初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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羊飼いの狼少女

 一生懸命働けばお腹一杯食べられて、暖かいお布団で眠れる。きっとそれは幸せな事だと思う。お母さんとお父さんは居ないけど、二人が残してくれた羊達や牧羊犬のゲルドバが居るし、村の皆は親切にしてくれる。羊の毛を売りに行く時に私だけだと買い叩かれるからって町まで羊の毛を運んでくれるトムさんや羊飼いの仕事を教えてくれるビーラさん、他にも沢山の人のお世話になりながら私は生きている。

 

「……はぁ」

 

 そんな私の悩みは毎日毎日頑張って櫛で解かすけど全然変わってくれない癖毛。お父さん譲りの灰色の毛は鏡を見る度に溜め息が出る位にクシャクシャに飛び跳ねていて、狼の獸人のお母さんから受け継いだ耳と尻尾は萎れちゃう。私が仕事をしていると何時も癖毛をからかいにトムさんの家の子供のジャッドがやって来る。家のお手伝いを怠けてまで私の所に来るんだから嫌になるなぁ……。

 

「まあ、そんな時は羊の糞を顔面に叩きつけてあげるんだけど。……それにしても今日で十日目かぁ」

 

 この前、言葉の途中で投げつけてやったら口と鼻の中に入って悶絶していたのは笑った。え? 触って平気なのかって? 直ぐに手を洗いましたし、汚いとか臭いとか気にしていたら羊飼いなんて出来ないよ?

 

 最近、変な夢を見る。空の上に立っている私は身動き出来ずにいて、もっと上の方から声が聞こえて来る。目覚めよ、目覚めよって。それで目が覚めたら起きる時間だし……神様が起こしてくれているのかな? ジャッドにうっかり話しちゃったら私が寝坊助だから呆れているんだって笑われるし。その後、お手伝いを怠けたジャッドを探しに来たトムさんに拳骨を落とされて連れて行かれたのはいい気味だと思った。

 

 これが私の日常。代わり映えはしないけど幸せで穏やかで、このまま大人になって誰かと結婚して(ジャッド以外と)、産まれた子供を育てていく。そんなありふれた日常を過ごすのだと、そう思っていた……。

 

 

 

「うん。今年も美味しく出来ましたー!」

 

 そんなに数が居ないから大量には出来ないんだけど、私は羊毛を売る以外にも羊のお乳でチーズを作っているの。ちょっと味見をして何時も通りの味に満足する。これも市場に売りに行けばそこそこのお金になるから本を買うの。

 

 一番好きなお話は勇者様の伝説。最高神ミリアス様に選ばれた勇者様と仲間が世界を救う為に何年も掛けて旅をするんだけど、一番長いのは初代勇者様。二代目から手助けに現れる賢者様が居ないからか五年間もの旅は創作も加わって全部読み切れていないわ。

 

「確か昨日は勇者様を魔王の部下だと吹き込まれた剣聖王イーリヤとの決闘のシーンだったけど、早く続きが読みたいわ」

 

 ……仕事が忙しいし、合間を見て読んでいたらジャッドが邪魔して鬼ごっこになっちゃうから本当に迷惑! 夜は朝早いから直ぐに寝るし。でも、文字が難しいって事は無いのよ? 村には文字が読めない子も多いけど私は大丈夫。トムさんの奥さんのジャシーさんから偶にお勉強を教えて貰っているし、必要だからって計算も頑張って覚えている。将来は全部自分でするだけじゃなくって私みたいな子供の手助けをしてあげられたら素敵だと思うわ。

 

「……あら? 誰か来たみたい」

 

 外からゲルドバの鳴き声が聞こえて来る。最近は近くの村に悪い人達が出て野菜や家畜を盗むって聞いたしジャッド以外の村の人には強く吠えないでって教えてあるからジャッドが悪戯に来たのかしら? 偶に重い物を運んでくれたりするけど、私の方が力が強いから邪魔だし今は運ぶ物が無いのだから彼だったら悪戯ね!

 

「こらー! また全身を羊の糞だらけに……あれ?」

 

 肥料を積んだ台車を持ち上げてゲルドバが鳴いていた方に走り出すけど、其処に居たのは別の人。見慣れない人達だけどゲルドバは尻尾を振って周囲を駆け回っているわ。あの子が知らない人達に懐くなんて珍しい。……あっ! 台車を持ち上げて大声を出す姿を初対面の人に見られるなんて恥ずかしい。その場に台車を下ろした私は恥ずかしくって顔から火が出そうになりながらお客様に視線を向けたの。

 

「おやおや、これは怖い。洗濯が大変だから羊の糞は勘弁して欲しいですね」

 

 白いフードを着た二十歳位の優しそうなお兄さん。黒髪でこの辺じゃ目にしない顔立ちはお母さんに似ていたし、同じ世界の出身だと思う。直ぐ近くで真っ赤な本が浮かんでいるけど……魔本? この人、魔法使いかな?

 

「あの……何方ですか?」

 

 魔法使いの人達の多くは杖を使うし、村に住んでる魔法使いのお婆さんも杖だけど、魔本を使う魔法使いも居て、どちらかというと学者としての魔法使いに多いって聞いたことがある。勇者の伝説に登場する賢者様も魔本だったわ。

 

 そんな人がこんな田舎まで来るなんてビックリで私が困惑していると何やら口にするお兄さん。女神がどうとか旅行がどうとか独り言を言って少し変な人だと思っていたら連れのお姉さんに頭を叩かれていた。どうも考え事を口にする癖が有るみたい。

 

 お姉さんは同じ女の私でも見惚れる位に綺麗な人で、赤い髪が燃える炎みたいだわ。褐色の肌も綺麗でシミ一つ無く、どうしても肌が荒れてしまう私は憧れてしまった。そんな風に私が止まっている間もお兄さんは黙っていたんだけど、思い出した様に開いた口から出た言葉は予想もしない内容だった。

 

 

「やあ、お嬢さん。単刀直入に言おう。君こそが今回の勇者だ。私達は君の旅の手助けをすべくやって来た」

 

 ……勇者? 勇者ってあの世界を救う勇者様? 私が理解出来ないで固まってしまった時だった。お兄さん達目掛けて泥団子が投げつけられたの。

 

 

「其処の変な奴ら、ゲルダから離れろ」

 

 声がした方を見ればジャットが泥団子を投げた犯人で、その内の幾つかは私の方に飛んで来る。思わず目を瞑って腕で顔を庇うけど当たらなかったから力が足りなくて途中で落ちたのかと思ったらお兄さんが人差し指を向けた先の空中で止まっていたわ。さっき魔法の詠唱は聞こえなかったのに凄いわ。まるで物語に出てくる勇者様を導く賢者様みたい……。

 

「こらこら、初対面の人に泥団子を投げては駄目ですし、この子にも当たる所でした。どうせ投げるのならば……花にしましょう」

 

 お兄さんはジャッドを見てニコニコしながら指を鳴ら……そうとして三回目に漸く鳴ったと思ったら泥団子が綺麗なお花に変わっていたわ。そのまま花をリボンで束ねたお兄さんはお姉さんに花束を差し出した。

 

 

 

「美しい花は美しい貴女にこそ相応しい。もっとも、ありとあらゆる花も貴女の美しさの前では霞んでしまいますが」

 

「……馬鹿者め。人前で平気でその様な事を口にするな」

 

「貴女への賛美や愛を語るのに相応しく無い場など限られているでしょう?」

 

 見ている私の方が恥ずかしいし、ジャッドは口をあんぐり開けて間抜け面を晒しているのだけれど、お姉さんも口では咎めているけれど嬉しそうに花束を抱いている。さっきまで凛々しい感じの人だったけど、このお顔も素敵だって思えたわ。

 

「ああ、それとこれは出会いを祝しての挨拶代わりだよ、リトルレディ」

 

 差し出されたのは束ねなかった一輪の白いお花。受け取ったら甘い香りが漂って来て、私もお姉さんみたいに恥ずかしいけど笑ってしまう。男の人からお花を貰ったなんて初めてですもの。

 

「あの、ありがとうございます。えっと……あっ! 私ったらご挨拶もまだだったわ。ゲルダよ、お二人のお名前は?」

 

「さてさて、今後の事も有りますし、どこかゆっくり出来る場所で話しませんか?」

 

「だが、この子は見るからに仕事の途中だろう。良ければ私達が手伝うぞ」

 

「だ、駄目よ! 知らない人に手伝って貰うだなんて申し訳ないわ! もう直ぐランチの時間だから待っていて。お花のお礼にお茶をご馳走するから」

 

 自分の仕事は出来るだけ自分がしなくちゃ駄目だから私はお二人を待たせまいと急いで朝の仕事を終わらせに掛かる。横を通り過ぎる時にジェッドが何か言ってたけど無視しておくわ。知らない人に泥団子を投げつけるなんて後でトムさんに言いつけちゃうんだから!

 

 

 

 

「お待たせしたわね。それで私が勇者だって話だけど……」

 

 家に残っていた予備のカップを急いで取りに帰った私はお昼ご飯を広げながら二人にお茶を差し出した。本以外で私の趣味は紅茶を飲む事。お菓子を何ヶ月も我慢して買ったティーセットは私の宝物だわ。今日のお昼は白パンのサンドイッチにチーズ、野イチゴを乗せたサラダ。

 

(困ったわ。一人分しか用意してないのに……」

 

 お二人はお食事どうするのかしら? 流石に自分だけ食べるのは、私のそんな心中を察したのかお兄さんは今度は一回目で指を鳴らす。すると色々なお料理が現れたからビックリしちゃった。

 

 

「その魔法の使い方は辞めろ。無駄に格好を付けるから恥ずかしい目に遭うのだ」

 

「何時までも貴女に相応しくなれるなれる様に研鑽を忘れない。その一環なのですよ、これも。男の詰まらない意地として見逃して貰えませんか」

 

「確か私が一度誉めてやった方法だったか。……その様な真似をせずともお前は私に相応しいよ」

 

 あら、また二人の世界に入っちゃってるわね。それにしても本当に仲が良くって羨ましいわ。私も何時か素敵な恋人が欲しいわ。

 

「それでお二人のお話は未だかしら?」

 

 でも、見ていて恥ずかしいから先に進めて欲しいのだけど……正直言って予想は出来ているの。最近見る夢とお兄さんの言葉。後は物語の内容からして予想が出来るわ。只の夢で法螺話とは何故か思えないのは神様のお告げだったからね。でも、分かっていても猶予が欲しかった。でも、現実は非常なの。

 

 

 

「名乗るのが遅れましたね。私の名はキリュウ。初代勇者にして歴代勇者を導いて来た賢者です」

 

 ほら、やっぱり。でも、どうして私なのかしら? 歴代の勇者様はもっと年上でしょう? それを訊ねたけど賢者様は少し言いにくそうにして教えてくれた。勇者や仲間達を選出する術式に不具合が起きたって事を。

 

 

 

「不具合? 神様なら簡単に直せないの?」

 

「人が思う程に神は全知全能でもないのですよ。そして何より……いえ、止めておきましょう。それでどうしますか? 魔族を封印するには勇者が世界を回って淀みを浄化する必要が有りまして……」

 

 賢者様は優しいのね。きっと私が怖がったり両親から託された羊達の事を気にするって思っているのだわ。正直言って怖いし、代わって貰えるなら代わって欲しい。でも、きっと……。

 

 

 

 

 

 

「お力になれるなら頑張るわ、賢者様。私みたいな子供を増やさない為にも、大切な人達を守る為にも。それに女神様が一緒なら心強いわ」

 

「!?」

 

 あら、未だ名乗ってないのにって驚いてるわね。でも、賢者様が女神シルヴィア様の忠実な臣下だって伝わってるし、もしかしてって思ったのが正解だったのは驚きだわ。……夫婦だったのには更に驚きだったけど。

 

「では、お昼を食べ終わったらこれを渡しましょう。その者に最も適した武器へと姿を変え、所有者と共に成長する武器……名前は自分で付けて下さい。皆そうして来ました」

 

 そう言いながら賢者様は光り輝く球体を横に置くと料理の幾つかを乗せたお皿を私に差し出してくれた。私に相応しい武器ってどんなのかしら……。

 

 

「素敵な武器だったら良いわ。綺麗なのか可愛いのが理想ね」

 

 この時、私はまさか自分の武器があんなのになるだなんて予想すらしていなかった……。

 

 

 

 

 

「親分、次の獲物はあの村ですかい?」

 

「ああ、小さい村だから金目の物は少ないだろうが、あの変態貴族が羊飼いの嬢ちゃんを飼いたいって言ってきてな。ったく、あんな野郎のペットにされるとか哀れだぜ。村を襲って嬢ちゃんを売り飛ばす俺達が言う事じゃないけどな。ぎゃはははは!」


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