

 

 男達は逃げ道を防ぐ様にリーカを囲み、怯えて必死に這って逃げる姿を楽しみながら部屋の隅まで追い詰める。そして男の一人が服を引き裂こうと手を掛けた。

 

 

「んじゃ、楽しませて……ほげっ!?」

 

 

 

 

 そして、男達の真横の壁を突き破って飛び込んで来た魔法の絨毯が三人纏めて跳ね飛ばす。壁に突き刺さって奇妙なオブジェとなった三人の姿にリーカの理解が追い付かない時、魔法の絨毯から降りた人物が申し訳無さそうに口を開いた。

 

 

 

「あの~、これでも勇者ですけど……砂漠の三日月って盗賊団のアジトは此処で合ってますか? って、誰か巻き込んでるよー!?」

 

 ツナギ姿に麦わら帽子、持ち手が青と赤の巨大な鋏を持った少女の登場により、状況に理解が追い付かないリーカは……。

 

 

 

 

「私も来たばかりなので分かりません……」

 

 当然だが余計に混乱するのであった……。

 

 

 

 

 

「盗賊団の討伐かぁ。どうして真面目に働かないんだろう……」

 

 ムマサラの代表であるタドリクさんの相談、それは最近この辺りに出没し始めたという砂漠の三日月団を名乗る盗賊達の討伐ですが、孤児になってもめげずに働いて両親が残した羊達を守って来たゲルダさんからすれば他人から物を奪う盗賊家業が信じられないのでしょう。そんな方々が居ると聞いただけで少し落ち込んでしまったらしい。準備をする為に用意して貰った部屋で落ち着かないのか部屋の隅を行ったり来たりしています。\

 

「……はぁ」

 

 かく言う私も実は少し落ち込んでいるのです。先程の砂鮫を逃がさない為に手を出しましたが、その事について反省せねばなりません。仲間意識が強い砂鮫を逃がせば大勢の仲間を連れて報復に出る可能性もあり、だからと言って何時までも滞在する訳にもいかないので多少目立つのは仕方ないのですが、流石に派手が過ぎました。

 

「湿気た顔をしているな、キリュウ」

 

「少し自分が情けなくて……」

 

 この旅は魔王や魔族を倒せば良いと言う物ではなく、勇者が人々を救いながら功績を積み重ねる事で復活を阻止する封印の儀式だ。その主体は勇者でなければ意味が無く、私が今回派手に動いた為にゲルダさん単独で動いて逃げられた時よりも功績が低くなってしまっている。例えるならばゲルダさんが主となって70点の成果を出した場合と他者が大いに目立つ100点の結果では前者の方が得られる功績の値が大きい。

 

「もう少し地味にすれば良かったですね。地面の中で串刺しにするとか、周囲を固めて圧死させるとか……」

 

 この判定システムには多少疑問を持っているが、要するにこれはこういった物であると納得するしかない。何せ神が作り出した儀式だ、人が推し量る事など不可能なのだから。だが、愛する妻に話を聞いて貰う程度は構わないでしょう。私の話を黙って聞いたシルヴィアは腕組みをしながら何度も頷いていた。

 

「……そうか、そんな事で悩んでいるのか」

 

「はい、情けない事ですが……」

 

 これ以上の言葉は強制的に止められる。襟首を掴んで引き寄せられ唇を重ねる事によって。私を黙らせても解放する気は無いのか離して貰えず、唇を重ねたまま腕を背中に回されて強く抱き締められる。気が付けば私も彼女を抱き寄せていました。

 

「……貴様は女神である私を娶ったのだぞ? 多少の失態で気を病むな。それと、毎度毎度唇で黙らして貰えると思うなよ?」

 

 それだけ告げるとシルヴィアは上機嫌で鼻歌まで歌い出す。……私は本当に愚かだ。美の女神である姑よりも美しい女神を妻にしたのだから落ち込む暇が無い程に私は幸福なのだ。一度や二度の凡ミスで落ち込んでいても仕方が無い。

 

 

 

 

「何せシルヴィアは本当に美しいのですから! ねっ、ゲルダさん?」

 

「女神様がお綺麗なのは認めますが前後の文が無いので困ります」

 

 何と言うか、この子も僅かな期間で成長しましたね。私が勇者だった頃も初期から共に旅をしていたナターシャがズバズバ言う方でしたし、少し懐かしい気分です。そうそう、彼女が設立した学園が次の世界に有りましたね。少し顔を出したい気分ですよ。

 

 そんな風に昔を懐かしみつつ今からどう動くべきかを考える。活動範囲から大体の拠点の位置は分かり、魔法で探索すれば発見は容易い。問題はその後、モンスターの襲撃を受けたばかりで街の住民は怯えており、庇護してくれる勇者一行が全員居なくなるのは不安でしょう。勇者として名声が広まれば今後の活動にも便利になる事もあり、私は一つ提案をする事にしてみた。

 

 

「私とアンノウンは街の警護に残りましょう。砂鮫がこの街に来た理由も気になりますしね」

 

「餌を求めて襲って来ただけじゃないのですか?」

 

「いえ、それにしては……」

 

 どうも今回の事は引っ掛かる。少し調査したい気持ちもあって苦渋の決断でシルヴィアとの別行動を選択したのです。戦力を考えれば過剰でも丁度良いですが一応砂鮫を瞬殺してみせたアンノウンを街に残すとして、この辺でゲルダさんの強化にも着手しましょう。

 

「えっと、確かこの辺に仕舞って……」

 

 異空間に手を突っ込んで目的の物を探す。普段から整理整頓をしていないので物がゴチャゴチャに入っており、何度か別の物を取り出してしまった。

 

「これはシルヴィアの観察記録、これは二人の交換日記、これはシルヴィアの特殊な衣装の写真を納めたアルバムの十巻で……見つけた!」

 

「あれ? それって魔本じゃ……」

 

「ええ、私の物ではないですけどね」

 

 取り出したのは制作者専用の魔法媒体にして研究書と言うべき魔本。普段使う魔法やオリジナルの魔法が簡単に使える上にコントロールも容易です。

 

「これを使って下さい。魔力のコントロールの才能が壊滅的な貴女でも魔本が出力を自動調整してくれますよ」

 

「でも、魔本は作った本人しか……いえ、賢者様ですから何とかしますよね」

 

「流石物分かりが良い。花丸をあげちゃいます」

 

 指先で花丸を描きながら魔本に干渉、根本となっている魔法陣を書き換え、主をゲルダさんだと誤認させる。前の持ち主はエイシャル王国の魔法研究所の職員で腐敗貴族の命令でゲルダさんを拉致する気だったのを考えれば皮肉な話ですね。やがて地味な茶色一色の装丁が可愛らしい花と羊のイラストのピンクの本へと変わり、大きさも手帳サイズになってゲルダさんの手に収まった。

 

「これで私も魔法が……」

 

「おや、魔法に憧れていました?」

 

 少し嬉しそうな顔をしたゲルダさんを見て安堵する。魔族の出現で心が荒み盗賊へと身を窶す人が居るなど子供の彼女にはショックな事ですからね。では、更に心躍る物を出しましょう。少し私の旅を話した時に気にしていた物を出すしかないでしょう。

 

 

 

「出よ! 空飛ぶ絨毯!」

 

「わあ! 賢者様、これに乗って良いのですよね!」

 

 話を聞いていた時よりも目を輝かせたゲルダさんは私が出した絨毯に飛び乗る。描かれている模様はステンドグラスの絵をイメージしたシルヴィアの肖像画で斧と鎧を装着している。そして、これはシルヴィア自身もお気に入りの一品だ。

 

 

 

「おお! では、早速出発だ! おい、窓を開けてくれ!よし、では出発!!」

 

 子供みたいにはしゃいだシルヴィアは絨毯に飛び乗るなり全速力で窓から飛び出して行った。……ゲルダさん、大丈夫でしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……未だ拠点の場所を割り出していないのですがね」

 

 ですが実に楽しそうなシルヴィアを直ぐに呼び戻せはしない。ゲルダさんの顔が引き吊っていた気もしますけど様子を見るとしましょうか。

 

 

 

「ガウ」

 

「甘い、ですか? 惚れた弱みですよ、アンノウン」


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