初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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大熊猫と黒子の事件簿 ~六美童 密室っぽい殺人事件~ ⑤

 ……これはちょっとした選択ミスで起きた悲劇だ。僕は動けない。恐怖で動けない。初めて目にするアンノウン様の怒る姿を前に後ろから見ているしか出来なかった。

 

「……ねぇ。今、何って言ったの? もう一度言ってみなよ。グチャグチャに潰してやるからさ」

 

 六六五人の神と世界を救った勇者の手によって創造された最強の魔獣アンノウン。別名六六六(トライヘキサ)、またの名を黙示録の獣(アポカリプス・ビースト)。この世界の神にとって最も不吉な名で呼ばれる存在が怒り狂っていた。

 

 

 何故こうなったのか。それは昨日まで遡る。丁度三件目の事件現場に向かっていた時の事だ……。

 

 

 

 

 

 僕達が現場に近付いた時、護衛の人達がピリピリし始めたのが伝わって来た。まるで敵地に赴く騎士みたいに緊張して、直ぐにでも武器を抜ける構えだ。今から向かうのは護衛対象の兄弟の殺害現場だけれど街中なのに、どうして此処まで気を張っているんだろうか?

 

「……ふぁ。昨日は遅くまで本を読んでいたから眠いや。帰ったら昼寝でもしようか。皆も屋敷に戻ったら休んで良いからね」

 

 そんな彼等の護衛対象であるタラマさんは一人呑気な態度で欠伸を一つ。気を張ってばかりなのはどうかと思うけれど、彼みたいに兄弟の殺害現場に向かうのに一切気にした様子が無いのもどうかと思うよ。……もしかして仲が悪かった?

 

 流石に直接尋ねるのも気が引けた僕は悶々としながらも進む。もう見えて来た紫屋根の屋敷には家族を失ったばかりの人が居る。それを考えると気が重くなっていった。

 

「おや、皆は既に集まっていたか。僕が一番最後だね」

 

 屋敷に到着すれば目に入ったのは悲しみに暮れる人達の姿。当主様は正妻であるタラマさんのお母さんと一緒に、貴族としての仕事で他の領地に向かっているらしく、屋敷の使用人達や兵士、そして残りの兄弟とその母親五人が居たのだけれど、タラマさんの姿を見るなり悲しみは別の物に塗りつぶされる

 

 

「……来たか」

 

「絶対彼奴が黒幕だろ……」

 

「当主様達が居ないからって好き勝手して……」

 

 現れたのは憎悪や敵意の色。明確なそれを隠す気がないのかヒソヒソ話は耳に届く。護衛の人達の様子からして前からみたいだけれど、幾ら何でもこれは異常だ。違和感を覚えた僕はその中心に立つお妾さんや六美童の残りに視線を向け、更に違和感は強まった。

 

 ……兄弟だというのに全く似ていない。まるで他人みたいだ。タラマさんと似ていないだけでなく、誰が誰のかは分からないけれど母親の筈の誰にも似ていなかったんだ。

 

 街にはファンが多いから肖像画を飾っている所も幾つかあった。その時も兄弟なのに似ていないと思ったけれど、腹違いだし絵師が違うから、その影響だと思ってたんだけれど。……もしかして目の前の二人は別の男性の子供で父親似とか? 実は誰か別の夫婦の子供と入れ替えられたのなら母親達にも似ていない理由になる。

 

 此処までは所詮は証拠も無い当てずっぽう、妄想の域だ。だけど成否は別としても、タラマさんの意味深な発言もそれを悟っての事だとしたら理解可能だ。そして、他に気が付いている人が居たとすれば……。

 

 この事件、根っこに随分と厄介な事が有るのかも知れない。

 

「……」

 

 違和感その母親達にも。彼女達を見た時、僕に何かが起こった。直ぐに弾き返して霧散したけれど、誰かに何かをされたのは間違い無い。それにしても随分と若く見える。成人間近の息子が居るのに小皺すら無いし。……いや、化粧の技術が凄い人って居るか。

 

 ふと気になり、チラリと視線を向ければ僕を見て少し驚いた様子のタラマさん。まさか彼も……?

 

「それで兄上はどの様に殺されていたので?」

 

「白々しい! お前がやったのだろう!」

 

「お前の罪を絶対に暴いてやるからな!」

 

 敵意を向けられても平然とするタラマさんだけれど、それが気に障ったのか更なる怒りを向けられる。でも、幾ら何でも妙だ。だって彼は実質的にグンカー家の跡継ぎで、糾弾している人達だってその家に嫁いだ人達。しかも子供が青年に成長しているって事はそれなりの期間が嫁いでから経っている。そんな人達が大勢の前で彼にこんな言葉を発するのには引っ掛かる物があった。立場を悪くする為にしても自分にも響く。それに……。

 

「……随分と嫌われた物だ。いや、兄上達が随分と好かれているのか。面倒だね」

 

「お前達、何をやっているか理解してるのかっ!!」

 

 タラマさんを守る為に前に出て間に入る護衛の人達。タラマさんに敵意を向けているのは腹違いの兄とその母親だけじゃなく、そのファン達もだ。中には武器を構えた人さえも。明らかにおかしい。幾ら支持している人の敵と噂されていたり、支持している人を狙うかもと疑心暗鬼に陥っていたとしても異常事態だ。まるで誰かに操られて……。

 

「!」

 

 人込みの中から放たれた矢が一本。素人の射た矢なのか軌道がブレブレで見当違いの方向に飛んで行く。これがタラマさんに向けて放った物なら別に良かった。全く関係無い場所に当たっただろうからだ。でも、違った。恐らく苛立ちによって脅しのつもりで放った矢が狙ったのは誰も居ない方向。その証拠に人混みに紛れて矢を放った女の人は流石に顔面を蒼白させ、矢はタラマさんへと向かって行く。

 

 気が付けば体が動き、彼の前に飛び出していた。矢の切っ先が触れたのは僕の左胸、心臓の上だ。そのまま矢は撃ち落とされる事無く僕に当たり、そのまま落ちる。当然だ。この服はアンノウン様が用意してくれた特性の防具。身内でさえも好き勝手に弄る人だけれど、身内の為に動いた時のアンノウン様が相手を危険に晒す事は無い。僕には全く痛みが無かった。

 

 

「矢が刺さらなかった……?」

 

 今だ! 僕が矢に射抜かれて死ぬ場面を想像していたであろうこの場の全員の動きが止まった瞬間、僕の右手に魔力が集中する。放たれるのは紅蓮の焔を思わせる紅い雷。どうやら今の僕は冷静らしく黒は全く混じっていない。うん、助かった。黒い雷の方が威力は高いけれど近くの誰かを巻き込んでいたからね。

 

「うわっ!?」

 

「目がっ! 耳がっ!?」

 

 動揺して僕に意識を向けた瞬間に襲う眩い雷光と轟く雷音。慣れている僕でさえ黒子衣装が無ければ堪えるそれを無防備に浴びて無事でいられる人が居る筈もない。動きが止まった瞬間に僕はタラマさんと護衛の人達を全員抱えて屋敷に向かって駆け出した。

 

 この場の全員を叩きのめすのは簡単だろうけれど、それは絶対にしては駄目だ。この異常事態と一連の事件、同一の黒幕が存在すると僕は睨んでいる。だから今すべきは戦術的撤退。幸いそれほど強くはない洗脳みたいだから時間をおけば何とかなりそうだ。

 

「……」

 

 いや、それでも時間的猶予は残り少ない。既に不安と怒りで街の人達は限界だ。こんな格好の僕に可能なのは悪い奴を倒す事。その後で人々の不安を取り除くのは……。担いだタラマさんへと視線を向ける。彼ならきっと大丈夫。おっと、何やらチラシを踏みそうになった。滑ったら大変だと僕は慌てて避け、雷光と雷音の近距離攻撃をモロに食らったタラマさん達を休ませられる場所へと急ぐ。どうやらダメージは軽くないらしい。

 

 ……こうなったのも全部黒幕が悪い! 待っていろ、誰かは知らないけれど! この密室っぽい見立て殺人の真相は僕が必ず暴いて見せるぞ!

 

 僕は更に速度を上げ、呻き声しか出ないタラマさん達をこんな目に遭わせた根本的な原因の犯人へと怒りを滾らせる。だからチラシに書かれたお知らせに気が付かなかったんだ。

 

 

 世界を救った英雄が慰問に訪れる、そんな重大な情報を僕は得なかった。

 

 

 

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