初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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パンダと狼の困惑

 嗅覚の優れた種族ならば咽せてしまいそうな程に濃厚な血の香りが漂う砂浜。全ての死骸が目立つ肉片の一つすら海に捨てられ、血の香りを嗅ぎ付けて寄って来たサメの餌食になっている。高貴なる者を自称し、それに相応しい中心と自らは信じて疑わない横柄で残虐な言動を繰り返していた者達の最期がこれであった。

 

「波打ち際からは離れてろよ。サメに襲われても俺は助けないからな」

 

 この惨状を繰り広げたレリックだが、直接触れた両腕以外には血が付着していない。パップリガの貴族ならばレリックと同様に少なからず術が使えるのだろうが、元より拉致される程度の力の持ち主の上に数年に渡り修行の機会も実戦の機会からも遠ざかっている。その程度の相手から返り血を浴びる程にレリックは未熟ではないのだ。

 

「あ、あの……ありがとう」

 

 その様な時、最初に黒子によって助けられた少女が進み出て礼を述べる。レリックはなるべく不機嫌に見えるようにと腕を組んで顔を背け、出来る限りの柄の悪い声で返した。

 

「あっ? 俺はムカつくから連中を殺しただけだ。獲物を横取りされた恨み言なら兎も角、礼を言われる理由は無ぇよ。その程度も分かんねぇのか、糞餓鬼」

 

 こんな事を言っているが、黒子に対して行動の理由を告げた時、子供達は直ぐ側に居た。今更悪役を演じても無駄であり、照れから顔を背けているのも子供達に理解されていた。

 

「それでも、ありがとう、お兄さん……えっと、お兄さん?」

 

 忘れてはいけない。声で何となく若いと察せるがレリックはモグラのキグルミを着たままなのだから。心優しい子供達は怨敵が居なくなり、レリックが手を汚した理由も自らの耳で彼の言葉を聞いているので少し落ち着き、誰もキグルミ姿そのものに疑問は口にしなかった。

 

「にしても、どうやって帰れば良いんだよ。こんだけの人数でよ」

 

 長らくの栄養不足と重労働、劣悪な住環境によって子供達は痩せこけてボロボロだ。中には緊張の糸が切れてヘナヘナと崩れている子供まで居る始末。改めて貴族達への怒りが湧いて来たレリックだが、この人数を連れて脱出するにも彼はこの人数を安全な場所まで移動させる転移魔法は使えない。黒子ならば何か聞いていただろうが、貴族達を殺すのさえも止めようとした彼とレリックの衝突を防ぐ為か遠距離から気絶させられ何も語れない。

 

 そんな理由から思わず口から漏れたレリックの呟きに子供達の間に再び不安が溢れ出す。今直ぐにでも医療や食事を必要とする子供達の姿にレリックも焦りを募らせ、泳いで一番近くの人里を探す事を検討した時であった。

 

 

 

「シリアス壊しに僕が来たっ!」

 

「ハッ!」

 

「空気も読まずに僕が来たっ!」

 

「フッ!」

 

「弄くり回しに参上だっ!」

 

「ハッ!」

 

「笑いを届けに超特急っ!」

 

「フッ!}

 

「僕の名前を言ってごらんっ! 僕の名前は……」

 

「アンノウンッ!」

 

 その光景に島に居る全ての者が唖然としていた。パンダの船首飾りを持ち、マストにもパンダの顔が描かれた巨大なガレオン船が空を飛んで向かって来ていた。その大きさや通常の約十倍。左右からは特に意味も無いだろうに樹齢数百年の大木に匹敵するサイズのオールがキグルミ達によって漕がれ、船首には鳥トンと、その頭の上で踊りながら叫ぶパンダのヌイグルミの姿があった。

 

 パンダを操るアンノウンの叫びに続き、中の耳の辺りを塞いでいる鳥トンとグレー兎以外も叫び、やがてガレオン船は島へと降りて来た……のだが、突然更に上空から背に誰かを乗せた巨大な鳥が落下して船に弾き飛ばされ砂浜に落ちて行く。地面に当たる瞬間、鳥は最後の力を振り絞り、背に乗った誰かが落ちないようにと身を翻して砂浜に一切の抵抗無く落ちて行った。

 

 

「……あれぇ?」

 

 流石に予想外だったのか、珍しく困った様子のアンノウン。パンダのヌイグルミの困った声が俺の耳に届いた。

 

 

 

 

「それにしても変なキグルミを着せられたわよね。彼奴、本当に禄な事をしないんだから困るわよね」

 

 レリックさんがお酒を飲みに出た後、私はイシュリア様と向かい合ってお茶をしていたわ。まあ、私はお砂糖を沢山入れた紅茶で、イシュリア様はお酒なのだけれど。女神様取って置きのワインを勝手に持ち出してグラスに注いだと思ったら香りを楽しみもせずにガブガブ飲んじゃっているわ。

 

「イシュリア様、ワインって香りを最初に楽しむ物じゃなかったのかしら?」

 

「あら、お酒の楽しみ方って人それぞれよ。一人でチビチビ飲むのが好きなのが居れば、大勢で騒ぎながら飲むのが最高ってのも居るもの。まあ、貴女もお酒が飲める年頃になれば分かるわ。……えっと、確かシルヴィアはチーズやサラミをこういった所に仕舞っていたわよね」

 

 確かに大人になったらお酒を飲んでみたいとは思っていたけれど、妹の留守に来て、お酒やらツマミを盗み食いする情け無い酒飲みにはなりたくないわ。

 

「……このケーキ、今までで一番美味しいかも」

 

「でしょ? 料理の神に頼んでお土産に作って貰ったのよ。前に私が彼氏と浮気したからって私には作ってくれなくなったけれど、頑張ってる貴女へのご褒美だって言ったら作ってくれたのよ」

 

 イシュリア様が持参してくれたフルーツが沢山乗ったショートケーキは本当に美味しかったわ。朝ご飯にパンに代わってこれを食べても良い程に。何時もは食べても二切れなのに、今は三切れ目を食べている途中。ケーキが大きいから十二切れに切り分けでも一個辺りが普通より大きいわ。

 

「さーて。もう少し貰おうかしら」

 

「え? 未だ食べるのですか?」

 

「当然じゃない。かれこれ三百年は食べていないもの、このケーキ」

 

 イシュリア様も七切れ目を食べているし、これ以上食べたら賢者様と女神様にレリックさん、ついでにアンノウンの分が無くなっちゃうわ。

 

「まあ、タイミング良く居るのも必要って事で、私達で食べちゃいましょうよ」

 

 ワインとツマミを盗み食いして、お土産に持って来たケーキの殆どを食べちゃうだなんて、イシュリア様って本当に……。

 

「それだけ食べて太ったりは……」

 

「私は女神だもの。食べ過ぎた程度じゃ太らないわよ。だから暴飲暴食し放題! あえて太った体系になってる神も居るけれど、私には理解不能ね」

 

 私は流石にこれ以上は食べられないって遠慮したら、イシュリア様は喜んで残りを食べ尽くす気なのかケーキを小皿に移さずにフォークを突き刺す。甘い物は別腹って言うけれど、此処までの人は初めて見たわ。神様の中でも特殊な部類なのでしょうね。

 

「……あら? イシュリア様、ケーキの入れ物の底に何か書いているわ」

 

 文字が逆さまだから何が書いているか読みにくいけれど、イシュリア様へのメッセージらしく、輝く文字で『イシュリアへ』って書かれているもの。

 

「あら、本当ね。えっと……帰るわ。帰って運動しなくちゃ……」

 

 イシュリア様は結局残りのケーキを食べ尽くし、残ったクリームさえもクリームで集めて全部舐めた後で上機嫌なまま文字を読み、一瞬で青ざめると片付けもせずに走り去った。せめて流しにお皿を持って行く程度はして欲しかったわ。

 

「えっと……『イシュリアが食べた場合、ダイエットしなくちゃ減らない脂肪が食べた量と同じだけ増えるから、自分は食べないって約束を破った時は頑張って、ザマー見ろ』。……うわっ。うわぁ……」

 

 ドロドロしている女神同士の諍いを見てしまったわ。イシュリアが完全に自業自得だし、お土産で少しは浮かびつつあったイシュリア様の評価が地に落ちて沈んだままになってしまったわね。

 

 

「それにしても……」

 

 イシュリア様がどうしてシャワーを浴びたかというと、私のキグルミ姿に驚いて飛び退いたら鳥の群れに糞をぶちまけられたからなのだけれど……あの鳥達が密集した時、お腹の模様がパンダだったのは……うん。

 

「忘れましょうか。それよりも本当にどうしてこんな事に…‥」

 

 イシュリア様が散らかすだけ散らかした室内を見て、私は記憶の一部を消した。あの方は女神様だけれど、きっと天罰が先に下ったのよ。賢者様達が帰って来たら困るだろうし、お掃除しなくちゃ。……私がしなきゃ駄目よね? 

 

 普段は綺麗なのに短時間で汚部屋と化した室内で悩み、私の中でイシュリア様の評価は更に下がって行った……。

 

 

 

 

 

 

 

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