初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる 作:ケツアゴ
遙か高き山頂の神殿より飛来した光の矢。突然解除された洗脳によって混乱に陥るオットロ街中では元より視認可能な者は居らず、只喧騒が広がるばかり。黒子以外にこの街で光の矢を見る事が出来たのは一人も居ない。
「……ふぅん。流石はマスターの仲間だね。ちょっと戦いが有れば察知出来たんだ。うんうん、僕を派遣した理由がよ~く分かったよ」
一人も居ないが一匹は居た。何時ものテンションでベッドと天井を破壊してしまったので別の客室に替えて貰い、今度はそのベッドの上で大人しく寝転がっているパンダは窓の外を一瞬走った光の筋をその無機質な瞳で捉え、感心した様子で呟くと、未だに本調子ではないのかフラフラしながらも歩き出した。
「あ痛たたたたた……。ボスったら七匹全部の僕を呼び出してお仕置きするんだから抜け目がないや。話を聞く限りじゃマスターとガンちゃんの関係も似ていたらしいけれど、尚更僕が上手く宥めてマスターに誉めて貰わないと。……その前にちょっとお客様か。性格悪いのがお出ましだよ」
鏡を見ろ、と、アンノウンを溺愛する賢者と何かと相手をしたがるティアを除く全ての知り合いが口にしそうな言葉と共にパンダは浮かび、常日頃可能な最高速度に比べれば遙かに遅く、されども上級魔族よりは遙かに速い速度で混迷する人々の頭上を飛んで目的地へと進む。
「ちょっと待っててね。直ぐに僕が行くからさ」
その目が見据える先は地面が吹き飛ばされ半壊した墓地。つい先程まで黒子がバーバラ率いる十姉妹との戦いを行っていた場所だ。其処には今、光の矢が降り注ぎ続けており、黒子以外にオットロの住人ではない二人の姿があった。
「……これ、貴女がやったのね。感じるわ、強い怒りを。小柄で大人しそうな可愛い顔なのに中身はワイルド。ふぅん、惜しいわ。何時もだったら貰っているのだけれど、童貞を」
「!?」
「あら、どうして分かったって顔ね。ウブで可愛い反応。本当に惜しい。何時もだったら枯れ果てるまで絞り尽くしてあげるのに。ふふふ、貴方はされるがままなのか、それとも欲望の果てるまで私を求めたのか気になるわ」
疲労困憊で既に戦えない状態の黒子の体を押さえ付け、戦闘でも翻る事無く普段は顔を隠している布を細腕で捲って顔を見る彼女の声は情事の最中を思わせる息遣いと淫靡さで、動作の一つ一つが愛撫をしているかのようだ。だが、まるで今から野外で情事に励む気にさえも見える彼女の、レリル・リリスの目は笑っていない。爪の先まで性的な魅力を感じさせる腕は黒子を絶対に逃がそうとはせず、彼には凶器を向けられている気さえした。
「……ワーバラ、ドレシー、ミチャル、エイト、ファンナ、アンナ、ケイト、ミシェル、ドロシー、バーバラ。……貴女に負けた子達の名前。可愛い可愛い私の娘の名前。あのね、魔族が人の命を奪い、尊厳を侵し、悲劇を振りまく、だから身内が殺されても文句を言うな……なーんて言いっこなしよ? 獣だって狩りで獲物に反撃されて仲間が死んだら悲しいでしょう? 感情って理屈じゃないの。覚悟とか仁義とか愛の前では崩れ去るわ」
彼女の声から淫靡さが消える。常に相手を誘惑する声色は悲しみと怒りに満ちた物に置き換わる。今、此処に居るのは誰であっても誘惑し堕落させる背徳的で蠱惑的な美女ではなく、娘を失った母だ。その場で泣き崩れても一切の違和感が存在しない今の彼女が立っていられるのは目の前に黒子が、娘達の命を奪った相手が居るからに他ならない。
「リリム達みたいに雷で死ぬ? それとも私の恋人達に嬲られて死ぬのも良いわね。ああ、守ろうとしたこの街の人達を全員魅了して貴方を処刑して貰っても……」
指先が黒子の頬を撫で、淡々とした声が行く末を決定せんと語る。正に絶体絶命の危機だ。既に戦える状態でなく、目の前には自らに明確な殺意を向ける敵の姿。だが、さらけ出された黒子の顔には恐怖が浮かんでなどいない。あどけなさが残る少年の表情は戦意を手放してはいなかった。
「レ、レリル……様……! は、早く……用事を……! 食べ切れ……ませ……ん……!」
この時、先程から会話に参加していなかったアイリーンの声が響く。レリルとアイリーンに向かって絶え間なく降り注ぐ光の矢は山頂から放たれ続け、発射される位置は今の場所からは僅かずつに見えるが実際は途轍もない速度で麓に向かっている。距離が縮まる度に矢の到達速度は加速し、それは到達前に空中で消失する。黒子の目には矢が先端から齧られて行く姿が映っていた。
「そろそ……ろ……満……腹」
「そうね。それに食べる感覚も短くなっているし、頃合いかしら……」
アイリーンが向かって来る矢を見据え口を開けて咀嚼の動作を行う度に光の矢は消えていく。食べているのだと黒子は気が付くが、同時に間隔を徐々に狭めて向かい続ける矢に対応が追い付かなくなっても来ている事も認識していた。姿を見せた当初は動かずに居たが、今は命中しそうな最低限の物だけを食べながら動き続けているのだ。
「じゃあ、色々惜しいけれど………電撃ね」
既にアイリーンの腹は大食いチャレンジでも行ったみたいにパンパンに膨れ上がって服からはみ出し、急いで食べているから空気を取り込み過ぎて時折ゲップが出そうなのか口を手で押さえ、指の隙間から光が漏れている。
(既に手遅れな気がするけれど、アイリーンの乙女の尊厳の為にも早く戻りましょう)
レリルの手には圧縮された膨大な雷が現れ、動けない黒子に迫る。限界以上食べ続けた上に走り回っているアイリーンに何かあれば即座にリバースするだろうと察知し、一刻でも早く戻って誰も居ない場所に行かせた後は見ざる聞かざる言わざるを貫こうと決めた時であった。
「ローリングパンダドロップ!」
「げっふぅっ!」
「アイリーン!?」
猛烈な勢いで回転しながら飛来したパンダのドロップキックがアイリーンの腹に突き刺さり、後方に吹き飛ばす。垂直に飛ぶ彼女の口からは光が吹き出す事で更に勢いを増して飛んで行き、乙女の尊厳など既に破壊尽くされた。無事に残った墓石を幾つも薙ぎ倒して止まった時、仰向けになってグロッキーなアイリーンは顔面から出る物を全て出し、白目を剥いてピクピクと痙攣を繰り返すだけだ。
「まだまだこれからさっ! 大熊猫流低燃費版必殺技!」
そしてパンダは止まらない。蹴り飛ばしたアイリーンに乗ってレリルの真横まで飛ぶと真上に跳躍、大量のきな粉モチを口に流し込んで急激に太るなりお尻を下にして落下した。
「ジャイアントパンダヒップドロップ!」
「くぅっ!」
前回は成す統べなくイシュリア共々巨大化したパンダに潰されたレリルだが、今回は二度目であり、何よりも今のアンノウンは万全ではない。威力は前回より落ち、レリルが雷を消して咄嗟に張ったドーム状のバリアによって受け止める。
「この攻撃、前回よりは威力が下ね。ならば受け止めて見せるわ」
前回は一撃でやられたが彼女は魔王の側近である最上級魔族。そんな彼女が張ったバリアは不調とはいえ、アンノウンが操るパンダの攻撃を受けても着弾面にヒビが入るが形を保ち、ヒップドロップを完全に防ぎ切った。
「そう何度も何度も……」
「あっ、オナラ出る」
「……へ?」
プゥ
そんな可愛らしい音と共にヌイグルミのお尻から出たオナラはヒビから密閉されたバリアの中に侵入。この世全ての臭い物をかき集めて腐敗させた様な悪臭はバリアによって拡散せずに留まる。尚、黒子は内部に残ったままだ。
「は、鼻が曲がる……」
バリアを解除して走り抜けるべく足に力を入れるレリル。遅れれば上に乗ったパンダに潰されるだけだ。勝負を決めるのは一瞬。バリアを解除し、新鮮な空気を求めて走り出す。だが、目の前に彼女が張っていたバリアを包み込むようにして一回り大きいパンダ模様のバリアが現れていた。
「甘いね、甘い。僕の大切な友達を傷付けておいて無事で居られると思ったのかい?」
その大切な友達である黒子はパンダの屁によって悶絶し、今は倒れ込んで痙攣している最中だ。
「だから……お仕置きだ~い!」
横たわった黒子の姿が消え、パンダが何時の間にか持ち上げている。そのままジャンプしたパンダの口から火の粉が唾を吐き捨てるかの如く飛び出し、パンダ模様のバリアを通り抜けて内部に入った。そして引火。大爆発である。
爆発が収まった時、内部では頭が爆発したレリルが倒れていた。
「知らなかったのかい? 絶滅危惧種を怒らせるとアフロになるのさ!」
黒子を担ぎながらそんな事を口にするパンダだが、その意識は一番近い屋敷の屋根に向けられる。正確には屋根の上で此方を伺う者達に油断無く警戒心を向けていた……。
嘘です!
活動報告で狩り募集開催!