初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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砂漠の異変

「ふぇっふぇっふぇ! 強いのは言葉だけじゃな、お嬢ちゃん!」

 

 皺だらけの顔に不愉快な笑みを浮かべながらチューヌが貫き手突きを放つ。ゲルダもレッドキャリバーとブルースレイヴの二刀流で応戦するもやや劣勢。正面から迎え撃って幾らかは防げているが間に合わなかった物が体を掠め頬や肩に僅かだが傷を負っていた。

 

(……大きな怪我は避けているな。この短期間に随分と成長したものだ)

 

 ゲルダの戦う姿を眺めながら才能を評価した結果、近接戦闘ならば歴代一位だと認めるしかない。夫相手だから贔屓してやりたいが、キリュウは戦闘関連の才能の割合は魔法関連に比重が置かれていたからな。武を司る女神として戦いに関する事には誠実でありたい。

 

「ゲルダ、助太刀は必要か?」

 

「いい、別に要らないです! この人は私が倒しますから!」

 

 すくい上げる様にして首を狙った一撃を真横に振るったレッドキャリバーで打ち払いブルースレイヴを叩き付けたゲルダは私の方を見ずに答え、追撃として振り下ろされた袋を後ろに跳んで回避した。彼奴も気が付いているだろうがチューヌは魔族としての能力を使っていない。その時点で劣勢だと言うのに意地を張っているか、それとも……。

 

「随分と余裕じゃな。いや、違うな。功績を少しでも稼がねばと焦って無理をしておるな、お嬢ちゃん? 舐めるでないわ!!」

 

 猛攻に圧されジリジリと後退、遂に壁際に追い詰められたゲルダに対し、その心中を悟って侮られたと感じたチューヌは気味の悪い笑みから一転して怒りを滲ませるとゲルダの心臓に向けて爪を突き出し、同時に袋を横に振るう。背後は壁であり逃げ道を塞いだ上での攻撃。老人の見た目と違って人を超越した力は凄まじく、横と正面からの攻撃の双方をそれぞれ片手で防ぐのは不可能だと今までの攻防で悟ったのだろう。

 

「貰ったっ! 死ぃねぇええええええええ!!」

 

 チューヌは勝利を確信して笑みを浮かべる。ゲルダも同様に笑みを浮かべていた。

 

 

「待っていたわ、この瞬間を!」

 

 爪先が迫った瞬間、ゲルダの動きが加速する。先程までとは比較にならぬ速度でチューヌの巨体の股をスライディングで潜り抜け、相手が振り返るよりも前に足下を払う。攻撃で重心が前のめりになっていたチューヌはその勢いで前方に倒れ込んで膝を付き、完全に無防備になった背中にラッシュが叩き込まれた。

 

 

「中々だ。及第点はくれてやろう」

 

 相手の大振りの一撃を誘う為に敢えて力を抑えて劣勢を演じ、ここぞという時を狙う。未だ武器の扱いが雑だが、そこは私が今後指導してやれば良いだけだ。今は賞賛してやろうと軽く拍手をしながら見詰める中、振り返りながら横薙ぎに振るわれた爪とレッドキャリバーが正面からぶつかり合い、チューヌの爪に罅が入った。

 

「ぐおっ!?」

 

「信じられないって顔ね。簡単よ。さっきまでの攻防で私はずっと同じ場所を狙っていたのだもの」

 

 罅が入った爪を目にして愕然としている様子からして硬度には自信があったらしい。だがゲルダはそれを上回った、それだけだ。言葉と共にブルースレイヴが振るわれて爪を完全に折り、レッドキャリバーの突きが鳩尾に叩き込まれる。チューヌが悶絶して尻餅を付いた瞬間、懐に飛び込んだゲルダは小さくしたレッドキャリバーを顎に向かって突き出し、腕が伸びきる瞬間に元の大きさに戻す。

 

「これで……最後っ!」

 

 チューヌの体が後ろに倒れ込み、ゲルダは当然その上に落ちて行く。レッドキャリバーとブルースレイヴを上に掲げ、チューヌの上に降り立った瞬間に勢いを乗せて顔面に叩き込んだ。衝撃で鼻が曲がり歯が折れたチューヌの上から飛び降りたゲルダだが、息が荒く救世紋様も消え去る。どうやら体力の限界らしい。

 

「それは体力を消耗する。持続時間も今度の課題だな。……それと、未だ見極めが甘いぞ」

 

「ッ!」

 

 警告を耳にするなりゲルダは武器を交差させて構え、そこに地を這う砂の刃が襲い掛かる。金属同士が激突した音と共にゲルダの体は後退した。だが、その体は倒れておらず、体力も底を尽き掛けていると言うのに臆した様子もなく前を見据える。

 

「……加点だな」

 

 戦士にとって必要なのは強き肉体や磨かれた技だけではない。逆境でも挫けぬ心、それをゲルダは持っていたらしい。

 

「……やれやれ、裏切り者を誘い出す為に盗賊達を束ねていたが、少し欲張り過ぎたらしいの。子供と侮り油断したか」

 

 ダメージを感じさせながらも立ち上がるチューヌに先程迄の下劣な雰囲気は消え失せ老獪な戦士のそれへと変貌する。演技だったか、それとも二面性を持つのか。これからが本当の戦いと言いたい所だが……。

 

(分が悪いか。仕方ない、私が出るとしよう。此処で奴を倒した分の功績は惜しいが、勇者が死んでは意味が無い。倒せた時より時間が掛かり犠牲も多くなるが……)

 

 斧を構え即座にチューヌを両断しようとするが、どうやらその必要は無いらしい。砦を囲む砂嵐が消え失せ、奴の目からも戦意が消え失せていた。

 

 

「此処は退かせて貰うとするわい。そっちの嬢ちゃんも都合が良いじゃろう? では、次こそ決着を付けようぞ! ふぇっふぇっふぇ!」

 

「待て!」

 

 逃がさないとばかりに飛び掛かるゲルダだがチューヌの周囲を砂が渦巻いて防ぐ。疲弊した状態な為か握り方が甘かったらしく武器が弾き飛ばされ、チューヌの体を覆い隠す砂が消え去ると奴の姿も消え去っていた。

 

「……余計な知恵を付けたな。いや、今までが馬鹿だっただけか」

 

 三代目までは人間を侮り退く事も此方の都合に付け込む事も無く正面から挑んで来た魔族だが今回は随分と狡猾になったらしい。引き際も弁えているとは厄介な。……だが、今回はこれで良しとするか。

 

 

「ゲルダ、悔しいか? 悔しいならその気持ちを忘れるな。……お前はよく戦った。武の女神である私が言うのだ、間違い無いぞ」

 

「はい! 次は絶対に勝って見せます!」

 

 私には子供が未だ居ないが、子供の成長を見守る親の気持ちとはこの様な物なのだろう。成長を見せ、決意を新たにするゲルダを見ているとミリアス様が魔族の封印を人間に任せた理由が少し分かった気がした……。

 

 

 

 

 

「では、帰るぞ。大勢浚われているから迎えもいるし、全速力で飛んで帰ろう」

 

「……えっと、空飛ぶ絨毯に乗ってですよね?」

 

「そうだが、それがどうかしたか?」

 

「いえ……」

 

 ゲルダは何故か絶望した様子だが、まさか高い所が苦手だったか? だが、他の移動手段は走る位だからな。……直ぐに終わる様に更に速度を上げて帰るか。私もキリュウに会いたいし。依頼を終えた褒美に撫でて貰うのだ。その後でキスをして貰えたらとっても嬉しい。

 

 

 

「ふふふ、実に楽しみだ」

 

 母としての幸せは未だ知らぬが、女としての幸せは知っている。今はそれで良しとしよう。

 

 

 

 

 

「ぬぅ。困った。すっかり迷ってしまったな」

 

 一方その頃、謎の地下空間の中をさ迷い続けた楽土丸は空腹を覚えていた。武士は食わねど高楊枝とは言うが、生きている以上は腹が減る。懐を漁って僅かばかりの干し芋を取り出した彼はそれを口にしながらさ迷う。やがて彼は広い空間へと辿り着いた。

 

「霧? 妙だ。拙者は地下に来た筈だが……」

 

 暗闇の中でも困らず歩いて来た彼だが、目の前に広がる濃霧には困り果てた様子。深い穴でも開いていたら危ないと用心しながら進むと目の前には幾つもの大木が生えており、ポツポツと雨が降り出したかと思うと急激に勢いを増す。

 

「どうやら地下だと思っていたのは勘違いだったか……」

 

 取り敢えず雨宿りをすべく木の下に入り込み、濡れた服を絞る。その場に座り込んだ彼は一瞬だけ無数の視線を感じるも周囲に動く物の姿も無く、やがて腕組みをしながら船を漕ぐ。

 

 

 

 

「……」

 

 その姿を木の幹の一部が動いて見開いた目玉が楽土丸に視線を向け、葉から噴き出していた水が止まって雨が止む。やがて根本の巨大な口が開き、根っ子が楽土丸の体に巻き付こうと蠢いた。

 

 

 

 

「異常繁殖した群れ……でもなさそうだ」

 

 シルヴィア達が盗賊退治に向かっている最中、ムマサラの防衛をアンノウンに任せた私は調査に出ていた。最後まで残るのを嫌がったアンノウンと感覚を共有するパンダのヌイグルミが私の頭の上に乗り、空から地上を見下ろしている。

 

 大小様々な岩が点在する場所に密集しているのは蠍猿(さそりざる)。砂漠の中で保護色になる毛の色と先端だけが甲殻に覆われた蠍の尻尾を持ち、砂鮫がやって来ない広く大きな岩場を住処にして二十匹程で群れを形成する。脅威度こそ砂鮫やサンドスライムに劣るものの、高い知能と麻痺毒の尻尾は厄介なモンスターです。

 

 だが、目前の蠍猿達は目測で凡そ百匹、食料調達を担う若い雄が狩りに出ているとすれば更に増える可能性も有るのだが、どうも妙なのは数だけではない。幾つかのグループに分かれて威嚇しあっていた。その上、今居るのは岩が集まってこそいるが大きさは様々で砂鮫のジャンプが届く大きさの岩も多い。あれでは幼い子供を抱えた親の数だけで比較的安全な岩の数が不足している。

 

「何かあって複数の群れが同時に生息域を追われた? だとしたら……」

 

 本来、モンスターは生息域から遠く離れはしない。故に人は生息域から遠く離れた場所に住み、モンスターを避けて暮らして来た。百年毎の魔族の発生で人口のの爆発的増加も抑えられてはいるので住処を広げた事でモンスターの生息域を侵したという事も無いでしょうし……。

 

「アンノウン、最期の一匹は残しておいて下さい」

 

「ガウ!」

 

 だが、今の予想が正解だとすれば説明が付く。砂鮫も本来の生息域に居られなくなったか、住処を追われた獲物を追って来たのだろう。これは足を延ばして本来の生息域まで向かう必要が有りますね。

 

「では、今は駆除といきましょう。アンノウン、情報を得たいので全滅させては駄目ですよ?」

 

 アンノウンが操作するパンダのヌイグルミ(以後アンノウン)が了解と書いたホワイトボートを見せるなり目に光が集まり、真下に向かって拡散型のビームが放たれる。

 

「……何時の間にこんな魔法を覚えたのやら。帰ったらご褒美をあげますね!」

 

 ペットが新しい力という活躍を見せたのです、私も負けてはいられません。一度指を開いて閉じれば投擲ナイフが人差し指と中指の間に挟まって現れ、もう一度開いて閉じれば全ての指の間に現れる。計四本のナイフは突然のビームによって混乱を来す蠍猿の群に向かい、四本が八本に、八本が十六本に、倍々で増えて降り注ぐ。

 

「ウキ!」

 

 ビームによって何匹もが頭や胸を吹き飛ばされ、続いて降り注ぐナイフに逃げ惑った蠍猿ですが、群の彼方此方から響く老いた猿の声によって落ち着きを取り戻した蠍猿達の視線が此方に注がれる。ピョンピョンと跳ねながら歯を剥き出しにして威嚇するも届かないとみるや手頃な大きさの石を投擲し始めた。

 

「船頭多くして船山登ると言いますが、今回は当てはまらないらしい」

 

 全体を見れば石を奪い合ったり狙う方向が適当に見え連携など感じさせませんが、先程いがみ合っていたグループに分ければある者は石を集め、別の者が投げる役割分担も私達の逃げ道を塞ぐ様に投げている。惜しむべくは一致団結が出来ていない所。此処の群の連携が取れていても別の群同士で足を引っ張り合っていては意味が無い。それでも結構な高さまで届く投石は一般人には厄介なのでしょうが。

 

「……それでも、私達の敵ではない」

 

 別の群の投石がぶつかって弾き合った石以外はほぼ正確に飛んで来るが直前で逸れて私の背後に集まって行く。やがて手頃な石が無くなったのか再び老いた猿の鳴き声が響くと同時に逃げ出した。引き際を弁えている知能は流石ですが、またしても別の群同士でぶつかり、転んでその上を踏んづけた事で諍いが再発する。同じ種族と言っても縄張りを争う別の群なら敵という認識なのでしょう。

 

「では、利子を付けてお返しします。どうぞお受け取りを」

 

 蠍猿が投げて来たのは拳大の大きさで、今はボウリングの玉程に膨らんで蠍猿へと向かって行く。その全てが投げた本人に向かって行ったと彼らは気が付かないでしょうね。

 

「アンノウン、掴まえなさい」

 

 OKと丸文字で書いたホワイトボートを見せるなりアンノウンは私の頭から飛び降り、重なって息絶えている蠍猿達の間を駆け回り、数匹の死骸の前で立ち止まって一匹の尻尾を掴む。

 

「ウギッ!?」

 

 仲間の死骸に紛れ息を殺して死んだ振りをしていた蠍猿は慌てて逃げ出そうとするもアンノウンは尻尾を離さずピクリとも動かない。そして、そのまま振り回すと私に向かって放り投げた。一直線に矢の如く飛んで来た蠍猿は手前で止まり、頭に手を翳せば記憶が私の中に入って来る。

 

 

 

 面積が広く砂鮫の様な敵が入り込めない程に高い岩山の上、麻痺毒で捕まえた人間を生きたまま貪っていた時、異変が訪れた。昼間だと言うのに夜よりも気温が下がり、初めて見る白い何か、雪が降って来る。それが徐々に、そして激しくなり、更なる異変が彼方の方角で起きた。

 

 砂漠が氷に覆われて行くのだ。未だ住処には届いていないがただ事ではないと判断した老猿の判断で新たな住処を探して彷徨い、同じく住処を追われた他の群れと争い、そうして行き着いたのが決して最適とは言えない場所。習性として砂の上ではなく岩の上を選んだが身を守るのに適さない場所で暮らし、今回こうして私達と出会った。

 

「まあ、貴方達にも生きる権利は有りますが、此方にも都合が有りましてね。生存競争だと思って下さい。……では」

 

 苦しめて殺す気は無い。痛みを感じさせる事無くこの世から消し去った。……相変わらず命を奪うのは慣れない。虫や魚の姿ならば兎も角、こうして動物に酷似した姿なら尚更です。平和な日本で培った精神は簡単に消え去らないものなのですね……。

 

「……シルヴィアに会いたい」

 

 会って抱き締めてキスをしたいと愛しい妻の顔を頭に浮かべた時、鼻孔を甘い香りが擽る。香りが届いた方向に視線を向ければ甲虫車に乗った一団が近付いて来た。この香りは普通の香りではないと思い地面に降りて待ち構えていると私達の前で止まる。手綱を握るのは若い男、随分と鍛え上げた肉体をしていて熟練の戦士といった印象ですが、まるで酒に酔って陶酔しきった顔に見えた。

 

 だが、彼は重要ではない。車内から出て来た女こそ重要、この香りを放っている相手だ。

 

 

「はぁい。貴方、いい男ね。私と一晩の恋人にならない? そっちが構わないなら一生飼ってあげても良いわよ? 飽きるまで可愛がってあげる」

 

 ウェーブの掛かった金色の髪に妖しさを感じさせる人間離れした美貌、スタイルも出ている所は出て、締まっている所は締まっている。まあ、シルヴィアの方が億倍、兆倍美しいですが。いえ、正直言って彼女以外は評価が同じです。

 

 故に彼女に掛ける言葉は一つだけ。断るのは当然なのですが……。

 

 

 

「貴女、その格好は恥ずかしくないのですか?」

 

 白い肌を隠すのは相反する黒い布を巻き付けただけ。恐らくは白色を際立たせる目的が有るのでしょうが幅が短い。正直言ってリボンで自分をデコレーションして、私がプレゼントよ、と言っているみたいだ。

 

 

 

「あら、素敵でしょう? ふふふ、照れているのね? 裏切り者探しの定期報告を受けに来たのだけれど、あのお爺さんは嫌いなのよね。でも、貴方みたいな素敵な人と出会えたのだから結果オーライだわ」

 

「話を聞かない人ですね。私は既婚者ですし、貴女に全然興味無いのですよ」

 

「照れちゃって。可ぁ愛い」

 

 あっ、本当に話が通じない、そんな風に感じた時でした。叫び声と同時に彼女に向かって跳び蹴りを叩き込む人が現れたのは。

 

 

「ちょっと待ったぁあああああ!」

 

 片目を隠した青い髪のショートヘアーに白い肌、何処となくシルヴィアに似た顔付き。ですが服は黒く布面積の少ない下着姿にスケスケのネグリジェ。彼女の名はイシュリア、愛を司る女神にして私の小姑だ。

 

 

 

「……痴女が増えた」

 

 彼女の事が少し苦手な私が呟いてしまっても仕方ないと、そう主張します……。




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