初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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神の心は人知れず

 砂漠の真ん中で痴女が争う。方やリボンを巻いて局部を隠しただけ、方や下着姿にスケスケのネグリジェ。双方とも美女なので三百年前の私ならば目を奪われたのでしょうが……。

 

(正直言って今の私には興味が湧かない。言ったら五月蠅いので言いませんけど)

 

「彼は私の妹の旦那、義弟なの。だから誘惑して良いのは妹と私だけって事。ったく、男漁りに出た序でに妹の顔を見に来たらとんでもない女に出会ったものだわ。初対面の相手を飼おうだなんて恥を知りなさい」

 

 イシュリア様は私を指差し堂々と言い放ちます。その姿や愛を司る女神としての貫禄に溢れています。ですが、妹の旦那を何度も誘惑するのはどうなのでしょうかね? 恥だと思うのですが……。

 

「あら、別に良いじゃない。男の数だけ美しくなる、そんな女よ、私は。貴女だってそうなんじゃないかしら?」

 

 魔族の女性も誘惑が本分とばかりに踊るかの様な動きで色気を醸し出し、熱っぽい視線を向けて来る。変なのに気に入られてしまって面倒ですね。

 

「はっ! アンタ、魔族でしょう? 生まれて数年のお子様が何を言ってるんだか。どうせ今連れてる男も魔族としての力で魅了しただけじゃない。その点、私は違うわ。この美貌と手練手管で多くのいい男の心を手にして来たの」

 

「……貴女は女神ね? じゃあ、若作りの年増じゃない。何百年、いや、何千年以上生きてるのかしら?」

 

 二人とも向かい合って笑顔で会話を続けていますが、会話が進むに連れてどす黒い何かを背負っている様に見える。正直言って怖かった。

 

「ああ、矢張り貴女は魔族でしたか。それと挨拶が遅れましたね。久し振りです、イシュリア様」

 

 先程から漂うこの甘い香り、シルヴィアが香水の類は使わないので気が付きませんでしたが目の前の彼女の能力なのでしょう。甲虫車の手綱を握る彼や車内から外の様子を覗き見る男性陣も陶酔した表情ですし、よくよく見ればベッドの中のシルヴィアもあんな感じです。

 

 取り敢えず久々なので挨拶だけでもしておきましょう。姉妹仲は悪くないのですが、イシュリア様が私を私を誘惑するからシルヴィアが会わせたがらないのですよね。私も小姑より妻の方が優先ですし誘惑に乗る気も無いので会いませんけど。

 

「ええ、そうよ。私は魔族、名をレリス・リリス。お近付きの印に抱いてみない? 今なら貴方のお好きな方法を選ばせてあげるし、処女にだってなれるわよ、私」

 

「だから手を出そうってするなっての! こんな阿婆擦れより義姉の私と楽しみましょうよ。どうせならシルヴィアと一緒にってのも良いわね。実践を伴った授業にしましょうか。シルヴィアと姉妹仲良くするのなんて初めてだから興奮するわね」

 

 二人揃って胸元を見せ付けながらにじり寄る。って言うかイシュリア様、貴女って愛の女神なのに既婚者、それも妹の夫を誘惑するのはどうなのかと問いたいですが、略奪愛も愛の内だし奪う気はない、とか言われるのがオチですね。

 

 思わず後退りするもジリジリと迫る痴女二人。この時、私は恐怖を感じていた。やがて背中が岩壁に当たり、二人の顔が間近にまで寄せられた。

 

「ふふふ。追ーい詰めた。間近で見れば益々好みだわ。それに魔力も物凄い。……これは楽しめそうだわ」

 

 レリスの手が私の頬に触れる。舌なめずりをしながら吐息を吹き掛ける姿は捕食者です。

 

「実際楽しめる筈よ、彼。夜の営みに関する知識が無いからって私に相談しに来たから、私がベッドの上で色々教えてあげたのよ。あの子が拗ねるから指一本触れさせて貰えなかったけど、猛々しい妹が甘えん坊の子猫みたいになっていたわ。……そう言えば授業料を貰ってなかったわね」

 

 イシュリア様の指先が私の顎を撫で、腕に胸が当てられる。正に今の私は蜘蛛の巣に掛かった哀れな獲物。レリスだけならば逃げるのは簡単なのですが問題はイシュリア様。私、所詮は神に勇者としての力を与えられ、それを三百年間磨き続けた人間ですし、女神相手には流石に分が悪い。

 

「……ねぇ、イシュリアだったわね? どうせなら勝負しない? 私と貴女で今から彼と楽しむの。その結果、どっちが女として魅力的か彼の判定で決める……それとも自信無い?」

 

「……上等よ。キリュウ、身内だからって贔屓する必要は無いわ。公正な判定をするのよ。まあ、私が勝つのは当然だけどね」

 

 二人は挑発的に笑みを向け合い火花を散らし、私の意思など最早無視して両側から体を押し付け体の表面を手が這う。醸し出す色気は男なら骨抜きになり全てを委ねるに至る程。

 

 

 

 

「アンノウン!」

 

 だが、私には私と六百六十人を越す神の悪ノリで作り出した使い魔アンノウンが居る。今の姿では七つの頭を七等分した影響で十分の一程までに力が落ちていますが、今私の頭に乗っているパンダのヌイグルミは別。全ての頭で操作している為に本体と同等の力が有り、更に私の力を上乗せすれば神にすら匹敵する。

 

「げげっ!? あのパンダってトライヘキサ!?」

 

 アンノウンは神によって呼び名が違う。イシュリア様は多数派であるトライヘキサと呼んでいる神の一人であり、アンノウンの偽装と違う呼び名で直前まで気が付かない。頭上高く飛び上がったアンノウンは巨大化、私達目掛けてお尻を下にして落ちて来た。あの技こそアンノウンの必殺技の一つ、ジャイアントパンダプレス。今適当に考えた技と名前です。

 

「「きゃぁああああああああっ!?」」

 

 地響きがして振動で周囲の岩が砕ける。私に触れる場所のみフワフワにしていたアンノウンのお尻は二人を押し潰した。お尻の形に陥没した地面でピクピクと痙攣しながら気絶している二人の内、イシュリア様を担ぎ上げるとアンノウンに放り投げれば大きな口を開けてキャッチ、そのまま飲み込んだ。

 

「ガウガーウ?」

 

「連れて来て良かったでしょ、ですか。ええ、その通り。新しい魔法も身に付けましたし料理神ミュアル様にデザートのフルコースをお願いしますよ」

 

 久々に身の危険を感じて滲み出た汗を拭く。やれやれ、シルヴィア以外の女性の誘惑など受け付けませんけど本当に疲れました。深く息を吐き、少し地面に埋もれながらも息があるレリスを見下ろし、 顔面目掛けて飛んで来た矢を僅かに顔を動かして避ければ矢が岩を貫通する。射ったのは甲虫車の御者の青年だ。

 

「えっと、彼女が魔族だと理解しています?」

 

 元の大きさに戻ったアンノウンが私の頭に乗ったのを確認して訊ねるも彼は返事をせずに次々と矢を放ち、その場から僅かしか動かず避け続ける私に少し苛立った様子。避けられるのが嫌なのかと今度は受け止めた時、甲虫車の中から刀を持った武者甲冑の青年が飛び出した。

 

「お命頂戴仕る」

 

 姿勢を低くして片膝を付いた格好からの抜刀一閃、上に飛んで避ければ背後の岩が両断されている。断面が随分と綺麗ですし、刀は業物で彼自身の力量も高いらしい。

 

「潰れちまえ!」

 

 最期に飛び出したのは半裸で虎の獣人の青年。巨大な肉叩きみたいなわハンマーを私に向かって振り下ろし、身を捩って避ければ両断した岩を粉々に粉砕、凄い力です。

 

「相性次第では下級どころか中級魔族とも戦えますね。……惜しむべくは愛を捧げた相手でしょうか」

 

 素直な感想を口にしたのが癇に触ったらしく三人共の動きが激しくなる。その状況でも互いに邪魔にならないので評価に対するでしょう。それこそ場合によっては彼等が勇者の仲間に選ばれていたのかも知れません。

 

「愛しき方には触れさせん!」

 

「貴様は此処で死ぬが良い!」

 

「さっさと潰れろ!」

 

 三方向からの挟撃、私はその場から動かず額に矢が、腹部に刀が、背中にハンマーが襲い掛かる。その全てが私に吸い込まれるかの様に命中した。

 

 

但し、当たったという事と効いたという事は別の話。私の体は微塵も傷が付かず、三人は攻撃が当たった瞬間に時間が止まったかの様に動けない。

 

「これで力の差を理解したでしょう? ほら、恋する気持ちは素敵です。私だって素敵な恋をして結ばれた身ですから否定はしませんが、もう少し考えて行動しましょう。私でなければ死んでいたかも知れないのですよ?」

 

 呼吸は出来ますが表情筋が動かないので何を考えているのか見当も付きませんが、この三人程の実力者が魔族の味方になるのは御免被りますね。……では、先ずは心酔の対象に消えて貰いましょう。ゲルダさんには分かり易い悪党以外の人間とは戦わせたくありませんしね。他にも魅了したのが居るならば面倒です。

 

「って、居ないっ!? 転移……いえ、召喚ですね」

 

 説得しようと力の差を分からせるのに意識を裂いた事と未だ目を覚ます筈がないと油断していました。遠くから見られている感じはしなかったので恐らくは気絶などの際に自動的に召喚されるのでしょうが、これは私の失態ですね。

 

「まあ、今日だけは楽観的に捉えましょう」

 

 此処で彼女を始末した場合、殆ど削られるとはいえ多少の功績稼ぎにはなる、私も一応勇者の仲間ですからね。ですがゲルダさんが倒した場合に比べて後々稼ぐべき功績に時間が掛かってしまう。……その場合、どれだけ犠牲が増える事やら。

 

 

「帰りますよ、アンノウン。それと三人ですが貴方が連れて行って下さい」

 

「ガ?」

 

「ええ、構いません。好きにして良いですよ……今回だけですけどね」

 

 どうも殺戮や破壊よりも自分の悦楽を優先するタイプ、後回しにして良いでしょう。まあ、今度出会った時に拙い事態を引き起こしていれば責任持って倒して後始末もするのですが。

 

 

 

 

 

 

「よし、分かった。今度現れたら私が絶対始末する。……文句は無いな?」

 

 ムマサラに帰ると丁度宿屋に突っ込んでいたシルヴィアとゲルダさんに報告をしたのですが、誘惑されたと聞くなりマグカップを握り潰したシルヴィアは普段通りの笑顔で呟きベッドに座り込む。

 

「ぐぇ!? シ…シルヴィア、愛しのお姉様に何するのよぉ……」

 

 更に正確に言うのならばパンダのキグルミの口の部分から顔を出し、鼻眼鏡を装着してベッドに寝ているイシュリア様の上に座り込みました。とても女神とは思えない声を出していますが女神ですし、シルヴィアが重いわけでもありません。鎧を着込んでいるだけです。斧もわざわざ背中に背負いましたし、その重量が大きいのです。

 

「って言うか何なのよ、このキグルミはっ!?」

 

「パンダですが、何か?」

 

「そんな事は聞いてないわよ。……チャックは何処かしら? さっさと脱ぎたいのに見付からなくって」

 

 背中に手を回してチャックを探すイシュリア様ですが、四苦八苦しながらもチャックが見付からないので苛立っている様子。そんなイシュリア様に対して先程から黙って様子を見ていたゲルダさんが口を開いた。

 

「あの、イシュリア様。それ、チャック有りませんよ」

 

「何でっ!?」

 

「まあ、アンノウンの口の中から出て来たら着ていましたからね、それ」

 

 恐らくは体を魔力で包み込み、その後で物質化したのがキグルミと鼻眼鏡なのでしょうかね。かなり丈夫に作っているので脱がすのは骨でしょう。鼻眼鏡も鼻眼鏡で外せない魔法が掛かっていますし。ですが、そんな愉快な事になっているイシュリア様にシルヴィアは手を差し伸べます。

 

「大丈夫だ、姉上。私が脱がしてやる。尊敬する貴女にその様な格好はさせていられないからな」

 

「シルヴィア……」

 

 そっと肩に置かれた手に自分の手を重ねるイシュリア様は嬉しそうで、美しい姉妹愛の一幕でした。イシュリア様はパンダのキグルミの上に鼻眼鏡で、次の瞬間にはシルヴィアの握力が強まって肩が軋む音がしましたけど。

 

「まあ、キリュウに手を出そうとしたのは別の話だがな。ちょっと向こうで話をしよう。主に肉体言語で。姉上は黙っていて大丈夫だぞ。私が存分に話すから」

 

 シルヴィアは鼻眼鏡を掴んでイシュリア様を引っ張って部屋を出る。ドアの向こうからイシュリア様が助けを求める声が聞こえた気がしましたが防音魔法を使ったら聞こえなくなったので気のせいでしょう。

 

「あの、賢者様。神様ってあんな感じの方が多いのですか?」

 

「……あー、うん。私も神様方に出会ってそんな思いを抱きましたが大丈夫です。男性の三割、女性の六割はマトモな方です」

 

「残りは……いえ、言わなくて結構です」

 

 何かを悟ったのでしょう。ゲルダさんは質問を途中で止めて遠くを見る。世界を救う旅は彼女を少し大人にした様だった。

 

 

 

「……まあ、賢者様も大概だけど」

 

 そんな彼女の呟きは私に届く事はなく、三十分後にスッキリした顔のシルヴィアと何かに怯えた様子のイシュリア様が戻り、これからの行動についての相談を開始しました。

 

 

 

 

 

 

 

「うげっ!? こっちの事情を知って付け込んで来たっての!? ……先代の馬鹿勇者が原因よね、絶対。色と酒に溺れた上に魔王に封印に関して喋ったの彼奴でしょ? ったく、とんでもない奴ね」

 

 以前出会ったビリワックやゲルダさん達が出会ったチューヌ、共に封印には勇者が功績を重ねる事が必要だと知って付け込んで来ました。一応神々にも協力を依頼する事が有るので報告したのですが、原因であろう先代に対してイシュリア様は憤慨しています。

 

  先代勇者はこのイエロア出身の青年で、定住の地を持たない部族の出身でした。贅沢を知らず、部族の為に滅私奉公をしていた彼にとって世界を救う為の旅を拒否する理由など無い受け入れて当然の宿命でした。

 

 ……だからこそ贅沢をして、色を知った時に抑えが効かなかったのでしょう。最終的に記憶と精神を弄くった上で仲間の一人に猛アタックして頂きましたが、相思相愛だったので問題は無いでしょう。

 

「これだから真面目過ぎる奴は駄目なのよ。私達神が極力手を出さない事を指摘した魔王に話しちゃ駄目な事を言っちゃうし。迷惑だから庇わなくて良いのに」

 

 そのせいで面倒な事になったと不満たらたらな様子のイシュリア様は更に文句を言い続け、最終的に真面目に貞操を守らずに遊びましょうと誘惑して来るのですが、その途中で呆れ顔のシルヴィアが口を挟む。

 

「いや、奴が気に入ったからと誘惑して色や酒を教え、ベッドの中で功績稼ぎと封印の関係について口を滑らせたのは姉様だろう」

 

「え? そうだっけ? 百年も前だから忘れてたわ。一から色々教えた男は彼だけじゃないし、どうもベッドの中では口が軽くなるのよね」

 

「たった百年だ。まったく、この旅が終わったら迷惑料として何かを奢って貰うからな」

 

 これだから神は、そんな風に呆れるのに慣れたのは何時頃でしょうか? 反省の色が見られないイシュリア様にしと、幾ら姉妹だからと甘過ぎる。三百年の間に思考が神寄りになった私でさえそう思ったのです、我慢出来ないのは仕方ないのでしょう。先程から会話に入って来なかったゲルダさんが口を挟みました。

 

「あ…あの、イシュリア様、もう少し責任を持って下さい!」

 

「えっと、アンタはゲルダだっけ? 今回の勇者の……」

 

 ずっと同じ部屋に居たのに今頃になって認識したとばかりに顔を向け目を細めて見て来るイシュリア様に身を竦ませるゲルダさん。何せ妹であるシルヴィアが武と豊穣を司るのと同様にイシュリア様も愛だけではなく戦を司る女神。まさか一言意見しただけで怒らせたのかと怯えを見せるも助けを求める事無くイシュリア様に視線を向けていたゲルダさんに対し、イシュリア様は急接近します。

 

 

 

「可愛い! この子、磨けば光る玉よ。ねぇ、私に数年預ける気は有るかしら?」

 

「いや、彼女は勇者ですから」

 

「そっかー! うん、惜しいけど諦めるわ。じゃあ、私は帰るから。それと、今のままじゃイエロアに派遣された魔族には勝てないわよ、その子」

 

 好き放題に振る舞い、言いたい事だけ言うとイシュリア様は去って行く。ゲルダさんはすっかり唖然としていました。ですが、これが神なのです。人の味方であるのは間違い無いのですが、決して都合の良い存在ではなく、その思考は理外。真面目に接するだけ損な相手なのです。

 

 

 

……まあ、シルヴィアには常に真剣に接しますが。


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