初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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一応容姿の再確認

ゲルダ・ネフィル 灰色癖毛の少女 狼の耳と尻尾 ツナギと麦わら帽子、赤と青の巨大鋏

シルヴィア 赤い髪を束ねた褐色肌 鎧に斧

キリュウ 黒髪の二十代前半 ローブに宙に浮く本




使命の重み 勇者の怒り

「はははははっ! 速い、速いぞっ! そして更にスピードアップだっ!」

 

 最高神ミリアス様を頂点として無色の世界に住まう神様達については様々な伝承で伝わっている。でも、姉妹神にも関わらず愛の女神のイシュリア様と武と豊穣の女神のシュヴァリエ様の不仲が間違いだったりと伝えた人の主観が混じったり、神様達の都合で間違った内容が伝わる事も結構有るらしく……。

 

「め…女神様、もう少しゆっくり……」

 

「何を言っている、ゲルダ! 風だ、風になるのだ!!」

 

 決して動じず沈着冷静にして誇り高き武人、それが目の前の女神様の伝承で、今現在、空飛ぶ絨毯を高速で飛ばしてテンションが振り切れている姿とは重ならない。

 

「こ…こんな乗り物だったなんて……」

 

 イエロアを舞台にした物語では度々登場する位に空飛ぶ絨毯は使われていて、挿し絵で乗っている姿を見て憧れていたから今回乗れると知った時には嬉しかった。でも、今は後悔している。この乗り物、凄く乗り心地が悪かった……。

 

 布だからヒラヒラ動いてバランスが悪いし、掴まる所も無いのに正面から風を受けて凄く危ない。だけど女神様は平気な顔で立って速度を上げ続けるし、私はその腰に掴まって飛ばされそうになるのを何とか堪える。

 

「行っくぞー!!」

 

 真っ直ぐ飛べばいいのにわざわざ弧を描いたり回転したりと無駄に迫力を上げながら空飛ぶ絨毯は砂漠を進む。この先の何処かに存在するらしい盗賊の拠点を目指して。

 

 ……今、重大な事に気が付いた。

 

 

「あのぉ、女神様? 盗賊が何処に居るか知っていますか?」

 

「知らんな! 悪い、久々にこれに乗れると知ってはしゃいでいたらしい。まあ、何とかなるだろう。案ずるな、当てはある。……あれを見ろ」

 

 女神様が指差した先に存在したのは砂嵐、いや、砂の竜巻だった。一カ所で渦を巻いた砂が天高く舞い上がっている。砂漠に詳しくない私にだって普通じゃないって分かった。そして、意識を向けたからこそ辛うじて捉える事が出来た匂い。この匂いはこの前嗅いだばかりの特徴的な匂いで忘れようにも忘れられない。

 

「魔族の匂いがする……」

 

 そう、賢者様と女神様に弱らせて貰ったけれど辛勝した相手、敵の視覚と聴覚を妨害する能力を持った魔族ルル・ジャックス。彼女から漂っていた匂いと酷似した物が目の前の砂竜巻に僅かに混じっていた。

 

 

「ほほう。此方に真っ直ぐ飛んで正解だったか」

 

「女神様、最初から分かっていたんですか? 此方の方に何かが有るって」

 

「ああ、直感だがな。だが、私は武の女神だ。こと戦いに関する直感は鋭い。賊がどの辺を拠点にしているかも然りだ」

 

 普段は私の前だろうと賢者様とイチャイチャするし、人とは価値観が違い過ぎる困った方で一緒に旅をするのが少し不安な時もあったけど、改めて女神様が頼もしく感じられた。でも、あの砂竜巻の内部に拠点があるとして、どうやって乗り込むのだろう? こっそり忍び込むとかは絶対やらないだろうし……。

 

 

 

「では、全速力で突っ込むぞ!」

 

「やっぱりぃいいいいいいいっ!?」

 

 遂に私の両足は絨毯から離れ、風に煽られて激しく動く。絨毯は更に速度を上げて砂竜巻に真正面から突っ込んだ。体中に叩きつけられる暴風と砂に進入する相手への拒絶を感じ、開けられないから目を閉じて絶対に離すまいと女神様に掴まる手に力を込める。此処で手を離せば私はなす術無く吹き飛ばされるだろうし、そうなったらお終いだ。

 

「安心しろ、ゲルダ。私がお前を絶対に離さん」

 

 女神様の腰を掴んだ腕が上から掴まれる。砂竜巻の内部は風と砂の音で凄まじい轟音が響いているのに女神様の声は綺麗に聞こえて、掴まれた腕からは賢者様が撫でてくれた時みたいな暖かさを感じた。

 

「……見えた」

 

 そして、遂に砂竜巻を突破し、恐る恐る目を開いた私の目に映ったのは大きな砦。多分モンスターや砂嵐の影響なのか随分とボロボロで塀には所々崩れた場所があるけれど頑丈そうに見える。多分だけれど打ち捨てられた砦を盗賊が根城にしたのだろう。その砦に向かって私達が乗る空飛ぶ絨毯は一直線に向かって行った。

 

 

 

 

「あの~、女神様? 止まらないんですか?」

 

 一向に速度を緩めず壁に激突しそうなのを見て私が訊ねれば、女神様は困った様に呟いた。

 

「……いや、どうも長い期間放置している間に故障したらしくてな。急に命令を受け付けなくなった。……百年以上放置していたのに急に全速力を出したのが拙かったか」

 

 教訓、乗り物は適切な速度で動かそう。咄嗟に飛び降り様としたけれど、空飛ぶ絨毯は更に加速して壁に激突、寸前に女神様が拳を叩き込んでくれたから私が壁にぶつかる事はなく、部屋の中に進入すると急に命令が届いて止まる。私自体は前に向かう力が残っているから前に飛びそうになったけど女神様が掴まえてくれていたから大丈夫だったけど……。

 

 でも、此処までやって全部勘違いだったらどうしよう? 取り敢えず目の前のお姉さんに訊くしかないよね。

 

 

「あの~、これでも勇者ですけど……砂漠の三日月って盗賊団のアジトは此処で合ってますか? って、誰か巻き込んでるよー!?」

 

 飛び込んだ時に何かにぶつかった気はしたけれど、間違いじゃなかったらしく男の人達が壁に刺さっている。これ、盗賊だったらセーフだけど、一般人だったら拙いよね? 痙攣しているから死んではいないけど……。

 

 

 

「私も来たばかりなので分かりません……」

 

 私は凄く困っているけれど、お姉さんも困った様子で答える。……この後、砂漠の三日月団かどうかは兎も角として人攫いには間違い無いって聞いて漸く安堵する私だった。

 

 

(もう絶対に女神様と一緒に空飛ぶ絨毯に乗らないでおこう……)

 

 多分魔族が居るのに戦う前から疲れたし、勝てるか心配になって来たよ……。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、事情は何となく分かった。では、此奴達から情報でも聞き出すか?」

 

 レーカさんの話を聞いた女神様は不機嫌そうにしながら人攫いの一人の足を掴んで壁から引っこ抜くと乱暴に床に投げ捨てる。呻き声が聞こえたし、頭を打ったけど同情はしない。レーカさんより前に浚われていたらしい女の人達の姿を見ていたら怒りがこみ上げて来て、私だって一発くらい蹴りを入れたい気分だった。

 

「おい、起きろ! 聞きたい事が有る!」

 

 人攫いの胸倉を掴んだ女神様は頬に平手打ちを叩き込む。多分本気でやったら頭が飛ぶから手加減はしているだろうけど何度も何度もだ。あれ? 今、目を覚ましたけど次の瞬間には平手打ちで気絶させられた様に見えたけど……。

 

「えっと、ゲルダちゃん? さっき目を覚ましたのに気絶させなかった?」

 

「気のせいです。絶対に気のせいです」

 

「……そう」

 

 レーカさんも気が付いていたみたいだけど、此処は何とか誤魔化さないと女神様が頭ポンコツだって思われてしまうわ。頬をパンパンに腫らして完全に気を失ったのを放り投げ、女神様は二人目にも同じ事をして同じ結果になる。あっ、三人目に入った。

 

 

「ええい、根性無し共が。……まあ、良いか。他にも来たしな」

 

 結局全員を同じ様に気絶させた女神様が視線を向けたドアの向こうからドタドタと荒い足音が聞こえて三日月刀を手にした男の人達が入って来る。そして、ドアが開いた事で建物の奥から鮮明に漂って来る魔族の匂い。間違い無くこの砦には魔族が居るわね。

 

「何だ、テメェ達は!」

 

「兄貴達がやられてるぞ!」

 

「囲め、囲んでやっちまえっ!」

 

 小汚い感じのする男の人達は三日月刀をこっちに向けて唾を飛ばして喚き散らし、レーカさんは恐怖で身を竦ませる。うん、確かに武器を向けて来る人達とか怖いよね。私だって少し前までなら同じ反応だったと思う。でも、どうしてだろう? 今の私は全然怖いと思わない。

 

 

「俺達が砂漠の三日月団だと知ってて喧嘩を売ったんだろうな、このアマ共!」

 

「……そう。矢っ張り此処で良かったんだ。改めて探す必要が無くて良かったわ」

 

「あっ?」

 

 怪訝そうな顔をする盗賊を無視して一歩進み出れば女神様も横に退く。此処は私だけでやって見ろと無言で伝えて来るのが分かった。こんな人達に救世紋様は使わない。その代わり、これの練習に付き合って貰うから。

 

「魔の蔦よ、この者を縛り上げろ!」

 

 賢者様から貰った魔本を手にし、一番先頭の盗賊を標的に魔法を唱える。私が作った訳じゃないからどんな魔法かは分からないけれど詠唱文から予想出来る。床に出現した二つの魔法陣から蔦が伸びて瞬く間に相手を拘束した。

 

 渡されて直ぐに空飛ぶ絨毯に乗ったからちゃんと読んでないけれど、何ページか読む限りでは植物と大地系統の魔法が多いみたい。中には休まずに働くとかどうとかの詠唱も有ったけれど、今は必要ない。今必要なのは戦う力。蔦で拘束された盗賊は最後に足をグルグル巻きにされて床に転がった。

 

「ぐっ! 何だよ、この縛り方はっ!?」

 

「……知らない」

 

 その縛り方に対する感想を言うならば、実に亀甲な縛り方で、となるわね。えっと、この魔本の制作者の趣味かしら? よく見たら蔦から染み出した液体で服がジワジワ溶けて非常に見苦しい。私の中で制作者の株が更に下がったけど、魔本は基本的に制作者しか使えないから私の趣味だと思われているかもと気が付いてしまった。

 

 

「よし、口封じしよう。大丈夫、記憶が飛ぶ位に思いっきり殴るだけだから」

 

 

 左手に魔本を持ったまま残った盗賊達に向かって行く。変人を見る目を私に向けていた盗賊達は反応が遅れ、一人の顎に飛び蹴りを叩き込み、魔本を上に投げると倒れそうなその体を足場にしてレッドキャリバーとブルースレイヴを両手にして回転、左右の二人を打ち据えるとブルースレイヴを一番後ろにいた盗賊に投擲、顔面に当てて気絶させた。

 

「このチビ!」

 

「一気に畳み掛けろ!」

 

 二人が同時に三日月刀を振り下ろし、私がレッドキャリバーで受け止めると二人揃って体重を掛けて押し込もうとするけれど微塵も動かない。正直言って二人の体つきはそんなに逞しくないし、下手すれば勇者に選ばれて力が上がり出す前の私より力が弱いかも知れない。

 

(このまま弾き飛ばすのは簡単だけど……)

 

 この部屋には何人も浚われた女の人も気絶した盗賊も居る。変な方向に弾いたら危ない。だから、私はレッドキャリバーを小さくして前に踏み出した。力を込めていたレッドキャリバーの刃が消えて二人は前のめりになり、懐に入り込んだ私は元の大きさに戻したレッドキャリバーを横に振り抜いた。二人揃って壁に激突して気絶、残った盗賊達が向かって来るけれど、私は数歩バックステップ、既に勝負は付いている。

 

「おいで」

 

 剣を振り上げ向かって来る盗賊達、その背後から引き寄せたブルースレイヴが激突する。無防備な背後からの攻撃に全員の動きが止まり、さっき放り投げた魔本をキャッチする。

 

「礫よ、我が敵を罰せよ!」

 

 拳大の石礫が動いて盗賊達に向かう。私が一瞬目を向けたのは浚われて酷い目に遭った女の人達。石礫は最大速度で股間に命中、何かが潰れる音が聞こえた。

 

 

「……いい気味ね」

 

 少しだけスッキリした胸を撫で下ろし、少し見苦しい光景になるけれど、さっきの蔦での拘束を行った。どうせなら髪の毛を剃っておこうかな?

 

 

「シルさん、これからどうします?」

 

「纏めて潰す、それだけだ」

 

 女神様は本当に怒っている。目の前で髪の毛を散らして全裸で転がっている盗賊達を見下ろし、斧を握り締める。ああ、この姿を見ると伝承が本当だと感じるわ。沈着冷静で誇り高い武人……そして心優しく正義感が強いって。

 

 

 

 

「……これが世界なんですね。私、小さな村に居たから全然知りませんでした」

 

「ああ、だが……」

 

「分かっています。汚い物以上に綺麗な物が有るって。少なくても私はその綺麗な物に囲まれて育ちましたから……」

 

 この旅に出て私は世界の広さを知った。私が知らなかった珍しい物や綺麗な物、そして人間の負の面。魔族が現れて世界が危ないのに。

 

(いいえ、危ないからこそ他人の事を気にせずに好き勝手に行動するのね)

 

 勇者に課せられた責務の重さが肩に重くのし掛かる。そうだ、私が救わなければならないのは人の命だけではなく、心の平穏もなのだと思い知らされた。魔本は念じれば私に直ぐ横に浮き、レッドキャリバーとブルースレイヴを強く握り締める。私の顔は砦の上の階、魔族の匂いが濃い方向に向けられていた。

 

 

 

「敵襲ー! 敵襲だー!」

 

「たった二人だって侮るな! 凄く強いぞ!」

 

 縛った盗賊達は窓から吊り下げ、動けない位に弱った女の人達をリーカさんに任せて私と女神様は通路を進む。元々砦で侵入者対策の為か凄く入り組んで迷いそうだけど女神様が居るから問題無い。

 

「砦が崩壊しない程度の超手加減ぱーんち!」

 

 少しだけ気の抜ける声で突き出された拳だけど、正面の壁が発生した拳圧で崩壊して行く。多分あれだけの人数の犠牲者が居なかったら砦を崩壊させていたんだろうな。砂漠の真ん中に弱った人を放置するのは危険だって分かっていて良かったと安堵しつつ、横の通路から出て来た盗賊達を倒していく。

 

 向かって来たのは武器を振るうよりも速く攻撃し、受け止める為に構えた相手には武器を破壊する位に重い攻撃を、矢を放たれたら扱い易い大きさに変化させた鋏で叩き落とし、大勢で固まっていれば魔法で倒し、一人の例外もなく髪の毛を奪って行く。

 

「階段発見っ!」

 

 壁よりも頑丈な為か下の段は兎も角として上の段は残っている階段を見付けて飛び乗る。漂う匂いが次の階層にも盗賊の仲間が居ると教えてくれた。これだけの人数なら食料だって沢山必要で、盗賊だから当然奪っている。私が育った世界と違って作物が育ちにくい砂漠の世界でそれだけの食料を奪われたらどうなるか、飢えた経験の無い私にも理解は可能だ。

 

「貴方達が盗賊になったのには理由があるのだろうけど、それでも私は貴方達を倒さなくちゃいけない。でも、安心して。私、絶対世界を救うから。盗賊なんてしなくちゃならない理由を減らしてみせるから」

 

 騒ぎを聞きつけて次々に盗賊達が立ち塞がる中、私は武器を両手に持って正面から迎え撃つ。小柄な体を活かして中央に飛び込んで暴れまわって次から次へと薙ぎ倒した時、真後ろから女神様の腕が伸びて襟首を掴むと盗賊達を蹴り飛ばして自分は後ろに飛んだ。

 

「……来るぞ」

 

 その言葉と同時に女神様が斧を投げれば壁を破壊しながら進み、今居る階層に広いスペースが出来上がる。天井がひび割れ、お爺さんが落ちて来た。

 

 

「ふぇっふぇっふぇ! こりゃ随分と活きの良い嬢ちゃん達だわい。今までの女よりも楽しめそうじゃなぁ」

 

「魔族っ!」

 

 天井はそれなりに高いのに腰を屈めないといけない逞しい大男のお爺さんからはルルよりも濃厚な魔族の匂いが漂い、皺だらけの顔を醜く歪めて笑いながら私達を眺める。気になったのは肩に担いだ巨大な袋。少なくても只の荷物って事は無い筈。即座に救世紋様を出現させた私に対し、魔族のお爺さんの目が細くなった。

 

 

「それはっ! ……そうか、お前さんが勇者になった子供じゃな」

 

(情報が流れている。本当に厄介ね……)

 

 魔族は誕生する際に先代の魔王が得ていた情報の幾つかを持つらしい。だからある程度の情報を持たれていると思った方が良いって賢者様は言っていたけど、それとは別に情報を共有しているらしい。多分私の戦いを眺めていたらしい魔族の仕業だろうけど……。

 

(敵に自分を知られているって凄く気持ち悪い!)

 

「ふぇっふぇっふぇ! では、此処でお嬢ちゃんを殺せば大手柄! あの女に毎晩伽をさせる事も可能という訳じゃわい。簡単に壊れる人間の女と違って長く楽しめそうじゃなぁ」

 

 別の意味で気持ち悪いと思いつつも武器を構える。多分、あの人達をあんな風にしたのは此奴だ。だから、絶対に此処で倒さなくちゃ駄目なんだ。

 

 

 

 

 

「それじゃあ行くぞい! 魔族チューヌ・ザントマン、参る!」

 

「私はゲルダ・ネフィル! 貴方を倒す勇者の名前よ!」

 

 尖った爪を突き出して来るチューヌに対して私はデュアルセイバーで迎え撃つ。激突の瞬間、火花が散った。




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